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憲兵隊長「私がいいと言うまで、その札を首から提げていろ!!」

風紀兵団まで現れたんじゃ仕方ないよ。この港は諦めて次へ行こう。

そうなるかと思いきや。

 私は風紀兵団に用心しつつ倉庫街の一角を一回りしてから、再び海軍司令部がある一角に向かった。

 船に戻るというのはうそなのだ。

 ついでに皆に言った、海軍さんにもう行っていいかどうか聞いて来るだけというのもうそである。

 うそまみれの私も悪いけど、子供を叱らない水夫達も悪いよね。


 グラストの海軍司令部はパルキアのそれと同様、いくつもの建物とその敷地から成り立っている。昨日行った鬼の首のような建物は本部だろう。

 私が行くのは事務棟だ。アイビス海軍に何らかの用がある民間人や、恩給や経費などの事で用がある軍人さんが訪れる場所である。


「待て小僧……いや、小娘か? ここに何の用だ」


 私は事務棟の入り口で衛兵さんに止められる。真面目の商会長服の時は止められたりしないのに銃士マリーだとこうか……いや、帯剣してるからかしら。


「あの! タミア号の艦長さんや乗組員はどうなったんですか!? 怪我人は居たんですか? 拘束されてるって本当ですか?」


 私はなるべく面倒臭そうな雰囲気を出してその衛兵さんに聞いた。衛兵さんも面倒臭そうな小娘だと思ってくれたらしい。


「俺はただの門番だ、知らないよそんなのは。艦長はここの留置所に連れて来られたと聞いたが、乗組員は……」

「どうすれば会えますか? 教えて下さい、御願いします」

「中の奴に聞いてくれ、中の奴に」


 衛兵さんがパッパッ、と手を振る。通っていいのね? 通りますよ……すると通りすがりの海軍士官さんが声を掛けて来た。


「タミア号に知り合いが居るのかね? その、君が持っているそれは」


 私は近くの露店で買って来た、ファルケ風ソーセージやパンなどを包んだ風呂敷を抱えていた。


「出来れば差し入れをと思ったんです。ル・ヴォー艦長は昨日まで国王陛下の為に働いていたんですよ。気の毒です」

「その通りだ……皆劣悪な環境に耐えながら王国の平和を日夜守護しているというのに、一つヘマをしただけで無能な重罪人扱いは酷いじゃないか……君のように考えてくれる人が増えればいいのだが。私が案内しよう、一緒に来たまえ」



「おーいそこの姉ちゃん……なんだあ? 色気のねえ姉ちゃんだな……もっと色っぽい姉ちゃん連れて来いよォ~……ヒック……」


 夜通し酒を飲んでいたようなぐでんぐでん(・・・・・・)の水夫、船で喧嘩でもしたのか鼻血の跡も生々しい水夫、私は街で女物の下着を盗みましたと書いた札を持たされている水夫……

 タミア号艦長のシビル・ル・ヴォー艦長は事務棟の地下にある海軍専用の留置所に、余所で何かして捕まった他のクズ共と一緒くたにぶち込まれていた。


 私を連れて来てくれた士官が言う。


「酷いだろう。士官には士官用の留置所もあるのに、わざとこちらに入所させられたようだ」


 そのル・ヴォー艦長は留置所の壁際に座り、天井近くの格子窓から差し込む明かりを頼りに小さな本を読んでいたが、私の姿に気がつくと、檻の入り口に近づいて来てくれた。


「マリー船長。昨日は申し上げる機会が無かった。貴女の船……リトルマリー号を台無しにしてしまって誠に申し訳ありません」

「顔を上げて下さい、まずは差し入れです、ここは仮留置所だから食事が出ないそうじゃないですか」

「しかし……事件の加害者である私が、被害者の貴女から差し入れを受けるのは」


 ル・ヴォー艦長が渋っていると、周りのクズ共が集まって来る。


「艦長閣下ッ! こういうのはどうでしょう、閣下がいただいて私共が食べるというのはっ!? 我ながら名案でありますッ! ヒック」「頼むよ、俺は腹ブン殴られて全部吐き出して空っぽなんだよ」「あの……下着泥棒も腹は減るんです……」


 私は風呂敷包みを差し出したまま薄目でじっとりとダメ水夫共を見回す。

 ル・ヴォー艦長はため息をつき、かたじけないと言って包みを受け取った。



「それでル・ヴォー艦長。実際には何が起きたんですか」


 クズ共がソーセージとパンを貪り食っているのが腹立たしい。ル・ヴォー艦長もどうにか一つずつ食べてくれたようだが。


「シビルで結構。公聴会で話した通りです。私は艦長室で着替えをしていました」


 私をここへ連れて来てくれた士官さんは別の用事があるようで、既に立ち去った。ここに看守は居らず、話を聞いているのは私と艦長と酔っ払いと鼻血と下着泥棒だけである。


「タミア号の他の士官、乗員は船で待機してるんですか? 誰か差し入れに来なかったんですか」

「私が拘束された時には全員(ふね)に居ました。艦は我が家でもあり牢獄にもなるものです。恐らく港の真ん中で監視を受けているのでしょう。差し入れに来て下さったのは……貴女の他には居ない」

「艦長閣下ッ! 水夫はねぇ、もーちょっと大切に扱わないといけないよッ! だからほらこんな時に、誰も差し入れに来なかったんだよ、艦長に一番必要な物は強さでも知識でも無い、人望だよ人望ッ! ガハハハハ」


 留置所がこんな有様だとは思っていなかったから、差し入れには瓶入りのワインも含まれていた。酔っ払い水夫が大喜びしているのが益々腹立たしい。

 そしてシビル艦長はそんな事を言われても、黙ってうつむくだけだった。


「でも……シビルさん、貴方みたいな真面目な人が、本当にそんな事で指示を出しそびれたとは思えないんです。それに他の運行責任者だって居たんじゃ……」

「本当です。そしてあの時間の操船の責任者は副長でも航海長でもなく私でした」


 私、マリー船長は思案する。公聴会でもそうだったんだけど、この人はこの件で本当の事を言う気が無いらしい。

 船乗りには嘘つきが多く私も父も大変な大嘘つきだ。しかしシビル艦長は船乗りには珍しい正直者に見える。だけどその正直者が必死に嘘をついている。正直者は嘘のつき方も正直だ。


 やっぱり、ただの事故じゃないんだろうなあ。

 だけど私は考えるの苦手なんですよ。何から始めるべきなのか? 何に気をつけたらいいのか? いつもながら思いつかない。

 いつも思うんだけど、頭のいい参謀役みたいな人が欲しいですよ……



「あの……船に船をぶつけるのって、簡単じゃ無いんじゃないでしょうか……狙ってやったって上手く行かない事も多いんですから」


 下着泥棒がつぶやく。鼻血も同調する。


「タミア号はグラスト港の哨戒を担当してる船だろ。小回りも効くし見張りも多い、舵だって見晴らしのいい所についてる。そんな船が他の船に偶然ぶつかるか?」

「するってえと何かい!? 乗組員は艦長閣下がお部屋でお着換え遊ばされているうちに、わざと王様の旗のついた船にタミア号をぶつけたのかい!? ヒック」


 酔っ払いが頓狂とんきょうな声を上げる。しおれていたシビル艦長も、これにはさすがに声を荒らげた。


「滅多な事を言うなッ! タミア号の乗員に反逆者など居ない、皆心の底からの愛国者なのだ!」


 シビル艦長は収容者と私を分ける鉄格子に飛びついて来る。私は思わず一歩引いてしまった。


「パスファインダー船長! 貴女も船長なら御存知のはず、船の上は杓子定規で融通の利かない事も多いでしょう!? タミア号は規律に厳しく、皆自分の職掌しょくしょうに全霊を尽くすよう訓練されています、彼らが減帆も転針もしなかったのは、私がそういう指示を出さなかったから、それだけなのです!」

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マリー・パスファインダーの冒険と航海
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