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エッベ「波止場を見るな? なんで?」カイヴァーン「船長命令だから。気にしないで会食室でカードでもやろうぜ」

ファウストから押し付けられた大砲はいわくつきの物騒な決戦兵器だった。

そしてやって来たグレイウルフ号。

この話は三人称で御願い致します。

 レイヴン海軍のコルベット艦グレイウルフ号は三枚のクラブクロウ型の帆を仮マストに掛け、フルベンゲン港へと辿たどり着いた。

 仮艤装の帆は甲板から多くの人力で制御しなくてはならずあまりスピードも出ない。その為乗組員の疲労の色は濃かった。


「お前ら最後まで油断するなよ! 港に入るまでしっかり操帆するぞ……おい、何だありゃ」



 グレイウルフ号が入り組んだ地形の最後の岬を回り、フルベンゲンの港内が見える所まで来ると。湾内には数隻の古めかしいロングシップの他に、二隻の新型船が停泊しているのが見えた。



 グレイウルフ号のメインマストは仮補修されていたが、艦長のマカーティは念の為そこには帆を掛けない事にしていた。その代わり見張り台は普通に使っていて、そこには今艦長のマカーティと、部下の水夫が一人居た。


「一隻はフォルコン号ですね、あいつら新世界には行ってなかったんですね」


 見張りの水夫はみずから見張り台に登って来て望遠鏡を覗く艦長にそう呼びかけるが、マカーティはしばらく望遠鏡を見つめたまま硬直していた。


「艦長?」

「冗談じゃねえ……もう一隻は海賊イノセンツィだ!」


 マカーティは見張りの水夫にそう怒鳴りながら望遠鏡を返し、マストを猿のように滑り降りてまた叫ぶ。


「てめえら! あの港で何が起きてんのか解るか!? イノセンツィとグランクヴィスト、我が王国のナントカって外交官を誘拐して莫大な身代金をせしめやがった大海賊二人が、この世の果てみてえなこの港でまた何か悪巧みしてやがるんだ!」

「ええええっ!?」


 ハロルド副長以下、甲板に居たグレイウルフ号の乗組員達に衝撃が走る。


「艦長、それはその、冗談では……」

「冗談でこんな事が言えるか!! くそっ……くそっくそっくそっ!! どんだけ武運がねえんだ俺は……」


 舷側の手摺りを握りしめ、マカーティはガックリと肩を落とす。この手摺りも巨大タコに粉砕された物を応急修理したものだ。何という受難の航海だろう。


「お待ち下さい、艦長……これは大成果と言う事も出来るのでは、ただちに引き返しましょう、本土に報告するのです、元々我々の任務は独立偵察です」


 マカーティは激しく歯ぎしりしながら振り返る。


「無理だハロルド。俺達がクソ野郎を見てるという事はクソ野郎も俺達を見てる、俺達が慌てて引き返してみろ、奴らは優雅なランチを済ませお茶をたしなんでデザートまで頂いてから追い掛けて来るぞ、ストークのクソの方はこの船が手負いなのも知っているからな……俺達は余裕で捕まって海の藻屑、死人に口なしよ」


 マカーティの言葉が染みわたるごとに甲板は静かになって行き、その言葉が終わる頃には全く静かになっていた。


「では……どうなさるのですか」

「このままフルベンゲンに入港する」

「海賊に気づいてないフリをして……ですか?」

「そうだ。その方がまだ戦える(・・・)。ここから逃げてしまえば奴らは準備万端で追撃して来るだろう。だが気づいてないフリをして入港すれば千載一遇の好機が(ワンチャン)あるかもしれねえ……この芝居、全員付き合って貰うぞ。そして用意しておけ! いつでもあのクソ共にありったけの砲弾を浴びせる準備をな!」


 かくして手負いの狼、グレイウルフ号はこの虎口ここうに気付いていない羊のふりをして、フルベンゲンの港に入港する事となった。



   ◇◇◇



 港湾は不気味な静けさに包まれていた。骨董品に混じって停泊する二隻の新型船は、酷く白々しく距離を開けて停泊している。

 グレイウルフ号はフリゲート艦のすぐ近くを通るコースで入港して行く。


「装填してる事を悟られるなよ……もし奴らが何かする素振りを見せたら至近距離から先制弾を浴びせて、何としても行動不能にするんだ、それ以外に生き延びる道は無ェ」


 マカーティはそう言って自身も甲板に並べた折り畳み椅子に座り、暢気のんきにお茶を飲んでいるフリをする。そのカップの中の水は既に凍っていた。


「艦長……!」


 そこに見張り台に上がっていたハロルドが青ざめた顔で、しかしゆっくりと降りて来る。


「フォルコン号が武装しています! 片舷6門、艦首にも先日とは違う大砲が」

「なん……だと!?」


 最近見たフォルコン号はごく小さな大砲を1門積んでいるだけだった。乗員も少なく、後回しに出来るとマカーティは判断していた。

 しかしフォルコン号の方も十分な火力を持っているとすると、この計画は御破算ごはさんだ。フリゲート艦に挑むだけでも無謀なのに反対舷からも狙い撃たれたら手も足も出ない。


「だめだ……各員大砲からそっと離れろ。このまま黙って入港する……クソがッ……罠にめやがったな……やっぱりあいつら完全にグルじゃねえか!」



   ◇◇◇



 極夜の期間ではあるが、空は正午を過ぎて二時間近く経った今もトワイライトの不思議な色を帯びている。しかしもう一時間もすれば真っ暗になるだろう。


 マカーティはハロルド副長と二人だけで上陸していた。二人を乗せて来たボートには6人の漕ぎ手が残っている。


「足跡が随分沢山あるな」

「そこの氷のテントみたいなやつに、重量物を引きずって行った痕もありますね」


 誰も居ない波止場の様子を見た二人は、手に持ったランプで辺りを照らしながらそれぞれの感想を述べる。そこへ。


―― ズシ……ズシ……


 氷の家の一つの裏手から、足跡だらけの雪を踏みしめ、地肌にそのまま毛皮の鎧を着た筋骨隆々の大男が。腰に石斧をぶら下げ燃え盛る松明を持ってやって来る。


「お前達は……巡礼者か」


 マカーティは数秒間硬直し、何と答えたものかと思案を巡らせるが。


「俺はレイヴン海軍グレイウルフ号艦長、マイルズ・マカーティだ。グレイウルフ号はスヴァーヌ海の治安維持活動をしている。向こうに停泊しているのはフォルコン号だな? 俺は奴を知っている。グランクヴィストはどこに居る?」


 大男はすぐに返事をせずに黙り込む。そしてゆっくりと首を捻る。


「グランクヴィスト……どこかで聞いた事があるような……」

「そう来るか。あの船の艦長はグランクヴィストだろうが、知らないとは言わせねえぞ! だいたいお前は何なんだ!」

「艦長、この男は地元の長老か何かではないでしょうか、暴言はいけません」

「ハロルド、この男思いっきり長袖の雪焼けの跡があるじゃねえか! 石斧なんかぶら提げて芝居が過ぎンだよ!」


 そこへ。


「おお、新たな客人か。良い所へ来られたのではないかな」


 雑木林の小路の方から誰かがやって来る。フルベンゲンの人間はこの大男、ハイディーンが芝居をしている間は決して近づいては来ないはずなのだが。しかしその鎧武者はフルベンゲンの人間ではなかった。


「ハイディーン殿、彼らにも獲れたての極光鱒を振舞っては如何かな、巡礼の皆さんももう満腹だそうだが、シチューもステーキもまだまだたくさんあるのだ」


 ハイディーンは身振り手振りでその男、ルードルフにこちらに来ないよう伝えようとするが、二時間近くの間フルベンゲンの老若男女から持てはやされ酒を注がれ避難民達からも感嘆と賞賛の声を受けまくり、すっかり上機嫌のルードルフには通用しなかった。


「おい酋長、あれは何だ」

「あ……あれは南から来た巡礼者で……いやぴかぴかの鎧を着た神の使いで……」


 あまり背の高くないマカーティは自分より30cm近く背の高い大男に詰め寄る。ハイディーンは目を逸らし、しどろもどろに答える。


 ルードルフは能天気に続ける。


「御客人、どちらから来なさった? まあ我輩も客なのだが、わはは。フルベンゲンは実に良い港町ですぞ。なあハイディーン、お主もそんな寒そうな格好をしてないで、戻って飲み直さぬか」


 窮地に陥ったハイディーンは小声で言い訳を考えながら辺りを見回す。


「あのな酋長、俺はグランクヴィストに会いてえんだが。ついでに今年分の、おたくのコモラン国王陛下と我等がレイヴン国王陛下の」


 マカーティがそこまで言い掛けた所に。


「おじいちゃん!!」


 先程鎧武者が現れた小路から。駆け通して来たのだろうか、極夜の寒気の中に白い息を吐き散らして。一人の、小柄な少女が駆けて来る。


 マカーティは一瞬そちらに目をやったが、また大男に向き直って続ける。


「コモラン国王陛下とレイヴン国王陛下の盟約による防衛負担金の請求書を」

「おじいちゃん!! 皆様お騒がせしてすみません!! おじいちゃん!!」


 真っ赤なワンピースドレスを着た、真冬の北極圏では少々薄着に見えるその少女は、男達の方に向かってまっしぐらに駆けて来る。


 マカーティの前に居るハイディーンも、マカーティ達の方へ歩いて行く途中のルードルフも、少女の言う「おじいちゃん」は自分ではないと思っていた。

 そして少女が腕を伸ばし掴んだのは、ルードルフの肩だった。


「だめよおじいちゃん、酔っ払って迷惑かけちゃ! おじさんはお仕事をしているのよ!」

「お嬢さん……? すまないがその……貴女とは知り合いだったかな……?」


 少女はルードルフを追い越してからその肩を止めていた。その為マカーティ達からは背中しか見えない。


「もう、しっかりしてよおじいちゃん、孫娘の顔も思い出せないの?」


 少女は少しだけ振り返り、苦笑いをしてペコペコ頭を下げる。


「ごめんなさい皆様! おじいちゃんはちょっとその、昔を思い出していたの、ほんとにもうおじいちゃんったら、鎧兜まで着て! さあおうちに帰りましょう」


 少女はそう言って、ボケてしまった老人を諭すようにその袖を引き、ルードルフをこの場所から連れ去ろうとする。



 ハイディーンは考えていた。ルードルフの事を計算に入れていなかったのは自分の失敗だ。それにフレデリクはこの芝居そのものに反対していたが……やはりこの芝居をするのは自分の義務だ。


 コモラン国王が勝手に約束した防衛負担金は正直しんどい。ただそれはコモランもレイヴンも解っていてやってるのだと思う。レイヴンは無理難題を言い、自分達は芝居までして誤魔化す、このくらいでいいのだろうと、ハイディーンは思う。

 それであの少女は一体誰だろう? 見た事がない……しかし今はルードルフを連れ去ってくれるなら誰でもいい。さて、自分は芝居を再開しないと。


「この港は神が創り、俺達が守る。水や薪が欲しいのなら遠慮なく言うがいい」


 ハイディーンはそう言いながら来訪者達に目を戻す。


 来訪者の一人、かなり頭の禿げ上がった方は、もう一人の方を見て唖然としていた。

 そしてそのもう一人。先程から艦長と呼ばれている男の方は。限界まで目を見開き、ガタガタと震え、冷や汗を垂らしながら。少女を、指差していた。



「グ……グランクヴィスト、てめェ……そんな女装趣味があったのかよォォ!?」

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マリー・パスファインダーの冒険と航海
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