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ロゼッタ「今度こそ船長との関係を聞き出したかったのに」リゲル「よせよそういうの……」

改めて帰還したフルベンゲン。だけどまた何か起きているみたい。


ファウストの船から避難民らしき人々が降りて来た。

「あの、ロビンクラフトさん」


 たった今僕は本当の事しか言わないと言った人間が息を吐くように偽名を口にする……まあフレデリク君は存在自体が偽者なのだけど。

 私が呼び止めてもファウストは構わずその辺りへ歩いて行く……私はゆっくりと後を追う。



「ハイディーン、遠くからの客人をもてなすのなら、さっそくこの極光鱒を振舞ってはどうかな。我輩とフォルコン号の乗組員ではとても食いきれぬ」

「おおっ、いいのかルードルフ、これだけあればお客さん全員に腹一杯食べて貰えそうだ。こいつは有り難い」


 ルードルフは後ろに残ってハイディーンとそんな話をしている。



「ねえ! 貴方の事知らないフリしなきゃならないのはどうして?」

「よせロゼッタ、当たり前だろ俺達本当は海賊なんだから」


 ファウストについて来ていたロゼッタさんは私のすぐ後ろに居て、何食わぬ顔で小声でそう話し掛けて来る。リゲルさんの方はロゼッタさんをたしなめているのだが、正直そんな大声で海賊とか言わないで欲しい。


「私もその男も海賊、お互い様ですよ。リゲルは船に戻りボドキンの解体と廃棄の指揮を。ロゼッタはラズニールの支援を御願いします。私は……この男に話が」



 リゲルさんもロゼッタさんもまだ言いたい事があったようだが、物言わぬファウストの威圧感に押し出されるように、それぞれの持ち場へと向かって行った。

 こういうのが本物の船長の迫力なんだろうなあ。私は溜息をつくしかない。


 さて。私も覚悟を決めて話さないと。本当の事を言えば、今だって私はこの人の事をちょっと怖いと思っている。


「あの人達は何なんですか? あれは乗組員じゃないですよね。小さな子供や船に不慣れな人も多いように見えますよ」


 ここは他の人々からは50mくらい離れた、フルベンゲンの集落を包む雑木林の物陰だ。私達の声は誰にも聞こえていないと思う。


「急に女の子の声に戻らないで下さい」

「……すみません。それで、あの人達はどこから来たんですか? 海賊じゃないですよね?」


 ファウストが振り向く。その顔にはいつもの作り笑いも、先程のような焦りの表情も浮かんでいない。一言で言えば無表情だった。


「貴女の質問はそれだけなんですか? それだけですね?」


 往々にして、人は自分の情報は話さず相手の情報だけ欲しがるものだ……だけど今ファウストが言ってる事はそれとは少し違うのかな。


「一番気になるのはそれですよ。あと……これは恩に着せる訳じゃないですけど、ファイルーズではちゃんと補給を受けられましたか」


 ヤシュムでは私の知っている人間は誰も手配されていなかった。それでもファウストほど悪名高ければ知っている人間も多いだろうし、多少の不安は感じていた。


「皆さん驚かれてましたね。私が現れた事にも、私がイマード首長の押印のある書付けを持っていた事にも」


 ファウストは私と10mぐらいの距離を保ったまま話していた。何だろう、このおじさんは私の事をかなり警戒している。ファウストは続ける。


「補給は問題なく受けられました。木材や鉄材、水と食料も普通の値段で売って貰えました。海賊は往々にして補給に苦労するんですよ、貴女も海賊ならご存知でしょう」

「あの……私は海賊になったつもりは」

「貴女、あの人達は何だと聞きましたね? 彼らは海賊ではありません。私の船の乗客です。彼等はレイヴン艦の強襲を受けた時にも乗船していました」


 真剣な顔でそう言って、ファウストは私の言葉を待っていた。私はたちまちに言葉を失っていた。


 私の脳裏に、サイクロプス号の砲撃にうちのめされたレイヴンの軍艦の光景が蘇る。私はあの光景に嫌悪感を覚えていた。飛んでくる大砲の弾は人を誰彼なく傷つける。豪傑も新兵も、勇敢な者も臆病者も等しく。

 それでもあの船はレイヴンの軍艦で、乗組員達は戦闘になる覚悟を持っており、私達が駆けつけた時には酷くうちのめされたなりに、何とか一人でも多くの負傷者を救い、皆の住処すみかであるふねを助けようと、心を一つにして力を合わせていた。


「彼らは改革派指導者の家族と認定され破門された避難民です。ターミガンの支配下にあるグースの離島に隠れ住んでいた彼らは、北大陸北部の改革派勢力の強い国へと移住しようとしていた」


 私はファウストに何歩か歩み寄る。しかしたちまちファウストに同じだけ距離を取られてしまった。


「ファウストさんは避難民を逃がそうとしていたんですか?」

「やめて下さい。私は自分の利益の為だけに戦う海賊です」


 ロングストーン沖でのレイヴン艦による強襲。相手は海賊ファウストとはいえその行為は多国間で締結されたロングストーン条約に違反する物。

 そこまでしてレイヴンが得ようとしていたのは単に海賊ファウストへの復讐なのか? もっと複雑な背景があったのか?


 そして……避難民には本当に小さな子供も含まれていた。


「砲撃の間、あの人達は……」

「喫水線より低い下層甲板に立て篭もって貰いました……狭く暗い所に詰め込まれ、上では大砲の爆音が鳴り続け、被弾の度に船体が震え、時には海水や傷つきたおれた水夫の血が天井の隙間から降って来る」


 ほんの一瞬。ファウストの表情が激情に歪んだ。ファウストは自身でその事に気付き、私に背を向け、深く呼吸する。


「……貴女がファイルーズを指し示してくれたおかげで、彼等は二日後に陸地を踏んで休む事が出来た。物資も必要でしたが、その事が何より重要でした。何家族かはそのまま徒歩でヤシュムを目指して行きました」



 背後のホールの方で小さな歓声が上がった。フルベンゲンの子供達が集まり、ルードルフが獲った極光鱒の周りで騒いでいる。

 屈託のない笑顔だ……フルベンゲンは決して穏やかで豊かな場所ではないと思うし、ここでの暮らしは決して保証されたものではないのだとは思う。

 つい先日も近くの農場が海賊に襲われ子供達が誘拐されたのだ。


 それでも、ここには宗教的対立、ましてや同じ神を信じる者同士の争いまでは無いように見える。



「避難民は、ここを目指して来たんですか? あの……この町に受け入れて貰えるんですか?」

「……マリーさん。サイクロプス号は海賊を辞めます」


 この人に名前で呼ばれたのは初めてな気がする。でも私今フレデリクなんだけどなあ……って、種も仕掛けも知ってるこの人には関係ないか……いやいや、今はそんな事考えてる場合じゃない。


「先程の大男……ハイディーンさんも移住希望者が居れば受け入れると言って下さいましたし、避難民の何人かはここで降りるかもしれません。ですが乗組員はそうはいかない。彼等はもう十分戦ったしこれ以上戦う意味が無くなりました。サイクロプス号はここから新世界を目指します」



 それは奇しくも不精ひげが言った通りの事だった。新世界を目指す訳ありの船が、敢えて厳寒期の北回り航路を使う為この辺りに来る事もあると。

 訳ありの船であるサイクロプス号は、ここから新世界へ行くらしい。


「そうなんですか……海賊を辞めるというのは、良い事だと思います……」


 私はそう言った。だけど海賊ってなるのも辞めるのも簡単じゃないよねきっと。

 カイヴァーンは親から受け継いだ海賊団を何とか堅気の船乗りに戻そうとして部下の抵抗に遭い、洋上の廃船に一人放置された。

 ヤシュム近海で海賊をしていたホドリゴは更生中だったが、その事を知っていたボボネに情報を売られエステルに捕縛された。そんなホドリゴも決して海賊になりたかった訳ではないと言う。



「本当はまだまだ海賊を辞めるつもりはありませんでした。全く何の為に危険を冒しフェザント本土を訪れたのか。そのせいで貴女と面識を得る事になってしまったというのに」


 失礼な事をおっしゃるファウストさん。そう言えばジェラルドにもおかしな事を言われたなあ。フェザントの男は口が上手く女性には優しいと聞いていたのに。人の噂なんか当てになりませんねぇ。


「ともかくあの人達の事なら御安心を。私は海賊ですが、彼らを誘拐して来た訳ではありません。サイクロプス号はこの町で一泊し明日には新世界へ向かう予定です……そういう訳で、どうか我々にはお構いなく」



 そこまで言ってファウストは再び背を向け、自分の船の方へと歩いて行く。

 ホールの周りが騒がしい……振り返ると、ルードルフの周りの人だかりが増えている。あの極光鱒はフルベンゲンの人達にとっても珍しい大きさらしい。


 ……


 私、一番肝心な事を聞き忘れてた! 私が再び振り向くと、ファウストはもうかなり遠くまで離れていた。


「待って! ロビンクラフト!」


 私は呼び掛けるがファウストは振り向かない。それどころか急ぎ足で去ろうとする。私は全力で走って追いつき、その袖を掴む。


「掴むなっ! 今度は何ですか!」

「サイクロプスがレイヴン海軍に襲われたのはランベロウをさらったからなんですか!? レイヴンでの賞金が上がったのも!」

見縊みくびらないでいただけますか!」


 ファウストは振り返りざまに、袖を掴む私の手を鋭く払い退ける。


「私の悪名は汗水垂らして悪行を積み重ねて来た私の物です! いくら恩を売りつけられようと、貴女に差し上げる訳には行きませんよ!」

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マリー・パスファインダーの冒険と航海
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