ヨーナス「ひえっ、マカーティだ! 錨索を切らなきゃ(使命感)」
マカーティはレイヴン海軍の艦長として、この地に迫る危機を食い止めようとしていた。
その為に、下げたくない頭も下げた。
マカーティに駆け寄った私は、とにかくその後ろ襟を掴んで引っ張り上げる。
二人だけで話す事に拘ったのは、部下達にはこんな姿を見られたくないからか。下手をしたらこの男、あのホールで土下座してたんだろうか……外に連れて来てやって良かった。
「船で会った時に普通に話してくれたら良かったじゃないか! 何でこんな回りくどい事をするんだ!」
マカーティは上半身は起こしてくれたが、顔は下げたままで呻くように言った。
「今だってまだ迷ってんだよ、てめえが本当に襲撃者の仲間じゃないって証拠は無ェ! だがアナニエフ一家が動いていると教えてくれたのはてめえだ。そして奴等の襲撃の話は他の住人からも聞き出せた。だから……てめえを信用するフリをする以外に出来る事が無い……」
何とも困った狼さんである。どうやったら本当の意味で信用してくれるんだろう、この人は。そのくせこんな風に、悔しくて涙が出る程嫌なのに、土下座までして仕事を成し遂げようとする……なんて面倒な奴なのだろう。
「つい昨日だ、外洋を周ってフルベンゲンに向かっていた俺達は規模の大きな野営跡を見つけた。冬の外海は荒れるし最近は魚も来ねえ、おかしいと思った俺はそこを調べた。どうも何百人って人間がごく最近までそこに居たらしい。一体どこの誰がそこに居た? この町の連中がそんな所までピクニックに行ったのか?」
「この町の人達は十数人の集団で町を離れ、様々な技能を生かした仕事をしてるけど……そんな事をしてる集団は居ないと思う」
マカーティはようやく顔を上げ、横目で私の方を見た。
「そこにお前の情報だ、てめえが言った通りだよ、記録的不漁続きの海で、魚群を頼りに生活している連中が凶暴化してる可能性は否定出来ねえ。アナニエフ一家というのはここよりさらに北の海で操業していた荒れくれ集団らしいな」
私は息を飲む……マカーティは続ける。
「平時には漁船、その気になった時にゃ海賊……海にはそんなごろつきがいくらでも居るだろう? 野営跡は奴等が仲間を集めて落ち合う為の場所だったのかもしれねェ。小さな農場を10人ぐらいで襲って来た? そいつらは偵察隊だよ、情報集めで派遣されたのに、無防備な獲物を見て我慢出来なくなったんだろう」
いつの間にかぶち君は居なくなっていた。どうもマカーティが土下座したあたりでホールに帰って行ったらしい。
◇◇◇
私はマカーティと二人で港の方に戻って来ていた。
「君は巡礼者の事も疑っていたのか」
「襲撃対象に味方を送り込んでおくのも海賊共がよく使う手だ。しかもあいつら、あれに乗って来たんだろう?」
マカーティはまだ酷い胃痛を堪えているような顔をして、ホワイトアロー号の方を指差す。
「うん。まあ、そうだな……」
「面倒臭えからはっきり言うがあれはイノセンツィだろう? グランクヴィスト」
私は黙ってフォルコン号に向かって歩いていた。マカーティもついて来る。
「いや、あれはロビンクラフト船長の船でホワイトアロー号……」
「状況を解ってるから俺に地図を見せてくれる気になった、そうじゃねえのかクソ野郎!? おい! そこの所どうなんだ!?」
一見バカそうなマカーティは実は極めて洞察力に優れた人物で、どうやらあの船がサイクロプスである事も船長がファウストである事も知っているらしい。
それでも何かの勘が私に告げているのだ。ファウストに関してはどんなに白々しくても白を切り通せと。
勿論この状況はこのままにはしない。マカーティは海賊イノセンツィが協力してくれるとは思っていないとは思うが。
さて、フォルコン号が近づいて来る……ん? 甲板にヨーナスが居る……斧を持ち出して何をしてるんだ? 錨索を切るつもりか?
「待てヨーナス! 切るな! 切らなくていいから!」
◇◇◇
「何であの小僧は俺の顔を見るなり錨索を切ろうとしたんだ?」
「細かい事は気にするな、それより見ろ、これがフルベンゲン周辺の地図だ、むやみに見せられる物じゃないんだぞ、心して見てくれ」
フォルコン号の艦長室の執務机に、私はいくつもの地図を広げて行く。フルベンゲンの皆さんが戦士の石碑を捜索するルードルフの為に貸してくれた地図だ。
様々な職業の人々が描いた地図には統一性というものがまるでなく、同じ場所を描いた地図でも微妙に地形が違っていたりする。
「こいつはすげえな……何をしたらこんなにスヴァーヌの連中から信用されんだよ……クソッ。俺が頼んだって誰も地図なんか見せねえぞ? 何でだよ……」
マカーティは慌ただしく、たくさんの地図をめくる……確かに。それでもこの男は、大嫌いな相手に土下座してまでフルベンゲンを、異国の町を守ってやろうというのか。
「おい、さっきの続きだがな。お前が巡礼者と言う連中。俺はそれを疑っていたが……さっき見た所、あれは本当は避難民のように見えた。俺の目にはな」
次から次へ、様々な地図を手にとっては、何かを自分のメモに書き写して行きながら……マカーティは続ける。
「だけど奴等を運んで来たのはあの海賊船だろう……正直俺はまだ少し迷っている、あいつらは本当に海賊の手先じゃないんだな?」
「彼等は君が見た通り、信仰の自由を求めて新世界へ移ろうとしている人々だ……それにホワイトアロー号は彼等を西へ運ぶ為の移民船さ、海賊船じゃないぞ」
マカーティは地図から目を上げ、酷い目つきで私を睨み付ける。
「いつまでそう言い張るつもりだ……」
「解った、じゃあロビンクラフトに会おう、彼にも状況を説明しようじゃないか。この地図も見せたいから、目ぼしい物を集めるのを手伝ってくれ」
◇◇◇
フォルコン号からホワイトアロー号まで。私は小さい方のボートにマカーティを乗せ、フルベンゲンの港湾を漕ぎ渡って行く。
「待て! ちょ待て、てめえボート漕ぐの下手過ぎねえか!? さっきから飛沫ばっか飛んで来るじゃねえか、ヒエッ!? 冷てぇぞこん畜生!」
「黙って乗ってろよ、僕のボートなんだから文句を言うな!」
◇◇◇
ホワイトアロー号の乗組員達は平静を装っていたが、中には唇を引きつらせている人も居た。眉間から鼻にかけて大きな向う傷のあるスカーフェイスの本格派、リゲルさんもその一人だった。
「お前どういうつもりだよ、話が違うぞ、ああいうのを追っ払ってくれるって約束だったんじゃねえのか」
「緊急事態なんだ、ロビンクラフトさんに取り次いでくれ」
私に連れて来られたレイヴン海軍グレイウルフ号艦長マイルズ・マカーティは今やホワイトアロー号の甲板に立ち、口を半開きにして辺りを見回していた。
ロビンクラフトは艦長室に居た。
「やあ、ようこそいらっしゃいました。このような北の最果ての港で母国の軍艦に出会えるとは光栄ですよ! いつもお仕事ご苦労様です」
ファウストはマカーティに向かい背中を丸め揉み手をしながら、引きつった笑みを浮かべてそう言った。
「ロビンクラフトさん! こちらは御覧の通りレイヴン海軍のマカーティ艦長です、マカーティ艦長! こちらがホワイトアロー号船長のロビンクラフトさんです!」
マカーティは半ば歯ぎしりをしながら俯いて、上目使いにファウストを睨んでいた。
「ああ……宜しく、ロビンクラフト船長……」
「こちらこそ……マカーティ艦長」
両者は一応そこまでは言葉を絞り出した。しかし握手をする気は無いらしい。
「僕も改めて自己紹介するよ、フレデリク・ヨアキム・グランクヴィスト。ロングストーン船籍の商船フォルコン号の船長代理だ」




