14:良くも悪くも口コミ効果って凄い!
本編に戻ります。
マイトナー侯爵が来た翌日、ボクの店にはアリアとミサが遊びに来ていた。
ボクが休日営業しているだけで、この日は二人とも仕事は休み。別にサボっているわけでは無いからね。
「ねえ、男性の薬ってあるじゃん」
「うん」
「女性版の薬ってないの? 会社の友達に聞かれたんだけど」
「一応、存在するって話だけどね」
「売らないの?」
「ゴメン。その作り方をボクは知らないんだ」
「そうなんだ。結構、友達が期待していたんだけどね」
たしか、フリバンセリンだったかな?
構造式を覚えていないんだよね。だから作れない。
「あと、お通じの薬があるって聞いたんだけど?」
「ああ、ルビダス姫に処方したヤツね」
「どうして売ってないのって、これも友達が言ってたよ!」
これは失念していたよ。
女性ばかりの世界だからね。需要はあるはずだよね。整腸剤は売っていたけど、これは下痢止めの薬で、便秘薬は売っていなかったんだ。
ボク自身、脳内構造が男だし、この身体は今のところお通じの問題が無いし、はっきり言って頭から抜けていた。
「ああ、ゴメン。すっかり忘れていたよ。明日から売ることにするね」
「じゃあ、宣伝しとく!」
二人は結構、ボクの店の売り上げに協力してくれている。口コミが凄いんだ。
なので、今日は店内に大きなテーブルを出して、二人に色々な料理を振舞っていた。二人へのお礼だ。
テーブルがあっても、思い切り空間に余裕があるなぁ。本気でテナントのスペースを持て余しているよ。
それにしても、ボクに料理ができるのかって?
いやいや、女神様からいただいたペンダントで食料品は出せるからね。しかも、素材じゃなくて完成品で。
なので、ボクは料理をしていない。
たまにはイイよね、こう言う使い方も……って実は毎食なんだけどね。
「トオル、いる?」
この声。アクティスだ。
もう、あれから二週間以上経ったんだよね。
なんだか気まずいよね。彼の脳内では、ボクを襲っているはずだから。だけど、よくボクの店に来れたなぁって思う。
普通は、顔を出し難いよね?
別にボクは怒っちゃいないけどさ。現実には未遂だし。
でも、それはボクが本物の女の子じゃないからなんだよね。ボクが本当に女の子だったら絶対に怒り狂ってるよ!
「いらっしゃい。アクティス王子も食べる?」
「イイのか?」
「うん。まだ沢山あるから」
ボクは、自分が使っていた椅子をアクティスのために空けると、店の奥から椅子を一つ持ってきた。
「ええと、たしかイケメン童貞!」
ミサったら、またそれを言ったよ。
しかも、この間以上にアクティスの顔が引きつっているよ。これは、気まずさが確実にアップしたね。
「一応、そうじゃなくなったんだけど」
「えぇっ!? いつ誰とドコでですか?」
「勲章授与式の日に……」
そう言いながら、アクティスの視線がボクに向いた。ヤバイなぁ。これに気付かないミサじゃないもん。
「まさかトオルと!?」
ボクは、ここで否定したい。
でも、アクティスの脳内では、そう言う記憶になっているんだよね。
夢と現実をゴチャ混ぜにして、そう作り上げちゃったから。
ボクは両手で頭を抱えた。
アリアとミサは興味津々。
口コミが凄い二人だからね。明日は、町中の噂になるな、きっと。
「じゃあ、あとは若い二人で!」
気を利かせたつもりなんだろうな。アリアとミサがイヤラシイ笑みを浮かべながらボクの店をイソイソと出て行っちゃったよ。
別にいなくなる必要は無かったのに。
アクティスと二人きりだ。一応、店の外に従者がいるけど。
また襲ってきたりしないよね?
「この間みたいなのは、しないでください。ボク、Hなことに興味が無いので」
「でも、合意だったじゃないか」
えっ?
それってどう言うことだ?
ちょっと待て。
あの時、ボクがアクティスに見せた夢は……。
そうだ。たしかボクは、あの時、こう言ったんだ。
『思い切り都合の良い夢を見てくれ!』
もしかして、こいつの夢の中では、襲ったんじゃなくて合意の展開に書き換えられていたってことか?
都合良く、ボクが喜んで受け入れたと……。
詰めが甘いな、ボクは……。
でも、それならアクティスは気まずいなんて思わないね。
罪悪感も無い。
「それに、俺はトオルが好きだ。誰よりも」
「そう言ってもらえるのは嬉しいですよ。王子のことは(人間として)好きです。話していて楽しいですし。でも、今のボクは世界中にボクの薬を浸透させることしか見えていないんです」
あっ。ボク、今、『人間として』って言い忘れた。
さらに誤解させたかもね、これ。
「それについては、俺の方でも協力する。実は、今日はその件もあって来たんだ。今、トオルの薬は国内外で有名になっていることは知っているな?」
「まあ、遠方から買いに来る人もいますので」
「実は、王家としてはトオルの薬を国内外で、より広く販売展開したいと考えている。勿論、正当な価格で誰でも買えるようにしたいと思っている。それが、この世界のためとの判断だ」
「それは有難いです」
「ただ、ちょっと面倒なことも起こっていてな。実は、俺達の前で薬を出してくれたことがあっただろ」
「男性の薬とか、ルビダス姫の薬とか?」
「そう。あの日、謁見室を覗いていた者がいたらしくて教会の方に情報が流れた。今の教会には金儲けしか考えていない連中もいてな。それでトオルを教会に取り込もうと動き出したようだ」
宗教が金に走るか。
ありがちな話だね。
「どこにでも居ますね、そう言う人達」
同時にボクは、バイルシュタイン子爵のことを思い出した。
女神様の端末からの回答では、まだボクのことを狙っているみたいだしね。
でも、あの時は『子爵等』って回答だったっけ。
多分、『等』には教会の連中も含まれているってことだね。
「それで昨日、マイトナー侯爵に来てもらったんだ。急を要すると思ってね」
「養女の件ですね?」
「そう。余計な奴らから君を守るためにも養女の件を是非とも受けて欲しい。勿論、その上で俺の婚約者になってもらう。そうすれば、滅多なことでは奴らも手が出せないし、本当は俺も嬉しい。本気で正室に迎えたいからさ」
あれっ?
昨日の人生相談では、アクティスに嫁ぐことにはならないって出ていたけど?
後で、もう一回確認しよう。
「ちょっと考えさせてください。下心とはともかく、基本的にはボクのためを思ってくれているのは分かっていますけど、アクティス王子の婚約者となりますと別の問題が発生しそうですので」
ボクを金儲けに利用しようと企んでいる連中から引き離してくれても、アクティスの婚約者じゃ、王妃の座を狙う輩から刺し殺されそうだからね。
さすがにボクは不死身じゃないし、怪我を瞬時に治せる薬とかを作り出せるわけじゃない。刺されたら無事じゃ済まないもん。
「前向きな回答を期待するよ。少なくとも王家はトオルを金儲けに利用しようとは考えていないから」
「それは分かっています。流行り病の時、国が金貨1,000枚以上を負担しようとしていましたし、あの後も薬代を一般市民から巻き上げたりしていませんしね」
「一先ず、教会の動きはこっちでもチェックしておく。必要なら、店の近くに見張りを置いておくが?」
「警備兵がいますし、大丈夫です」
「そっか」
今日のところは、これでアクティスは引き上げてくれた。
彼が、
『もう、お前は俺の女!』
みたいな態度でHを要求してこなくて助かったよ、うん。
もしボクが彼の立場だったら、きっと再Hを要求したんじゃないかな。
内心、飢えてるからさ、男として。
多分、ボクよりもアクティスの方が人間としてマトモだね。
あの時だって、本当は動きが止まっちゃって、先に進めないでいたもんね。
卑怯なマネはできないって思っていたのか、未経験者故に先に進めなかったのか、どっちなのかは分からないけどさ。
でも、躊躇して何もできなかったのは事実だもんね。
その夜、ボクは忘れないうちにお通じの薬を作った。
それから、女神様の端末を使って人生相談も行った。
『Q:ボクはアクティスに嫁ぐの?』
『A:ならない』
『Q:アクティスの婚約者になるべき?』
『A:なるべき』
良く分からないなぁ。
アクティスとは婚約するけど結婚には至らないってことかね?
多分、ボクがアクティスとの行為を拒んで婚約破棄されるとかかな?
一応、気になるよね?
それで、ボクはさらに質問したんだ。
『Q:アクティスと結婚に至らない理由は?』
『A:ノーコメント』
『Q:どっちから婚約破棄するの?』
『A:ノーコメント』
でも、それ以降は何も答えてくれなかった。
一問一答式って言いながら、答えをくれない時があるんだよねぇ。
翌日、店を開けると店の前にゴミの山が置かれていた。
何でだろう?
一先ず、警備兵に相談してゴミの撤去をお願いした。
それと、この日からお通じの薬を販売した。
一先ず、今回は一日最大服薬数が6錠のタイプにしたんだけどね。
朝昼晩各2錠ずつのイメージで。
アリアとミサの口コミ効果は凄いなぁ。
朝から買いに来る人が結構いたよ。
ただ、お客さん達からは、笑顔で、
「勲章に王子様の初めてが付いてきたんですって?」
「王都を流行り病から救ったお礼に王子様が捧げてくれたんですって?」
「王子の初モノと引き換えに王都を救ったんですって?」
「王子をモノにしたんですって?」
「喰ったんですって?」
「襲ったんですって?」
「犯したんですって?」
と言われた。
ドンドン言い方が酷くなっていないか?
これも、あの二人の口コミ効果だ。
間違いない。
はっきり言って誹謗中傷だ。
全然、事実と違うよぉ。
そもそも、ボクはヤッていない。
まあ、アクティスの記憶を夢で改ざんしたから、アクティス自身はボクとヤッたつもりでいるけどさ。
それも合意で。
だけど、アクティスの立場も考えないといけない。
まさか、彼の付き人がボクを魔法で動けなくして、ボクを彼に差し出したなんて言えないよね?
なので、
「出会いは流行り病がきっかけでしたけど、天文学の話で互いに意気投合しまして、それで自然の流れでそうなってしまったんですよぉ。ホホホホホ」
とか言って誤魔化した。
だけど、これで完全に外堀は埋まったな。
マイトナー侯爵の話は受けるつもりでいるけどさ、王子との婚約の話も無視するわけには行かなくなったっぽい。
まあ、人生相談では婚約した方が良いってなっているし、この話、受けるしか無いんだろうなぁ。




