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マリー「おかあさん……わたしもつれてってよう……」

雪山で凍えそうな女の子を発見したフレデリク。

彼女がここに居る事はこの海賊騒動と無関係ではないらしい。

 腰に提げたランプの灯りが、私と同じ名前の女の子、マリーが雪原につけて来たそりのわだちを照らす。轍はやはり開けた森の中へと続いて行く……


 それは、思ったよりもかなり早く現れた。


―― ドォン!


 銃声が、ひょろひょろとした木々がまばらに並ぶ、極北の森の中に響く。私は直前で気配に気づき、一本の木の陰に近づいて止まっていた。弾は当たりはしなかったが……間違いなく私が提げていたランプを狙って撃って来たものだろう。


 私はランプのシャッターを降ろし、さらにその場から少し離れる。

 そして一度深呼吸をしてから、小声でつぶやく。


「あいつらと話をしないとならない。少しの間、ここで我慢していてくれ」

「……うん」


 背負い袋の中のマリーちゃんは、弱々しい声でそう答えた。私はその場に毛皮のマントを敷き、その上に背負い袋ごとマリーちゃんを降ろす。


 少し遅れて、ぶち君も追いついて来た。良かった……ここまでぶち君を振り返る余裕が全く無かったのだ。



 こちらには相手の情報は無い。そして小さな女の子の容態ようだいは一刻を争う。病気だという女の子のお父さんも、相手に捕まっている可能性がある。 

 どんなに不利な状況と思えても、時間の無いこちらが動くしかない。


 マリーちゃんを降ろした場所から少し離れた私は、一呼吸置いてからランプのシャッターを開け、暗闇に向かって叫ぶ。


「撃つな! こっちは見ての通り一人だ! お前達の要求は何だ!」


 例の銃は少し離れた別の木の陰に立て掛けておいた。私は両手を挙げていた。

 しかし。


―― ドォォン!


 再び銃声が響いた……一瞬見えた炎は100mぐらい先だろうか。弾丸は途中の木の幹に当たったようだ。


「撃つ必要はない、よく見ろ! 一人で両手を挙げて待っているんだ!」


 フレデリクの声は落ち着いていた……だけど私の頭の中は度を越した恐怖と理不尽な状況への怒りと、もう仲間や家族に会えないかもしれないという悲しみで滅茶苦茶になっていた。


 暗闇からの反応は無い。彼等が味方とまでは言わなくても、せめて中立の者であってくれたら。私はそんな都合の良い淡い期待も抱いていたが……この沈黙は間違いない。相手は今撃った銃に弾を詰め直しているのだ。


 そしてこちらには、ゆっくりと交渉している時間も材料も無い。


「小さな女の子が凍えそうなんだよ! この先にある建物に連れて行かせてくれ、僕の要求はそれだけだ! そっちの要求を言ってくれ!」



 少しの間、辺りは静かになった。その後で。


―― ズシ……ズシ……


 雪を踏み、掻き分け……何かが近づいて来るのが……船酔い知らずの魔法で鋭敏になっている耳に聞こえて来た。10人以上居るような気がする。

 私はただランプを持って待っていた。


 やがて暗闇の中から彼等は現れた。先頭に居たのは顔色の悪い、背中を丸めた中年男だった。これが彼等のリーダーなのだろうか? 男はただ一人前に出て、ストーク語で言った。


「お……お前が誰かは知らないが、ここは俺達の森だ……その……何故ここを通ったッ……」


 その男は明らかに苦しんでいた。何かを察したフレデリクは、小声でこう言った。


「マリーちゃんが凍えそうなんだ。あんな小さな女の子に一人で山を越えさせるなんて無茶もいいところだ。早く家に戻して休ませないと」


 男はそれを聞くと苦痛と憎悪に酷く顔を歪め、恨めしそうに言葉を絞り出し……うずくまってしまった。


「何故連れ戻したんだ……何故……何て事を……」


 それを合図にしたように。男の後ろから複数の人影が近づいて来て、持っていたランプのシャッターを一斉に開けた。アイマスクをしていなかったら目がくらんでいたかもしれない。


 現れたのは14、5人の男達だった。彼等は一見、刺青だらけで髭に導火線でも編み込んだ怒りっぽい身長2mのギョロ目の大男などではない、どこの田舎にも居そうな土豪とその従者という風情の人々に見えた……皆、銃や弓矢、斧などで武装している。


「役に立たねえ野郎め! おい、そっちの奴! 小さな娘が居ると言ったな? そいつはどこだ?」


 相手の、本物のリーダーとおぼしき角の兜を被った大柄な男が、先程の顔色の悪い男を押し退け、ストーク語でそう言った。


「ここには居ないが、すぐに家に運んで暖めてあげないと危険な状態だ。小さな女の子などお前達には関係無いだろう? ここを通してくれ」

「そうは行かねえ、俺達には……ああ、道案内が……必要でな」


 男はそう言って邪悪な笑みを浮かべた……理由は解らないが、私は急に背筋も凍るような寒気を感じ密かに震え上がる。


「フルベンゲンへ行きたいのなら僕が案内出来る! その男は病気で、道案内も出来ないんだろう!?」


 フレデリクは意地の悪そうな相手のリーダーにそう言った。だけどこれは私でも失言だと思った。


「小僧……お前は何を知っている? 小娘とやらに聞いたのか? なあ小僧。そうと解った俺達が、お前を生かしておく理由が何かあると思うか……?」


 リーダーの男は今の私の台詞で、私が彼等の正体を知っている事に気付いてしまった。武装した男達が、私への包囲を徐々に狭めて来る。

 フレデリクは……私は即座に叫んだ。


「僕を殺したいならそうするがいい、僕は死ぬまで抵抗する、だけど女の子とその父親を黙って家に帰してくれるなら、僕は大人しく殺されると約束する、だから! 頼むから一度ここを通してくれよ!」



 私は自分が口に出した言葉に戦慄していた。

 そして思う……私の命、軽いなあ。


 思えば私など母にとってはお気に入りの絵本以下の存在だった。

 私の母ニーナは父フォルコンに愛想を尽かして家を出て行く時、お気に入りの絵本は持って行ったが、娘の私は置いて行った。


 私は心の何処かで、ずっと……自分の身を軽んじていたのかもしれない。



「フハハ……ハーッハッハッハ! そんな風に言えば俺達が願いをかなえてくれるとでも思ってんのか!」


 リーダーの男は歪んだ笑みを満面に広げ、哄笑こうしょうした。


「どこの貴族の馬鹿息子か知らねえが、甘ったれた野郎め! てめぇは殺す! 娘は俺達が好きにする! 父親? そんな弱虫はどこに居るのか知らねえなあ! おい誰か! とっととこのガキをっちまえ!」


 私はそれでも叫んでいた。


「僕の事は何とでも言え、だけどあの子はこのままじゃ死んでしまう、御願いだ! あの子を暖炉の前に連れて行ってくれ、頼む!」


 だけど男は……ますます残忍な笑みを浮かべただけだった。


「小僧、てめえが弱いのが悪いのさ。何してるんだお前ら、さっさとこいつを殺せと言ってるだろう!」


 何という絶望感だろう。

 自分が死ぬのは仕方ない。後先考えず一人で飛び出したのが悪いんだ。

 だけど私が死んだらマリーちゃんはどうなるのか。この男達が助けてくれるのか? そうは思えない。あの顔色の悪い人、多分彼女のお父さんは、雪山がどんなに過酷かを承知の上で、最低最悪の選択肢として海賊が来る前に彼女を逃がしたんだと思う。


 じゃあどうすればいいのか。戦うのか? 私には二つの魔法があって、海賊達が思ってる以上には彼等を驚かせる事も出来るとは思う。


 でもそれだけだ。どうせ私はまともに人を撃てない。

 私は既に様々な場面で銃を撃っている。トリスタンを撃った事もあるし、ハリブ船長達にも銃を向けたし、乗っ取られた囚人護送船にも撃った。タコも撃った。つい最近は大きな熊の命を奪うような弾も撃った。ドラゴンの背中も撃った……

 だけど私は撃てば撃つ程慣れるどころか、その銃口を人に向ける事が怖くなって行っているような気がする。


 撃たなくてはいけない理由だって、ちゃんと解ってるつもりなのに。


―― マリーさん。正義は力が無いと執行出来ないんですよ


 ファウストの言葉が脳裏によみがえる。



 海賊達も何故か御互いを牽制けんせいし合っている。私を殺せとリーダーの男は言うが、実際に前に出て手を下すのが面倒だというのだろうか。

 しかしやがて、火縄のついた銃を持った男が一人、前に進み出る。確実に当たる距離まで近づいてその銃で私を仕留めるつもりなのだろう。


 私は死ぬのが嫌だし、私が死んだらマリーちゃんはどうなるのかとても気になる。

 どうしよう。この男達が慈悲を掛けてくれる可能性を信じて、彼女がどこに居るか伝えるべきか。もし海賊達が彼女を見つける事が出来なかったら……私が彼女を殺した事になる。


「頼む……女の子を、彼女の家に連れて帰るまで待ってくれ!」


 私はそう叫んだ……しかし、男は銃を構えた。



「フシャァァァア!!」

「ぐわっ!?」


 その瞬間。木の枝から何かが飛び、銃を持ち前に進み出ていた男の頭に飛びついた……ぶち君!?

 誰もが気づかないうちにこの場に忍び寄り、木の上から男に奇襲攻撃を浴びせたのはぶち猫だった。突然顔に貼りつかれ、顔面に爪と牙を立てられ視界を奪われた男はもがき、叫ぶ。


「な……何だこいつは!!」


 他の男が一人、幅広の短剣を手に猫に組み付かれた男に駆け寄る。


 私は……その瞬間をただ、アイマスク越しに見ている事しか出来なかった。


 短剣を持った男は、まるで仲間の海賊に斬りかかるかのようにそれを振り上げた。

 ぶち猫は男の顔から離れ、素早く地面に飛び降り、方向転換して駆け出そうとした。しかし、猫の降りた雪面は柔らか過ぎ、力強く大地を蹴ろうとしたその後ろ脚は二度空転した……そして猫はバランスを崩し、横転する……

 男の短剣はそこへ、覆い被さるように襲い掛かった。



 ランプの灯りの中。小さな赤い飛沫が、宙を飛ぶのが見えた。


「やめろ……金ならやる……その猫に……手を出すな……!!」


 私は瞬間的に叫んでいた。早口で叫ぶ自分の声が、酷くゆっくりと、自分の耳に聞こえて来た。

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マリー・パスファインダーの冒険と航海
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