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エッベ「大丈夫かな、兄ちゃん……クレバスの怪物だって……」ヨーナス「お、俺達にはフレデリク船長が居るんだぞ」

雪と氷の未開の大地を犬ぞりで行くマリー一行!

Into the unknown~(小声)


 空が次第に色づいて来た。地上を包む圧倒的な白と、空を覆う青とも紫ともつかない不思議な色……海の上ともまた違う、広い広い世界……自分がこんな場所に居る事が未だに信じられない。

 雲は依然として全天の半分くらいを覆っているが、地上は雪の反射のおかげで十分に明るい。ランプはもう消してしまおう。


 石積みは次第に間隔が開き、ここ30分の間は一つも見つからなくなっていた。とにかく周囲は見晴らしが良いので、振り返ればいつでも、自分達がほぼ真っ直ぐに走れているという事は実感出来るのだが。


 なだらかな谷間を進む、そんな最中。


―― グオオオオオオォォン……


 まるで巨大な獣の咆哮ほうこうのような大きな音が、空から降り注ぐ。私は思わず空を見上げる。巨大タコとセイウチの次は空飛ぶ大怪獣か?

 私達は一旦、犬ぞりを止める。


「深い谷間を抜ける風だろうか……この辺りの山はなだらかなようにも見えるが。どこかに岩の裂け目や氷のクレバスがあるのかもしれぬ」


 ルードルフが辺りを見回して言う。ハイディーンさんもそんな事を言ってたっけ……深さ100mの崖があるとか。そうか。狭い谷間を抜ける風が鳴っているのか、これは確かにそういう音だ。


―― オオオオウォォォーン……


「船長! 空飛ぶ怪物なの!?」「クレバスって怪物??」


 ヨーナスとエッベが不安そうな顔で駆け寄って来る。


「クレバスは川に出来る雪と氷の裂け目だよ、お前達も見た事はあるんじゃないかな」


 二人はクレバスという呼び名を知らないだけだろう。私はぎりぎり解るストーク語でそれを説明する。


「そのような深い谷間を通り抜ける風が、巨大な笛のように鳴っているのだ。怪物と言えば怪物かもしれぬな」


 そして私の後にルードルフが、おそらくスヴァーヌ語で説明してくれている。兄弟はそれで納得したかと思いきや、私とルードルフの顔を見比べて言う。


「氷と岩の怪物なの?」「深い谷間から出て来るの?」


 誤解が広がったのだろうか。まあ怪物と思ってくれていてもいいんだけど……きっと伝説ってこういう風に誕生するんだろうなあ。


「そうだな。裂け目の怪物には近づくなよ」


 私はそれだけ言ってそりを再び走らせる……今日もまた本で読んだだけの知識をさも実体験であるかのように語ってしまう、私はそんな自分に少し腹が立つ。



   ◇◇◇



 再び見つけた石積みはなだらかな山の斜面の途中にあり、だいぶ崩れかけていた。さらに次の石積みはすぐに見つかったが、一度斜面を下り、隣の山にまた登らなくてはいけないようだ。

 そしてこの先は先程までと少し気配が違っている……ところどころに切り立った岩肌や急斜面のある、雪原というよりは雪山と呼ばなくてはならない景色が続いている。

 そして。次の石積みへの最短距離と思われる細長い平面の途中に、かなり大きな灰色のクマが一頭、既にこちらに気付いていて、油断無く構えてじっと見ている……距離はまだ200m程はありそうだが。


「我輩……わしの友達よりだいぶ大きいな」

「それにあんなに温厚そうじゃないね……犬を大勢連れた人間を見て怒りを燃やしているな」

「うむ。ここは彼の縄張りなのだろう」


 先程の雪原でも遠くに様々な動物が居るのを何度も見たが、動物は皆私達が接近すると向こうから逃げて行った。彼らは犬の群れが怖いのだ。



 私達は慎重に前進する。灰色グマはまだこちらを睨みつけている……本当に大きいな、立ち上がったら3mぐらいあるのでは? 早くどこかへ行ってくれないだろうか……いや、駄目だ。アイリさんと約束したのだ、これ以上の危険は冒せない。

 私は一旦そりを前進させるのを止め、背負っていたマスケット銃を取り出し、射撃の準備をする。この辺りの事は不精ひげを始めとする船の先生方から習った……装薬を入れて弾丸を込めてそれから……これで良し。


「威嚇してみるよ」


 私のそりは皆の先頭に居た。犬達を驚かせないよう、私は一人でさらに10m程前進し、マスケット銃を構える。狙いはクマではなく、クマの横にある高さ3mばかりの岩肌を覗かせた小さな崖だ。


―― ドォン!


 びゃあああああ痛い反動で肩に銃の台尻が食い込みそうだ! クマは? まだ見てるよ! ああもう!


―― ドォン! ドォン!


 音もでかい! 耳おかしくなりそう! そして辺りを取り囲む静かな山々に、銃声が木霊こだまして響く、響く……


―― ドドドドドォ


 クマは私が狙い撃った小さな崖の横に立っていたのだが、その崖の上に載っていた雪のひさしが崩れ、小さな雪崩となって崖下に降り注いだ。クマは驚いて飛びのき、ようやく後ろへと駆け出して、その小さな崖の向こうに回り込むように逃げて行った。


「どうにか立ち去ってくれたかな……あいつの気が変わらないうちに通り抜けよう。皆はそのままゆっくりついて来て」


 私は念の為そりに乗らず、そりの引き綱を持って歩いて進む……道は片側は見晴らしがいいが、片側は高さ3mの崖になっていてその向こうが見え辛くなっている。クマがいきなり崖の上に現れたらどうしよう。私はいつでも狼犬達をそりから外せるよう、金具に手をかけたまま歩いていた。


 エレーヌちゃんが上目遣いで私を見ている。少しは見直した? まあ私はもしクマが現れたら狼犬達に守って欲しいと思ってこうしているのだが、犬だってあんな大きなクマに襲われたら逃げたいのかしら。


 しかし幸いクマは現れず、私は崖の横を通り過ぎる事が出来た。その先は見通しのいい緩やかな谷間になっていたが、クマの姿は無いようだ。

 ヨーナスとエッベは私の後ろからそりに乗ったままついて来ていた。二人もかなり緊張したようだ。


「あのクマ、大きいと思うか?」

「大きい! あんな大きなクマ見たの初めて!」

「こんな近くで見たのも初めて! ハイディーンおじさんより大きなクマ!」


 私はつい吹き出しそうになる。そういえばハイディーンは最初に見た時クマの頭付きの毛皮を着てたっけ。あのクマはハイディーンが狩ったんだろうか。あれも大きな毛皮だと思ったが、今見たクマはあれより大きかった。

 しかし、雪原で遠くに居るのを見たのを除けば、今のは私の人生5頭目のクマとの接近遭遇ですか……私、クマと縁があり過ぎじゃないですかね。


 そんな事を考えた瞬間だった。



 居なくなったと思っていたクマが……私達の隊列の一番後ろから現れた。崖の向こう側から、雪を蹴立ててまっしぐらに駆けて来て、最後尾の……ルードルフのそりに襲いかかる!


「ルードルフ!!」


 クマは思った以上に賢かった。奴は犬との戦いを避け人間だけを狙う為、列の一番後ろ……四台目のそりを後ろから襲う事を思いつき、小さな崖の向こう側を駆け抜けて回り込んで来たのだ。


「おう!」


 老ルードルフは……そりから飛び降り後ろを向いた……まさかクマと格闘するつもりですか!? 無茶だよ! 私はマスケット銃を手に雪上を走る!


「グアアアア!」


 クマが吼えながら立ち上がり前腕を振りかざし……ああっ、ぎりぎり避けた!? ルードルフの目と鼻の先をクマの手が空振りして通過する……ルードルフは既に抜き身の剣を上段に構えている! それを振り下ろせば!


―― ゴッ!


「グアアン!?」


 えええー!? 何故剣の腹で!? ルードルフは迫り来るクマの頭を! 重量のありそうな両刃の直剣の……腹でぶった叩いた……


「グアアア!!」


 クマは一瞬怯んだようにも見えたが……怒り狂い、再び腕を振り回す! ぎゃああルードルフが打たれた!? 何してるのどうして!

 ああああ、この距離じゃまだ撃てない、私の腕じゃ何に当たるか解らないよ、私は必死に雪上を走る! 死なないでルードルフ!

 だけどルードルフは、まだ剣を手にクマの前に立ちはだかっていた。

 再びルードルフの剣が! クマの鼻先に……また! どうして柄なの! ルードルフは目の前に迫ったクマの鼻先を剣の柄で打ち据える! 痛そうだけどそれじゃ倒せないよ!

 ああもう、これ以上待てない、距離はまだ20mぐらいあるけど……私は覚悟を決め、クマに銃を向ける。撃てるの私!? 撃たなきゃ。思い出せ、ビコの勇気を、ここで撃てなきゃあの勇敢な牡牛に顔向け出来ない。


 私は。引き金を引いた。


―― ドォン!!

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本作はシリーズ四作目になります。
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マリー・パスファインダーの冒険と航海
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