カルメロ「お爺様! 剣の稽古をつけて下さい!」マフムード「ふははは、爺は手強いぞぉ? よぉし、いざ勝負だ(デレッデレェェ)」ファルク「父上、もう少し真剣に……」
戦士の石碑を見つけフルベンゲンに戻って来たフォルコン号。
今度こそハッピーエンド! と思いきや、またしても元気をなくすヨーナスとエッベ。
マリーの、いやフレデリクの、兄弟をフルベンゲンに帰してやる任務がなかなか終わらない。
フルベンゲンの港に向かって進むフォルコン号の正面から、一艘のボートが飛んで来る……四人の漕ぎ手を乗せた細身で喫水の浅いボートだ。きっととびきり急ぐ時に使うものなのだろう。ヴァイキング流航海術の一つかしら。
「フォルコン号! 待ってくれ、今は間が悪い、そっちの岬を回った裏に隠し錨地があるから、そっちに入ってくれ!」
幸い風は追い風で問題なく、フォルコン号はその速いボートについて行く。そしてフルベンゲンの北側手前の針葉樹林のある岬を周り、水深のあるフィヨルドの入り江の一つへ潜り込んで行くと……その先には城壁のような高い船尾楼を備えた船が二隻停泊している錨地があった。
「これもフルベンゲンの船なのか? 船は無いって聞いてたのに」
「船長これはコグ船だ、この辺りの交易が盛んだった頃には主力だった船らしいけど今となっては骨董品だよ……それで! 何が起きたって言うんだー?」
不精ひげ先生は私に船の解説をしてから、声を張ってボートの上のフルベンゲンの男達に訪ねる。
「怪しい船、いや立派な船が南側から近づいて来てるんだ、監視塔から連絡があった、どこの船かはまだ解らないが、我々はフルベンゲンにフォルコン号のような商船が入港しているのを見られたくないんだ、協力してくれ!」
あれだけ派手に見送られて港を出たのに、戻って来たらこの扱いは何なんだ。
ボートの男達は説明をするから少人数で来てくれと言う。私はウラドだけ連れて彼等のボートに乗り移る。
「ヨーナス、エッベ、悪いけどもう暫くフォルコン号を頼むよ」
ボートに飛び乗りながら私がそう言うと、沈んでいた二人の顔は一瞬パッと輝いた。
「了解しました船長!」「俺達しっかりやります!」
パウダーモンキーをやらされていた時に覚えたのだろうか、海軍風の敬礼までして来る二人……あの二人の事、ちゃんと何とかしてあげないと。
私とウラドを乗せたボートは岬を回り、フルベンゲンの岸壁目指して飛んで行く。
港にはハイディーンが居た。またあの熊の毛皮の鎧を地肌の上に着るという、腕や脚の筋肉を誇示する野生児風の装いをなさっている。
「早かったなフレデリク、冒険の準備に足りない物でもあったのか?」
「戦士の石碑ならもう見つけたよ、全長2mの極光鱒の魚群が川を登るのも見たぞ」
「何だって!? からかってるんじゃないだろうな? そんな冒険が簡単に……それに極光鱒だって、何てこった」
「それで! 今度は何が起きたんだハイディーン」
「ああ、もう船が岬を回って来るらしい、悪いがどこかに隠れていてれないか」
波止場には私達を見送った時の人々の足跡がたくさん残っているのだが、子供達が枯葉のついた大きな枝を引きずって歩くなどして、それを掻き消そうとしている。この……サービスとやらは、そこまでして提供しないといけない物なのか。
◇◇◇
私は雑木林の中でそれを見守る事にした。ウラドも一緒だ。面白いと思ったのかエッベと同じくらいの女の子も二人、私達の後ろに隠れて様子を見ている。私は彼女達にも聞いてみる事にした。
「これ、来訪者が来るといつもやるのか?」
私のアイビス語をウラドが訳す。
「あのね、レイヴンやストークの船が来たらやらないといけないの」
「そうしないと町のお金を取られるんだって」
それからウラドが彼女達の言葉を訳してくれるのだが、私には意味がよく解らなかった。
やがて……フルベンゲンの南西側の水路から、一隻の船が小さな岬の影から姿を見せる……
「わあ……大きな船ね」
「人が大勢乗ってそう」
女の子達が何か囁き合っている。
ウラドが声を落として言う。
「船長、あの船は見覚えがある。最後に見たのはロングストーン沖だが、その前にもどこかで出会ったような」
私は半ば凍りついていた。あれはサイクロプス号ですよ!? 数か月前に私達がそうとは知らず助けてしまった大海賊ファウスト・フラビオ・イノセンツィの乗艦の大型フリゲート艦だ……何でこんな所に!?
ファウストとの面識はジェンツィアーナに向かう途中、彼が炎上する客船から砲丸と一緒に袋詰めにされて海に投げ込まれるのを見た事に始まる。
その後再び洋上で出会った時は何故か決闘みたいな事になったのだが、ハマームで会った時はこちらから土下座して頼み込み、王子の暗殺未遂事件の犯人を捕まえて貰った。
そして最後が一か月前、私達は彼等がロングストーン沖でレイヴンの軍艦に強襲された所に通りすがった。
ついでに最近の私の愛読書である『航海者の為の面積速度一定則、そして楕円軌道と調和』の著者でもあるという、よくよくおかしな縁のある人だ。私の心の中での愛称はニコニコめがね爆弾おじさんである。
そして彼に関しては問題が一つある。彼がアイリさんに会い私が八月のハマームに居た事をバラしたら、私はアイリさんに針を千本飲まされる。
私達は既にランプにシャッターをして見守っていた。後ろから見ているので狩猟民族のような恰好で物陰に隠れているハイディーンさんも丸見えである。
あの人はフォルコン号が最初に来た時もこうしていたのか。
頃合いと見たのか、ハイディーンさんはランプのシャッターを開け、炎を松明に移す。そしてランプはその場に置き、例の石斧をぶら下げて、岸壁の方へのしのしと歩いて行く。
「それで……彼はまた原始的な民族のふりをして訪問者を煙に巻くのか」
私は翻訳して女の子達に聞いて貰うつもりでウラドに言った。しかしウラドはそのまま答える。
「うむ……スヴァーヌは昔大規模な疫病に見舞われ、かつてはペール海から内海まで勢力を伸ばしていた海軍力も失い、自海域の海賊も取り締まれない程に衰弱しているのだが……」
「それでマカーティみたいな奴がうろついているのか」
「海賊がレイヴンの沿岸や商船を襲い、またスヴァーヌの沿岸に隠れるのだ。当然レイヴンは怒る。スヴァーヌとしてはレイヴンがスヴァーヌの沿岸を捜索するのを許可するしかない」
「……もしかしてそれでレイヴンやストークの艦船が、スヴァーヌに警備料を請求したりするのか?」
「恐らくそうだろう」
「そういえばコルドンのイプセンもそんな意味の事を少し言ってたな……」
マカーティなどの立場からすれば、沿岸警備一つ満足に出来ないスヴァーヌの為に骨折りをしているのだから、弁当代ぐらい出せという話になるのは当然なのだろう。
しかしスヴァーヌ側からすれば不完全な押し売りの警備と思えるのか。実際私が目にした範囲でも、フルベンゲンの周辺で農場が海賊に襲われ被害が出たのだ。レイヴン海軍は守ってくれなかった。
さて……どうしよう……私は今来航して来た船が海賊船だという事を知っている。
ニコニコめがね爆弾おじさんはこの港に海賊行為を働きに来たのだろうか? そうかもしれない。海賊なんだから。
そうだったら嫌だなあ。単なる補給ならいいなあ。だけど……海賊のおじさんがわざわざこんな極北の港に補給の為に訪れるのだろうか。
そんな事を考えながら、私はふと、雑木林の中を村へと続く道をちらりと見た。
誰か……外套を着た背の高い人が歩いて来る……ってあれファウストじゃん!
何で? 船は今来たのに。もしや……先に一人で降りてフルベンゲンを偵察していたのか? 船長自ら!? 何やってんの……だめじゃん、船長がそんな危ない事したら。
「船長?」
「ここで待つんだ」
呼び掛けるウラドを後ろ手で制して、私は静かに道の方へ向かう。
身を隠して待とうか? いや……あれだけの人だ、私の気配になんて気づいているだろう。だけど……ちょっとだけ恰好つけて登場してみようか。
私は素早く樹上に駆け上がり、枝から枝へと移る。向こうは本当に背が高いのだ。私は樹上から声を掛けるくらいがちょうどいいだろう。
では、謎の貴公子らしく。
「ファウスト。久しぶりだね」
「なっ!?」
私が声を掛けると、ファウストは金髪を逆立てるように驚いて跳ね退き、外套の懐に手を入れた。びゃあぁあ!? ちょっと待って撃たないでええ!!