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フォルコン「あ、あのなマリー、お母さんはきっと帰って来るから、その……」

神出鬼没しんしゅつきぼつの戦いぶりで海賊達を下したマリー、炭焼き小屋で育てられていた少女マリーを救う……二人のマリーが居て紛らわしくてすみません。


 炭焼き小屋はそこから2、300m程の所にぽつんとある、小さな平屋の母屋と作業場と物置小屋だけの寂しい場所だった。

 私はマリーちゃんを背負い、ぶち君を抱え、何度も倒れ込むペッテルさんを励ましながら、どうにかそこに辿たどり着いた。


「今……火を起こす……早くマリーを……」

「いいから貴方も寝るんだ……違う、玄関で倒れないで! ちゃんと寝床へ行って!」


 全てが気が気ではない。


 マリーちゃんの意識ははっきりとしていたが、この体の冷たさは危険で一刻も早く暖めてあげないといけない……私が海賊との話し合いに時間を掛け過ぎたせいで、この子はどんなに心細い思いをしたのだろう。


 ぶち君の事はもっと酷い。どうして猫がこんな目に遭わなきゃならないんだ。全部私が意気地なしなのが悪いのに……辛そうに目を細めぐったりしているぶち君。今はただ、暖かく柔らかい場所に横たえてあげる事しか思いつかない。


 ペッテルさんの容態は私のトラウマを直撃していた。私の祖母コンスタンスもこんな風に田舎の小さな家で私と二人で暮らしていた。そしてずっと元気だったのに、ある日お腹が痛いと言い出したと思ったら日に日に弱って行き、ほんの二週間後のある朝、帰らぬ人となったのだ。


 そしてこれだけの問題を抱えている事が解っていて、誰のせいでぶち君がこんな怪我をしたのか解っていても尚、私はあの海賊共にとどめを刺す事が出来なかった。あの海賊共は私に、この小屋に復讐しに来るだろうか。



 小屋の暖炉には種火が残っており、良質の炭は豊富にあった。暖炉はすぐに明々と燃え、部屋を照らし、暖めてくれた。

 マリーちゃんの着替えもマントルピースの上に広げて乾燥させているのがあったので、すぐに着替えさせようとしたら。


「あの、お兄さん……私、一人で着替えられるわ……大丈夫よ」


 マリーちゃんはそう言って力なく笑った。彼女のその言葉は不思議なくらい、私の憔悴しょうすいいやしてくれた。

 そうだ。私は今フレデリク君で男の子だったわね。マリーちゃん、やっぱり10歳くらいかなあ。知らない男の人に服を脱がされるのは嫌だよね。

 私は帽子とアイマスクを取り、普段の声で言う。


「私、本当は女の子なの。大丈夫、恥ずかしがらないで、早くこの濡れた服を着替えないといけないのよ」


 私はそう口に出してから不安を覚える。余計変態っぽいと思われたらどうしよう。


「やっぱり……そうだったんだ。何かおかしいなって思ったもの」


 幸い、マリーちゃんはそう言ってまた笑顔になった。癒されるなあ。それから彼女のストーク語はとてもきれいで、私のような者にも大変解り易かった。


「ごめんね、男の子のふりをしていて。これには色々と訳があるの」

「きっと秘密のヒーローなのね。でも私、貴女は本当は女の子じゃないかって思ってたのよ。だって、とても優しそうだもの」


 身体を拭き着替えを着せてあげている間、彼女はそんな事を言った。


 私は銃で人を撃った。卑怯ひきょうにも後ろから撃った。無慈悲むじひに何人も撃った。私はけがれなき少女に優しそうだなどと言って貰える人間ではない。

 今はまだ精神が飽和ほうわ状態で麻痺しているが、後で落ち着いたら私はその事に苦しむのだろう。

 ついさっき、海賊をきちんと仕留めなかった事を後悔したばかりだというのに……私はどうしようもなく中途半端な駄目だめ人間だと思う。


「お姉さん?」

「ああ……いや、僕の事はもうしばらくフレデリクと呼んでくれないか。頼むよ」


 マリーちゃんの着替えを済ませた私はアイマスクをつけなおして立ち上がり、玄関脇で眠り込んでしまっているペッテルさんを起こしに行く。

 私一人では眠っている大の男などとても持ち上げられない。気の毒でも何とかベッドまで歩いて貰わないと。


「待ってフレデリクさん、私もお父さんを運ぶの手伝う」

「大丈夫、マリーちゃんはそこでゆっくり体を温めてくれ」


 真冬の雪原に一人で居たマリーちゃんは、今やっと乾いた服に着替えたばかりなのだ。実際彼女は意識や言葉はしっかりしているものの、身体は満足に歩く事も出来ないくらい衰弱している。



   ◇◇◇



 私はどうにかペッテルさんを起こし、肩を貸してベッドまで移動して貰うと、周囲の様子を見ると言って小屋の外へ出た。

 室内で暖炉の火を見ていた後なので目が明かりに慣れてしまい、今度は森の中の様子が殆ど解らない。

 私はテラスにあった丸太の椅子の雪をどけ、腰掛ける。それから、恐る恐る……自分の左肩の、痛みと痺れで発熱したようになっている部分に触れる。


「ひっ……」


 普段なら縫い針が指先にちょっと刺さっても痛い痛いと泣きわめく、私の左肩に、何かがめり込んでいるのだ。

 撃ち合いの最中さなか、コートの隙間に飛び込んで来た弾丸がシャツの生地ごと……私の肩に食い込んでいた。


 額から脂汗が滲む……私は覚悟を決めてシャツごとその弾丸を引きずり出す。


―― コロン……


 テラスの床板に弾丸が落ちて転がる……板の間には1cm程の隙間があったが、弾丸はそれより大きかった。

 私はスカーフを緩め、ボタンを外してシャツの中に手を入れてみる……ああ。出血はしていない……そうか。

 これも船酔い知らずの魔法の効果だろうか。それとも単に相手の火薬が悪かったのか、私に当たる前に他の何かに当たって威力が落ちていたのか。


「僕は運がいい……こいつは幸運のお守りだ」


 フレデリク君は震え脂汗を流しながらも不敵な笑みを浮かべて立ち上がり、テラスの床板の雪の上に落ちたその弾丸を拾い上げポケットに入れる。

 弾丸の当たった場所は弾丸の形そのままのくぼみになっていた。こんなの治るのかなあ。少なくとも(あざ)にはなるよね、きっと。


 アイマスクをしていて良かった。こんな事が起こっても平気なふりをしていられるのは、私が今自分はフレデリクだという暗示にかかっているからだと思う。多分普段の私なら弾が当たった瞬間に精神的ショックで死んでいた。

 今だってヴィタリスのマリーの意識のままで、自分の肩に弾丸が突き刺さっている事に気づいていたら、絶叫して気絶していただろう。

 だけど嫌だ。フレデリクはもうりだ。今回生き延びる事が出来たら、フレデリクはきっぱりとやめる。この服もアイマスクも捨てよう。そしてどこにも寄り道せず、ヴィタリスに帰ろう。



   ◇◇◇



 私は暖炉の前で温めた鉄瓶のお湯に鱈の干物を浸しただけの即席スープを、マリーちゃんに飲んでもらう。紫色だった彼女の唇も、ようやく赤みが差して来た。


 彼女とお父さんはストーク人で、東の陸続きの国境を越え数年前からここに住むようになったという。

 スヴァーヌ人とストーク人の間には歴史や感情に起因する複雑な思いもあったものの、二人は概ねこの地のスヴァーヌ人に受け入れられて来たようだ。


 ぶち君は暖炉の近くに置いた、毛皮のマントを敷いた籠の中で眠っていた。何とか生き延びてくれたのかなあ。今は穏やかな顔をしているように見える……右後脚にも怪我をしているけど、眉間にも傷が出来ている。


 マリーちゃんは少しずつ顔色が良くなって来た……一先ずは安心かしら。一時はどうなる事かと思ったけれど、彼女が持っていた強さに感謝したい。


 ペッテルさんはこのままではいけないと思う。彼は数日前から腹痛をわずらっていた。大丈夫だと言っているうちに症状が進み、隣の集落へ助けを呼びに行く機会も逸していたらしい。

 海賊はそんな状況で忍び寄って来た。ペッテルさんはその事に素早く気づき、マリーちゃんに助けを呼びに行くよう言い聞かせて小屋から逃がした。

 マリーちゃんがしばらくして振り返ると、小屋は海賊達に取り囲まれ、ランプの灯りの中、ペッテルさんが彼等に無理やり外に連れ出されるのが見えたという。

 その後ペッテルさんは道案内を無理強いされたのだろう。そしてたった一人で現れた怪しい小僧に対して、偵察を命じられたのではないか。

 今彼が寝ているのはただ眠いからではない。恐らく体が消耗し過ぎて起きられないのだ。


 保護者に先立たれるマリーは私だけでいい。この人をせめてフルベンゲンに連れて行ってあげたい。

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マリー・パスファインダーの冒険と航海
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