21:あれってボクのせいだったんだ!
200年前、ボクの目の前に黒い翼を持った御使いが降りてきた。
彼女の名はアルセニコス。
多分、ボクが異世界帰還した時に、女神様の前に連れて行ってくれた御使いと同じで性別は無いんだろうけど、ここでは女性として扱うことにする。
ただ、黒い翼って、どう見ても清い存在とは懸け離れているような気がする。
邪悪な雰囲気しか感じないよ。
「私を心より崇拝する者よ。今日は、そなたにお願いがあって来た」
そう言うと、彼女は、ボクに15センチくらいの長さの試験管を数百本渡してきた。試験管の口は、栓で閉ざされていた。
「この世界を理想の世界に変えるべく、そなたには私の実働部隊になってもらいます。これより転移魔法を与えます。その力で世界中の各都市を訪れ、試験管の栓を抜いて、その中味を放ちなさい!」
言うまでもない。
その中味は病原体……つまりウイルスだった。しかも、よりによって空気感染するウイルスで空中での寿命も長いタイプ。
でも、その時、それが何なのかボクは知らなかった。
これが、200年前に起こった一つ目の奇病の正体だった。
一箇所から世界中に広がったんじゃなくて、ボクが転移魔法を使って各地に放った。あの奇病が発症した原因はボクだったんだ!
これで、奇病は同時多発的に世界中で発生した。
たしかにこれなら、短期間で全世界に蔓延するよ。
感染しても女性は殆ど問題ない。
バタバタと倒れ、死んで行くのは男性のみ。
男性達の死に行く姿を見て恍惚の笑顔を見せるボク。
マジで?
でも、恍惚の笑顔って?
思い出した。
ボクは、この世界の前世では女性だった。
しかも、変な宗教にはまって男性達を遠ざけていたんだ。
もっとも、根暗で身体も貧相ってのもあって、まるっきりモテる存在ではなかったみたいだけどさ……。
うーん、前世でもそんな役柄だったのか。
その宗教は、どうやら堕天使アルセニコスを祀るものだった。
地球で言う悪魔信教みたいなものかな?
これによって、男性の大部分は死に至り、女性中心の世界が始まることになった。どうやらボクは、そうなるのを願っていたらしい。
そして一ヵ月後、アルセニコスが再びボクのところに降りてきた。
第二の奇病を引き起こすためだ。
「聡明なる私の信者よ。次は、これを世界中に放ちなさい!」
この時も、ボクは数百本の試験管を渡され、アルセニコスに命じられるがまま、第二の奇病のウイルスを全世界に撒き散らした。
これが原因で男児の出生率が大幅に下がった。
つまり、時間経過と共に男性の存在比率が上がることはなく、女性中心の世界が継続することになったんだ。
前世……正しくは前々世か。
この時のボクは、ムチャクチャ男性を嫌っていたみたいだね。
あんまり男性に相手にしてもらえなかったってのもあるけど、男性は暴力的で自己中ってイメージが強くて、男性と関わるのを拒んでいた。
それどころか、男性を排除する方向に動いていたんだ。
アルセニコスにとっては、単なるイタズラみたいなものだ。
だけど、人類と言う種の存続に関わるレベルのものなので、単なるイタズラでは済まされなかったけどね。
目的を達成したアルセニコスは、ボクをお払い箱にした。
それで、ボクは落雷を受けて死んだんだ。
あの落雷は、アルセニコスが放ったものだったってことだ。
少なくとも女神様から天罰を受けたってことでは無かったっぽい。それだけが救いかも知れないね。
その後、アルセニコスは女神様に捕らえられて消滅させられることになった……。
一方のボクは、ネペンテスの世界に男性として生まれ変わることを望んだ。
男性は嫌いだったけど、男性に生まれ変わる分には沢山の女性と楽しむことができる。それで男性に生まれたいと思ったんだ。
本当は、前々世のボクは、誰にも相手にされなかったんで心が凍てつくほどに寂しかったんだよ。
それで、男性に生まれ変われば沢山の女性と触れ合える。それこそ、一つになって喜びを分かち合えるって短絡的に考えたんだ。
だけど、似たようなことを考える奴はいる。
男性に生まれ変わればHしまくりの楽しい人生が送れるって思う輩は、それなりに沢山いたんだ。
それで、
「男性に生まれ変わるには200年待ちになります」
って言われた。
男性として生まれ変われるのは極少数。そこに希望者が殺到すれば、順番待ちが長くなるのは当然のことだ。
どこかのジェットコースターのような、40分待ちとか1時間待ちじゃ済まされないレベルだね。
それから、ボクに『200年待ち』を告げた御使いは、ボクを女神様のところに連れて行った御使いと同じだったみたい。
名前はシリシスか。
ボクはシリシスからコールドスリープに入ることを勧められた。
ただ、これはシリシスの配慮だったようだ。
ボクが放ったウイルスのせいで、ネペンテスの総人口が下降の一途を辿るのをボクに見せないようにするためにね。
ボクが責任を感じて精神崩壊しないように……。
そう言った配慮をしてくれて、結構優しいんだよ、彼女は……。
ボクは、コールドスリープから覚めると、女神様の手で地球に送られた。
自分が原因で女性ばかりになった世界に最大限の貢献をさせることが目的だ。せめて、それくらいは責任を持たせるべきだってことらしい。
だからこそ、最初から構造式に興味を持つようにセットされていた。
構造式が理解できなければ、分子を作り出すことが出来ないからね。
このネペンテス世界には万能薬が存在しない。
薬として機能させるためには、狙った生理活性を示す化合物を設計し、合成することが必要ってことなんだ。
そして、有機化学の学習を終えたボクは、飛び降り自殺の巻き添えになるように、あの日、あの場所に行くように導かれたんだ。
ふと、ボクの頭の中に、ある構造式が浮かび上がった。
これは見たことが無い。初めて見る構造式だ。
「時は来ました。この物質の錠剤を5億錠、大至急用意しなさい。この世界の全人口に対して一日二回投与で5日分です」
女神様の声だ。
今、はっきりと確信した。
ボクは、この薬を作るために今世に生まれ変わった。
インフルエンザ治療とかルテアの町の伝染病治療で信用を得たのも、販売ルートを確立したのも、全ては、このための準備だったんだ。
早速、ボクは、女神様に指定された化合物の錠剤を造り始めることにした。
ただ、使う側が分かりやすいようにしなくちゃならない。
「うーん。多分、これを使った方が間違いを起こし難いはずだよね。みんな、見たこと無いだろうけど……。よしっ! 決めた!」
時代的に、この世界には無いものだけど、ボクは今の地球と同じようなPTPシート(プラスチックとアルミで挟んだシート)で薬を配布することにした。
1シートに10錠。つまり、1シートを一人分にした。この方が管理し易いからね。
4シートを1パックにして、5パックで一つの箱に入れた。一箱が20人分。
この箱は、木箱ではなく紙の箱にした。紙の箱は、この世界では珍しいけど、輸送も考えなくちゃいけない。
そして、この箱40個を、大きなダンボール箱に入れた。つまり、ダンボール一箱で8百人分だ。
一回、ダンボール一箱分を造って、イメージが固まった。ここから、さらなる大量生産に入る。
ただ、今までの商品よりも時間がかかる。
ダンボール一箱に1分を要する。
これでも、十分ペースが早いって言われそうだけどね。1時間で4万8千人分にもなるからさ。
でも、母数が多いんだよ。
休憩も入れて、一日の稼働時間を10時間とした。
つまり、一日で48万人分。
これだと十日で480万人分。まだ遅い。全員分作るのに100日以上かかる。
なら、ダンボール箱3箱分を1分で作る。
これでどうだ!
うん、何とかできそうだ。
でも、既存の薬の製造も入るので、時々作業は中断される。
それに、休憩する日も当然必要だ。
とは言え、45日で何とか5千万人分を造り上げた。
この薬は、作るそばから一旦アイテムボックスの中に収納した。
製造完了から四日後、ボクの前にシリシスが姿を現した。
彼女の言葉……と言うか意識がボクの頭の中に流れ込んでくる。
まるで、テレパシーだ。
「世界各国で多くの者達が高熱を発しました。症状はインフルエンザに似ています。今回は、ドロセラ王国だけではありません。女神様のご指示で多数の御使い達が、このウイルスを世界中にばら撒きました。200年前の奇病と同じで、全世界同時多発です」
いよいよだね!
女神様が200年前から企てていた計画が、今、発動したんだ。
さあ、ボクの出番だ!




