95:その娘は転生予定者!
ビオブラリア王国から戻ってきて数日後のことだ。
その日の夜、ボクは夢を見ていた。
「トオル先輩」
「志賀さん?」
「はい。志賀怜子です。トオルさんって女性になったんですね」
久し振りに志賀さんの夢だ。
最近、見ていなかったからかな?
妙に懐かしさを感じる。
ただ、どうして、志賀さんは、そのことを知っているんだろう?
ちょっと焦ったけど、一回深呼吸してボクは心を落ち着かせた。
「有馬透の前も、この世界で女性だったらしいけどね」
「そうだったんですか。やっぱり、それでなんですかね。トオル先輩が余り粗野な雰囲気とかを纏っていなかったのは」
「そうなのかな? それで、志賀さんは、今、何をやっているの?」
「製薬会社に勤めています。一応、創薬化学を担当していて、私が設計・合成した化合物が、臨床試験に入ることが決まったんです」
そう言えば、創薬の確率って、凄く低いんだよね。
下手すると博打の方が、勝率がイイんじゃないかって思えるくらいだよ。
薬になる化合物は二万五千から三万化合物に一つって言われているからね。
それに、薬にまで到達できなくても、前臨床試験に入れるのが四千化合物に一つ、臨床試験まで進められるのが九千から一万化合物に一つって言われているくらいだ。
競艇の3連単なら6艇で組み合わせは120通りだけど、競馬なら18頭立てで4896通り、1頭欠いて17頭で考えても4080通りにもなる。
各馬の実力を無視して、単純に組み合わせ総数の逆数が確率になるって考えたら、創薬の確率の低さが良く分かると思う。
だから、前臨床試験や臨床試験に進む化合物を一つ創製できるだけでも、本当は凄いことなんだ。
「やったじゃん! 凄く頑張ってるね!」
「でも、これで打ち止めなんですけどね」
「どうして?」
「運を使い果たしちゃったみたいで」
「一万分の一を出したから?」
「でしょうね。それでですね、ちょっと先輩にお願いがあるんです」
「ボクにできることなら」
「先輩の薬、明日中に第一倉庫を満杯にしておいてください。第二第三倉庫内が満杯のまま手を付けていませんので大丈夫だとは思うんですけど」
なんか、志賀さん、こっちの状況に詳し過ぎじゃない?
やっぱり、夢の中だから、
『訳分からん設定』
が働いているんだろうか?
「ええと、ボクが薬を作っていることを何で知っているの?」
「私は先輩のことなら何でも知っているんです。あと、ククラタ町に配布する抗フィラリア薬も二千五百人分程度、取り急ぎ一年分だけでも作り置きしておいてください。おたふく風邪みたいな病気の薬もそれなりに」
「何故またそんな?」
「万が一のことを想定しておいた方がイイってことで」
「まあ、たしかにそうだね」
「抗フィラリア薬とかおたふく風邪みたいなのの薬は、アイテムボックス内に保管しておける量だと思いますけど?」
「その辺は問題ないよ」
「では、またお会いしましょう」
そう言われた直後、ボクは目を覚ました。
それにしてもリアルな夢だったな。
本当に志賀さんに会っていたみたいだ。
でも、なんで志賀さんが、薬を作り置きするのをお願いしてきたんだろう?
意味不明なんだけど?
次の日、ボクは夢の中で志賀さんに言われた通り、薬を大量製造して第一倉庫を満杯にした。
良く分からないけど、そうした方がイイって直感的に思ったんだ。
あと、抗フィラリア薬も作っておいた。
念のため、ククラタ町全体で二年間くらい処方できる量にしておいたよ。
志賀さんに言われていた量よりも多めにした。
それから、ビオブラリア王国の方で使うおたふく風邪みたいなのの薬もね。
これらの薬は、アイテムボックス内に収納した。
その後、ボクは会長室に移動した。
そして、地球で覚えて来た薬が、この世界で、何に対して効能を持つかをチャットボット機能で調べていた。
最近、時間が空いた時には、こればっかりやっている。
しばらくして、ここに、
「トオル、イイか?」
アクティスが入ってきた。
今日は時間が取れたんだね。
しかも、部屋の鍵をかけて、ナニをするつもり?
一階にいる騎士達に聞こえるから、やり難いんじゃなかったの?
もっとも、『し難い』と『しない』は違うって言っていた気がするけど……。
…
…
…
それで、結局、よくあるパターンが起こって、その後、毎度の如くアクティスは賢者タイムに入ったよ。
今では、コイツとは、こうなる頻度が上がっている気がする。
「じゃあ、俺は一旦、城に戻る」
「はい。ボクも、もう少ししたら帰ります」
これで、アクティスはボクの居室から出て行ったわけだけど……。
今では、もう、昔ほど天体の話とかできなくなったな。
最近した天体の話って、少し前にしたダイヤモンドの星のことくらいじゃないかな?
ボクの仕事の関係上、薬とか医療の話はするけどね。
アイツも忙しくて、天体観測の時間が取れないってのもあるんだけど……、それ以上に空いた時間の使い道が賢者タイムに向かうパターンに収束しているなぁ。
ボクも、それに喜んで流されている節があるんだけど……。
ただ、何て言うかな。
一応、ボクは元男性だからさ。
男性の出したい欲求と、その後に来る賢者モードとか賢者タイムって言われる状態のことは理解できる。
でも、女性視点だと賢者タイムって、ちょっと女性に対して失礼に感じるんだよね。
終わったら、もう不要みたいに思われているような雰囲気があるからさぁ。
その後、ボクはファイリングがひと段落したところで、特殊ゲートを通って侯爵家の御屋敷へと戻った。
…
…
…
その夜、ボクはベッドに入って眠りにつこうとしたんだけど、急に体調に違和感を覚えた。
こんな感じは生まれて初めてだ。
そもそも病気にならない身体のはずなんだけど?
それで、急いでボクは、
「診断!」
自分の身体を魔法でスキャンしたんだけどさ……。
「えぇぇっ?」
驚きのあまり、ボクは大声を上げてしまった。
これを聞きつけて、マイトナー侯爵が、
「トオルちゃん。どうかしたの?」
慌ててボクの部屋に入ってきた。
その後には侍女が数人。
「侯爵様。実は、体調に違和感があって自分で魔法診断したんです……」
「何か問題でも?」
「妊娠しています!」
「えぇぇっ!」
これにはマイトナー侯爵も驚きの声を上げたよ。
たしかに五~六時間で受精するって話を聞いたことはあるけど、いきなりかい!
でも、魔法診断なら受精直後でも確認できるんだ!
それ以前に、受精直後に違和感があるって地球じゃ考え難いパターンな気がする。
やっぱり魔力を持つ故なんだろうね。
「あ……相手は、アクティス王子よね?」
「それ以外、心当たりはありません」
「明日、朝一番でお城に向かうわよ!」
「そうですね。夜中に驚かせて済みません。」
「それは気にしないで。でも、やっとなのね。順番に問題はあるけど、ここは喜ぶべきなんでしょうね。じゃあ、身体を大事にしてお休みなさい」
「はい。お休みなさい」
それにしても、まさかボクが妊娠するとはね。
これで結婚ってことになると…………ってデキ婚かい!
そのパターンは避けたかったんだけどな……。
まだ着床したわけじゃなから、正式に妊娠したって言えないような気もするけど……、でも、この受精卵は、ボクの魔力で絶対に着床させてみせるよ!
一応、王太子の子を妊娠って、本来なら大事件なんだけどさ。
その当事者でありながらも、ボクは、この後、意外にも、すんなりと眠りにつくことが出来た。
明け方になった頃だ。
ボクは再び志賀さんの夢を見た。
ただ、何故か意識はあるような感覚だったし、なんだか明晰夢みたいだ。
「トオル先輩」
「志賀さん。また会ったね」
「そうですね」
「昨日、運を使い果たしたみたいに言っていたけど?」
「ちょっと、トラブルに遭いまして」
「そうだったんだ」
「それで、少し前に元の身体の死亡が確認されました」
「えっ?」
「実は私、交通事故に遭っちゃって、それでトオル先輩の娘として転生することが決まりましたぁ!」
「えぇぇっ!」
「定番の暴走トラックに跳ねられちゃいまして。なので、今から十カ月ほど後になりますけど、また先輩にはお世話になりまーす! そうそう、一応、トオル先輩みたいに薬を作る魔法は与えてもらえるみたいです!」
こう言われた直後、ボクは目を覚ました。
そして、
「マジで?」
と言葉を漏らした。
多分、昨日の段階で、既に志賀さんは危篤……正しくは、死が100%約束された状態だったんだろう。
それで、妊娠後のボクの身体への負担を極力減らさせるために、昨夜は、先に薬を作っておくように言いに来たってことか。
ってことは、これは100%着床するね。
志賀さんが生まれてくることが前提だもん。
それにしても、まさか、志賀さんがボクの娘になるとはね。
二度目の地球への研究出向から帰って来た後、志賀さんの夢を見るようになったのは、この予兆だったのかも?
でも、もし本当に彼女が薬を作る魔法を持って生まれて来るなら、ボクの跡継ぎとして十分過ぎるほどの活躍が期待できるだろうね。
製薬会社でキチンと研究者していたわけだし。
この後、ボクは二度寝してしまったんだけど、
「トオル様。起きてください」
朝になったら、侍女の一人がボクを起こしに来てくれた。
「おはよう」
「おはようございます」
ボクは、ベッドから起き上がると、朝食、身支度と済ませ、マイトナー侯爵と共にお城へと向かった。
勿論、バイエッタさんの転移魔法でね。
そして、マイトナー侯爵が『緊急で!』と言ったので、ボク達はフルオリーネ女王陛下の自室へと通していただいた。
「どうしたの? こんな朝早くから」
こう言ったのは、当然、フルオリーネ女王陛下。
そりゃあ、何事かと思うよね。
ナニ事なんだけど。
すると、マイトナー侯爵の口から、
「トオルちゃんが、アクティス王太子の子を宿しました」
と女王陛下に報告してくれた。
「えぇぇっ!」
女王陛下は、驚きのあまり、手にしていたカップを床に落としてしまったよ。
「それは本当なの?」
「はい。ただ、診断魔法が使えるので感知できたと言うのはありますが、まだ妊娠して一日しか経っていません」
「それでも、これは重大なことよ。それに、どうせトオルちゃんが魔力で守って、絶対に出産まで事を進めるでしょうし」
「ええ、まあ」
「なら決まりね。アクティスを至急呼びなさい!」
女王陛下は、側近に言ってアクティスを呼びに行かせた。
そりゃあ、本人に知らせないわけには行かないよね。
「では、トオルちゃん。これを機会に王家に入っていただくってことで良いわね?」
「はい」
そもそもアクティスとボクは婚約していたわけだからね。
こうなっちゃったら結婚するのが自然な流れだろう。
予め、そんな話もしていたし。
数分後、アクティスが部屋に入って来た。
「どうしたんですか? って、トオルも?」
「実はね、アクティス。トオルちゃんがアナタの子を妊娠したって」
「えぇぇっ?」
「でも、まだ妊娠して間もないって。それこそ、昨日、出来たみたい」
「(じゃあ、昨日のアレ?)」
「普通の人じゃ妊娠したことに気付けないけど、トオルちゃんは診断魔法が使えるので分かったらしいの。なので、急いで式を挙げてもらいます。挙式は、お腹が目立たない時期にすべきでしょうから、二か月後でイイですね!」
「は……はい!」
「アクティス。もっと喜びなさい。やっとトオルちゃんと一緒になれるんだから。それと、順番が逆になったけど、今日中にアナウンスを出せば、十か月後に出産しても、一般にはデキ婚だとは思われないでしょう。結婚が決まったから子を作ったと解釈されるのが普通です」
「そ……そうですね」
てなわけで、これから城内はバタバタして行くわけだけどね。
一応、城内の一部の人と、流通センターの一部の人には、ボクが懐妊したとの話がされたっぽい。
なので、ボクは何かあるとイケないからって腫れ物に触るが如く、思いっ切り丁重に扱われたよ。
ただ、流通センターに行けば、
「なんだかんだで、トオルもヤルことはヤッているのね」
ってアリアやミサに言われるし、
「じゃあ、トオルがイケメン王子の相手をできない間は、私が彼のナニを処理してあげようか?」
ってマルシェは不謹慎な冗談を言ってくれたけど。
ただ、この女の場合は冗談なのか本気なのかちょっと怪しいんだけどさ……。
次回、最終回です!




