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カイヴァーン「……お前、姉ちゃんが普通にすぐ帰って来ると思う?」猫「オアァア」

海軍の事情聴取に同席したマリー。それは当然愉快な経験になるはずもなく。

やっぱりこの町とは相性が良くないのかしら。

「災難でしたなあ。貴女とはもっと楽しい用事でお会いしたかった。いや、今回のリトルマリー号の回送こそ、楽しい用事に違いないと思ったのですが」


 会議はあの後も続き、私が解放されたのは午後十時過ぎだった。結局ロイ爺には先に帰ってもらっていたので、ミゲル艦長はフォルコン号まで私を送ってくれた。


 フォルコン号はグラスト港の一等地で軍艦に挟まれ、肩身が狭そうにして停泊しているが、元気ではある。

 元気がないのは私、いやリトルマリーである。港湾作業船のクレーンに支えられ、辛うじて浮いている私の船。真新しい塗装を施された船体には、左舷後方からタミア号の劇的なリフォームを食らい大穴が空いている。


「送っていただいてありがとうございます、落ち着いたらまた食事でも」

「ええ……そのうちにきっと」


 ボルゾイ号ら護衛の三隻は港の隅の方に錨を降ろしているようで、ミゲルおじさんもボートで桟橋を離れて行った。本来なら国王陛下のリトルマリー号共々、堂々と岸壁に横付けされるはずだったのかもしれない。



 フォルコン号の会食室には不精ひげとウラドが居て、エールを手に何事か話し込んでいたので、私は会議室で見た事を二人にもかいつまんで話してやった。


「それじゃリトルマリー号はもう帰って来ないかもしれないな」

「この船を借り続ける意味も無くなる、そういう事だろうか」

「代わりのバルシャ船か何か貰って、フォルコン号ともサヨナラかもね」


 代わりの船が貰えたらまだいいけど。壊れたままのリトルマリー号を返すと言われたらどうなるのだろう。有り得ない話じゃないよなあ。相手はお上だ。


「やっぱりとっとと逃げ出さない? 今のうちに出航しちゃうのはどうかしら?」

「それは手遅れのようだ。船長が出掛けた後で港湾管理官が来て、出航許可証を持ち帰ってしまった」

「ああああ」


 ウラドが残念そうにそう言い、私は会食室の机に突っ伏す。

 海軍に近づくな! 海でも、陸でも。お年寄りの言う事は素直に聞かないと駄目ですよ……ばあちゃん、私やっぱりなるべく早くヴィタリスに帰ります。



   ◇◇◇



 ところが翌朝、ロイ爺が艦長室の前にやって来て言う。


「船長……ああ、昨日はすまんの、何の役にも立てなくて」

「そんな事無いよ、ごめんね遅くまで。今朝はもう少し休んでていいのに」

「それが今、港湾役人がやって来て、これを」


 ロイ爺が差し出して来たそれは、昨日持ち去られたはずのフォルコン号の出航許可証だった。


「えええ? どうして? 私達もう行っていいの?」

「うーむ……これはわしの勘なんじゃが……海軍も混乱しているのではないかね。ウラドから聞いたが、グラストの海軍はリトルマリー号の事を知らなかったとか」


 当てにならない爺ちゃんの勘……いやいや、ここは真面目に聞かないと。


「海軍さんも一枚岩では無い。なるべく話を小さく済ませたい、大事にしたくない勢力も居るんじゃろ」

「その人達は私達がさっさとどこかに行ってくれた方が、都合がいいのね……」


 私は帰って来た出航許可証と、少し先の海面で作業船に支えられて辛うじて浮いているリトルマリーを見比べる。それから、ロイ爺も。


「ロイ爺は……あの船がどうしてああなったか知りたいって思うんじゃないの? 30年間乗った船だよね」

「まあ……わしの船乗り人生そのものと言ってもいい船じゃが……船も船乗りも、出会いと別れはつき物じゃ、気にしていては身が持たん。フォルコンもそう言うのではないかね? ホッホ。暖かい朝食が待っておるので、これで失礼するぞい」


 ロイ爺はそう言って、実際にウキウキと軽い足取りで会食室の方に向かった。あーあ。爺ちゃん、気を遣ってる。気を遣って気にしてないフリをしてるよ……



 私は艦長室に戻り、寝巻き代わりの父のチュニックを脱ぎ、平の水夫らしいシンプルな服に革のジャーキンを合わせた、私の中では銃士マリーと呼んでいる服に着替える。


 一応剣を提げて行こうか。形だけでもそれらしく……あれ? 剣は?

 ああ……二本とも無いんだった……私がマトバフで初めて買ったサーベルはストークの海軍提督のロヴネルさんにあげてしまったし、女海賊の幽霊、トゥーヴァーさんに貰った剣はコルジアの騎士見習いで今は準男爵となったエステルに預けたのだ。


 私はそのまま艦長室を出て下層甲板の物置きに行き、稽古用の木剣に混じって置いてある一振りのレイピア(・・・・)を取る。

 取り敢えずこれでいいや。

 私は以前イリアンソスからハマームまでの冒険を共にした、勇敢で気骨があり屈強でアホなジェラルドの顔を思い出しつつ、上甲板に上がる。



「出港許可証は返って来たけれど、今回は危ない事は避ける事にしますよ。ちゃんと海軍さんにもう行っていいのかどうか聞いて来ます」


 甲板にはぶち君を含めた全員が居たが、特に反対する者も居なかった。



 私は艦首のブリッジから波止場に降り、海軍司令部の方へ歩いて行く。

 ふと湾内を見ると。リトルマリーを支える作業船が移動を始めている……


 鼓動が高まる……悪い意味で。

 リトルマリーはどうなるのだろう? 湾外の寂しい所へ引きずられて行って、そこに沈められるのだろうか?

 私の父の城。父が家庭より大事にしていた船。それが父の居ない場所でゴミとして海に葬られるのか? 私があんな恰好(バニーガール)になってまで守りたかった船が……


 そう考えた私の胸に、一頭の牛の面影が浮かぶ。やんちゃのビコ。お互いに思わぬ事から対峙した……私が。間違いなく私がその命を奪った、あの勇敢な牡牛が。


 私は首を振り、リトルマリー号から目を離す。だめだ。私はフォルコン号の船長であり、船の仲間の生活を守る責任者なのだ。感傷は捨てなきゃ。



「これは一体、どういう事だ」


 性懲りもなく岸壁で一人ぼろぼろ泣いていた私から少し離れた所で、誰かが言った。私ははっと振り返る。そこに居たのは……風紀兵団!?


 揃いの緑のサーコートに鎧兜の迷惑集団、いや治安維持集団、風紀兵団の姿をした鎧武者が八人も……居るけれど。その兜はどれも、こちらを向いてはいない。


 そして先程の台詞を言ったのは風紀兵団ではなかった。彼らの護衛を受けながら、この岸壁で私と同じように、リトルマリーを見ている一人の……司教?


「は……昨日リトルマリー号は海軍の臨検を受け、その際に接触事故を起こしたとの事です」

「何故臨検を受けるのかね? リトルマリー号にはわざわざ王都から運んだ国王陛下の旗印のついた帆を掲げさせていた筈なのだが」

「申し訳ありません枢機卿、我々には海軍のしている事は解りかねます……」


 高位の聖職者である事を示す赤い帽子を被った、私の父ぐらいの年恰好の細身の眼光穏やかなおじさんが、一つ、溜息をつく。


「万一、国王陛下の権威がないがしろにされたのだとしたらただでは済まぬ。幾多の脅威に晒されたアイビスは今、陛下の旗印の元一つにならねばならないのに」



 私はとにかく、目立たないようにゆっくりとその場を離れる。

 今の人、風紀兵団に枢機卿って言われてたな……もしかして、仲買人さんが言ってた、王都から来た偉い人ってこの方ですか。



「あっ……」



 その瞬間。私は聞いた。何でしょう? 今の「あ」は?

 私は恐る恐る、視線を「あ」の方に向ける。


 大兜を被っていて顔は見えないし、中身がどこの誰なのかは解らない、風紀兵団の一人が……明らかに、私を知っているという素振りで、顔をこちらに向けたり、枢機卿に方に向けたりして、そわそわしている……


 ヴィタリスのマリーを追うべきか? しかし今は枢機卿のお供という大事な仕事が……ああ……その思考が手に取るように解る。


 とりあえず、トライダーではなさそうだ、あれはもう少し背が高い。

 私を知っているトライダー以外の風紀兵団。考えてみればいくらでも心当たりがある。しかしまさかヴィタリスから遠く離れた王都から、さらに遠く離れたここグラストで、そんなものに出会うとは。



 さて困った。枢機卿はリトルマリー号の惨状を目に収めると、例の海軍司令部の建物の方へと歩いて行く。風紀兵団もそれについて行くが、やはり一人だけ、私と枢機卿を何度も見比べている鎧兜が居る。

 どうしよう。海軍司令部には用があるのだが、まさか風紀兵団を連れた枢機卿の後について行く訳にも行かない。


 ではどうするか。勿論船に戻るのが正解だ。船に戻って、これ以上厄介事に巻き込まれる前に出港してしまおう。出港許可証はあるんだからいいじゃない。

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本作はシリーズ四作目になります。
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マリー・パスファインダーの冒険と航海
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