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不精ひげ「マリーだと思うか……?」ウラド「違うと……信じたい……」

一週間のご無沙汰となってしまいました……申し訳ありません……


   ◇◇◇


カイヴァーンと二人、海賊船に移乗攻撃を掛けたフレデリク船長。そこで待っていたのは顔も腕も刺青だらけで、茫々(ぼうぼう)の長い髭には導火線を編み込み、筋骨隆々でとても怒りっぽそうな、身長2m50cmのギョロ目の大男でした。この人、何かちょっとずつ物語に登場していたような気がしますね。

 大男の茶色いもじゃもじゃの頭には、妙に大きな窪みのある鉄兜が斜めに引っ掛かっている。何だろうあの窪みは?

 それにしても大きい、ハイディーンやファウストより背が高い、そして腕も足も腹も規格外の太さだ、まるで……本物の巨人だ。


 その巨人が私の方を見ている……右手に持っているのは、大きなボート用の錨だろうか……

 私は全力で飛び退いた! 次の瞬間私が直前まで居た空間を……(いかり)が通過して行く!?


―― ガシャーン!! ガキン!!


 カイヴァーンはそれと同時に飛び掛かっていた、しかし巨人はそれにも反応していた、カイヴァーンの大剣による一撃を巨人は左前腕にくくりつけられた鉄の丸盾で受け流す! 激しい火花が散る。

 あの錨は!? 窓から飛び出して行った錨にはロープが結んである……まさか。


 躊躇ちゅうちょする余裕は無かった。カイヴァーンが作った僅かな時間を使うしかない、だけど正確に構える時間も無い、私は脇に構えた銃の引き金を引く!


―― ドォン!


「ふンッ!!」


 巨人は鼻息を吹き出し後方にのけぞりながら、カイヴァーンとの間合いを取り直す……私は巨人の突進に備え撃つと同時に飛び退いていた。

 私が撃った弾は巨人の右肩に当たった。巨人はその巨体に毛皮の服をまとっている……少なくともそれは板金の鎧などではないし、当たったのなら手傷を負っているとは思うのだが……


「ふンがァァァァァァァァ!!」


 巨人は片膝をつき、左手で右肩を抑えて咆哮を上げる。効いているのか? あまりそんな感じがしない。


 だけど私には気がかりがもう一つあった。あの錨はどこへ? 私は一瞬巨人から目を離し、破壊された船尾窓の向こうを見た。

 錨はシーオッタ号のフォアマストのシュラウドに絡まるように引っ掛かり、甲板の上にぶら下がっていた。


「綱を引けやァァァァ!!」


 巨人が吠え、船長室の外で海賊共の歓声が上がる。シーオッタ号を引き寄せて移乗攻撃をしようというのか!?


「次弾装填急げ!」


 私は仲間より海賊に聞かせるつもりで、ストーク語でそう叫ぶ。出来ればこの綱を切りたい……どうしよう。

 そして悪い事がもう一つある。私の撃った弾が戻って来ない。


「なんだこの弾ァ……てめェんとこに帰ろうとしてるみてェだなァ……」


 巨人は歯を剥いて笑う……うわあ、歯もでかい……

 そして何という事か。巨人の筋肉はアイリさんが掛けた魔法より強いのか!?


「こうするとどうなんだァてめェは? その悪魔みてェな銃も、弾が出なくなったんじゃねえのかァ? お前は早合はやごう使いなんかじゃねェ、インチキ魔術師なんだろうがァ!?」


「船長!! 飛び込んで逃げろ!!」


 カイヴァーンは叫び、巨人に仕掛ける! 凄まじい身長差を物ともせず果敢に打ちかかるカイヴァーンの剣が、左手で肩を抑えたままの巨人の右手を二度、三度と捕らえる!


「うおおォォ! いてえなコン畜生がァァ!」


 巨人が吠え、踏み込んでカイヴァーンに手を伸ばす……大丈夫、カイヴァーンは冷静だ、巨人の懐の深さと踏み込みの幅を十分読み切って慎重に距離を取っている。


「早く引けェェ船長!!」


 カイヴァーンが私に向かって怒鳴る。巨人の左手が右肩から離れる。


「グワァハハハ! このチビの魔術は俺の筋肉が破った!」


 巨人は甲板に向かって叫ぶ……奴は自分の肉体に刺さった弾丸を筋肉で締め上げ、私の銃に戻ろうとするそれを止めてしまったのだ。


「こいつはもう撃てねェぞ!! お前ら、早くこいつらを撃ち殺せェェ!!」


 巨人が叫び、私をその巨大な人差し指で指差した。


「ヒャッハー!!」「ウラー!!」


 破壊された船長室の戸口へ、銃や弓を持った海賊達が殺到して来る。私はポケットから出した別の弾丸をマスケット銃に詰め終えていた。


「きたねェ」


 巨人がギョロ目を丸くしてつぶやく。


―― ドォン! ドォン! ドォォン!


「ギャアアァ!?」「話が違うぅう!!」「撃だれ゛だぁぁ゛死ぬ゛、死ぬ゛!」


 海賊達は私だけでなくカイヴァーンも飛び道具で撃とうとしている。躊躇ちゅうちょする余裕は無い。私は戸口に向けて立て続けに引き金を引く。


 次の瞬間には巨人が突進して来る!


「クソがァァアア!!」


 だけどそこに私は居ない、私は右に走り跳躍して、そちらから地を這うように飛んで来るカイヴァーンと立体交差していた。

 巨人に真横から懐深く飛び込んだカイヴァーンの剣がうなる……宙返りをしている私の目にはそこまでしか見えなかった。


「いて゛ェェェェエエエエ!!」


 続いて巨人のうめき声が聞こえる、カイヴァーンの剣は巨人の巨大な腹を深くえぐったのではないか? 私は前転しながら着地しつつ甲板側に銃を向ける……

 先ほど意気揚々と乗り込もうとしていた銃や弓の射手達が慌てて引き下がって行く。代わりに飛び込んで来たのは抜き身のカトラスを持った斬り込み兵だった。直前に状況が変わってしまったのを察してか、あまり顔色は良くない。


―― ドォン! ドォン!


 私は引き続き引き金を引く。しっかり狙えてないので一発目は戸口にすら収まらなかったが、二発目は一人の斬り込み兵の太腿を射抜いていた。何だろう。相手のどこに当たったかを意識してしまうと、自分の同じ所が痛むような心地がする。


 いずれにせよ戸口から入ろうとしていた斬り込み兵も、怖気づいて後退する。

 これなら行けるんじゃないか? 二人でシーオッタ号に戻れるんじゃないか。私はそう思いながらカイヴァーンの方に視線を向けた……


 カイヴァーンの剣は確実に巨人の左脇腹を捉えていた。しかし。その剣は恐らく、巨人の分厚い脂肪に阻まれて深手を与えきれておらず、しかもその剣は巨人の左手と脇腹で挟まれてて引き抜けなくなっていた。


「くっ……!」

「いてェ……!」


 巨人は呻きながらもその刺青だらけの顔面に邪悪な笑みを浮かべ、動きを封じられたカイヴァーンに、巨大な右掌を叩きつける、カイヴァーンはヴァイキングの大盾を掲げて受け止めようとするが……


―― バーン!!


 どんな怪力を持っていようとカイヴァーンの身体はまだ少年のそれで、その打撃に耐えられるような重量がない。カイヴァーンの身体は盾ごと吹っ飛ばされ、宙を舞う……


「カイ……!」


 カイヴァーンの体が私の横を通り抜け、壁際へと吹っ飛んで行く。カイヴァーンが振るっていたヴァイキングの大剣は巨人の脇腹に食い込んだまま残っていた。


―― バキッ……ガシャーン!


 カイヴァーンの体は白塗りのワードローブに叩きつけられ、その華奢な戸板をへし折る!


 私はカイヴァーンと巨人の間へと飛び込みながら、銃口を巨人の方に向け、引き金を引く……


―― ドォン! ドォン!


 一発目の銃弾は大きく逸れるが、二発目は巨人の脛の辺りを捉えた……私は見た……弾丸が当たった場所で、一瞬火花のような物が散ったのを……巨人は、ほんの少しだけ怯んだようにも見えた……

 私は何かを感じさらに一歩飛び退く……戸口に現れた新手の射手が、銃を、弓を、私めがけて撃つ!


―― ドォォン! ドォォン!


 全てが、ゆっくりと進んでいるように見える。


 私がたった今まで居た空間を矢が通過して行くのが見えた。銃弾の一つが床板を砕くのも、もう一つが私のブーツをかすめるのも……巨人が凄まじい勢いで突進して来るのも。


「ウ ォ ォ ォ !」


 体をひねって敵の射線から逃れようとする私の上から、大波のように巨人の影が迫る……

 私が持っている銃の銃口は、床の方を向いていた。


 勝利を確信し真上から迫る巨人……

 私はマスケット銃を逆手に掴み直していた。


 無防備に半ばうずくまる私に、掴み掛る巨人。

 無防備な巨人の顎に、体を回転させながら銃床を突き上げる私。


 そして男の顎に銃床が触れた瞬間。私の右手の人差し指が銃の引き金を押し上げ、燧石ひうちいしが当たり金を打ち、火花を散らす。



   ◇◇◇



「ねー、このマスケット銃って拳銃とどのくらい違うの?」

「うむ……基本的な事は同じだが、単純に言えば威力が違う。より重い弾をより遠くに飛ばす為、使う火薬の量も多く……待て船長! そんな持ち方をしてはいけない!!」

「へっ……? いや、弾は入ってないから」

「入っていない時にもだ、銃は敵にも自分にも危険な武器だ、普段から正しい取り扱いを心掛けなくてはならない!」

「へぇ、すみません……でも兵隊さんが、なんかこんな風に構えて撃っていたような気がして」

「あれは頬を銃床の底に当てているのではない……頬は上から挟むもので」

「じゃあちゃんとした撃ち方を教えて下さい、ウラド先生お願いシャス」

「そ、それは……船長に余計な事を教えるなとその、アイリが」

「ちゃんと教えないと危ないッスよ、素人は何をするか解りませんよ」



   ◇◇◇



―― ドォォン!


 銃口が火を噴き、火蓋からも炎が上がる。

 非力な私がかち上げた銃床に火薬の力が加わり、巨人の導火線を編み込んだ髭に覆われた顎に真下から重みのある一撃を食わせる。


 完全に油断していたはずだ。チビと侮っている相手から、こんな攻撃を受けるとは思っていなかったはず。


 未だゆっくりと進む時間……身をひるがえし向き直った私と、巨人との目が合う。


 巨人は……ギョロ目を歪めて……笑った!


 この乾坤一擲けんこんいってきの一撃でも倒せないのか!? 巨人の顎はそのまま跳ね上がり、ギョロ目は私から離れて天井を向く、それでもこの男には効いていないと言うのか!?



「ルド、僕を撃て!!」



 私はアイビス語で短くそう叫んだ。そしてカイヴァーンの居る壁際へ走る、いや飛び込む!



―― ド



 うわあのじいさんやっぱり溜め無しで撃った!! カイヴァーンは既に半壊したワードローブの前で立ち上がりかけていたが、慌てて壁際に引き下がる!



―― ド ドドォォォン!! ガシャアアン!!


 そして轟音と共に視界が爆発した! 部屋は一瞬にして粉塵で満たされて何も見えなくなった! ああ……時の動きも戻った気がする……海賊の射手は!? だめだ、解らん!


「船長もう引こう、俺が持ってるからあのロープを渡ってくれ! 得意だろ!?」

「……解った!」


 もう十分だ。船尾窓はさっきよりさらに粉砕され殆ど丸ごと無くなっていた。ロープというのは巨人が投げた錨についてるやつだ。さっきまで海賊共が引っ張っていたんだろうけど今はどうだろう。


 そこへと駆け寄る途中、粉塵の中で、ギョロ目を見開いたまま仰向けに倒れている巨人を見た。対峙した時は2m50cmぐらいに見えたけど、倒れているのを見るとハイディーンより少し小さいようにも見える。

 この男は見た目よりしっかり鎧を着ている。私の銃弾もカイヴァーンの剣も簡単には通さないような鎧を、毛皮の下に着けているのではないだろうか。それであんなに動けるんだからたいした化け物だと思う。


「船長、早く!」


 カイヴァーンがロープを持っていてくれる。急がなきゃ。私は魔法のズル綱渡りでシーオッタ号に戻って行く。幸運の銃弾、さっそく役に立ったわね。

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本作はシリーズ四作目になります。
シリーズ全体の目次ページはこちらです。

マリー・パスファインダーの冒険と航海
― 新着の感想 ―
[一言] みんなフォルコン号の船長にこんなのを想像してたのか…
2021/03/07 09:30 名称未設定
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