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マットソン「凄いなあいつ船長だってあんな背低いのに」ノルダール「ああ見えて脳まで筋肉なのかな」

降って湧いた海賊騒動。しかしそれは老ルードルフが解決済み、誘拐された子供達も自力で農場に戻っていたという。

雪原で遭難していたおじいさん、実は強かったのね。

 オコネル農場に起きた事を知り自警団に参加する為、フルベンゲンのホールには多くの人々が集まっていた。


「アナニエフの連中か! 東の彼方から来た食い詰めどもめ」

「フン、十人もやられたんじゃ奴等も終わりさ、もう立派な農場を襲ったり出来ないだろう」

「まだ解らんぞ、そういう事を言ってる武芸者だか何だかが居たってだけだろ? 本当の事なのかどうか……」


 古めかしい長い銃を担いだ人は猟師だろうか。オイルスキンのブーツを履いた人は漁師っぽい。職人らしい人も居る。皮革加工や鍛冶、燻煙や醸造、この地にも色々な仕事があるようだ。


「ハイディーン、戻ったか!」


 そんな人々が、ハイディーンさんがホールに戻った事に気付き、一斉に振り返る。

 ハイディーンさんは声を張る。


「話は本当だった! アナニエフ一家はオコネル農場を襲い仲間に怪我をさせ、何人かは気の毒にも命を落とした。その上子供達が奴等にさらわれる所だったんだが……正義はこの放浪の騎士! ルードルフ・ルッドマンが執行してくれた!」


 ハイディーンが大きく腕を振りこちらを指し示す。私とルードルフはちょうどホールの入り口でブーツの雪を落としている所で、ホールじゅうの視線を浴びた。


「噂は本当だったのか! あんたがあいつらを退治してくれたのか!?」

「本当かよ!? 一人で十人の海賊を斬り倒したのか!?」


 ああああやっぱり何人かは勘違いしてる! 私は慌ててルードルフを指差す。違う、英雄ルードルフはこっち!


「待て、待ってくれ、吾輩はそのような英雄では……」


 私の緊急回避はどうにか間に合った。フルベンゲンに集まっていた近在の男達に揉みくちゃにされたのは老ルードルフだけで、私はどうにか壁際に逃れる事が出来た。



 ホールはフォルコン号の甲板以上の宴会騒ぎになってしまった。


「英雄ルードルフに乾杯!」「凄い男も居たもんだ!」「正義は行われた!」


 フルベンゲンの男共は大いに笑い、飲み食いをして、歌い踊り、やりたい放題にしていた。


 老ルードルフはホールの中央に置かれた肘掛けのついた椅子に座らせられている。まあこんな風に持ち上げられるのは好きな人も居れば苦手な人も居るだろう。


「みんな楽しそうだね」


 私は騒ぎの輪から離れた所で遅めの昼食のつもりでスモークされた極光鱒や海獣の串焼きをいただいていた。今回もお供はウラドだけである。


「私の故郷の景色と似ているので……穏やかな心地を覚える」


 ホールにはウラドの他にもオーク族の者が居た。夏はフルベンゲン近辺で漁や農耕をして、冬は鉱山で採掘をしている集団らしい。内海辺りと違い、ここでは彼等も区別される事なく街の仲間として受け入れられている。


「なあ。ウラドの故郷はコモランなのか?」

「生まれた場所で言えばファルケの領内であり育った場所はコモランの領内になるので、私にはあまり国に対する帰属意識が無い。そしてスヴァーヌ船籍の捕鯨船に乗っている所をレイヴンの軍艦に徴用されたというのは以前話した通り、結局の所私が一番長く居た場所はリトルマリー号だ」


 自分の話となるといつも照れ屋になって口をつぐんでしまうウラドがこんなに話してくれるのは珍しい。それはこの故郷に近いというこの雰囲気のおかげではないだろうか。

 私は正直に言って故郷を有り難がるような歳でもないので、よく解らないけど。


「あの、船長」「船長」


 私とウラドが話しているホールの隅のベンチに、ヨーナスとエッベがやって来る。相変わらずの浮かない顔だ。何だかなあ。


「なあ、お前達はどうしてそんな浮かない顔をしてるんだ?」


 二人は私に何か話があるようだったけれど、私は先にそれを尋ねた。

 その瞬間である。


「忘れる所だった! 今日はもう一つ皆に知らせがある、ボリスの所の子供達、ヨーナスとエッベが、フルベンゲンに戻って来たんだ!」


 ハイディーンさんが、皆の真ん中で立ち上がり、四方を向いてそう叫び……そして二人の兄弟、つまりこちらを指差した。

 ホールじゅうの視線がこちらに集まる。


 ざわめきは小さかった。ホールの騒音は、先程までよりむしろ少し小さくなった。明らかにひそひそと話している男達も居る。

 何ですか……半年行方不明だった子供達が帰って来たんだよ?? さっきみたいに大歓迎とかするんじゃないの!?


「二人は自分達の意思でコルドンに行こうとしていたという。だがそれは上手く行かず密航した船からつまみ出され、軍艦のパウダーモンキーとして売られてしまったらしい。そんな二人を救い出しフルベンゲンに連れて帰って来てくれたのがその、フレデリク船長だ」

「ちょっと待ってくれ!!」


 私はウラドが通訳してくれたハイディーンさんの言葉を聞き、思わず立ち上がっていた。


「色々と違う! 二人はコルドンに行きたかったんじゃない、フルベンゲンに冬の定期便が来なくなった理由を調べに行ったんだ! レイヴンの軍艦から脱出したのは二人の勇気だ、僕が出会ったのはその後だ、そして何より! 僕が二人を連れて戻ったんじゃない、二人が僕を連れてここに帰って来たんだ!」


 私は内心驚いていた。ごく単純な言い回しではあるが自分がこんなにストーク語を使えるようになっていたとは思ってもみなかった。私は本当にストーク人貴公子になれたのだろうか。

 フルベンゲンの男達がざわめく。どうやらストーク語が解る者が解らない者に聞かれて説明しているようだ。

 私はもう一つの異変に気付いた。ハイディーンさんが私を見てニヤニヤしている。あの大男わざと細部を言い間違えて、これを私に言わせたな?

 もう毒喰らわば皿までだ。


「だから! 掟や罰則、そういうのは不要だろ!? みんな冬の船が来なくて困ってた、そこでヨーナスとエッベが僕とフォルコン号を連れて来た、それで荷物も届いた、二人の奮闘のおかげだ、誰も損してない、そうだろ!?」


 ますます静まり行く男達……だけどヒソヒソ話をする動きはどんどん増えて行く。何を相談してるんですか! こんな単純な話無いじゃん!


「いや……フレデリク船長、あんたがそう言ってくれるのは嬉しいが掟は掟、二人は罰を受けるべき事をした」


 周りの男達に聞こえるよう、そう声を上げたのは……ボリスさん!? どうして! あんたの子供でしょう!?

 皆はどう思うんだ……って! どうしてうなずくんですか! あんた達どんだけ掟とやらに厳しいんだよ、それでも人間の親、人間の子供ですか!?


 私は傍らのヨーナスとエッベを見る。私が捕まえた頃のカイヴァーンのような、悲しげに萎れた顔をしている二人。捨てられた犬のような表情……


「紹介が遅れたな! 僕はフォルコン号船長代理フレデリク・ヨアキム・グランクヴィスト、この二人は僕の仲間の船乗りでヨーナスとエッベだ!」


 私は二人の間に割り込み、ぐっと肩を引き寄せる。


「白波高い北洋、吹雪のスヴァーヌ海、レイヴン海軍の軍艦、巨大なタコ……」


 ああっ、ストーク語の語彙ごいが尽きる、何て言えばいいんだこれ。


「とにかく、共に沢山の献立を乗り越えた二人は勇者だ! 君達が彼らを罰すると言うのなら、僕はまだ二人を返さないぞ、僕にはまだここでやる事がある!」



 そう言い切ってから……私は一つ思い出した。献立、じゃなく、困難、だな。献立を乗り越えたって何だ……ああ、皆さん不思議そうな顔をしている……

 それより……どうするんですか。ここでやる事なんてもう無いよ、さっきの海岸に検分に行ったので最後だ。海賊アナニエフ一家を探しに行く? それはさすがにフォルコン号に出来る仕事ではないし、そんな危険な航海にヨーナスとエッベを連れて行くのも有り得ない。

 何を言えばいいんだ。知ってる事をそれらしく。知ってる事をそれらしく……



「いいか皆。英雄ルードルフはフルベンゲンに、戦士の石碑を探しに来たんだ。知っているか? アースニールのサガを、エルギルのエッダを」


 駄目だ。これ以上詳しい事をストーク語で言うのは不可能だ。私はウラドに目配せして、続きをアイビス語で話す。


「千年以上の昔、人間の軍勢がこの極北の地で存亡を賭けた大決戦を行った事は事実である。サガは御伽噺のようだしエッダは歌謡に近いがその内容は真実の口伝であるとルードルフは考えている。僕もその意見に賛成だ」



 ウラドがその言葉をスヴァーヌ語で皆に翻訳してやると、ひそひそ声はにわかに大きくなり、ホールはざわめきで一杯になった。

 喉が渇いていた私はタンカードの中の水で薄めたミードをぐっと飲み干す……


「僕はルードルフが戦士の石碑を探し、訪れるのを手伝う! これはフォルコン号の仕事だ、そしてヨーナスとエッベはまだ正式に僕の船の船員を辞めた訳では無い、君達が! どうしても二人を罰するというのなら、僕はこの危険な旅に二人を連れて行くぞ!? そんなのはおかしいだろう? だから君達も二人を罰するなどと言わず、父と母の元に返してやると約束して欲しい」


 私はそれをアイビス語で言った。ウラドがそれをスヴァーヌ語に訳して行く。

 これでも駄目だったらどうしよう。本当に二人をフォルコン号の水夫にしようかしら。二人共いい子だし才能もある、お父さんとお母さんには悪いけど……エッベなんて11歳とかだよね……アイビスの国王陛下、どう思います??


「うおおおおおおお!」「やった!!」「そうだあああああ!!」


 ぎゃぎゃっ!? 突然、突然フルベンゲンの男共が大騒ぎを始めた!? なな、何が起きたの? ウラドが私のアイビス語を訳している途中で、男共が喝采を上げた……

 ルードルフさんも細い目を見開いてこちらを見ている……あ……この人には何も説明してなかった……巻き込んですみません……本当に……

 ボリスさんは……めちゃくちゃ笑顔ですよ!? しかも周りの男達にバッシバシ肩とか腕とか叩かれてるんですけどそれでも笑顔!? 意味が解らない!


「皆、落ち着け! はしゃぎ過ぎだ!」


 ハイディーンさんが叫ぶ。よく解らないけどこの場を何とかしてくれるのね?


「ヨーナスとエッベはフレデリク船長の仲間として英雄ルードルフが戦士の石碑を探す手助けをする! この意味が解らない者は居ないな? それは勿論困難で危険な旅になるだろう! 皆、二人の冒険に乾杯!」


 ハイディーンさんの言葉に応じ、周り中から喝采が上がり男達が酒を飲み干す……そして……笑う……


「お前が一番はしゃぎ過ぎじゃないか!」「わははは!」「いいぞー!!」


 私は二人の顔を見る。ああ……呆然としている……二人は顔を紅潮させ私を見ながら、ポカンと口を開けていた。


「あの、行きたくないなら皆に頼ん「俺達も連れてって!!」「船長と一緒に戦士の石碑に行く!!」


 二人は突然息を吹き返したかのようにそう急き込んで私に言うと、私の腕を離れピョンピョン飛んで笑い、先程までの暗い顔はどこへと言う程はしゃぎ出した。

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本作はシリーズ四作目になります。
シリーズ全体の目次ページはこちらです。

マリー・パスファインダーの冒険と航海
― 新着の感想 ―
[一言] わかっていただろうにのうマリー(ワグナス並感) でもまあ実際無謀に感じますけど風土の違いが大きいんですかね
2020/05/11 17:53 海皇紀とか好きっ
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