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不精ひげ「船長が銃剣術なんかやらなくていいだろ……」水夫マリー「いつか役に立つかもしれないんで、おねがいシャス」

巨大なハイイログマとの遭遇。

威嚇作戦は失敗し、クマは一行の背後に回り込み襲い掛かって来た。

 最悪でもすぐ近くに居るルードルフには絶対当てないよう基本通りに片膝をついてしっかりと銃身を向けて、私が撃った弾丸はクマの肩の辺りに着弾したように見えた。

 そしてすぐ魔法による逆転が始まる……炎と煙と灰に姿を変えたはずの火薬が銃身に吸い込まれて行く。


 クマが。こちらを向いた。

 私は全身の毛が逆立つのを感じながら立ち上がる。ひ゛ゃあ゛ぁぁあ゛あ逃げなけゃ逃げ逃げ逃げ……駄目だよすぐ逃げたら! クマを引きつけないと!


「グルルル……」


 クマが唸る……ルードルフは!? 私が引き金を引いたのと同時に、またクマの腕に掠められたように見えたけれど、大丈夫なの? 


「グアアア!!」


 ぎゃあああああ来たああ! クマが来た、人生5度目のクマは完全に私を殺すつもりで向かって来る2m超のクマぎゃあああああ!

 私は切り立った崖を駆け上がる! クマが突進して来る……しかし例によって例の如く……私は船酔い知らずの魔法のおかげで氷雪の上でもダッシュが効いて、垂直に近い崖でも緩やかな階段のごとく駆け上がれる。


「ガウウウ!」


 飛び上がり、崖に組み付いてよじ登ろうとして来たクマの鼻面に、私は両手で握ったマスケット銃の台尻を真っ直ぐに突き落とす。


―― ゴッ


 結構な手応えが伝わり、崖の淵に両腕でぶら下がろうとしていたクマは驚き、崖を滑り落ちる。私は今のうちに銃身に重ねて収納されていた銃剣を取り付ける……こんな物で何が出来るのかは解らない……

 それでルードルフは!? とにかくルードルフからクマを引き剥がす事には成功したけれど……ああ……ちゃんと二本の足で立ってるし、両手で剣を構えてる……

 だけどクマもまだ元気だしどうしよう、どうすれば……



「バウッ!! バウッ!!」「ガルルゥー、ガウッ!!」


 あ……援軍!? 援軍ですよ! さっき駆け出す前にそりから放しておいたエレーヌちゃんと仲間の三頭が、逃げないでちゃんと揃って応援に来た! そりに繋がれたままで動けない他の犬達の代わりに、クマに向かって勇敢に吼えてますよ!

 次の瞬間。


「おおう!!」


 ルードルフが……とても老人とも、重そうな金属鎧を着た人間とも思えない速さで間合いを詰め、電光石火の一撃を、うっかりこの老戦士に背中を向けてしまった巨大グマに見舞う!


「グアアアッ!!」


 赤黒い血飛沫が飛び散る……結構な深手ではないだろうか。だけど相手は何しろ巨大なクマだ。これで動けなくなるという事はあるまい。

 崖の上の私、ルードルフ、狼犬達……私達はクマを三方しか囲んでいない。クマにはちゃんと逃げられる方向がある。頼むから空いてる方向へ逃げてくれ……


「グフッ、ガフッ……ガアアア!!」


 しかしクマは二足で立ち上がり、狂ったように暴れだす! 激しく前足を振り回し、転げながらまた立ち上がり、牙を剥き、咆哮する!


「離れろ!」


 巨獣の破れかぶれの狂乱。巨大な獣が、恐怖に我を失っている……


 私の心中に後悔が押し寄せる。私は最初から前進するべきではなかったのだ。後戻りしてクマが居なくなるまで待つか、迂回してクマが居ない所を通れば良かった。

 私の判断ミスが皆を危険に晒し、クマを戦いに駆り立て、追い込んでしまった。


 せめて私が責任を取らないと。私が決着をつけないと……私は銃口をクマに向け、引き金に力を込める……込める……早く! 早く撃て私!


―― ドォン!


 クマまでの距離は5mもなかったのに。銃弾は暴れ狂うクマの背中を外れ、氷の上に着弾して飛び散った……そしてクマが後ろ目に私を見た。


「グオオオ!」


 クマが動いた! 空いている後方ではなく、銃を撃った私の方でもなく……狼犬達の列とルードルフの間に向かって走った!


「何ィッ!?」


 ルードルフが斜め背後から斬りつける、しかし追い切りになった攻撃は深手を与えられず……


「ガウウウ!!」


 エレーヌちゃんが!? 追い掛けてクマの後ろ脚に噛み付いた! だけどクマを止める事は出来ず振り離される!

 クマが突進して行く先に居るのはエッベ、そしてヨーナス!?


「逃げろ! 二人共!」


 私は叫びクマを追って崖の上を走る、だけどこんなの間に合わない!

 クマは手前に居たエッベに向かって走る……そんな……! どうして!? 誰も居ない所に逃げればいいだけじゃない!?

 エッベ!? 何で逃げないの、それか犬を放して、犬を……


 エッベは。突進して来るクマをまっすぐに見据え、片膝を付き、クロスボウを構えて……馬鹿、逃げろよ! ああっ、撃った!?

 他の狼犬が……追いついた、そして背後から後ろ足に噛み付く!


 クマは……ルードルフの最初の一撃でかなり背骨をやられていたのか……それが効いて来たらしく、動きが鈍って来た。


 何だか嫌な感じがして来た。ビコの時と一緒だ。一頭の生き物を寄ってたかって打ち据えているような……だめだ。今はそんな事を考えてる時ではない。狼犬や、他の味方が怪我をする前に終わらせないと。


 崖の上を走っていた私はそこから飛び降りる……クマはもう目の前だ、犬達に突進を止められもがいている、この状態だと私は相当近づかないと撃てない。10m、5m……


―― ドォン!


 3mまで近づいた私は引き金を引いた……それでも弾は私が狙ったクマの頭を外れ、肩の辺りに着弾した。


「ウオオオオン!!」


 銃剣術は……だいぶ前に少しだけ、銃の持ち方、腰を落として突く突き方を不精ひげに習った程度だ。一応、構えだけは出来ていると思う。


 ルードルフも追いついて来る。とどめは彼に譲ろうか……いや……それはそれで卑怯だ。彼は喜んでとどめを刺すような人物にも見えない。


「下がれ、下がれ!」


 私はそういう意味のスヴァーヌ語で犬達に指示する。興奮していて、なかなか言う事を聞きそうではないが。

 エッベはクロスボウを再装填してる……ヨーナスもクロスボウを手にエッベの元へ駆け寄って行く。


「フレデリク!」


 ルードルフが呼ぶ。見れば、老いて尚強き騎士はクマの反対側に周り、大剣を大上段に構えていた。

 私は頷く。やらなきゃ。



―― ドォン!


「せいっ!!」



 私は至近距離から銃剣で突くようにクマの心臓辺りへと弾丸を撃ち込み、ルードルフは向こうからクマの首元へ渾身の一撃を放った。



「下がれ! ほら下がれ!」


 私はもう銃剣を手放し、まだクマに噛み付こうとする犬達の背中を叩き、首輪を引いて下がらせる。


「ウォォォ……ウォォーン!!」


 巨大なクマは尚も……腕を振り回し、首を上げ、牙を剥く……命の尊厳に賭けて。

 極光鱒にも雪ギツネにも私にもある、たった一つの命。こんな巨大なクマにだってそれは一つしかない。


「お前、どうして向かって来たんだよ……!」


 クマの動きが鈍って行く。私は銃剣を拾い上げ、犬達を下がらせ自分も下がる。

 最初に見た時は酷く大きく見えたクマが、今は小さく見える……体長は2mを超えるか超えないかだろうか。


 氷原の王者が動かなくなったのは、それから一分くらい経ってからだった。



   ◇◇◇



 アイマスクがびちゃびちゃだ。早く拭かないと凍りだす。だけどヨーナスとエッベがずっと私とクマを見比べてる……いやもう構うもんか。

 私は帽子を取り胸に当て、普段は滅多に口にしない祈りの言葉を口にする……たちまち、ヨーナスとエッベもそれに習った。私はその隙に背中を向け、ハンカチをアイマスクの内側に押し込んでぐりぐりと拭う。


「ヨーナスもエッベも。お前達は命を粗末にするなよ」


 帽子を被り直しながら、私はルードルフの方を振り向く。


「ルードルフ、貴方は怪我は無いのか」

「怪我は無い、大丈夫」

「大丈夫じゃない、攻撃を受けただろう! 出血は!? 骨は!」


 ルードルフは何度かクマの手に打たれたように見えた。あんな大きなクマに打たれて大丈夫という事があるのか。


「クマは本当に力が強いし、ましてあれ程の大物、まともに当たっていれば腕ごと持って行かれていたかもしれんが、とにかく、そうはならなかった」


 ルードルフは板金の篭手を装着した腕を振ってみせる……


「……何故、最初は斬りつけなかった?」

「う、うむ……獣は出血すると興奮し益々暴れる、それは本当に危険だから……そう、時間を稼いで君が助けに来るのを待ったのだ」


 だけど、うそつきの私には正直者のうそは通用しない。


「……帰ろうルードルフ。やはり貴方は心のどこかで、いざという時は自分が犠牲になればいいと考えている。自分が死ぬ事で若者が助かればいいと。だけどアイリさんが言った通りだよ! そういう考え方をされると結局僕らも危険になるんだ」


 エッベが逃げもせず撃った矢はクマの右目の下に突き刺さっていた。勇敢だとは思うが、エッベは安全な所に避難すべきだった。


「すまないフレデリク殿。次に同じような事があればきちんと、自分の命を優先し全力を尽くす。正午まで時間はまだある、どうか戦士の石碑の探索を続けては貰えないか……」

「あの、船長、ルードルフさん」


 大人がアイビス語で難しい話をしているところに。エッベが口を挟んで来た。


「手伝って。犬達も待ってるぱん」


 犬達も待ってる? 何を……そう思って振り返った私の目の前で、ヨーナスは小さなナイフを手に黙々とクマの毛皮を剥いでいた。


「クマをひっくり返すの、俺達だけじゃ重すぎんぐ」


 見ればクマの手足にはもうロープが結ばれていて、ひっくり返す手筈が済んでいる……私はルードルフと顔を見合わせる。


「あの……僕は獣の解体はやった事が無いんだけど」

「吾輩は……鹿なら若い頃に何度か」

「そっち持って、船長」


 エッベに促され、私は慌ててクマの手に結ばれたロープの方に向かう。

 犬達は当然の分け前として熊肉が振る舞われるのをじっと待っていた。

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マリー・パスファインダーの冒険と航海
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