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マカーティ「今だあああ引っ張れぇぇ!」水夫「ファイトォォォ!!」海兵「いっぱぁぁぁつ!!」

タコにやられてボロボロの船体を引き摺り、スヴァーヌ近海で仕事をしていたグレイウルフ号。マカーティがしつこいのか、レイヴン海軍が皆そうなのか。

 ウラドが居ないまま抜錨するのは少し気が引けたが、フォルコン号をサイクロプス号に寄せるだけだ、何処かへ行ってしまう訳ではない。


「船長……一体どういう事? あの船、海賊船なんでしょう?」


 フォルコン号に戻った私は、マカーティの船がこの港に向かってる事、レイブン海軍の目を誤魔化す為、サイクロプス号に協力する事を告げていた。

 そして私の計画をいぶかしむ乗組員を代表して、アイリさんがそう言った。私は皆にも聞こえるようはっきりと答える。


「そうだけどあの船から降りて来た人達は改革派の避難民で、サイクロプス号はあの人達を新世界に運ぼうとしているんだ。だから争いにならないよう協力したい」



 船同士を並べてしっかり固定すると、サイクロプス号から他の乗組員と共にファウスト自身もやって来る。


「フォルコン号の乗組員の皆さま、御久し振りです! パスファインダー船長はお元気ですか? 御挨拶が遅れまして申し訳ありません!」


 かつてジェンツィアーナ近海で、砲丸と一緒に袋詰めにされて海に投げ込まれたファウスト。彼が大海賊だとは知らなかった私はごく善良な一市民の行動として、不精ひげとカイヴァーンに頼んで彼を海から拾い上げて貰った。

 あの後、ジェンツィアーナで下船して行くまでの間のファウスト氏はずっとこんな雰囲気だったなあ。卑屈な笑みを浮かべ大きな背中を丸め広い肩幅をすぼめて、揉み手までして目一杯自分を小さく見せようとしていた。


「訳あってマリー船長は休んで居るので……今はこのフレデリクが代理船長じゃ」

「皆さまにはお手数をお掛け致しまして誠に申し訳ありません! なるべくご迷惑が掛からないように致しますので!」



 ご迷惑が掛からないように……なるんですかねえ? まあ協力すると言ってしまったものは仕方がない。

 私がファウストを囚人としてレイヴンに突き出せる訳がない。ファウストはああ言うが、彼に土下座してまでランベロウの誘拐を依頼したのは私である。



 サイクロプス号の甲板から、新型砲とやらがテークルで吊り下げられて降りて来る。何ともいかつい大砲だ……これに比べたらうちの艦首に据え付けられている3ポンド砲の何と可愛らしい事か。


「何で大砲が降りて来るの……?」


 アイリさんが疑いの目で至近距離から私を見る。


「あの船を海賊船サイクロプス号ではなく商船ホワイトアロー号と言い張る為です。解体して港に降ろしたら間に合わないけど、うちに積み替えるなら一時間で出来そうだって」


 ヨーナスとエッベは、降りて来る大砲に無邪気に目を輝かせている……男の子はああいうの好きなんだろうなあ。

 サイクロプス号の船員は手際よく大砲を運び、フォルコン号の空の砲座に大砲を固定して行く。ファウストも油まみれになりながらその作業に従事していた。


 フォルコン号の砲座は両舷に6箇所ずつと艦首に2箇所の計14箇所、艦首には3ポンド砲が一つあるので空きは13箇所だ。

 ファウストがフォルコン号に移したい大砲は全部で11門だという。あとは並行して行っている氷の倉庫への運搬で片付くと。それでサイクロプス号は護身用の9ポンド砲が8門あるだけの、商船らしい船になるそうだ。


「フレデリク船長! 大砲は艦首の空き砲座一門と、両舷は艦長室の中以外の砲座に設置して宜しいでしょうか?」


 ファウストが嫌にへりくだった感じで私にそう言う……軍艦生まれのフォルコン号は艦長室の中にも砲座があるのだ。確かにそこに大砲を置かれるのはちょっと嫌だけど……


「重量のバランスが悪くならないならどこでもいいよ……って言うかこの大砲、首尾よくレイヴン海軍に御帰りいただけたら引き取って貰えるんだよね?」

「そんな事をおっしゃらず。このまま貰っていただけませんか?」

「困るよ、うちは商船なんだから。こんなの積んでたら無駄に重くなって船足が落ちるよ……使い道だって無いし」


 大きな背中を丸めて揉み手をするファウスト……私は半分気の毒に思いつつ半分腹が立って来た。


「ちょっとこちらへ」


 私はそう言って艦長室へと歩いて行く。ファウストも作業から離れてついて来る。外はトントンカンカンうるさいがそこなら少しは静かに話せそうだし、ファウストも卑屈な人間の真似をしないで済むだろう。



「ハイディーンには何と説明したんですか?」


 艦長室に入って振り向くと、ファウストは部屋の中を見回していた。


「あまり女の子の部屋っぽくないですね」

「ほっといて下さいよ! それでハイディーンには!」

「……使わなくなった大砲をくず鉄として引き取っていただけないかと。こころよく引き受けていただけました」


 私は大砲という物に興味は無い。出来ればこんな物は世の中に無ければいいと思っている。だけど昔、ジェラルドが言っていた事には少しだけ興味がある。


「でもファウストさんはこの大砲を手に入れる為にかなりの冒険をしたんじゃないんですか? しかもそのせいで私と知り合っちゃったんでしょ」


 ファウストは私にそう言われて、少しの間(うつむ)いていたが。


「そうですねぇ……まあ、くず鉄は本当ですよ。この11門はサイクロプスに積み込んだ新型砲32門のうちの、一番調子のいい部品を組み合わせた物です」


 ファウストは私が勧めた折り畳み椅子に座る。


「一番調子のいい部品?」


 私がそう聞いた瞬間、ファウストの眼鏡のレンズが光ったような気がした。私は背筋に寒気を覚える。


「新技術の宿命ですよ。いや……元々あまり実用的な技術じゃないんです。これは耐久性を犠牲にした速射砲です。砲弾と炸薬をパッケージ化した特殊砲弾を使うので事前に発射準備をしておけば最悪一人でも操作出来ます。発射間隔は最短4秒……理論上はね」


 私には大砲の事は良く解らないのだが、ファウストの言っている事が本当なら、それは凄い事なのではないだろうか?

 私は腰を抜かしたように、すとんと自分の艦長用の椅子に座った。


「砲弾は18ポンドですし砲門の数もたいして多くないから、あの日のレイヴンの戦列艦もまさかあそこまでやられるとは思っていなかったでしょうね。この新型砲は一度しか使えない切り札。敵を油断させておき速射による集中弾を浴びせ、どんな大型艦だろうと一隻だけ確実に仕留める……その為の新兵器でした」


 ファウストは眼鏡のフレームを人差し指で押し上げながら続ける。

 今座ったばかりの私は立ち上がり掛ける。


「そんな物騒な物なら先に言って下さいよ!」


 ファウストはにっこりと笑う……ああ。これは私が密かにニコニコめがね爆弾おじさんというあだ名をつけた時の笑顔だ。


「御安心下さい、世の中そんなに上手い話は無いんです。あのレイヴンの戦列艦との砲撃戦でこの新型砲は初の実戦を迎えましたが、片舷16門中1門は最初の砲弾を撃ち出せずに暴発、3門は一発撃っただけで損壊、二発目でさらに1門がイカれて……反対舷にも出番があったのですがそちらでも四発撃つ間に5門が使用不能になりました。無事発射出来ていても、そんな短時間にバンバン撃ったらどうしても熱で変形しちゃうんですね」


「あの……それはつまり」


「この大砲はガラクタです、大した価値のある物ではないから大丈夫。貴女も撃つ時は気をつけて下さい」


 おじさんはそう言って笑う。立ち上がり掛けたまま机に突っ伏していた私は、どうにか顔を上げる。


「撃ちませんよ! ていうかやっぱり今すぐ引き取って下さい!」


 ファウストはフォルコン号の艦長室の低い天井を見上げていた。


「マリーさん。正義は力が無いと執行出来ないんですよ」

「いりませんよそんなの、私はこの手で扱えるような!」


 そんな正義だけでいいと危うく言いそうになって、私は口をつぐむ。知らないよ、正義とか平和とか、そういうのは強い大人の男が守ってよ。私は貧弱な小娘だよ。


 ファウストは……苦笑いをして、溜息をつく。


「不思議な人ですねェ。私の船の吹き流しを強奪し、数日後には私の船も奪う……貴女は私の上を行く海賊でもあるのに」

「それはファウストさんがそういう加減にしてくれたからでしょう! とにかくそんな面倒な物この船には……」


 そこまで話していた所で、開けっ放しの艦長室の扉の向こうにロイ爺が現れた。


「船長。大砲の固定が終わったようじゃ。我々もなるべく隅の方に移動した方が良いのではないかね」


 グレイウルフが来るまであと30分くらいだろうか。何とも面倒な事になってしまった。

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本作はシリーズ四作目になります。
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マリー・パスファインダーの冒険と航海
― 新着の感想 ―
[良い点] マリーの人脈と功績が積み重なってあちこちで波紋が広がっていくのが楽しい! サブキャラクターも退場したら終わりではなく、その後もその世界で生き続けているんだなと感じられるところが好きです。 …
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