ウラド「これは本当に風の音だろうか……妙な胸騒ぎがするのだが」ロイ爺「ホッホ、戦士の勘かね? 心配のし過ぎじゃろ」
8さいのマリーちゃん
「ジェルマンさん! ねえジェルマンさん、ドラゴンってほんとうにいるの!? ヴィタリスにもおそってくるの!?」
近所の物知りおじさん
「ハハハ、マリーちゃん、ドラゴンは居ないよ。あれは昔の人が考えた想像上の生き物さ」
「どうして? いろんな本に出てくるよ? 絵もいっしょだよ、ほら、この本にも」
「ドラゴンが本当に居たとしても、体が重過ぎて空を飛べない。飛べないのに翼があるのは不条理だ。この世には不条理な生き物は居ないんだよ。もしこんな姿のドラゴンが実在するとしたら、その大きさは鳩より小さいだろうね」
「でも、ほのおをふいてこうげきしてきたらこわい」
「ドラゴンに限らず、火を吹いて攻撃する生き物なんて居ないさ。炎そのものには見た目程の攻撃力は無いし、相手より自分が火傷する危険が高いんだ。鳩より小さなドラゴンが、ロウソクのような火を一瞬吹いたってハチも倒せないだろう? それなら噛み付いた方が早いと、どんな生き物でも気づくんじゃないかな」
「……ふうん……よくわかんないけど……そっか、いないんだ」
「ごめんごめん、がっかりしないで。世界は広いし人間が行った事の無い場所はたくさんあるからね、本物の大きなドラゴンだって、どこかに居るかもしれない。マリーちゃんは大きくなったら、そんな不思議な生き物を探す冒険者になりたいのかい?」
「ううん。わたし、おようふく作る人になりたい」
四本の角、鋭い歯列、大きな口と牙、鱗のある蒼い巨体はフォルコン号より大きく、蝙蝠のような大きな翼のある前脚と長い尾を持つ……
こんな生き物は見た事がない。多分誰も見た事がない、絵本の中以外では。
だけど何故かたくさんの人が知っている。その名前を。え……えええ…… ええええ!?
ド ラ ゴ ン 。
「グ ギャ ア ア ア ア アアアアオオォォォァアアアア!!」
巨獣が吼え、私は気絶した……いやしなかった、しなかったけどするかと思った、巨大な口がバックリと開いて、そこから放たれるのは声というより力の波……待て、待てここは冷静に、考えなきゃ、私どうしたらいいの、今何をすべきなの!?
羽ばたいている。巨獣は羽ばたいている……翼のついた前脚をゆったりと羽ばたかせる度に旋風が起こり、巨大な躯体がフワリと浮き上がる……飛んでいる。この巨獣は余裕で空を飛んでいる。こちらは風に煽られ立っているのもやっとだ。
ぶち君! ぶち君は逃げたの!? ああっ!? まだ巨獣に真っ直ぐに向かい尻尾を立てている!!
「逃げろよお前!!」
誰か嘘だと、全部嘘だと言って欲しい、巨獣は上下に揺れながら空中に半ば静止し、ゆっくりと首をのけぞらせ……まるで……大きく息を吸うような構えを見せる……嘘。嘘……うそー!!
「物陰に伏せろー!!」
私は叫びながら駆け出す! どこへ!? ぶち君の所へ、ごめん!
「フギャッ!?」
生きてたら後で何とでも言って! 私は巨大なドラゴンに立ち向かおうとしている小さな猫の首根っこを乱暴に摘み上げ、90度角度を変えて走る!!
「グギャアアアアァァァァー!!」
背後で何かが激しく光り辺りの景色を真っ赤に照らすひ゛ゃ゛ああ゛ああ゛ああああ゛!! 自分が生きてるのか死んでるのか解らないが、私はぶち君を抱えたまま雪面に飛び込み転げ回る!!
私は恐る恐る、横目で背後を見る。
雪が。
燃えている。
そんな訳あるかー!! 何、何なの!?
ドラゴンが……ドラゴンが火を吹いたああああ!?
ぶち君を抱えて間一髪逃げた私の背後で、ドラゴンが火を吹き、さっきまで私とぶち君が居たあたりの地面を広範囲に焼いたのだ。雪の上で所々まだ炎が燃えている、雪が燃えるなんて事あるの!?
私はどうにか膝立ちに立ち上がる。ぶち君は!? 生きてる!? ああ……生きてる……
「行け!」
私はぶち君を離す、仕方ない、どちらか死んでも恨みっこなし、ぶち君はあっちに、私はこっちに逃げる!
「グォオオ……ギャオアアアアアアアア!!」
こ゛っち゛き゛だあ゛ああ゛ああ゛ああああ゛ああああ!!
私の後ろから!! ドラゴンの炎が追って来るああああ死んだ死んだわ゛だじ死んだああ△■ぁ@あ☆ああああ○!?
「化け物め! こっちだ!!」
だだだ誰!? 誰ったってルードルフに決まってるよ、ああああルードルフが! 剣を構えて突進する!? そんな空飛んでるドラゴンにどうしてでも助けてルードルフさんやっぱ逃げてでもわ゛だじ死にたぐない、
―― ズゥゥウウウン!!
大地が揺れ……てる? なっ……ドラゴンがルードルフの目の前に着地した!?
「我が名はルードルフ・ルッドマン! かつてのブラスデン元帥にしてファルケ皇帝の騎士見習い、今はフレデリク・ヨアキム・グランクヴィストの従者である! いざ尋常に、勝負致せ!」
ルードルフは……一体何をしているんですか!! 剣を垂直に捧げ、巨大な獣に堂々と名乗りを……
「ゴギャオアアアアアア!!」
き゛ゃ゛ああ゛ああ言わんこっちゃないルードルフさんそんな死に方なんて……死んでない……ドラゴンは凄まじい咆哮を上げたが、ルードルフさんは死んでない……も、もしかして……ドラゴンってこうして名乗ったら話が通じるの……?
「ゴオオオオオオオ!」
―― ズーン! スズーン!
話なんか通じないじゃん!? ドラゴンは前進し巨大な口を開けルードルフを一呑みにせんと首を伸ばす、ルードルフは……飛び退きながら剣を揮い……叫ぶ!
「若造!! 見てないで兄弟を連れて去れ!!」
ルードルフの剣が大きく口を開けて迫るドラゴンの下の牙に当たり火花を上げた……見とれてる場合じゃない!
「犬を連れて下がれ逃げろ!!」
私はヨーナスとエッベに叫ぶ! あ……二人共正気の顔をしていない……
「馬鹿!」
私は声の限り叫びながら背中の銃を取り撃鉄を起こし引き金を引く!! 魔法の銃でなければこんな事は出来ない。
―― ドォン!
私は空に向けて発砲した。ヨーナスもエッベも犬達も、いくらか正気に戻ったような顔をした。
「しっかりしろ早く行けー!!」
これ以上ドラゴンに背中を向けている度胸は私には無い。二人がどうしたかも見届けず私がドラゴンの方に向き直ると……ルードルフが!?
「ぐっ!? ぬあっ!?」
そんな……そんな! ルードルフが喰われる、巨大な牙の先にくわえられて大きく振り回されている!!
「ぬあああっ!!」
そして放り投げられた!! 鎧を着込んだルードルフの体が2、30mも宙を飛び……雪の斜面を滑り落ちる!!
―― ズズーン!! ズーン! ズーン!
ドラゴンは大地を響かせルードルフを追う! そんな……ああ……
―― ドォン!!
私は……マスケット銃の引き金を引いていた。30m程前に居る、ドラゴンに向けて。相手は全長20mはありそうな巨大生物……さすがに外れようもない。
「グルルル……」
ドラゴンが……
―― ズン。ズーン……
振り向いてこ゛っぢ来゛たあああ゛ああああ゛!? ああまた大きく息を吸ってる、い゛やああ゛あああ゛あああ!!
「ギャオアアアアァァァァア!!」
ドラゴンがまた火を吹いたああ゛ああ! 私はドラゴンに対し90度横へ逃げる! 死にたくない死にたくないわ゛だじ死にたくなぁぁぁい!!
―― ズーン、ズーン、ズズーン、ズーン
「ギャオオオオオォォーオ!!」
走る!! 私は走る、船酔い知らずの魔法の限り、全力で走る!! 魔法のおかげで私は氷雪の上でも乾いた土の上を走るように全力疾走出来るけど!! 巨大な獣が大きな口を開けて追い掛けて来゛る゛ぅぅううう!!
さよなら、人生……
―― ドォン!! ドォン!!
ドラゴンの周りを周るように走りながら、私は立て続けに引き金を引いた。効いてない。まるで効いてない。フォルコン号がマスケット銃に撃たれて沈むと思うか。こんなん効く訳無いじゃん!!
「ゴォォガアアア!! ジュー、マイト、ナフ……」
何、今……ぎゃあああああああ!? 巨獣が大きく羽ばたきだした!! 何をする気!? あっ……飛ぶ気か……飛ばれたら空から炎で攻撃されて皆死ぬ……
「させるかっ……!」
ドラゴンは地上で私が走るより速く体を回す事は出来ず、私は完全にドラゴンの背中側に回っていた。
私は、ドラゴンに向かって駆け出していた。
あらゆる景色が、ゆっくりと移ろって見える……
ヨーナスとエッベが、四台のそりの犬達を励まして大急ぎで斜面を駆け下りて行く……あまりの勢いに犬達も転げ回り……一台のそりは横転してしまった……まずい……
ぶち君は無事だ……無事だけどまだ戦士の石碑の周りに居る……あの石柱を利用してドラゴンの炎を防ぐ気なのか……あの子って一体何だったんだろう……
ルードルフさんは生きているのかな……あんなに飛ばされたら無事で済む訳が無い……御願い、生きていて。
私は、ドラゴンの長い尾の上に飛び乗っていた。そして尖った背骨の上を駆け抜ける。
ドラゴンは私の意図に気付いたのか、一旦羽ばたくのをやめ、長い首をこちらに向けて来る……大きな口が迫る……このドラゴンは私など一呑みに出来る……
私は間一髪迫り来る牙をすり抜けドラゴンの首元へと到達した。
ここならドラゴンは私を攻撃出来ない。私はそう思ったらしい。
―― ドォン!!
私はマスケット銃の銃口を真下に向け、引き金を引いた。
そしてはっきりと解った。
マスケット銃の攻撃はドラゴンの大きな鱗をほんの数cm傷つけてはいるが、その本体には全くダメージを与えていない。
おしまいだ……ドラゴンの首の上に乗りゼロ距離で射撃する。私にこれ以上の攻撃手段は無いだろう。これでも駄目なら……あとはドラゴンに蹂躙されるだけではないか。
ここは雪原の真ん中。身を隠せる森も洞窟もこの地には無い。どこかに逃げようったって、雪原を走るそりなど空からは常に丸見えだろう。
これで終わりなの……これで……
―― バサッ……バサッ……
ん?
「ガァァオウ……ゾォウ、ブレジャ、ダウ……」
―― バサッ、バサッ、バサ、バサ、バサ……
私は船酔い知らずの魔法の服を着ているので、地面が揺れていてもあまりよく解らない。だけど私にだって大地がだんだん離れて行くというのは良く見える。
「ひっ……」
ひっ……ち、地上が離れて行く……ドラゴンが羽ばたいている……私の身に何が起きているのか? 私は今誘拐され、地表から離れつつある。
「ひ、ひ、ひ……」
ドラゴンが。
私を首の上に乗せたまま。
空へ、飛ん だ。
「」
私はドラゴンの首にしがみつき、声も無く絶叫した。