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エッベ「熊と鱒の話はいいんだよね兄ちゃん?」ヨーナス「ああ、熊と鱒の話は何も言われてない」

極光鱒「ざばぁ(笑)」「ざばぁぁぁ(笑)」


今回の犬ぞりでの探検も、そろそろ終わりのようです。

 一時間ばかりそこで休み、ルードルフが仕留めた極光鱒をそりにどうにか積み込んで、私達は野営を畳む。

 瓶一本分のドラゴンの唾液は未だ盛大な炎を上げて燃えていて、水や雪をかけてもなかなか消えなかったので、最後はスコップで土を盛って消した。

 それから私達は最後の峠を越え、海へと続くなだらかな段丘に出た。ああ、フォルコン号の灯が見える。向こうからもこちらのランプの明かりが見えるだろう。


 生乾きの服を着た私は寒さに震えていたが、よく考えてみると例の魔法が相当効いているんだと思う。この環境で魔法抜きなら寒いぐらいじゃ済まないだろう。


「おおーい」


 向こうは望遠鏡で見てるかもしれないので、私は空元気からげんきを振り絞り手を振ってみせる。



   ◇◇◇



 私達は無事、フォルコン号の元へと戻って来た。


「予定より遅くなってごめん。こっちは何事も無かったかい?」

「お疲れ様船長。ええ、こちらは何も。戦士の石碑は見つかったかしら?」


 アイリさんは笑顔で私達を迎えてくれた。良かった。もしかしてフォルコン号からもドラゴンが見えたんじゃないかと心配してたのよね。


「ああ、ちゃんと見つけたよ。それは古代の砦跡だった。大昔の人もこんな所まで来てたんだね……それは良かったんだけど帰りにそりが転倒して、犬が二頭怪我をしたんだ」


 四台のそりとそれに積んでいた荷物も解体し、ボートに乗せ、それから滑車テークルを使い吊り上げてフォルコン号に載せる。


「あら? 船長の服濡れてるんじゃないの? それじゃ寒いでしょう。先に着替えて来たらどうかしら?」


 吊り上げの準備を手伝う為甲板に上がると、笑顔のアイリさんが私の肩に手を置く。


「焚き火でだいぶ乾かして来たから。積み込み作業が終わってから着替えるよ」

「ここは大丈夫よ、ねえウラド、不精ひげ? ほら私が手伝ってあげるから、船長室に行って着替えましょう、()()()()()()()


 アイリさんの指が私の肩に食い込む。有無を言わせて貰う間もなく、私はアイリさんに船長室へと引き摺られて行く。

 篭を吊り下げようとしていたウラドとボートを操っていた不精ひげは目を逸らし、近くに居たロイ爺も気づかないふりをして滑車に掛けたロープを繰り出していた。



 艦長室に入るなり。アイリさんは私の帽子とアイマスクをもぎ取りながら顔を近づけて来る。


「それで? 貴女とあの空飛ぶ大怪獣とは何か関係があったの? マリーちゃん」


 ああ……やっぱり見られていたのか……


「あの……それは……無関係です……」

「本当に!?」


 だけど別に……ドラゴンが火を吹いて襲って来たとか、ルードルフが名乗りを挙げて応戦したとか、私も背中に乗って攻撃しようとしたとか、そんな話をする必要は無いと思う……三人にも口止めしてあるし。


「本当ですよ、本当に何の脈絡もなく戦士の石碑の近くの谷底から飛び出して来て、どこかに飛んでったんです。なんだったんですかねあれは」


 アイリさんは私の肩から手を離し、私の衣装箱を開ける。


「それで、その服がずぶ濡れになった事とは関係無いのね?」

「これは川を渡る時に落ちたんです。帰りだしすぐ近くだから良かったですよ。あの、アイリさんお構いなく……毛織の防寒着にしますから」

「それだと船酔いするんでしょ。革ジャーキンのセットにすればいいじゃない、これなら男の子みたいだし」

「こんな真冬の国であんまり薄着で居たら変な人だと思われるじゃないですか」

「いつも仮面をつけてる時点で……まあ、別にいいけど」


 アイリさんは私の衣装箱から離れ、立ち上がる。衣装箱にはハマームの事も書いてある私の航海日誌を入れてあるので気が気ではない。


「だけどマリーちゃん、どうして川に落ちたの? 船酔い知らずの服を着てたら足が滑って落ちるなんて事無いでしょう? 何か危険な事をしてたんじゃないでしょうね」

「狼犬のハーネスを持って渡ってたらちょっと、勢いがついて落ちただけですよ」


 私がそう言った途端、船長室の外でざわめきが起きた。


「ひゃーっ!? これが極光鱒!? 前に見たのと全然違うじゃない!」

「すげえええ! ルードルフさんが獲ったのか!」


 ああ……アレクとカイヴァーンの声が……アイリさんは艦長室の扉をちょっとだけ開けて外を見た……


「あのアイリさん、私着替え中なんで」

「マリーちゃん? あの巨大な魚はなあに?」

「ええ……あれはルードルフさんが獲ったんです、私は何もしてませんよ」


 私がそう言った途端、外から不精ひげの声がする。


「この魚は生きてる時は水面を跳ね牡牛のように空中を突進して来るんだって。船長も獲ろうとしたけど川に落ちた? それでずぶ濡れだったのか、船長」


 わざとらしくない? 不精ひげわざとらしくない!? 何でそんな言い方をするんですか! ああ……ヨーナスやエッベが喋っててそれを訳してるのかしら……

 ていうかあの兄弟、私が黙ってろって言ったの覚えてないの!? 飛び出して口止めしたいけど、私は今船長服を脱いだ所である。


「どういう事? マリーちゃん貴女……」

「うっ、嘘はついてませんよ! あの極光鱒は本当にルードルフさんが一人で獲りました、私は獲ろうとは思ったけど、その……犬と一緒に川に落ちただけで……」

「他には? 他には何も無かったんでしょうね?」

「災難はそれだけですよ、後は別に何も」


 私がそう言った途端、外でロイ爺の驚く声がした。


「なんじゃこれは、熊の毛皮かね! 随分大きいのう、誰と取り引きしたんじゃ? なんと、これもルードルフ殿が獲ったと!」


 アイリさんはまた艦長室の扉をちょっとだけ開けて外を見た。


「マリーちゃん? あの大きな熊の毛皮はなあに?」

「途中で襲って来たんです、一度は銃声でおどして安全に追い払ったんですけど、向こうからもう一度襲って来ちゃったんです、ルードルフさんをですよ、でもルードルフさん凄く強いから」


 私がそう言った途端、外でルードルフの笑い声がした。


「ははは、フレデリク殿が一緒でなければ手も足も出なかったであろうな、若いのに本当に大したものだ、吾輩も長く戦場に居るがあのような巨大な熊の鼻面を銃の台尻で殴る豪傑は初めて見た」


 ルードルフは恐らく、ロイ爺にそう答えた……私、ドラゴンの事は口止めしたけれど極光鱒と熊の事を忘れてたよ……外に飛び出して口止めをしたいけど、私はまだシャツしか着てない。


「マリーちゃん今の本当? フレデリク君が熊の鼻面を銃の台尻で殴ったって」

「違います! たまたまそんな恰好になっただけで、私は本当に何もしてないんです、あれはルードルフさんが」


 私達が小声でそう囁き合っていると、外でまたルードルフが……


「最後はフレデリク殿が銃剣で仕留めましたな。危険を冒し至近距離まで近づいて一発で仕留めたのは、獲物を苦しませない為でしょう……おかげでこの通り毛皮も綺麗なものだ、吾輩が背中から斬りつけなければもっと綺麗だったろうに」


 そう言って高笑いをする……何が可笑おかしいんですかルードルフさん!

 ああああ……背後に視線を感じる……アイリさんがこっちを見ている多分……


「結局、また皆の為に頑張って来たのね……解ってたけどね……」


 アイリさんはそう優しく言った。私は思わず振り返る。


「仕方ないわね。そんなマリーちゃんだから、私の事も助けてくれたんだし。私がこうして仲間と楽しく暮らせるのも、貴女がマリーちゃんだからだものね」

「アイリさん……」

「ねえ船長、一つだけ御願いを聞いてくれるかしら? 着替えて外に出て働くのはやめて、今すぐ休んで。最後はずぶ濡れの服で駆け通して来たんでしょう?」


 そして飛び切りの優しい笑みを浮かべるアイリさん……たちまち私の心は震え、目の奥がじんとうずく。


「あの、じゃあヨーナスとエッベ、ルードルフにも休んでくれって言わないと」

「大丈夫よぉ、船長がそう言ったって私から伝えるから。いいからほら、ベッドに入って、ね」


 正直言って私はクタクタだったし、寒さしのぎに飲んだミードが効いてふらふらしていた。アイリさんに導かれるままベッドに横たわると、すぐにまぶたがずっしりと重くなった。


「おやすみなさい、マリーちゃん」


 一瞬、アイリさんが小さい頃に見た母の姿と重なって見えた。私の意識はすぐに夢の世界へと消えて行く。

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本作はシリーズ四作目になります。
シリーズ全体の目次ページはこちらです。

マリー・パスファインダーの冒険と航海
― 新着の感想 ―
[良い点] クルーは良い奴らばかりですけど、マリー船長とアイリさんの関係性がエモい
2020/06/13 15:11 海皇紀とか好きっ
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