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ロビンクラフト「そんな顔されたら、暴れる気も無くなりますよ」

真冬のフルベンゲンには船が来なかった。コルドンから来るはずの補給船でさえも……そのはずだった。

だけどフォルコン号が来てからというもの、いろんな客がバタバタと来るようになったような? 中には一人で歩いて来たおじいさんも居るよ。

 町を見下ろす岩山の上には秘密の見張り場所がある。そんな場所は当然余所者は立ち入り禁止かと思いきやハイディーンは、すぐに登って知ってる船か見て欲しいと言う。


 狭い石の階段を登り、くりぬかれた岩室いわむろの奥に入ってみると。そこはまるで秘密基地のような空間だった。

 中央の大きなテーブルには町周辺の海域のかなり詳細な地図が張ってある。いくつかの壁面には外からは枯れ草で隠された窓があり、それぞれに望遠鏡が固定されている。


「船長、これを見てくれ」


 この天然の監視塔のような場所に居たおじいさんが指し示す望遠鏡を覗いてみると。極夜の正午近くの不思議な色の空と海の間を、奇妙な帆を張ったフォルコン号と同じくらいの大きさの船が進んで来る……


「嘘だろ……グレイウルフ号だ!」


 全損したフォアマストは解体しメインマストは補修して立ててあるだけ、それらの代わりに細く短い仮マストを三本建て、そこに蟹の爪みたいな形の帆を掛けて……グレイウルフ号はフルベンゲンの方角に向かって航走していた。


 有り得ない。彼等は当然レイヴンへ帰ったのだと思っていた。あの船はマストが二本とも折れたのだ、それをあんな仮艤装でそのまま任務を続行しようとか普通考えるか?


 あれがレイヴン海軍の、真の恐ろしさか……



   ◇◇◇



「あれはレイヴン海軍だ、艦長はマカーティという面倒な奴だよ」


 広場に掛け戻った私はハイディーンにそう告げた。


「今度こそレイヴン海軍か! だけど困ったな……今は港にホワイトアローも居るし、いつもの芝居で追い返せるだろうか」


「あれはもうよせよ……今日はホールでも広場でも盛大に薪を焚いてるし、向こうにもとっくに煙が見えてるんじゃないか。今は極夜でも一番明るい時間だし。あとごめん、僕はちょっと用事を思い出した」


 私は挨拶もそこそこに港へと走る。




 港ではサイクロプス号、いやホワイトアロー号の乗組員達が大きなテークルを出して何かの作業をしている……見れば波止場にも木のレールを置いて、何かずいぶん重そうな物を運んでいた。


「リゲル! ロビンクラフトは!?」

「……どうした? フレデリク。お前俺達に他人のフリをしてくれって言ったんじゃなかったか」


 私は作業の指揮を執っていたスカーフェイスの見た目は怖いおじさん、リゲルさんを堂々と呼び止める。


「南西からレイヴン海軍のコルベット艦が来てる! 多分この港に寄るつもりだ」

「何だって……皆、今降りてるやつを早くその倉庫にしまえ! すまねえフレデリク、船長なら甲板に居るから探して伝えてくれないか?」



 イノセンツィの海賊団でも避難民でもない私が勝手に乗り込んで歩き回っていいのだろうか。私は舷側の縄梯子なわばしごを駆け上がり、サイクロプス号に乗り込む。

 甲板は作業中の乗組員達で一杯だった。サイクロプス号が何をしているのかもすぐに解った……船から大砲を外しているのだ。


 ファウストもすぐに見つかった。この極寒の地で上着を脱いで率先して大砲の分解作業をしている。

 私は一度に皆に聞かれないよう、ファウストの近くに駆け寄る。ファウストもすぐに私に気づき……迷惑そうに眉間をしかめる。


「また貴方か! 今度は何です!」

「南西からレイヴン海軍の船が来てるよ。コルベット艦が一隻、僕も何日か前に臨検を受けた」


 ファウストは金槌とのみを手に立ち上がる。


「私のような者がスヴァーヌの沿岸に紛れ込んでいないかを調べている猟犬という訳ですか……何という間の悪さでしょうね」

「この船を商船のホワイトアロー号だと言い張るのに当たって極めて都合の悪い事がある……あのレイヴンの艦長はハマームの事件を知っているんだ。そして僕の事をフレデリク・ヨアキム・グランクヴィストではないかと疑っている」

「……皆は作業を続けてくれ」


 ファウストは金槌とのみを置き、解体しようとしていた大砲から離れ、他の乗組員の居ない艦尾楼の上に登る。私もついて行く。


「最悪じゃないですか。それじゃ私と貴女が一緒に居る所すら見せられませんよ。向こうはあと何分くらいで現れそうですか」

「速くて90分くらいだと思います」

「嫌に正確な見立てですね?」

「先生の著書で学びました。この世界の大きさから計算出来る高度と視界距離について」


 解体作業で疲れていたのか、懐からフラスクを出して何かを一口飲もうとしていたファウストがそれを吹き出しかける。


「私の著書ですって!? 林檎の森の冒険ですか? 四姉妹の庭園ですか?」


 急に半笑いになる大海賊、ファウスト先生。なんだか気になる書名だが今はそんな話をしている場合ではない。


「それより、どうするんですか、何か私に協力出来る事は無いんですか」

「あと90分あれば出来る事ですか……」


 ファウストは私に背を向け、艦尾の手摺りの向こうを見る。


「残りの大砲を固定し直して、一戦交えますかねェ……今のサイクロプスでもコルベット艦の一隻ぐらい灰にするのは造作もありません」


 私のもろい心に、戦慄が走る。


 それはファウストからすれば降りかかる火の粉に過ぎない。レイヴンはファウストに生死を問わず金貨30,000枚という、高額の賞金をけている。

 グレイウルフ号は軍艦だ。彼等は必要と思えばいつでも大砲を撃つし、それが人の命を奪う事もあるのだろう。その代わり自分達が撃たれる覚悟もあるのだと思う。


 だけど私は田舎育ちの甘っちょろい小娘だ。グレイウルフ号の乗組員達は私が売った毛織の服を着ている。中には私が仕立てた服を着ている水夫も居るのだ。そんな人達がサイクロプスの砲撃で傷つき血を流す事を想像すると、酷く胸が締め付けられてしまう。

 自分の事になってみると、船酔い知らずの服をやたらと作りたくないというアイリさんの気持ち、よく解るなあ。


 いつの間にか。ファウストが横目で私の顔を見ていた。



「ですが今、隻眼の巨人は戦えないんですよ。この船はラズニール達……避難民達の最後の希望なんです。彼等は実際には改革派戦争を戦った人々ではなく、争いは親の代、祖父の代に起きた事で彼等は何もしていない。それでも彼等は許されないという……サイクロプスは彼等を新世界北部、未開拓の土地へと連れて行くと約束してるんです。この船の甲板はもう血で染めてはならない」



 ファウストはそう言って艦尾の手摺りにもたれ、肩を落とした。いつもの事だが、学問の無い私にはファウストの言っている事がよく解らない。


 まだ殆ど物を知らない頃の私は、一度ヴィタリス村のジスカール神父に尋ねた事がある。改革派戦争というのは何ですかと。いつも御節介だけど優しい神父さんはその言葉を聞いただけで悲痛な顔をして黙り込んでしまった。


 神父さんは私がもう少し大きくなったら説明してあげると言ったが、私はそれ以来、改革派戦争の事については意識的に知らないようにして来た。



 私が少しぼんやりしていると。ファウストが再び私に背を向けて言った。


「私が自首したらいいんですよ。レイヴンの目的はサイクロプス号と戦う事ではなく、私を始末する事です」

「……ファウストさん?」

「或いは貴女が捕まえた事にしますか? フォルコン号の船牢には前にもお邪魔した事がありましたねえ」

「出来ない事を言わないで下さいよ! ファウストさんはランベロウを」


 自分でそう大声で言ってしまってから、私は慌てて辺りを見回す。フォルコン号はここから50m足らずの所に投錨しているしこんな話を聞かれたら困る。


「気が変わりましたか?」

「変わりませんよ! 大声で言えない事情があるだけです! ランベロウの目的はハマームに内戦を引き起こす事だったんです、ファウストさんのおかげで救われた人がたくさん居ます、貴方が本当の正義を」

「やめて下さい」


 ファウストは私の言葉を遮り、再び振り返る。


「海賊は海賊でしかありませんよ。純粋な悪です。さて……時間が迫っています。マリーさん。どちらか選んではいただけませんか。私を捕らえてレイヴン海軍に突き出すか、私がボドキン……あの凶悪極まりない新型砲を隠すのを手伝うか」

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マリー・パスファインダーの冒険と航海
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