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閑話3:当ててんのよ?

「それでですね。太陽系の位置は、銀河系の中心から二万五千から二万八千光年の位置にあって、実は、太陽も含めて、この星々は銀河系の中心にある超大質量ブラックホールの周りを回っているんです」

「はっ?」

「ちなみに太陽の公転周期は、二億二千五百万年から二億五千万年だそうです」

「ええと……。以前、恒星は動かない星って言ってなかったか?」


 たしかに言ったよ。

 でも、手順としては仕方が無いんだよね。

 地球でも、いきなり銀河系の構造の話からは入らないだろう。恒星は動かない星って説明から入ると思う。


「そうですけど、あの時は、そう言わないと概念が作れないからそう言いました。厳密には、銀河系内の恒星は銀河系の中心の周りを回っているんです。多分ですけど、初めて王子に星の話をした時に、銀河系の構成から話を始めて行ったら、全然、訳が分からなくなったんじゃありません?」

「たしかにそうだな」

「科学には、無視した方が分かりやすいファクターを無いことにして、概念を作り上げる方が理解しやすいってことがあるってことです。敢えて近似的なところから入ることで理解を深めるケースもありますし」


 ある意味、科学は現象面から理解して行かざるを得ない部分もあるから、仕方が無いんだけどね。

 例えば、渦巻き型銀河内の恒星が、銀河の中心の周りを回っていることだって、誰も、それを直接見たわけじゃないだろうから。

 厳密には、天体観測している人が、他の渦巻き型銀河の動きを見ているとは思うけど、人間が明確に知覚できるほどの動きをしているわけじゃないと思うし……。


「なるほどな。厳密には間違っているけど、間違ったところから入って勉強して行かないと概念も出来ないし理解も出来ないか。考えようによっては面白いもんだな」

「そうですね」

「滑稽って言った方が正しいか」

「言えてます。ちなみに太陽の公転速度は毎秒二百二十キロだとか……」

「そんな早いのか!?」

「らしいです」

「あと、さっき言ってた超大質量ブラックホールって?」


 ブラックホールは人類にとってロマンあるよね!

 特に理系にとっては……。

 ただ、今回、アクティス王子が聞いて来たのは、ブラックホールがナニモノかってことだから、別に今のところはロマンを感じているわけじゃないと思うけど。


「ええと、地球の引力で人が地面に立っていられる話は前にしましたよね?」

「ああ。地球が引力を持っているって話だな」

「そうです。引力は質量に依存しますが、ブラックホールは質量が大き過ぎて光さえも脱出できない強烈な引力を有します。その超特大バージョンを中心に太陽は回っているってことです」


 ただ、アクティス王子は、これを聞いてロマンを感じたと言うよりも、恐怖を感じたっぽい。

 眉間にしわが寄っていたよ。


「おいおい。それって、いずれその特大ブラックホールに太陽が飲み込まれたりしないだろうな?」

「それは何とも言えませんけど、少なくとも王子が生きている間に、この世界がブラックホールに飲み込まれることは無いでしょう。だって、もし、この銀河内での、この星の位置が、銀河系内での地球の位置と同様だとしたら、超大質量ブラックホールとの距離は二万光年以上離れているんですから」

「そりゃそうだ」


 随分、安心したみたいだ。

 そもそも、光速で移動したって二万年かかる距離だもんね。少なくとも危険地帯ってことは無いだろう。



 理系同士の話だ。こんな話で和気あいあいと盛り上がっている。

 普通の感性の人なら、多分、盛り下がるんだろうな。


 こんな会話で喜んでいるボクとアクティス王子のことを、屋上の出入り口のところからルビダス姫とベリル姫が見詰めていた。

 ただ、二人とも突然溜め息をついたけど、どうしたんだろう?


 少しイラついた顔で、ルビダス姫がこっちに来た。

 そして、何やら王子とヒソヒソ話を始めたよ。もしかして、これって、ボクに聞かれたくない話ってことかな?



「兄さん。もっとロマンティックな会話は出来ないの?」

「いや、星空を眺めながら夢のある話をってお前が言うから」

「あのね。そんな理系ヲタクな話をトオルさんに講釈させて、それの何処がロマンティックなのよ? 落としたいんでしょ!」

「うーん……」

「じゃあ、兄さんはトオルさんが、誰か女性に持って行かれてもイイの?」

「女性にって……」


 アクティス王子は、トオルがスタイルの良い美女と百合カップルになり、二人がHなことをしているのを想像した。

 これは、これで刺激的である。


「是非見てみたい」

「そうじゃないでしょ! じゃあ、トオルさんが他の男性を買ったらどう?」

「さすがに、それはイヤだな」

「でしょ? ほら、今日は少し肌寒いし」

「そうだな。ルビダスは大丈夫か?」


 そう言いながらアクティス王子は上着を脱いでルビダス姫の身体にかけようとした。何と言うボケであろう。

 対するルビダス姫は……、


「相手が違うでしょ! ここで妹にそんなことしたって無意味でしょうが! ほら、トオルさんに!」

「そ……そうか……」


 ……彼女は、完全にツッコミ役となっていた。

 ただ、アクティス王子のボケも仕方が無いことなのだろう。

 この女性だらけの世界に、せっかく王太子として生まれて来たのに、勝手にHなことができない……言い換えれば勝手に恋愛できない立場にある。

 言わば、今までは恋愛禁止。なので、恋愛感情自体を持たない方が幸福な立場と言っても良いだろう。


 そこに、いきなり恋愛の話を持ち込まれても困るだろうし、そもそもアクティス王子は王太子の立場でなくても恋愛無知予備軍の理系ヲタクである。

 本人の資質と言い、環境と言い、アクティス王子が超恋愛音痴になっても仕方が無いことだろう。


 では、トオルが相手なら恋愛感情を持ってもイイのか?

 言うまでもなく、王族側としての回答はYESである。

 ベリル姫の病を治し、王都の人々を救った功労者である。

 完全にフルオリーネ女王陛下のお気に入りで、是非ともトオルをアクティス王子の正室に迎えたいと考えているくらいだ。

 ルビダス姫も薬をいただいているし……。

 妹二人もトオルのことはウェルカムである。


 勿論、アクティス王子自身もトオルのことが好きである。

 そもそも、今のトオルの姿は、理系ヲタク男子だったトオルが地球にいた頃に理想としていた女性の姿に他ならない。

 似たような思考回路を持つアクティス王子が、今のトオルを外見的に好きになるのは必然のような気がする。


 しかも、中身もアクティス王子と話の合う理系ヲタク。

 中身も外見も完全にアクティス王子のストライクど真ん中なのだ。

 ただ、アクティス王子には手の出し方が分からない。まったく可哀そうな人種である。



 アクティス王子が、ボクの身体に上着をかけた。

「少し寒いだろう?」

「でも、これじゃ王子が寒くない?」

「俺は大丈夫だよ」

 と言った直後、

「ハックション!」

 王子がくしゃみをしたんだけどね。

 ほとんどお約束な展開だよ。


 せっかく王子がかけてくれたのを拒否するわけにも行かないし、王子に風邪をひかせるのもマズイよね?

 と言うわけで、

「王子、座って」

「お……おう」

「じゃあ」

 ボクは、王子に背後から抱き着いた。

 ボクが上着を羽織って、それをボクごと王子が羽織るって感じだね!


 これなら寒くないよね!

 ただ、バカップルみたいだけど。



 なんか、この様子を見ながら、ルビダス姫が妙に満足そうな表情をしているんだけど、何でだろ?

 それと、王子が何気に両手で股間を押さえているんだけど?

 ……って、もしかして!


 そうだった。ボクは今、女性の身体だったんだ。

 しかも、結構豊満な胸。

 これを押し付けられて王子は反応したのか。

 正直、今の状態は、

『当ててんのよ!』

 だもんね。


 これって、むしろ前世でボクが女性からやって欲しかったヤツだよ。

 ボクは急いで上着を脱ぐと、

「ゴメン王子」

 上着を王子に羽織らせた。せっかく天体観測できるのに、Hな妄想は邪魔だもんね!

 もっと宇宙の話がしたいだろうし。

 何とか話を取り繕わないと……。


「でね、王子。この宇宙とボクのいた宇宙って、ほぼ同時にできたんだって」

「……」

「今から百三十八億年も前になるんだけどね」

「そ……そう……なんだ……」


 なんか食い付きが悪いな。

 でも、まあ、アクティス王子は、血流増加した股間を隠しながら、一生懸命、頭を理系話に切り替えようとしているっぽい。

 身体が反応しちゃったんだからしょうがないか。ボクも前世が男だから、その状態は良く理解できるよ!


 まあ、徐々に王子の身体も落ち着いて行き、普通に話ができるような感じになって行ったけどね。

 これからは、ボクも少し気を付けないといけないな。一応、医学上の性別は女性なんだもんね。アクティス王子に気を遣わせちゃうよ。



 そんなこんなで、ちょっとトラブルはあったけど、楽しい天体観測会になった。

 でも、ルビダス姫は少し膨れているけど?


 その彼女が、

「明日、私とベリルでトオルさんの店に遊びに行ってイイですか?」

 とボクに言ってきた。まあ、別に断る理由は無いからね。

「構いませんよ」

 とボクは答えた。


「じゃあ、お昼過ぎに伺います!」

「分かりました。じゃあ、王子。今日はありがとう」

「こっちこそ、秘密兵器をもらって嬉しいよ」

「じゃあ、また。おやすみなさい」

「おやすみ」

 って訳で、ボクは転移魔法使いのエリカさんに自分の店まで送り届けてもらった。



 翌日の昼ちょっと前だ。

「トオルさんいます?」

 早速、ルビダス姫とベリル姫がボクの店に来た。

 同伴者は転移魔法使いのエリカさん。今日も王族に使われているのか。


 それにしても、ルビダス姫もベリル姫も、なんだか妙に気合の入った顔をしているんだけど、気のせいかな?

 それに、昼過ぎって言ってたよね?

 ちょっと早くない?

「「では、おじゃまします」」

 早速、三人がボクの店の中に入ってきた。さすがに、エリカさんに外で待ってろって言うのは酷だもんね。


 ボクの店の中には、来客用に大きなテーブルが置かれている。正直、店の床面積が広いからテーブルでも置かないとサマにならないんだ。

 大抵、このテーブルを使うのはアリアとミサなんだけどね。あの二人も、しょっちゅうボクの店に来てだべっているよ。


 まだ少し肌寒い季節だけど、店の中は結構暖かい。

 実は、テナント部分に暖炉があるんだ。一応、お客様が暖を取れるように暖炉には火が灯っている。

 ボクは、店の奥からジュースを運んできた。


「ボクの店にようこそ。三人共お座りください。ジュースでイイですか?」

「はい」

「でも、ホントに薬しか置いていないところで、つまらなくないですか?」

「そんなことは無いですよ。でも、こんな薬が作れるなんて、トオルさんって前の世界では、どんな人だったんですか?」


 早速、ルビダス姫からの質問。

 ボクの前世なんて聞いても全然面白くないと思うんだけどな。一応、恥ずかしいんで転性の話だけは隠しておこう。


「学生でした。有機化学の勉強をしていたんです」

「彼氏とかは、いたんですか?」

「さすがに彼氏はいませんでした」


 そりゃあ、ボクは前世では男だからね。普通に異性愛者だったし。だから、さすがに彼氏は無いわぁ。

 って、彼女もいなかったけどさ。

 年齢イコール彼女いない歴イコール未経験期間だったし。


「じゃあ、ずっと独り身ですか?」

「恥ずかしながら、そうなんです」

「そうなんだ……」

「別に誇れるようなものは何もありませんでしたし」

「……」


 そう言えば、少し店の中が暑くなってきたな。

 暖炉がつけっぱなしのところに人が増えたからだね。

 と言うわけで、ボクは一旦店の奥に引っ込むと、あたかも予め準備しておいた振りをして対女性用秘密兵器を持って来た。

 勿論、本当は女神様からもらったペンダントで、たった今出したんだけどね。

 小腹が減った感じだから丁度イイかな?

 それとも、まともな食事の方がイイのかな?

 まあ、今は、これを出しちゃえ!

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