アナニエフ「あの野郎ふざけやがって!! 次にあったら八つざk」
海賊ゲスピノッサは第二作「マリー・パスファインダー船長の七変化」に出て来た悪役だよ。マリー達に捕まったんだけど、第三作で海軍の護送中に逃げ出しておりました。
三人称ステージ、続きます。
レイヴン海軍のコルベット艦グレイウルフ号は、並み居る海賊艦隊にただ一隻、立ち向かおうとしていた。
「凄い数ですよ……こちらもサイクロプスとフォルコンが来るのを待つべきでは」
「まどろっこしいのは御免だぜ! 右艦首砲、挨拶代わりにあの先頭の奴を狙って撃て!」
「了解!」
―― ドカァァン!!
グレイウルフ号の艦首の9ポンド砲が火を吹く。砲弾は1km近くを飛び、先頭の海賊船から30m離れた水面に落ち水柱を上げた。
マイルズ・マカーティ艦長は望遠鏡をハロルド副長に返すと、艦尾の方へと戻って行く。
甲板では掌砲手も掌帆手も海兵隊も。全てが準備を終えていた。乗組員達の表情はさすがに固かったが、不平や不満を漏らす者は一人も居ない。
「言うまでも無ェが!」
マカーティは声を張る。
「俺達は国王陛下の命令でここに居る! スヴァーヌ海北部、ファンテン諸島より北の海に赴き、レイヴン王国並びにレイヴン国民、そして同盟国の敵となる物一切を排除せよ! それが俺達が拝領した命令だ! だから俺達はそれをやる、それ以外の事は考えない。何故、俺達はそうしなければならないと思う!」
「俺達はレイヴンの男だからだ!」「我等は王国海軍の水兵だ!」「そこにある仕事をするのが男だ!」
たちまち方々から威勢のいい声が返って来る。マカーティは指令台の上に立ち、甲板を見渡す。
「勇敢なのは結構だ! だがこれだけは忘れるな、お前ら、仕事の途中で勝手に死ぬんじゃねえぞ!! お前ら一人一人の命はそのまんま、仲間の命を守る盾でもあるからな! 簡単に死なれちまったら隣の奴が迷惑する、お前らが本物の男なら死にそうになっても死ぬな、死にかけても生きろ!!」
「どうしろって言うんだよ」「誰だって死にたくねえって」「お前が死ぬのが一番迷惑だぞ! このイカレポンチ!!」
乗組員達の間にどっと笑いが広がる。マカーティは歯を剥いて甲板じゅうを威嚇してみせる。海兵隊長のワービックは無遠慮に手を叩いて笑う。
はっきり言って目の前の海賊艦隊が怖く無い者は居ない。何しろ数が多過ぎる。だがグレイウルフ号が戦うと決めた以上は、全員が気持ちを一つにして勇気を振り絞り、力を合わせて働かないとならないのだ。
そうでないと、死ぬのが早くなる。乗組員達は皆それが解っていた。
グレイウルフ号はそのまま敵艦隊の先頭のカラベル船に向かって進む。
海賊達は先程の艦首砲での挑発に乗る事もなく、接近するグレイウルフ号を無視し全船そのままの進路で南東方向に進んで行くように見えた……その時。
「甲板! 敵艦隊に動きが……奥のピンネース船が一隻、帆を張り増してこちらに向かって来ます!」
檣楼員の一人がそう叫ぶと、別の檣楼員も続ける。
「東のフォルコン号もこちらに切れ上がって来ますが、風は北西風、まだ時間がかかりますよ! サイクロプス号はさらに後ろ、10km近く離れています!」
この海域の風は南側から入るグレイウルフ号にとっては9時方向の風だったが、フォルコン号にとっては厳しい逆風だ。それでもあの船なら間切り走りである程度進んで来るとは思うが、大型のサイクロプス号はそうは行かない。
風向きは全体に海賊側に有利と言えた。
「上等じゃねえか。緒戦はクソ共の有利なように動くだろうよ、だがそこに必ず奴らの緩みが出る! 俺達はまず、奴らの隊列を食い荒らすだけ食い荒らす!」
マカーティはそこで言葉を飲み込む。その後は、あの二隻に任せるしかない。
こちらが時間を掛けて合流し3隻の戦列を組めば、向こうも14隻の戦列を組むだろう。その状態で正面から戦っては、こちらに勝ち目は無い。
だがグレイウルフ号が一隻だけで突っ込めばどうなるか。彼らはそれぞれの思惑で戦うか回避するか決めるだろう。
そして実際に戦いになれば、グレイウルフは死に物狂いで敵を傷つける。海賊達の間に、被害を多く受けた者とそうでない者の差が現れる。
勝機があるとすればそこだ。その不公平感は元々脆い物であった海賊達の結束を分断し、統制はきっと崩れる。
あとはイノセンツィとグランクヴィスト、奴らがその名に恥じぬ大海賊だという事を信じるしかない。彼らの悪名が本物なら、残り11隻程度になり無傷の船と大破した船の間で諍いを起こしている格下の海賊共など、軽く蹴散らしてくれるに違いない。
何隻、地獄に道連れに出来るか。何隻、痛めつけられるか。それがマカーティの考えだった。
マカーティだって艦を失いたくはない。そして一人でも多くの部下を母国、いや母港に連れて帰る事が、船長の責務だとは思っている。
だけど、自分達は海軍なのだ。
一番遅い船に合わせて航行する海賊船団から、総帆を張り揚げて加速し飛び出したピンネース船はただ一隻、グレイウルフ号に向かって進んで来る。
このまますれ違うコースを取るなら平行砲戦になるし、どこかで回頭して舷側をむけて来るなら、こちらも回頭しなくてならない……普通の海戦ならそうなる。
「回るのか、来るのか……?」
ピンネース船はこのままなら50mも離れていない状態での撃ち合いになるコースで進んで来る。
マカーティは密かな焦りを覚える。まさかここまでやる気のある奴が海賊に居るとは思わなかった。あのピンネース船の船長はフルベンゲンという獲物を目の前にしながら、割に合わない海軍艦との一対一の勝負を選ぶというのか。
ピンネース船はグレイウルフ号より少しだけ小さく、フォルコン号と同程度の大きさに見える。大砲の数は片舷4門から6門という所だろう。
「奴ら、回頭しません! このまま撃ち合う気だ!」
「いい度胸だクソが! お前ら、始まるぞ! しっかりケツの穴締めてかかれ!」
「オオーッ!!」
ピンネース船とグレイウルフ号が真っ直ぐに接近し、交差まであと100mと迫った、その瞬間。
―― ド ド ド ド ドドーン!!
「な……何だああ!?」
グレイウルフ号の乗組員達は予期せぬ砲声に驚き動揺する。撃ち合いになる事は解っているのだが、こんなに早いはずではなかったのだ。
「て、敵艦が……全門発砲しました!!」
檣楼員の一人がそう叫ぶ。しかしその光景は、グレイウルフ号の指令台に立っていたマカーティの目にもはっきりと映っていた。
ピンネース船の海賊が搭載している全ての大砲を押し出し、発砲したのだ。グレイウルフ号側の舷だけでなく、反対舷も、艦首砲も。いずれの大砲の先にも標的となるような船は居ないにも関わらず、彼らは全部の砲を撃ったのだ。
「敵艦が撃ったのは全て空砲です! 着弾確認出来ません!」
ピンネース船の海賊はそれで一体どうするつもりなのか? 彼らはそのまま進路を変えず、グレイウルフ号と平行にすれ違うコースで進んで来る。
「艦長! その……撃ちますか?」
「待て……撃つな!」
大砲というのは、普通は連続しては撃てない。一発撃ったら反動で後ろに下がり、次の火薬を入れる前に必要なら冷却し、砲身を掃除して、それから火薬袋を入れ、弾を籠め、火門に点火剤をセットし、再び押し出して最後に火縄を押し込む、そういう手順が必要になる。
つまるところ。ピンネース船の海賊達は自ら「今自分達は全部の大砲を撃ってしまったのですぐには撃てません」という事を証明して見せたのだ。
そして。
「おい……なんだありゃ!?」
甲板の水夫の一人が指差した先、ピンネース船の船首付近の波除板の上に、一人の男が登り、立ちはだかった。
男はこの真冬の極夜の、凍てつくフルベンゲン沖の船の上で、パンツ一丁の半裸体になっていた。
「どうしちまったんだあいつは!?」「野郎、踊りだしたぞ」
「ギャハハハ! イカれてやがる!」「気でも触れたのかー!?」
その男はパンツ一丁でブーツも履いてなかったが、何故か帽子は被っていた。船長が被るのに相応しいような、立派な三角帽である。
男は踊る。酷く滑稽で卑屈な踊りを、一心不乱に踊っていた。
「馬鹿野郎、油断するな! 持ち場を離れるな! 海兵隊、銃の狙いをつけろ!」
マカーティがそう号令し、グレイウルフ号の乗組員たちが慌てて緊迫した戦闘態勢に戻っても、半裸の男は踊りをやめなかった。
そして。
「撃たないでくれー!」「俺達は逆らわない!」「見逃してくれえええ!!」
半裸の男の後ろで他の海賊達も立ち上がった。皆丸腰で両手を上げ、半裸の男の動きに合わせて踊っていた。
―― ドーン! ……タン、タン……ターン……
遠くで砲声、銃声が響く……厄介なグレイウルフ号の相手はこのピンネース船に任せ、自分達は美味しい標的であるフルベンゲンへ向かうつもりでいた他の海賊達が……このピンネース船の意図に気づき、怒っているらしい。
実際、何隻かの海賊船は針路を変えグレイウルフ号に真っ直ぐ舷側を向けようとしている。
そしてピンネース船はグレイウルフ号の横をそのまま平行にすれ違って行く。撃ち合う事も無いままに。
―― ドン! ……ドーン!
しかしその僥倖を祝っている時間はなかった。海賊達がレイヴン海軍の船と裏切り者のピンネース船に向けて撃ち始めたのだ。
特に南から参加した私掠船の一隻はレイガーラント海軍払い下げの軽ガレオン船を使っていて、大砲も軍艦が使うような、射程距離が長くそこそこ威力もあるカルバリン砲を搭載していた。
―― ド ド ド ドドン!!
複数の水柱が、グレイウルフ号を取り囲むように上がる。水柱の一本はグレイウルフ号から僅か20mの所に上がった。
「くそ、ふざけた野郎のおかげで気が抜けたが仕切り直しだ! あと13隻、奴らを残らずぶっ潰すぞ、取舵10分! 真っ直ぐに戻したら艦首砲撃ち方始め!」
グレイウルフ号の乗組員達は皆息を飲む。いよいよ始まるのだ、13対1の戦いが。レイヴン国王の名の下に、異国の町を守る戦いが。
ピンネース船は振り返らずに南へと去って行く。パンツ一丁の船長と、踊る海賊達を乗せて。
マカーティは腰のサーベルを抜き、その鏡のような刀身に自分の顔を映す……マカーティは密かに思う……なかなかの男前だったと。こんな男前が結婚もせず子孫を残さずにこの世を去るのは残念だと。
―― ド ド ド ドーン!
海賊船団の方からまた砲声が上がる……乗組員達は衝撃に備える。もしも被弾したらそれからが仕事の始まりだ。
しかし。
「か……かかっ……甲板ッ!!」
見張り台の檣楼員が、一体何があったのか酷く動揺したような声で叫ぶ。
「なんだ? 聞こえないぞはっきり言え!」
「い、一番後ろの海賊船が……別の海賊船を至近距離から撃ちました!!」
「ああああ!?」
あまりに都合の良過ぎる出来事に、マカーティが素っ頓狂な返事をした瞬間。
それまで西北西から、海賊艦隊の後ろから吹いていた風が止み……突如ほぼ真逆の。南東からの風となって吹き始めた。
「今度は何だ畜生!? 掌帆手、タックを……違う、その蟹の爪を!」
マカーティは号令を掛けようとしたが、グレイウルフ号の掌帆手達はもうそれをやっていた。角度を大きく変えた蟹の爪型の帆が再び大きく風を孕み、船体を加速させて行く。
―― パンッ……パンパンッ……
一方海賊船団は。ピンネース船が造反離脱したかと思えばアナニエフ一家の船であるはずの最後尾のガリオット船いきなり反逆し発砲、その上順風だった風が真逆に回り全ての船が裏帆を打つという、大混乱に陥っていた。




