アレク「ねえウラド、僕達何か間違った事してないよね……?」ウラド「正直、私もこのやり方は不味いのではないかと……」
突然の三人称パートですみません。
フォルコン号らが出掛けて行った翌朝、午前4時頃。
元ダーリウシュ海賊団の跡取りにしてフォルコン号の乗組員、今はカイヴァーン・パスファインダーを自称する少年はハンモックの中の寝袋で目覚めた。ここは昼なき極夜のフルベンゲン、そしてここは時計のあるフォルコン号では無く、古いコグ船の船尾楼の下の船室。それ故彼には自分が寝てから今までにどれだけの時間が経ったのか全く解らなかった。
周りには自分が寝ていたのとは別にハンモックが三つ、うち二つにはスヴァーヌ人の少年二人、兄のヨーナスと弟のエッベが寝ている。
もう一つのハンモックには寝袋は置いてあるものの、誰も居ない。本来であればここには彼の義理の姉、マリー船長が寝ているはずなのだが。
「姉ちゃん、眠れないのかな……」
ヨーナスとエッベを起こさないよう、カイヴァーンは小さな声でそう呟き、もう一度目を瞑る前に何気なく辺りに目線を配る。
次の瞬間。異変に気付いたカイヴァーンは跳ね起きる。壁の剣架けに置いてあったマリー船長のマスケット銃が無くなっているのだ。
急いで寝袋から這い出し、ハンモックから降りたカイヴァーンは船室を出て甲板を見渡し、船尾楼に登る。
マリー船長はどこにも見当たらなかった。その代わりに船尾楼の上にはぽつんと、夕飯の時に使った木の椀が置かれていた。
カイヴァーンはそこに駆け寄り、椀の下にあった、ノートから切り取られたページを拾い上げる。
『じっとしてるのは性に合わないので偵察に行って来る。僕は例の魔法で素早く動けるから大丈夫。そっちは兄弟の事をくれぐれも宜しく、大人達に協力しこの町を守っておくれ。頼りにしてるよ ―― 僕の弟カイヴァーンへ、兄フレデリク』
「起きろ―!!」
カイヴァーンと二人のスヴァーヌ人少年は、日用の言葉については互いの言語の簡単な表現を覚え、独自の共通言語を加えて使いこなせるようになっていた。
「船長が一人で飛んで行った! 俺とした事がすっかり油断してた、こんなの解りきってたじゃないか、やべえよ俺アイリさんに怒られる!」
ヨーナスとエッベも次々飛び起きる。
「え? 船長がまた空を飛んでるの……? どうして?」
「アイリさんが戻って来たの? 何で怒ってるの?」
三人はその共通の表現や身振り手振り、あらん限りの言葉を尽くして意思疎通を図ろうとするが。
「姉……船長がまた一人で行ったんだ、俺も嫌に大人しく船を降りたなとは思ってたんだよ、お前ら何か知らないか!?」
「船長がまた飛んでるって、じゃあドラ……その、大きな鳥! 大きな鳥がまた来て船長を乗せて飛んだの!?」
「それは言わない方の話だよ兄ちゃん、それでアイリさんは何て言って怒ってるの!?」
「船長、誰かに犬ぞりとかボートとか借りてなかったか!? 頼むよ、何か知ってる事は無いか!」
「犬ぞり!? 今度は犬ぞりごと空を飛んだの!? それともボートで飛んだの」
「兄ちゃん、空は駄目だよ! それよりアイリさんに何て謝ったらいいの!?」
しかし三人の代用言語は日常はともかく緊急時の意志疎通には頼りなかった。お互いの言いたい事と聞きたい事が全く噛み合わない。
カイヴァーンもそれを悟り、今すぐすべき事が何か、それを必死に考える。
「まずは飯だー! ヨーナスは凍り野菜を砕いて温めろ、エッベは熊肉を炙れ、夜までの分だぞ、俺は飲み水と固パンを何とかする!」
「りょうかいアニキ!」「かしこまり!」
今度はすんなり意志疎通を果たした三人は、要領よく朝食と弁当を作りだす。
◇◇◇
支度を整えた三人は波止場にある氷の司令部を訪れる。
この三人で動くとなれば当然隊長格はカイヴァーンとなるのだが、カイヴァーンには地元民と話す為の言語が無い。
「フォルコン号の連絡員です! ここにフレデリク船長が来ませんでしたか!?」
カイヴァーンはアイビス語で話す。それは案の定フルベンゲンの男達には通じなかったが、ここにはグレイウルフ号とサイクロプス号から来た連絡係も居た。
「どうかしたのか? ここに来てしばらくの間地図を書き写していて、それから出て行ったけど」
巨大タコとの戦いの負傷兵らしい、杖をついた男がアイビス語で応じる。
「どこへ行くとか言ってませんでしたか、ボートや犬ぞりを持ち出したとか」
「いや、ふらっと現れて、ふらっと居なくなったから。別の奴が犬ぞりを借りたいのか聞いたけど、要らないって言ってたって」
この時司令部にはルードルフもハイディーンも居なかった。マリーが来た時にも居なかったらしい。
カイヴァーンは考える。ボートも犬ぞりも借りていないという事は、マリーはこの極夜の北極圏という過酷な土地での移動手段を持っていないという事になる。それならそこまで遠くへは行っていないのでは?
とはいえ相手は幽霊船をも乗りこなす怪傑、どこに現れてもおかしくはない。
低いテーブルに広げられた地図は三個のランプで明々と照らされている。地図上に置いてある三つの銀貨は出撃した三隻か。
三隻はそれぞれの担当海域でボートも出して索敵をしているはず……そしてマリー船長はこの地図を見て、一体何をしようと思い立ったのか。
カイヴァーンは腕組みをして考え、振り向いて兄弟達に尋ねる。
「ヨーナス、エッベ……そり犬の中に、船長と特に仲が良さそうな狼犬が居たよな?」
◇◇◇
カイヴァーンは二人を連れ町の反対側の犬舎を訪れた。
犬舎の犬達は半分は出払っていたが、その金色の毛並みの狼犬は残っていた。
「この犬だよな? エレーヌって」
「そうだよ。だけどカイヴァンアニキ、犬苦手じゃなかったの?」
「そりを借りれるか聞いて来る!」
カイヴァーンが近づくと、狼犬のエレーヌはやっと出番が来たとばかりに勇んで尻尾を振り前に進み出たが、彼が手にしていた手拭いに気づくと足と尻尾を止める。
「お前うちの船長と仲良かったよな? お前らこういうの得意だろ?」
カイヴァーンは手拭いを手に、体を屈めてエレーヌに這い寄る。エレーヌは後ずさるがカイヴァーンはさらに鼻を押し付けんばかりに迫る。
「これは船長がよく首に巻いてた手拭いなんだ、嗅いでみてくれよ、な?」
「ヒッ……ワウッ……ワォォン……」
エレーヌは尻尾をだらりと下げさらに後ずさろうとするが、藁束の隅に追い詰められてしまう。カイヴァーンは尚も迫り、そのマリーの手拭いをエレーヌの鼻に押し付ける。
「姉……船長を探しに行くからそりを引いてくれよ、な? な? よし行こう、ヨーナス、エッベ、綱をつけてくれ!」
「あの、カイヴァンアニキ、本当に俺達、あのコグ船を離れて大丈夫? 船長、すぐ帰って来るかもしれないよ?」
ヨーナスが心配そうにカイヴァーンにそう告げる。その言葉はカイヴァーンには半分くらいしか通じていなかったが、その意味は通じた。カイヴァーンは首を振る。
「ねこも居ないだろ? ぶち猫。船長がただの散歩に行っただけなら、ぶち猫はついて行かない。あいつは賢いから」
ヨーナスは何か気づいたように頷き、自分が理解した事をエッベにも伝える。そのエッベも、続いて口を開く。
「だけどアニキ、フレデリク船長がどっちに向かったか全然分からないよ。フレデリク船長は英雄だから、雪の上でも凄い速さで走り回るんだ。それでいて足跡もほとんど残らない」
カイヴァーンは少しの間、顎に指を当てて俯く。一応、地図を見てからここまでずっと考えてはいた。マリーならどうするのかを。
「船長はきっと船では探せない所を探しに行ったんだ。この島の奥へ……もしかするとあの山に登って、敵が山を越えて街に迫って来ないか見張りに行ったのかも」
カイヴァーンは自分でそう口に出しながら、次第に陰鬱な気持ちになって行った。いくらマリー船長でも、まるで無謀で勇敢な騎士ルードルフのように……真っ暗な雪原に犬も連れずたった一人で出掛けて行って無事に済むものなのだろうか。