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不精ひげ「勘弁してくれ、頼む、この通り(ペコペコペコペコ)」

何と今回、マリーは留守番? アイリに言われ、ロイ爺やアレクにも賛成されて、乗らない事に決まったみたい……

そして戦いの為終結する仲間達……ファウストにマカーティ、ルードルフも。

 私の懐中時計は6時を指していた。

 この時計はだいたい一日に5分から10分くらい遅れるので、町に居る時は時報の鐘に合わせて、それ以外の時は太陽の南中に合わせて適当に針を調整する。しかしここではそのどちらの方法も使えない。

 極夜の世界にこそ、正確な時計が必要だと思うんですけどねぇ。フォルコン号の時計は3分くらいせっかちなのだが、時計係の不精ひげが時々気まぐれに針を遅らせるのでこちらもあまりあてにならない。



 フルベンゲンの港に、隠し錨地に泊めてあった二隻のコグ船が回送されて来る。波止場に造られた氷の家の一つはマカーティによって今回の作戦司令部に指定され、各船とフルベンゲンから集められた連絡要員が集まった。



 ハイディーンはこの場で一番大柄な人物だったが、気後れしているのか随分背中を丸めて現れた。


「あのなマカーティ艦長、我々にも経済的な事情というのがあって、今は特にタラの記録的不漁が続いていて漁船も商船もまるで来ないしその……だけど払う気が無かった訳じゃないんだ、実際ロビンクラフト船長が巡礼者の宿泊費だと言って金貨をたんまり出してくれたから、レイヴンへの警備費も出せるには出せるんだ」


 それを聞いたマカーティは……今回はハロルド副長も連れている……ますます脂汗が出ていそうな渋面を作り、歯軋はぎしりをして小声でつぶやく。


「お前わざとやってんのか、()()()()()()()の金だと聞いたらな、こっちは絶対に受け取る訳には行かねえんだよ、そいつは巡り巡ってレイヴン国民の血税で」

「よせよマイルズ、お前腹が減ってるんだろ? ほら。フォルコン号のシェフ特製のスパイスを掛けた極光鱒の串焼きが焼けたから、冷めないうちに食べてくれ」


 私フレデリクは、氷の家の中に造られた土窯で手ずから燻し焼きにした極光鱒の串をマカーティに差し出す。マカーティはそれをもぎ取るように受け取り、自棄やけ気味にかぶりつく。


「あッちい! くそ、脂が煮えてやがる!」

「うまいか?」

「ああ!? 鮭を焼いて不味い訳が無ェだろ! 調子乗んなチビ!」

「鮭じゃないぞ極光鱒だ、皮まで食べてくれよ、鱗はきちんと剥がしてあるし、しっかり火を通したからね」


「仲良くしましょう、マカーティ艦長。敵の戦力も居所もまだ解らない、我々は今の所かなり不利ですよ」


 この場にはハイディーンと並ぶ大男がもう一人居る……ただしこちらはハイディーンに比べたら細身な上、氷の家の片隅のアザラシの皮を敷いた床に座って体を小さくしている。その男、ロビンクラフトことファウストは手に持ったお椀の中の極光鱒のシチューを静かにすすり、続ける。


「三隻の武装船を水路に張り出して、その間に複数のボートを出し各所に派遣、本船と連携しながら索敵範囲を広げて行く……時間的にはこれから夜ですが、各員休憩を取りつつそれをやって行くしかない。厳しい戦いになりますよ」


 ファウストの眼鏡はシチューの湯気でくもってしまっていて、表情が解り辛くなっていた。


「理想は敵の錨地を先に突き止めて先制攻撃する事だ。こちらは三隻とも新鋭艦、先手を取っての砲撃戦なら十分な勝ち目がある……反面、向こうに先手を取られて接舷(せつげん)戦になると圧倒的に不利だ」


 マカーティはそう言いながら、瞬く間に極光鱒の串焼きを喰い尽くした。私はおかわりの串をマカーティに渡す。


「しかしどんだけ大きな鮭だったんだ、こいつは。魚肉とは思えねえ食い応えだ……この港で獲れたのか? こんなのが獲れるなら何で鱈が獲れねえぐらいで戦争になるんだよ、全く」

「だから鮭じゃなく極光鱒だって。極光鱒も最近まで大きな群れが行方不明だったんだ。今食べてるこいつは北の方の島でルードルフが獲ったやつだよ。100kgは軽く超える大物だった」


 この場にはルードルフも出席していた。たちまち気まずそうな顔になる二人……私も気まずいので、あんな事早く忘れて欲しいものである。


「……ブラスデンの英雄が町の防衛を引き受けてくれるとは心強え」


 マカーティはポツリとつぶやく。ルードルフも静かにうなずく。


「昼間は酩酊めいていして大変失礼をした。ハイディーンの仲間がフルベンゲンの男達を集めるのにはもう少し時間がかかるようだが、とにかく出来る限りの協力をさせていただく」

「ああ……俺もおかしな事を言ってすまなかった」


 マカーティもこのおじいちゃんには割合素直に謝った。スッキリしたけどスッキリしないわね。



   ◇◇◇



 アナニエフ一家を中心とした海賊がフルベンゲンを襲う……それはまだそういう状況証拠があるだけで、確定した情報ではない。

 だからグレイウルフ号とフォルコン号はその証拠を探しに行く。サイクロプス号は二隻の支援だ。元々のサイクロプス号のボートの他に、フルベンゲンのボートも積んで行くらしい。


 アイリ達の不精ひげの説得は失敗したそうだ。あの男はこの状況でも船の指揮を執るのは嫌で、どうしてもと言うのなら船長と一緒に船を降りたいとまで言ったらしい。

 そして出発直前のフォルコン号から、ヨーナスとエッベが降りて来る。


「船長……俺達のしごと、おしまい?」

「あの、俺達海賊との戦いにもついていく!」


 案の定不安そうな顔をする二人……だけどさすがにこの状況では二人はお母さんの元に帰した方がいいよね。

 私がそう思案していると、カイヴァーンが口を挟む。


「船長、二人にはまだ居て貰った方がいいだろ? 連絡係は多い方がいいだろ? 二人は船にも犬ぞりにも乗れるし」

「そうか……そうだな。二人共、今回は僕もフォルコン号とは別に行動する事にしたんだ、だから僕の仕事の方を手伝ってくれないか?」

「そうなの!? かしこまり!! 俺達船長を手伝う!」

「海のおとこ! 陸でも船長の役に立つ!」


 二人はすっかり癖になったらしい、海軍風の敬礼をビシッと決める……何だか真似したくなったので、私もビシッと敬礼を返す。


「頼りにしてるよ、ヨーナス、エッベ」


「聞いてませんよ」


 そこへ後ろの高い所から誰かが声を掛けて来る……ああ、ファウストですね。


「貴方が船を降りるなんて」


 振り返るとそこに居るのはやはりファウストだった。黒のジュストコールに灰色の革のコートを羽織り、眼鏡をかけてない代わりに額の上にガラスのバイザーのような物をバンドで止めている。


「色々事情があってね。大丈夫、出来る限りの支援はするから」

「いや……いい考えだと思います。少々いいですか」



 ファウストはそう言って波止場の少し先を指差す。私は頷き、カイヴァーン達に向こうの司令部で待つようにと示し、ファウストに追従して20mばかり皆から離れる。


「フォルコン号への援軍は私が指揮します。ボドキンの特性と操作に一番習熟しているのは私ですから、私が一番適任です」

「えっ……サイクロプスはどうするんですか?」


 近くに誰も居なくなったので、私は普通にマリー声で尋ねる。


「リゲルにやって貰います。彼の能力なら何の問題もないし、ロゼッタやドルトンも居ます」

「そ……そうですか……あの、御願いしますよ、どうか私があの時ハマームに居た事だけはフォルコン号の乗組員には内密に」

「解ってますよ。それでフォルコン号の船長はどなたが?」

「副船長のロイがやります、ロイは頼れるベテランですけど軍歴は無いですから、万一の時はファウストさんに御願いします」

「解りました……貴女の船に乗るのは憂鬱でしたけど、そういう事ならホッとしましたよ」


 このおじさんは露骨に私の事を苦手にしている。いつもそういう空気が出ている。

 私そんなに悪い事したかなあ。船の上で鬼ごっこをしたくらいじゃないですか。


「そんなに嫌わないで下さいよ。ところで林檎の森の冒険とか四姉妹の庭園って何ですか?」

「その話はやめましょう。別に嫌いな訳じゃないですよ。言葉の通り、ホッとしたんです……貴女はランベロウが乗った船も砲撃しようとはさせなかった。あのガレオン船を傷つけず、ランベロウだけをどうにかしたいと」


 そうだ。私は最初、自分だけあのガレオン船に送り届けて欲しいと言ったのだ。それを、あのガレオン船に忍び寄り一瞬にしてランベロウだけ誘拐する作戦に書き換えて、しかも見事に実行してみせたのがファウストだ。


「私にしてみれば砲撃して沈めてしまう方が簡単でした。だけど貴女は撃てと言えない人なんでしょう。そういう人が船長を務める船で掌砲長になるというのは、想像するだけで憂鬱でしたから」



 ファウストがどのくらいの意味でこの言葉を言ったのかは解らない。だけど私は大きな衝撃を受けていた。


 私はアイリさんが止めてくれなかったら、普通にフォルコン号に乗って海に出て、海賊を探しに行っていたと思う。

 そして海賊に出会っていたら……私は速やかに撃てと命令出来たのだろうか?

 3ポンド砲一門で喫水線を狙って撃つのとは違う。片舷五門の18ポンド砲の一斉射撃だ。相手にも死人が出る事は想像に難くない。

 だけど私がそんな事を考えてしまい、撃てと命じるのが遅れたら? そしてその数秒の遅れの間に敵が発砲していたら?

 飛来した砲弾は味方を、仲間を殺すかもしれない。自分もその時に死ねたらまだマシだ。だけど。


「マリーさん?」


 もしも。自分が撃てと命じるのを躊躇ちゅうちょしている間に敵に撃たれて、そのせいで仲間が傷ついて、死んで、その上で自分が生き残っていたら……私は正気を保てるのだろうか。


「マリーさん!」

「えっ……あっ……フレデリクですよ! マリーって言わないで下さい」

「貴女のクルーは司令部の方へ行きましたよ……あの……ごめんなさい、そんなに顔色を悪くしないで下さいよ、私が言い過ぎました」


 ファウストは私から顔を背けていた。ああ……今の私みたいな弱虫は見たくもないという事かな……だけど仕方無い……私は本当に弱虫だと思う。


「……いいえ! 大丈夫です、私良く解りました! だから、御願いしますファウストさん、何も出来ない私の代わりに、フルベンゲンの人達、避難民の皆さん、それに私の乗組員も、どうか守って下さい、御願いします!」

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本作はシリーズ四作目になります。
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マリー・パスファインダーの冒険と航海
― 新着の感想 ―
[一言] 林檎の森の冒険と四姉妹の庭園、私も読んでみたい!
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