港湾役人「出航許可証。一旦お返し願えますかな?」アレク「えっ……あれっ? あれはどこだったかなー」
この後リトルマリー号やミゲルおじさんも来るのに……何故か慌ててグラスト港を離れようとしたフォルコン号。
しかし脱出は間に合いませんでした。
こうしてフォルコン号とパスファインダー商会のグラスト港脱出作戦は失敗に終わり、私達は海難事故の目撃証人としてグラスト港に戻る事になった。
自分が何かした訳では無いのだが、何とも言えず足が重い。こういう時のお供はロイ爺しか居ない。
グラストの海軍司令部はパルキアの海軍司令部に負けず劣らずの威圧感のある建物だった。街の規模ではパルキアの方が数倍大きいが、海軍施設は同じぐらいの大きさだ……そして噂が本当なら、今後さらに増築されるのだろう。
「遅い時間にごめんねロイ爺。こういうのほんとロイ爺しか頼れないから」
「ホ、ホ。頼りにしてもらえるうちが花じゃな」
真面目の商会長服姿で、私はグラストの海軍司令部の強面な建物に入る。なんかこの建物、佇まいとか窓の形とかが、でっかい鬼の首みたいですよ。
会議室の前のホールの片隅に、リトルマリー号を護衛して来た三人の艦長が集まっていた。一人はミゲルおじさんで後のお二人はマッチョとエリートという感じの青年士官だが、三人一様に元気が無い。
「おお、マリー船長……ここでお会い出来たのは幸いですな」
私はミゲル艦長が差し出して来た手を両手で掴み、大きく上下に振ってやる。
「元気出してくださいよ、ミゲルさんらしくないですよ」
「いやあ有難い。しかし私に優しい言葉を掛けて下さるのは貴女だけかもしれませんなぁ……我々三人は今や、護衛任務に失敗した艦長達なのです」
残る二人の艦長さん達も俯き、目を逸らす……背格好の良い立派な海の男が背中を丸めて、何とも気の毒だなあ。
―― ギィィィィィー(笑)
会議室の扉が軋みながら開いて行く……中から眉毛の薄い眼光鋭い軍人さんが顔を出し、手招きして来る。
「わしは、ここで待てばいいんじゃな?」
離れた所で遠巻きに見ていたロイ爺がそう言うと、ミゲル艦長がそちらを向く。
「貴方は以前にもお会いしました、フォルコン号の副長さんですな? どうですその仕事、ボルゾイ号の艦長職と今すぐ交換してはいただけませんか?」
「悪い冗談はよして下され、ワシはただの老水夫ですじゃ、ああ、腰が痛い」
ロイ爺は急に10歳くらい歳をとったふりをしながら、辛そうにその辺りのベンチに腰掛けた。私達四人の船長は、溜息をつきつつ会議室へと吸い込まれて行く。
◇◇◇
部屋自体は普通の会議室のようだ。三本の長い机が中央の空間を三方から囲むように並べてあり、その周りに椅子がたくさんあって……私達四人が入って来た時には、二十人くらいの険しい表情の軍人さん達が居た。
「時間も遅いので早速始めたい。港湾司令官のジュネストだ。アイビス北洋艦隊デュマペール提督に代わり話を聞かせてもらう。これはまだ正式な軍事法廷ではない。何せ事件は今さっき起きたばかりだ」
三本の机の一番真ん中の中央に鎮座している、筋骨隆々で背が高く肌の張りもいい、戦ったら滅茶苦茶強そうな白髪のお爺さんが、険しい顔のまま、テーブルに肘をつき指を組み合わせたままそう言った。
私達が隅の方の席に着席すると、まず技術士官と思われる人が立ち上がる。
「まず……リトルマリーは現在単独航行も曳航も不可能、テークルで吊り上げて辛うじて浮かんでいる状態です。しかしこの船、塗装は新造船のようですが中身はおんボロですな。キールまで継ぎ接ぎだらけですし設計も百年前の物ですよ」
財務士官、運用士官と思われる人が後に続いて発言する。
「修理見積はこれからですが、経験則から言えば数週間の時間と金貨数千枚の費用がかかります。まあ適当な中古船と買い換えた方が安いし簡単でしょう。ボロ船は湾外まで引き摺って行って自沈させ漁礁にすれば解体費も節約出来ます」
「現状、グラスト港は雑用船の在庫には困っていません。土砂運搬船があれば欲しいですが、あの大きさのバルシャ船ではねえ。大きな筏の方がまだいいですな……それで、そもそもあの厚化粧をした婆さん船は何だったのですか?」
「言い忘れていた。これは偶然なのだが、真っ先にリトルマリー号の救護に駆けつけ、今も証人として出席してくれているパスファインダー船長は、海軍が無理を言って借り受けたリトルマリー号の本来の所有者でもある。この船名は彼女の名前に由来するそうだ」
続いて、司令官が腕組みをしたままそう言うと、会議室に静寂が流れる。私は今発言した三人を薄目でじっとりと見回してから発言する。
「リトルマリー号はパスファインダー商会の船です。ボロ船で申し訳ありませんがどうしてもとおっしゃってそれを借り上げたのはパルキアの海軍さんですよ」
「他ならぬ国王陛下の御下命です……この船はグラストの次はレブナンに向かい、そこで陛下の拝謁を賜る予定でした」
私の後に発言したのはミゲル艦長だった。
レブナンはセリーヌ河の河口近くにある町で、王都はセリーヌ河を2、300km上った所にある。王都にお住まいの国王陛下が海軍の船を見たいと仰せられるなら、場所はまあそこしか無いと思う。
次に、リトルマリー号の回航に当たっていたセルジョ・ラッセン艦長が召喚された。例の勲章をたくさんぶら下げた老艦長だ。
「どんな小船に見えようと、王家の紋章を掲げたリトルマリー号はアイビス海軍の最上位艦であり、本来であれば哨戒艦の臨検など受ける謂れは無い。それにも拘わらずタミア号は臨検の為接近して来た」
ラッセン艦長はこの場に居る誰よりも堂々と胸を張り、よく通る声でそうおっしゃった。ラッセン艦長は勅命艦長という艦長の中でも上等の艦長で、リトルマリー号の前にはパルキア第一艦隊の旗艦艦長だったそうである。
そして定年前の最後のお勤めに、国王陛下が御上船あそばされるリトルマリー号の代理船長に選ばれたのだと。
そのような……まあ軍人人生最後の栄誉を台無しにされてしまったラッセン艦長の憤りは一通りのものではなかった。
「私は港の治安を守るべく真面目に活動しているタミア号を尊重し、国王陛下の旗印を見て緊張しているだろう青年艦長の為、敢えて臨検を受ける道を選んだのだ! 私はあの臨検を受け入れるべきではなかったと言うのか! 私が帆を降ろさせたのは、総帆を張り上げたままのタミア号をリトルマリー号に衝突させる為ではない! 最後に私が回避を命じていなければ! リトルマリー号はフォルコン号が来る前に沈没していた!」
先程の三人の士官もそうだが、グラスト港の人々の多くはリトルマリーが何故ボロ船の分際で王室旗を掲げているのか、何故パルキア所属の海軍艦に護衛されてるのか、知らなかったらしい。
主張が終わるとラッセン艦長は一旦退場して行く。
次はル・ヴォー艦長か……私は出来れば帰りたかった。
リトルマリーをぶっ壊された事? 腹は立つけど壊れたもんは仕方ないじゃん。父の形見の船だけど、バニーガールになってまで助けた船だけど、別に代わりのバルシャ船くれるだけでもいいよ。そうなれば陛下の気まぐれもおしまいだ。フォルコン号も海軍に返す事になるだろう。
私はそれで構わないんだけど……
ああ、ル・ヴォー艦長が出て来ました……私の証言があの人を裁くみたいな事になったら嫌だなあ。
「ル・ヴォー艦長……君は12歳から士官候補生として艦隊勤務を経験し、20歳で海尉艦長になった秀才だが……それを身に余る重責であると感じた事はあるかね?」
司令官が、直立不動のル・ヴォー艦長に切り出した言葉はそれだった。
「過去にはそう考えた事もあります。しかし今の自分にはたくさんの先輩や経験者の助言や応援の手をいただいており、自分の任務については、自分の経験不足や能力不足を言い訳にする事は出来ないと考えています」
うちに臨検に来た時もそうだったけど。若いのに何と真面目な人なのだろう。
「我が艦は監視塔から臨検を指示する信号を受けました。信号の向きはリトルマリー号でしたので、私は航海士にタミア号をリトルマリー号に向けるよう指示しました」
「順番に聞く。何故国王陛下の旗印を揚げた船を臨検しようと思った?」
「それはむしろ、国王陛下の旗印を揚げた船だったからです。私は事前に今日そのような船が来るとは聞いていませんでした。万一それが偽物であった場合には大変な事です。そして旗印はあくまで旗印であり、国王陛下ではありません」
「航海士に接近を命じた後、君は何をしていた」
「……一度艦長室に戻り、身支度をしておりました」
「リトルマリー号に衝突するまで?」
周囲が静かにざわめく……そんな事があるのかと。艦長が指示しないから船が漫然と前進を続け、ついには臨検対象の船に追突するに到ったと?
そうだと言うのなら何という怠慢かと。艦長が指示しないこと。指示がないからといって乗員が衝突も防げなかったこと。そんなのは軍艦以前の問題で、船乗りとして全く有り得ないと。
私はそれを聞き一層いたたまれない気持ちになる。いやあ、あるある、ありますよ……船長が食堂で焼きたてガレットを食べてて気づかなかったとか……
私とフォルコン号には、私が指示しなかったせいでサイクロプス号とソーンダイク号が交戦している海域へ真っ直ぐに向かってしまった前科があった。
「あの……身支度をしていたのは国王陛下の旗印を見たからですか? 本当に国王陛下が御上船されてたら、正装で迎えないといけませんよね」
私は思わず余計な口を挟んでしまった。
暗い怒りと長い仕事の疲れに澱みきっていた会議室がどっと沸いた。
「わははは」「何を言い出すかと思えば」「面白いぞ小娘」
「陛下があんな小船でいきなり現れると?」「よせ、あははは」
ああ。私はこの場にそぐわない、間抜けな発言をしたのですね。とりあえず黙って居ようか……最初からそうしてれば良かったなあ。
私は赤面して俯くが、ル・ヴォー艦長は口を開いた……
「はい。パスファインダー船長のおっしゃる通りです。タミア号がリトルマリー号に接触した瞬間も、私は艦長室で正礼装の着付けに手間取っておりました」
ああっ!? アンタも余計な事言うなッ!
「馬っ鹿もぉぉぉん!!」
まるで目の前に落ちた雷のような大音量でジュネスト司令官が立ち上がって叫んだ。和やかな空気は吹き飛び、他の将校の皆様も次々とル・ヴォー艦長に罵声を浴びせ出す。ああああ帰りたい帰りたい帰りたい、私はこんな光景を見ていると自分が罵声を浴びているような気分になるのだ。