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アイリ「御願いルードルフさん、あの少年達には危険な仕事を割り振らないで」ルードルフ「勿論、そう心得ておる」

「それで、林檎の森の冒険とか四姉妹の庭園って何ですか!? もしかしてファウストさんが書いた乙女小説ですか!? 本になってるんですか!?」

「その話は忘れて下さい……」

 フォルコン号の出発時刻だ。抜錨を行ったのはファウストが連れて来たサイクロプス号の乗組員のようである。


「抜錨ー!」


 ごく普通の船のように景気の良い掛け声を掛けて錨を巻き上げ、フォルコン号は極夜のフィヨルドを担当海域へと向けて出港して行く。

 不精ひげは……真面目に操帆してるわね。最近はヨーナスとエッベに任せて自分は甲板で楽をしている姿が多く見受けられていたが、二人に加えカイヴァーンまで居なくなってしまっては、自分がマストに登るしかない。


 フォルコン号、大丈夫かなあ。イリアンソスで見送った時とは違うのだ。

 まあ、大砲も砲手も積んでいて、ファウストのような経験豊富で優秀な海賊船長が乗っている上、いつも行き当たりばったりに物を言う素人船長は置いて来たんだから、今日のフォルコン号は普段の10倍大丈夫だとも思う。


 その次に出て行ったのはグレイウルフ号だ。

 ファウストは彼等にホワイトアロー号を接舷させてマストを補修する事を申し出たのだが、マカーティは首を縦に振らなかった。この期に及んでもそこまで我々(かいぞく)と馴れ合うつもりは無いらしい。

 例の蟹の爪のような帆を三つ四つ立てて、グレイウルフ号も出港して行く。


 最後にホワイトアロー号ことサイクロプス号も出港する。こちらはリゲルさんが代理船長を務めるそうだ。

 ファウストも解らないけど、リゲルさん達もどういう人なんだろう。あの人達は何故サイクロプス号で海賊として航海する事になったのか。手っ取り早く金が欲しいとか、そういう感じの人達では無いように見える。




 フルベンゲン港の氷の家に造られた作戦司令部には各船から来た数名の連絡要員が詰めていた。


 グレイウルフ号から来た人の一人は、長さ3m程もあるホルンを持ち込んでいた。これの音は数キロ先まで聞こえるのだそうだ。

 私はそれを聞いてわくわくしたのだが、良く見ると彼等は信号用のロケット花火も持っていた。聞けばホルンでは届かない遠くに知らせたい時はそっちを使うのだと。少しだけしょんぼりである。


 今の所アナニエフ一家が襲って来るかもしれないという情報は、フルベンゲンの女子供と老人、それにサイクロプス号の避難民には知らされていない。

 勿論、ハイディーン達は準備を進めている。ルードルフの指導の下、フルベンゲンの男達は町の武器を整備し始めた。ファウストが廃棄した大砲も使えそうな物を選び、単発砲として使用するつもりらしい……こんな所まで攻め込まれないのが一番いいけれど。


 そして皆が忙しく働いている中、私達四人にもルードルフの指令が下された。


「フレデリク、君達は先に休んでくれぬか? 後で出番が来れば伝えるからな」

「休めって……こんな早く休めって言われても、だいたい僕ら今日はほとんど何もしてないぞ」

「今出掛けている連中が休む時の為に、今休んでおくのも仕事だぞ」


 ルードルフはそう言ってニヤリと笑う。これはもしかして彼をフォルコン号の船首像扱いした事のお返しなんだろうか。


「仕方ない。じゃあヨーナスとエッベは一度家に帰っておいで。僕とカイヴァーンは……船乗りらしく、あのコグを借りて休もうか」


 私は自分の着替えや荷物を詰めた箱を持ち上げながら、そう言ったが。


「船長が船で休むなら俺達も船で休む!」「俺達海のおとこ!」


 ヨーナスとエッベはたちまち駆け寄って来て私の箱を奪い取り、二人でコグ船の方へと担いで行く。




 コグ船は古い割にはしっかりしていて船内も片付いており、矢倉のような形の船尾楼の下には石造りの小さなかまどもあった。

 私達はさっそくそこに火を入れ、周りにハンモックを吊るし毛皮の寝袋を置く。


「すごいな。ちょっとした骨董品だ。これ、借りてもいいかな」


 カイヴァーンは船の物置からヴァイキング風の大きな剣と丸盾を持ち出して来た。どちらも古びていてあまり手入れが良くないように見える。


「その剣はちょっと重くて長いんじゃないか?」

「大丈夫だよ、振れるよ俺」


 カイヴァーンはそれを片手で無造作に振り回してみせる……まあカイヴァーンならそのくらいの重さは何でもないようだ。


 それからかまどに鉄鍋を掛けて、例の熊肉と麦粥を煮込んだやつを温める。

 何だか仕事をしているというより冒険ごっこをしているような気分だ。今日の仲間は私を含めて子供だけだし、この古いコグ船はまるで子供だけの秘密基地のようである。


「この熊ってどうやって倒したんだ? ルードルフがやったって聞いたけど」

「熊の倒し方? ルードルフは後ろからザクーッ! って」

「待てよエッベ、それじゃルードルフが卑怯ひきょうみたいじゃないか、ルードルフはちゃんと前からも斬りかかったぞ!」

「それから、船長も銃剣でズドーン! って、空から飛んで来た!」

「銃剣で突き掛かったのか!? 遠くから撃ったんじゃなく!? あっははは、姉ちゃんらしいや」


 男の子達が何か話して笑っている。カイヴァーンは今思いっきり姉ちゃんと言ってしまったけど、彼はニスル語で話しているので多分ヨーナスとエッベにはそこまで通じてない。

 一方ヨーナスとエッベはほぼスヴァーヌ語で話しているので、何を言ってるのか私もほとんど解らない。

 だけど彼等は身振り手振りと固有名詞だけで通じ合っているらしい。いいですねぇ、男の子は。きっと彼等だけが使える秘密の言語があるのだろう。


「早く寝ろって言われても、どきどきして眠れないや。フルベンゲンに海賊が来るだなんて」

「何だよエッベ怖いのか? 怖いならかあちゃんの所に帰っててもいいんだぞ」

「こっ、怖いなんて言ってないだろ! フルベンゲンのみんなは知らないんだ、だから安心して寝てる。カーリンやベルタだって」

「お、おい、余計な事を言うなよ!」


 カーリンにベルタ……女の子の名前かしら。その名前を出したエッベにヨーナスが猛抗議している。顔を赤くして腕を振り上げ……ああ、ちょっと止めようか。


「ヨーナス、手を挙げちゃ駄目だ」

「船長! すみません……エッベ! お前のせいで俺が怒られたぞ!」

「よせって二人とも、俺達の相手は海賊だぞ」


 カイヴァーンも笑いながら仲裁に入る。まあ男の子はこのくらいでいいんじゃないですかね。面白いや。

 当たり前のように私達の方について来たぶち猫はカイヴァーンの寝袋の上で終始眠っていた。極光鱒の食べ過ぎでずっと眠かったのかもしれない。




 眠れないような事を言っていた割に、ヨーナスもエッベも熊肉入りの麦粥を食べ終えて少ししたら、寝袋の中で寝てしまった。カイヴァーンは彼等に先んじて寝息を立てている……こちらは休めと言われればいつでも休む休息のプロである。


 眠れないのは私だけだった。

 私はコグ船の船尾楼に登り、空を見上げていた。

 今夜も青白いオーロラが空を舞っている……上弦から満月へと向かう月の光もあり、辺りは十分に明るい。何だか極夜にも慣れて来ましたね。


 ……


 フォルコン号、大丈夫かなあ。

 何で私はこんなにあっさりあの船を降りてしまったんだろう。


 フォルコン号がフルベンゲンを出て行く時、サイクロプス号から来た水兵は景気のいい声で抜錨って叫んでたよな。

 だけどフォルコン号はずっと不精ひげの声でダラッと、ばつびょぉお、とか言って航海して来た船で、今までそれでずっと上手く行っていたので……今回に限って今までと違う掛け声で抜錨したのは、正しい事だったのか……


 ああっ!? 私、なんか船乗りみたいな事を考えてる!? 意味の解らない事で縁起えんぎを担いで、変な事にこだわって……そもそも私何でこんな古い船の上に居るの? 今夜は陸で寝て良かったんだよ? 船乗りらしく船の上で休むって何だよ!


 私は船尾楼の上でうずくまる。

 どうしてしまったんだマリー! 私は山育ちの百姓、ヴィタリスのマリーだよ、断じて船乗りなどという、人外の生き物では無いんですよ!



 私は立ち上がり、アイマスクを外して再び夜空を見上げる。

 ロイ爺、大丈夫かなあ。いきなり軍艦みたいになってしまったフォルコン号の指揮を任され、困っていないだろうか。

 不精ひげは何で引き受けてくれなかったんですか……だけどあれも決して悪い男ではないはず、それでもやりたくないというからには、何か深い理由があるのだと思う。

 ていうか不精ひげにも悪い事しちゃったな……皆に説得されて、それを断るのは辛かったろうな。



 アホのマリーはまたしても、今さら自分の判断を悔いて泣いていた。

 弱虫の涙がぽろぽろこぼれる……アイリさんがどんなに怒っても、フォルコン号に残れば良かったなあ。ファウストがフォルコン号に来てくれるって知ってたら絶対そうしてたよ。

 理屈では解っているつもりだ。私が乗ってたって何が出来る訳でもないし、むしろ私のような素人船長なんて居ない方が安全だ。だけど私のような愚か者の感情は理屈では抑えられない。

 フォルコン号が心配だなあ。皆仲良くやれてるのかな。敵に出会ったりはしてないのかな。



 私はフルベンゲンの星空の中の星座を探す。フルベンゲンの北極星は高いな……

 月の光とオーロラのせいで、星が見つけにくい。だけどヴィタリスでも見られる星座がいくつかは見つかった。


 私のこの想いが、星座に反射してフォルコン号に届いたりはしないだろうか。愚かな娘は口を開けて空を見上げ、そんな事を考えていた。

―― ぼたっ。


不精ひげ「ひ……ヒエエエッ!?」

ロイ爺「なんじゃこれは? 空からタコが降ってきよった!」

不精ひげ「ひぃぃっ、タコはもう勘弁してくれ!」

アイリ「どこから落ちて来たのよ、科学的に有り得るわけ?」

ファウスト「いやいや、何かの魔法なんじゃないですか?」

アレク「美味しそうなサイズの岩ダコですよ」

ウラド「私は遠慮したい……」

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本作はシリーズ四作目になります。
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マリー・パスファインダーの冒険と航海
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