18:この町だけで済んで良かった!
シンフォニア大臣は忙しいらしく、ボク達がルテアに来た二日目にイビセラ国の首都プロポスに戻った。
でも、まだ患者達は治ったわけじゃない。思い切り病気状態だからね。当然、ボクとルビダスはルテアに連泊することになった。
一応、ジゼル町長のほうで町一番の……じゃなくて、この町に一つしかないホテルの中のイイ部屋を確保してくれた。まあ、別にボクは何処でもイイんけど、ルビダス姫がいるからね。
勿論、無料宿泊ね。
これ以上の感染拡大を起こさないように、ボクは病院も感染者の家も全て消毒するように指示した。勿論、消毒は町の人達にも手伝ってもらった。数が多いからね。
多分、そのお陰だろうね。感染は次第に収まって行った。
患者達の症状も徐々に改善していった。
あの薬が効いたんだね。
信じられないけど、ボクとしては、とっても嬉しいよ。
ルビダスは、ボクの言いつけを守ってマスクも手袋も着用してくれていた。
素直に言うことを聞いてくれて助かったよ。
中には、
『自分だけは大丈夫!』
って訳の分からない自信に満ち溢れている人っているじゃない? それでいて結局、感染しちゃう人。
ルビダスが、そんなタイプじゃなくて良かったよ。
まあ、ルビダスが言うには、
「ト……トオル様が仰るからマスクも手袋もつけているんですからねっ!」
ってことだけどね。
ツリ目美女の彼女が言うと似合う台詞だね!
本当はマスクも手袋も付け慣れないので付けたくないのが本音らしい。
でも、嫌々だろうと付けてくれていたからね。それで彼女には感染しないで済んだって思っている。
そんなこんなでルテアに来て二週間が過ぎた。
ボクが来た時に罹患していた患者達の病状は、一週間ですっかり改善していた。もう、今は問題ない。
その後に感染した患者もいるので、まだ完全にこの病気を撲滅できたわけでは無いけど、あとはボクの指示に従って薬の処方と消毒をしてくれれば良い。
薬は少し作り置きして病院に渡した。さらに必要が生じたら、流通センターに取りに来てもらえば良いだろう。
もう、ボクが引き上げても大丈夫。
それで、この日はジゼル町長の主催で、ささやかながらも、お食事会が開かれた。ボクへのお礼ってところだね。
ルテアの料理は中華料理に似ていた。
ボクは割と中華料理が好きな方だ。なので、全然抵抗は無かったんだけど、ルビダスは受け付けなかったっぽい。
食わず嫌いみたいだけどね。
それで彼女はお酒ばかり飲んでいた。結構、お酒が好きらしい。
でもこれ、結構強いお酒だよ。
明日、大丈夫かな?
それから、食事中にボクは町長と少し話をした。
「結局、キバナに行った人はいなかったんですか?」
「残念ながら、いました」
やっぱりね。
まあ、端末の検索結果だからね。ハズれるはずが無いもんね。
「どうやら三人組で行っていたようです。一人は転移魔法使い。それも、トオル様の薬の運搬を任されている者でした。たまたま、その日は仕事が休みで、知り合いからキバナ村跡行きのバイトを紹介されたそうです。残る二人の一人が結界破りの魔法が使える者。そして、もう一人がキバナ村跡に行きたいと言い出した張本人です」
「でも、何故あんなところに?」
「あの周辺にのみ生息する美しい蝶の噂を聞きつけて、その立入禁止区域に入ったそうです」
「そこで泉の水とかを飲んだ者は?」
「どうやら結界破りの者が、不用意にもキバナ村跡で見つけた泉の水を飲んだと……」
まあ、行った先は熱帯地方だからね。結構、喉が渇いたんだろう。
実はボクも女神様の端末で予め調べておいたんだけど、その泉の水が感染源だったらしい。それで先ず結界破りの人が感染。残る二人にも接触感染。
だけど、潜伏期間があるからね。
すぐには発症しなかったんだ。
それで、キバナ村跡から帰ってきた後、三人とも普通に仕事に出たってことだ。
当然、ルテア町内の職場で感染が広がった。
ただ、感染者のうち、転移魔法使いは流通センター行きの転移直前に体調不良を訴えて、その日は流通センターに来なかったらしいんだ。
代行できる人もいなくて、その日は、ルテア町周辺からは誰も流通センターに来なかったってことだけど、そのことは不幸中の幸いだったって言えるね。
それで、偶々だけど、他国への感染拡大には及ばなかったようだ。
でも、ルテア町だけで済んで良かったよ。
それから、ルビダスからは、
「トオルさんはお金に無頓着だけど、出張代と薬代はキチンと取るようにしなきゃダメだからね!」
って釘を刺されたよ。
ボクは、全然考えていなかったんだけどね。
「サービスにしちゃダメだからね。サービスにすると、みんなが寄って集ってトオルさんを利用するから!」
「分かったよ」
「絶対だからね!」
要は、ドロセラ王国から当たり前のようにタダで連れ出されるようになっちゃ困るってことなんだろうな。
今回のは、超特別な薬と言うこともあって、一回服用分あたり銀貨1枚にした。
これってボクの薬の中じゃ高いほうだけど、実は、Armatol Aを本当に処方しようとしたら、こんな値段じゃ買えない。
って言うか、とんでもない額になると思うよ。
ボクはArmatol Aを人工的に化学合成する研究をやっていて、結局合成を達成できなかったけどさ、実は、2013年にMITのチームが化学合成を達成して論文報告しているんだ。
でも、その方法に従って合成しても、その時にかかる時間とか労力、試薬代とか全部合計すると、とんでもない額になるよ。
それに、その合成ルートで何百グラムも合成できるかって言うと、正直、難しい気がするしね。
それから、自然界から単離しようとしても、そんなに大量には得られないだろう。
なので、薬にすること自体が非現実的なんだ。
地球の常識で考えたら、銀貨一枚なんて全然正当な値段じゃないんだけどね。
安過ぎて。
でも、まともに天文学的数字の金額を要求するなんてこと出来ないよね?
そもそも、今のボクは原材料費タダで薬を出すわけだし。構造式を思い浮かべれば、その化合物が作れちゃうし。
だから、本当は1錠あたり銅貨1枚でも良かったんだ。
だけど、ルビダスが、
「いい、トオルさん。安過ぎても利用されるだけになるからダメだからね!」
って言って、この値段に決めてくれたんだ。
基準は、男性の薬らしいけど。
現時点での累計患者数は千二百人ちょっとで、一人当たりの処方量は一日二回服用の一週間分分。
一回服用に銀貨一枚で、一人当たり銀貨14枚になった。
それが、千二百人ちょっとで銀貨約一万七千枚ってことは金貨170枚。
ここに電解質液代と出張費を入れて、金貨180枚ってことになった。
総額になると結構大きいよね?
この支払いは、ルテア町が負担した。
関税がかかる場合も、その分はルテア町から支払われることになった。
支払いしてもらった直後、ルビダスから、
「ねえ、何かプレゼント買って頂戴!」
って言われたんだけどね。
最初から狙っていたっぽい。
ムチャクチャ強欲な女性ってわけじゃないんだけどさ。
金銭感覚が普通の人とはかけ離れているんだよね。
それから、宝石類が普通に手に入って当たり前って感覚は持ってそうなんだよね。
なんだかんだ言ってお姫様だからね。
その辺は、仕方が無いんだろうけど。
それで、ボクは一旦、イビセラ国の首都プロポスに転移魔法使いに連れて行ってもらって、ルビーの指輪を買ってあげた。
ルビダスには、本当に赤が似合うね。
名前のとおりだよ!
でも、お金を使わなくても、ボクは物質を出す魔法が使えるからさ。もっと大きな宝石類を出してあげることができるんだけどね。
この世界に来た初日に作った大きなダイヤモンド。あれって、今でもアイテムボックスの中で眠っているんだよ。
だけど、まだそれは秘密だよ。
知られたら大変なことになりそうだもん。
『ダイヤで家を作って!』
とか言われても困るもんね。
プレゼントを買って、あと、アリアやミサ達のお土産を買った後、この日、ボクはルビダスと共にドロセラ王国の城内へと移動することになった。
ルビダスに来るように言われたんだ。
まあ、転移魔法使いが連れて行ってくれるから一瞬なんだけどね。
そこでボクは、女王陛下に今回の一件を報告することになった。
多分、報告させるイコール絶対に帰って来いってことなんだろうね。ルビダスには、多分、女王陛下がそう命じていたんだろう。
ただ、この日はタイミングが良いのか悪いのか、アクティスがいなかった。
仕事で外に出ていたんだ。
一応、彼は優秀な男らしい。
ボクの前では甘ったれたりアホ男子になったりすることもあるけど、ルビダスとかベリルに言わせると、それは本当にボクが絡んだ時だけらしい。
人様の前では気丈でマジメな態度しか見せないんだって。
早速、女王陛下から事情徴収が行われた。
「どんな病気だったの?」
「激しい下痢と嘔吐を引き起こす伝染病で、町の三分の一以上の人が感染しました」
「原因は?」
「100年前に、イビセラ国の東南に位置するキバナと言う村で流行った伝染病です。それが原因でキバナ村は全滅。その付近一帯は結界が張られて立入禁止区域になっているのですが、そこに美しい蝶が生息すると言う噂を聞きつけた人が、その蝶を捕まえようと、転移魔法使いと結界破りの魔法を使う者を連れて、キバナ村跡に行ったとのことです。そこで結界破りの魔法を使う者が泉の水を飲んで、それで感染しました」
「行った人間の自業自得だけどさぁ、でも、水で感染?」
「はい。その水に病原体がいたってことです」
「それは恐ろしいわね」
「ドロセラ王国では、そう言った事例は無いと思いますけど、全世界的にはそう言うことも起こり得るってことです」
女王陛下は、感染源が水って聞いて驚いていたけど、地球でも、そう言うのってあるもんね。
生水を飲んで病気にかかって亡くなった大作曲家も地球にはいたからね。
報告の後、ボクは転移魔法使いに流通センターまで送ってもらった。
ボクの家のすぐ裏だ。
すると、早速アリアから、
「お土産頂戴。それから、お通じの薬、急いで3百万本お願いね!」
と言われたよ。
容赦ない。
ボクは、急いで流通センターに隣接する巨大倉庫に行き、薬を作り始めた。家に戻るのが面倒になって、
「いいや、ここで出しちゃえ!」
ってなったんだ。
これ以降、ボクは薬の製造を、この倉庫で行うことが多くなった。
勿論、その時には覗かれないように鍵をかけるし、窓にはカーテンをかけるけどね。




