閑話1:創薬研究の経験は無いんだけど?
ここから閑話として四話掲載させていただきます。
本来でしたら全て12話の中盤辺りに入る話なのですが、理系ヲタク同士の会話が中心で説明っぽい部分が多いと感じたため、敢えて本編とは別枠にしました。
時は少し遡る。
ボクが初めて城を訪れてから一か月が過ぎた頃のことだ。
まだ、王都にはインフルエンザ患者がいるらしいけど、ピーク時に比べると随分落ち着いてきているとの話だ。
ボクの魔法が役に立てて純粋に嬉しいよ。
この日、アクティス王子がボクの店に遊びに来ていた。
平日の昼間なんだけど、コイツの仕事は、どうなっているんだろう?
ボクは、仕事中なんだけどなぁ。
相手は王族だけど、何て言うか、ボクはアクティス王子を単なる理系ヲタク仲間って思っている節がある。
一応、相手は王太子だし、立場的に敬語は使うけどさ。でも、割と友達とタメで話しているような感覚に近かった。
実際、なんだかんだ言って少しタメ語が混ざった感じはあったしね。
ただ、アクティス王子自身は、ボクには敬語を使わせずに、完全タメ語で話して欲しかったっぽいんだけど……さすがに、それは体面上マズイよね?
「なあ、トオルが出す薬って、トオルが以前いた世界で売っていたヤツって言っていたよな?」
一応、コイツは薬にも興味があるのかな?
「そうですけど?」
「それを、どうやって見つけたんだろうと思ってさ。生理活性化合物の話は、前に城で聞いたけど、それを見つけるプロセスについては、まだ聞いていなかったからさ」
「それは、ボク自身、実際に経験したことは無くて、本で読んだ程度の知識しかないんだけど……。昔は天然物が薬として注目されていたみたいですね」
「天然物?」
ゴメン。
この世界では、そんな単語は使わないよね?
天然物の抽出・単離なんて発想も無いだろうし。
「例えば、こっちの世界でも薬草とかあるでしょ? その薬草の薬として作用する成分って言うか化合物を取り出して薬にしたってイメージです。地球ではカビが菌を殺すモノを作り出していることを見出して、そこから成分を単離して抗菌薬にしたってのがありまして」
「抗菌薬?」
「病気の原因になる菌を殺す薬ですね」
「それを、あのカビから取ったのか?」
なんか、凄くイヤな顔をしているよ。
まあ、分かる気がするけど、でも、生命力が強くて黒いイヤぁな昆虫から取ったって言うよりはマシな気がするけどね、ボクは。
「はい。しかも、その後、天然物の構造を少しモディファイして薬としての完成度を上げるってのがやられたみたいです」
「活性を強くするってこと?」
「それもあるけど、薬だって身体の中で分解されたら活性が無くなっちゃうから、分解され難くするってのもあるって……」
「なるほど、そう言う考え方もあるのか!」
体内で化合物が代謝されることをすんなり受け入れてくれたよ。
この世界の科学レベルで、それを理解しようとしてくれるって、結構、凄いと思う。
一応、
『何で分解されるの?』
って聞かれたら、
『解毒だと思ってください!』
って説明するつもりだったんだけどね。
「最近だと、HTSって方法を使って薬の種を見つけるってのが普通みたいですよ」
「HTS?」
「ハイスループットスクリーニングって言って、何十万もの化合物をアッセイロボットで一気に評価して、弱くてもイイから活性があるものを見つけるんです。その後、見つけた化合物の構造をモディファイして高活性化して、薬になる化合物を見つけて行くって方法です。最初の種を天然物に拘らなくなったってことですね」
「ふーん。それで、一つの薬を作り出すのに、モディファイした化合物を平均何十個くらい作るんだ?」
想定内範囲の質問キター!
普通は、そう思うよね?
何十化合物くらいって。
地球人だって、大半の人はそう思っているだろうから。
「ええとね……ボクのいた国で、薬の会社にアンケートを取るってのがあってね。それによると、二万五千から三万化合物に一つしか薬にならないみたいですね」
「えっ?」
「だから、一つ薬を出すだけでも、もの凄く名誉なことなんですよ」
「……たしかにそうだな」
そう言いながらも、さすがに理解し難いみたいだね。
少し表情が険しくなっているよ。
今までボクの話を聞いた中では、一番、受け入れ難い内容みたいだ。
「薬を一つ出すのに十年以上かかるって言うし」
「そんなにかかるのか?」
「臨床試験もあるからね」
「臨床試験って?」
「ヒトに投与して効果と安全性を確認することです。経費だって、金貨二十万枚では全然足りないようですし」
「マジか!? いや、でも、それくらいは……」
これにはアクティス王子も思いっ切り驚いていた。
勿論、ボクは嘘をついていないけど、これって、この世界の人達には信じ難いことなんじゃないかなって思う。
先ず、イメージし難いもん。
地球ですら信じられないって人が多そうだしね。
でも、それをアクティス王子は、ただ信じるだけじゃなくて、化合物の数や全体でかかる必要年数とかから、それだけの労力がかかるものだって理解しようとしてくれる。
ただ驚いただけで終わらない。
多分、バイルシュタイン子爵だったら、
『そんなに金がかかるわけないだろ、バーカ!』
とか勝手に決めつけて否定しそう。
でも、今は、そんなことより、自分の仕事を仕上げたいんだけど。
急いで薬を作らないとならないんだよね。ボクの店の分と、アダンの町の、美魔女達の店の分。明日の昼には美魔女達に卸す予定だからさ。
まあ、これくらいの量なら全部で一時間もかからないんだけどね。
「ちょっと、ここで待っててください。裏の部屋で一仕事してきますから」
「薬を作るのか?」
「はい」
「見せてもらってもイイか?」
「えっ?」
「前に城で一回見せてもらったけどさ。もう一回見てみたいって思って」
「別にイイけど、つまらなくないですか?」
「全然」
「邪魔しないでくださいね」
「しないってば」
ってわけで、ボクはアクティス王子を連れて奥の部屋に入った。厳密には、彼がついてきちゃったんだけど……。
年頃の男女二人きりで奥の部屋って……本当はエロい意味で危ないシチュエーションなんだろうけど、ボクは自分が女性だって自覚が無かったからね。
そもそも男同士のつもりでいたからさ。
勿論、アクティス王子もボクのことを襲ったりしなかったしね。
作るのは鎮痛剤が800ビン、風邪薬に水虫の薬、整腸剤、滋養強壮剤が、それぞれ400ビン。失神・かぶれの薬が400ケース。
それから、最近は女王陛下のお陰で売れるようになったED治療薬と持続する薬。
最近では随分と作り慣れて来た。
先ず、構造式を思い浮かべて、それを製剤化した状態をイメージ。
さらに、それがビンとか木のケース(塗り薬)に入ったのをイメージして、さらに1ダースのビンとかケースが木箱の入った状態をイメージ。
木箱は、薬を入れるのに必要な道具ってことで、御使い様が特別に出せるようにしてくれた。
運搬のためには有難いよ。
そして、心の中で、
「(出ろ!)」
と唱えると、望みの薬……と言うか商品が出てくるんだ。
これを必要量出るまで繰り返す。
こんな作業を見ていても、つまらないだけだと思うんだけどなぁ。
でも、アクティス王子は嬉しそうな目でボクが作業する姿を見詰めていたよ。そんな面白いことなのかな?
なんか、見惚れているようにも思えるけど?
ボクってば自意識過剰になっちゃったかな?
ちょっと時間がかかったけど、一先ず作業終了。
「お待たせしました」
「随分鮮やかだな」
「もう慣れましたんで」
「トオルは、トオルが以前いた世界の先人達が作ったモノを魔法で出しているだけって言ったけど、やっぱり俺にはトオルの発明品だよ」
「いやいや。それは、薬の真の発明者に対して失礼ですってば」
さすがに、ボクは薬の設計なんてしたことが無いし……。
活性が強くなるだけじゃダメだもんね。
毒性の問題とか、薬物相互作用の問題とか色々あるから、一筋縄じゃ行かないんだ。
だから、勝率二万五千分の一以下な訳だし。
それなのに、第三者のボクが、
『ボクが発明者です!』
なんて言ったら、実際に発明した人に対して、もの凄く失礼になるって思っているよ。
「で、一つ聞きたいんだけど」
「何でしょう?」
「何にでも効く万能薬って作れるのかなって」
「うーん……。それは、一つの成分でってことでしょうか、それとも合剤でってことでしょうか?」
「合剤って?」
「複数の薬を混ぜるってことです」
「じゃあ、合剤じゃなくて単一成分で」
それって、壮大な夢だけどさ……。
ただ、現実的には未来から来るネコ型ロボットですら出せそうにない代物だよ!
「まあ、それは多分、ムリですね」
「即答だな」
「薬って、酵素とかタンパクとかに効かせるわけですけど、例えば酵素の阻害をするとします。具体的には……、そうですね。身体の中で増えて欲しくない体内成分(悪玉コレステロールとか)の合成を抑えるために、その体内成分を合成する酵素の働きを抑えたとしましょう。その酵素に効かせるには、一般的に酵素が反応する場所、ポケットって言いますけど、そのポケットに巧くハマる化合物を作るのが一般的なんです」
「ポケット以外に入るんじゃダメなのか?」
ええと……。
ボクは創薬研究の経験が無いから、飽くまでも耳学問になるけど……。
その手の質問を学会でしたことがあって、その時の回答を、そのままさせてもらうことにするよ。
某製薬会社の人に感謝します!
ただ、これは言い換えると、アクティス王子は、ボクと似たようなことを考えているってことか。
「効かせると言う意味では構わないと思います。ポケット以外に反応して酵素活性を失活させるパターンもあり得ますので。ただ、もし色々な酵素のポケット以外のところに結合して、その結果、何にでも効く薬が作れた場合、それは、効いて欲しくない酵素にも効いてしまうってことですよね?」
「うーん……。それでも、幾つかの効いて欲しい酵素だけに効かせるようなモノは作れないのかな?」
「ボクは創薬の経験が無いので何とも言えませんけど、ポケット以外にって考えですと可能性は、限りなくゼロに近いと思います。その場合、作用したら毒性を強く出しちゃう酵素とかタンパクにも、無差別にくっついちゃうみたいでして……」
「つまり、毒性との分離ができないってことだな」
「ええ」
「奥が深いんだな」
でも、何でもかんでもって言うのではなくて、幾つかの限られたタンパクとか酵素のポケットに入る化合物だったら有り得る話だ。
テルミサルタンとか、二つの作用を持っているわけだしね。
「そうですね。他にも、血糖を下げる薬を作ろうとして、短期で投与したら確かに血糖は下がったけど、長期で投与したら全然効かなくなっちゃうとか、あるらしいですし」
「身体が慣れちゃうってこと?」
「例えば酵素を阻害すると、その酵素の働きが極端に減るから、身体の中では余計にその酵素を作ろうとするって言うのもあるんです」
「それで効かなくなるか……」
要はリバウンドみたいなものだね。
なので、薬にするには、余計に作られた酵素の分までキチンと効かないとイケないってことだと思う。
「ええ。最悪の場合は、血糖を下げるつもりが上がっちゃうなんてのもあり得るってことじゃないかなって思いますよ」
「なるほどな。そうそう。で、話は飛ぶけど、十日後の夜、時間取れる?」
「まあ、可能だけど、何かあるんですか?」
「その日って、ケテンもアレンも新月状態だからさ」
この惑星には、二つの衛星が回っている。
その一つがケテン、もう一つがアレンと呼ばれていて、どちらも月よりも小さめ。
でも、二つとも衛星が出ていないってことは、夜空は一段と暗いけど、逆を言えば星が良く見えるはず。
そうか!
「天体観測?」
「ああ。城の屋上で。イイかな?」
「イイよ」
「じゃあ、よろしく頼む」
「うん!」
むしろ、こっちこそよろしくだね。
アクティス王子なら、こっちの星に色々詳しいだろうし。悪い話じゃないよ。
こっちの世界って街燈もネオンも無いじゃん。だから、夜空が凄く綺麗なんだよね。マジで星が大きく見える。
地球にいた頃、ボクが住んでいたところからじゃ天の川とか見えなかったし、一等星と二等星しかロクに見えなかったからね。
一応、都会暮らしだったからさ。
生まれは地方だけど県庁所在地に隣接する都市で意外と明るかったし、大学は上京してたからね。
それもあって、こっちの夜空を初めて見た時はホンキで感動したんだ。
天の川なんて生まれた初めて見たよ。
まあ、それだけムダな明かりが無いってことだね。




