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マリー・パスファインダーの英知と決断  作者: 堂道形人
白銀の分岐点

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ファウスト「きっとルッドマン元帥の策略ですよ、あの方は大変な名将ですから」ロイ爺「そ、そうじゃな、勿論そうに決まっておる」

再び三人称になります。

戦端を開いたグレイウルフ号は、5隻の私掠船と2隻のガレー船の群れに自ら飛び込んで行きました。

 私掠船が一隻逃げ出し、最後尾の小型船が火災事故か何かを起こし、順風だった風が逆風に変わるという……不吉な出来事が立て続けに起きたとは言え。


 向かって来るのはたかが一隻の小型軍艦である。レイヴン海軍旗を揚げればこちらがビビるとでも思っているのだろう、二、三発喰らわせてやれば怯えて尻尾を巻いて逃げるに違いない。

 私掠船の海賊達は最初、グレイウルフ号をその程度の相手だと考えていた。


 しかし彼等が、相手は一度戦い始めたら例え主人が死んでも戦う事をやめない狂気の闘犬、レイヴン海軍兵だと思い出すのにそう多くの時間はかからなかった。



   ◇◇◇



 レイヴン海軍のコルベット艦グレイウルフ号は、いくさの嵐の中に居た。


 マカーティは突然吹き始めた神風と敵は一隻と侮ってかかる海賊艦隊の油断を最大限に利用し、積極果敢な操舵で常に先手を奪う操船を繰り広げ、少なくとも三隻の敵には撃たれる前に初撃を見舞った。


 そこから先は泥仕合である。


檣楼員トップマン降ろせ! 海兵隊は左舷に集中しろ! このクソ黒煙がああ! 掌砲手は敵が見えた奴から撃て!」


 両舷で撃ちまくるグレイウルフ号は自らの砲煙と敵艦の砲煙に巻かれ続けていた。その中で僅かな視界を確保する為マストに登っていた檣楼員は既に何人も犠牲になっている。

 しかしここまで黒煙が立ち込めてしまうと、もう甲板でも檣楼しょうろうでも殆ど視界が変わらない。

 そしてここまで接近戦になってしまえば、視界よりマカーティの嗅覚の方がまだあてになる。


―― ドカァァァン!! ゴォォォ!!


「う、右舷の敵軽ガレオンで爆発、火災が起きてます!」

「てめえら他人の不幸を喜ぶな!! そういうのは俺だけでいい、ざまぁぁぁあみやがれェェェエ!!」


 甲板のあちこちから笑い声と歓声が上がる。

 だけどそんな風に笑っている者も、死にもの狂いで大砲にすがりついている者も……多くの者が傷ついていた。

 下層甲板ではもう戦えない程の深手を負った者達がうめいていた。だけどそんな者達も、必死で笑い、拳を突き上げる……


―― すまねェ……すまねェ……


 マカーティは密かに唇を噛み締める。


「少しでも動ける奴ァ火薬を運べ! 左舷!! 来るぞクソ共、ケツに力ぁ入れて押し出せ!!」


―― ド ド ド ドドォン! ……ガシャアアアアン!!


 右舷側から飛来した一列の砲弾が、グレイウルフ号のマストの間を通過し、蟹の爪型の帆に穴を開け、船尾をかすめる……そして一発が、右舷の三番目の砲座にまともに着弾する。


「ぎゃふああ!」「ぐわーっ!?」


 弾き飛ばされた砲身の直撃を受ける男達。砲弾は甲板を切り裂き、日々磨き続けたそれを尖った木材の破片という、自分達に降り注ぐ凶器へと変える。


「気を取られるなァァ! 左舷目ェ離すな馬鹿野郎!!」


 右舷で友人が倒れようと、左舷の者は手も差し伸べられない。


「ハロルド!! 敵ガレー船そっちは見えるか!!」

「見えます! 左舷掌砲手は私の声を聞け! 三、二……撃てーッ!!」


 マカーティは艦首側のハロルド副長に向かい声を張る。

 一日中何かを叫んでいるマカーティの喉は強く、黒煙と爆音の中で怒鳴り続けていてもその音量を維持していたが、普段は紳士的なハロルド副長の声はすっかり怒鳴り声で痛み、枯れてしまっていた。


―― ドォォン! ド ドォンドォォンドドドォン!!


 グレイウルフ号の24ポンド砲列が火を吹く。


―― ドボォォン! ドボガシャァァン! ドォン……


 砲煙はますます濃く、撃った砲手達にももう自分達が何を撃っているのかもあまりよく解らない。敵が見えた時は目測で撃つが見えない時は誰かの指示で撃つ。そして……多勢に無勢。敵は次から次へと来る。


「面舵15分! 海兵隊左舷前方すれ違うぞ!」

「海兵隊、構えーッ!!」


 マカーティの号令を受けグレイウルフ号の海兵隊は一斉にマスケット銃を構える。彼等は物陰に隠れたりしない。皆しっかりと立ち尽くして狙いをつける。


 そして左舷前方の黒煙の中から現れるジーベック船はグレイウルフ号より大きく、まだ損傷を受けていない。グレイウルフ号の左舷側の大砲はたった今、別の船に撃ちきってしまい、後は海兵隊だけが頼りだ。

 激戦の続く海域は普段は波も穏やかなフィヨルドの海なのだが、今は旋回を繰り返し大砲を撃ち合う大小8隻の船とその砲弾が立てる水柱のせいで、不規則な高波に荒れている。


―― この速度ですれ違うならもう一撃は持ちこたえるかもしれない……


 マカーティはやや希望的な観測を立てる。そうでない場合は? 恐らく片舷10門以上のジーベック船がこの至近距離でまともに砲弾を当ててくれば、グレイウルフ号は船体に航行不能のダメージを受ける。


 その時、檣楼員トップマンが……降りろと言われたのに降りなかった檣楼員が叫ぶ。


「ジーベックの向こうにフォルコン号!!」


 しかし、次の瞬間。


―― ドン! ドドド、ダダダ!


 黒煙の切れ間から敵船が見えたという事は、敵船からも檣楼員が見えたという事だ。そしてジーベック船の檣楼からだろう、残る一人となって頑張っていたグレイウルフ号の檣楼員トップマン目掛け、多数の銃弾が飛来する。


「……!」


 マカーティも一瞬、言葉を失う。見上げるまでもなく……グレイウルフ号の檣楼から、致命傷を受けたと思われる水夫の血潮が、甲板に降り注ぐ。

 花屋の三男で、花の名前なら何でも知っている奴だった。


「海兵隊撃つな左舷全員退避!!」


 マカーティが叫ぶ。射撃体勢で立ち尽くしていた海兵隊員、左舷の大砲を再装填しようと奮闘していた掌砲手がその場から飛び退く……退避と言っても、隠れられるのはそれこそ大砲の影か、せいぜい波除板ブルワークの影しかない。


―― ドゴォォ! ドォン! ドン!


 ジーベック船から砲声が、銃声が鳴り始める。マカーティは指令台の上に立ちはだかり、目を見開いていた。黒煙が再び甲板を覆い、マカーティの視線から愛する艦の姿を覆い隠して行く……


―― 皆、すまねェ……


 黒煙に巻かれ、マカーティは目を閉じる。


 フォルコン号が来たという事は、グランクヴィストが……あのチビの大海賊が「勝機がある」と判断してくれたという事だろう。奴は民間業者であり自分のように勝ち目の無い戦いをする理由は無い。つまりこの戦いには勝てる可能性があるという事だ。

 その状況を作れたのは、自分達の奮戦があったからだと思う。グレイウルフ号は二隻を沈黙させ、他の船にも大なり小なり損害を与えた。

 あとはグランクヴィストを信じるしかない。このジーベック船との交差で、グレイウルフ号は終わりだ。

 気掛かりと言えばアナニエフ一家の本隊の四隻のキャラック船と交戦出来なかった事だ。四隻のキャラック船の後ろに居た小船が反逆したと言うが、それもグランクヴィストの策略か何かなのだろうか?



―― ドドドドドォン!!

―― ドォドボォン! ダァン! ドォォン!


 二つの音源から轟音が響いた。一つはジーベック船より向こうから、続いてジーベック船から。前者は整った一斉砲撃の音で、後者は乱れた不協和音だった。


「左舷全員持ち場に戻れ! あのクソチビが助けに来たぞ畜生め!!」


 マカーティは忌々(いまいま)しそうにそう叫ぶ。グレイウルフ号の乗員は、元気な者も、そうでない者も、歓声を上げる。マカーティは思う。とにかく、最後の瞬間まであのクソチビの役に立てるよう努力を続けるしかない。

 しかし、次の瞬間。


―― ドォドォドドン! ドン!


 今撃ったはずのフォルコン号と思われる船からまたしても、恐らく片舷5門の大砲の音が、一度目よりは少し乱れて鳴り響く。

 フォルコン号はジーベック船の向こう側からジーベック船を撃っているので、下手をすればジーベック船と至近距離で交差しようとしていたグレイウルフ号に流れ弾が飛んで来る恐れがある。立ち上がり掛けた海兵隊員も皆首をすくめる。


 黒煙が流れ、視界が回復する……ジーベック船はもう左舷至近距離に居た。

 グレイウルフ号の左舷砲列は装填が済んでおらず撃てない。一方のジーベック船は準備万端で接近しており、グレイウルフ号に一方的な斉射を浴びせようとしていたのだが……その船上はパニックになっていた。

 グレイウルフ号が撃たれるのを覚悟で動いたのと同じように、ジーベック船も逆舷からより小型の商船、フォルコン号から多少は撃たれる覚悟で動いていたのだが。


―― ドォン! ドォン! ドドォン……ドォン!


 フォルコン号の大砲は有り得ない間隔で砲弾を撃ち込んで来るのだ。僅か5門とはいえこれではフリゲート艦並みの火力である。



 ジーベック船からグレイウルフ号への砲撃は、撃ち始めると同時に被弾し船体が煽られたせいで海面を撃ってしまい、グレイウルフ号の乗員を撃つはずだったマスケット兵も多くが転倒し、統制を失っていた。


 海賊達は商船らしいフォルコン号の兵装を、あってもせいぜい9ポンド砲が片舷2、3門と見積もっていた。そして砲撃戦などやった事も無い連中に操船されていると。


 しかし今日のフォルコン号には本物(・・)の大海賊ファウスト・フラビオ・イノセンツィと、片舷5門の特別な18ポンド砲と、彼が育てた部下達が乗っていた。

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本作はシリーズ四作目になります。
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マリー・パスファインダーの冒険と航海
― 新着の感想 ―
[良い点] 凄い読み応えのある海戦シーンでもう目が離せましぇん!!!
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