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ウラド「私ではいざという時に船長を止められない……一体どうすれば(冷や汗)」

狼犬達の引くそりでスヴァーヌの氷原の旅に出たマリー。これはやらずにいられない。

狼犬のエレーヌちゃんとは少し相性が悪いみたいだけど。

そして真っ白な世界で出会ったのはシロクマ!

だけどちょっと様子が変だよ。

 最初はウラドが近づこうとしたのだが、やはりハンマーを背負った大柄な戦士はクマの方でも怖いらしく、後ずさりしてしまう。


「だから僕が行くから。大丈夫だよ、後ろで仲間の犬達が大勢で見てるのに襲ってなんか来るもんか」

「しかし……私の目の前で船長にこういう事をさせては、後でまたアイリに叱責されるのだが……」

「あの……ウラド、いつもごめん。でも、船長命令」


 ヨーナスとエッベもハラハラして見ている。


「大丈夫? 船長……」

「気をつけて……」



 私は大変臆病であるものの、同時に軽率で短慮でもある。


 例えばハバリーナ号の時だ。私はこのままこの幽霊船の力を借りられれば、恐ろしい奴隷商人とだって戦えるのではないかと考えた。それでアルバトロス船長、もしかしたら父フォルコンかもしれないヒーローの手助けが出来るかもしれないと。

 あの時私はそう考えて、女海賊の幽霊と動く骸骨達に奴隷商人の事を説明し、そのままフォルコン号を置き去りにして幽霊船で海を渡った。


 まあ、今回の私はそこまで深く考えてない。

 キャプテンマリーの服を着た私は雪原でも雪に足を取られずに走れる。万一クマの気が変わって襲い掛かって来た場合でも、私は走って逃げられる気がするのだ。

 それで単に私の好奇心が臆病力を上回った。こんな極北の地のクマが、何故そんな桃色の布を持って、つぶらな瞳でこちらを見つめているのか?



 犬も戦士も連れず、私はクマまであと20mという所まで近づいた。


「僕らに何か用があるのか? 犬が怖くないのか? あんなにたくさん居るぞ?」


 解る訳も無いと思いつつ、私はアイビス語でそう、シロクマに語りかける。

 しかしやはり、シロクマが口を利いて返事をする事は無かった。代わりにクマは、その左手の指の間に挟まっていた桃色の布をはらりと落とす。


 クマはそのまま私に無防備なお尻を向けると、四足で雪に足を取られつつも歩み去って行く……

 私は布に近づき、拾いあげる。


 遠目には桃色に見えたその布は実際には平行四辺形を綺麗に敷き詰めた極めて繊細な、白と赤とその中間色を組み合わせた美しい模様だった。

 素材は絹なのか? 多分そうだ。

 こんなのは貧しいお針子のマリーちゃんは見た事が無い。刺繍かと思う程の繊細な模様だが、これは布を織ってから染めるのか? 染めた糸で織るとこうなるのか? 不勉強な田舎のお針子である私には解らないのが悔しい。


 まあそれより気になるのは乾いて黒くなった血痕とおぼしき滲みだ。

 この布で作った服を着た誰かを、このクマが襲ったのか? そういう風にも見えない……布の断面は綺麗に裂かれている。これは誰かが怪我の手当てに使ったのだ。誰が?



 見ればクマはいつの間にか私から50mくらい離れた緩やかな斜面の下に居て、こちらをちらちら見ながらたたずんでいる。

 今さらながら雪の上の足跡を見れば、どうやらクマはこの斜面の下から来て私達を見つけ、今また元の場所に帰ろうとしているらしい。



 私は、このシロクマについて行ってみる事にした。




 斜面を下り、さらに丘の狭間の緩やかな谷へと曲がり、小さな凍りついた川を越えて、大きな岩が連なる岩場へ、シロクマは歩いて行く。


「待てッ……待ってくれ船長!!」


 ウラドが私のそりに乗って大慌てで後ろから追い掛けて来て、追いついた。


「黙って一人で熊の後について行くというのは有り得ぬッ……!」


 ああ。またやってしまった、ウラドさんごめんなさい、私は心ではそう思っているのだが。


「二人は置いて来て大丈夫なのか?」

「大丈夫ではないッ! 船長、頼むから気ままに危険を冒すのはやめていただきたい! 皆がどう思うのか、想像できない船長ではないはずだッ!」

「バウッ!! バフ、バフッ! バウフッ!! ワンッ!」


 休憩を切り上げられたエレーヌちゃん達も、怒って吼えている。


「あのシロクマが驚くからやめてくれ。それよりこの布を見てくれよ、何万キロも彼方、東の最果ての国の品物じゃないか? これをあのシロクマが持っていたんだぞ、この事には一体どんな秘密があるんだろう……あっ!?」


 シロクマは追い掛けて来た大男と四頭の狼に怯えたようで、足早に駆け出す。


「あいつを脅かしちゃ駄目だ、来るならゆっくり来てくれ、大声も駄目だぞ」


 私はそう言って、ゆっくりとシロクマを追う。




 私はシロクマの後を追い、大きな岩と岩の間を通り抜け、凍りついた池の淵を歩き、また岩の狭間へと歩いて行く。途中では松明たいまつに使うような布の燃えかすも見つけた。どうやら近くに誰か居るのは間違いない。

 そしてついに、シロクマは岩に囲まれた袋小路で止まった。


 空はまだ少し明るかったので、私はランプを持っていなかった。

 ウラドはそりの中からランプを出し、種火炭で点灯して私の所に持って来てくれた。私はそれを受け取り、岩の窪みを覗き込んで照らす。



 そこに居たのは一人の老人だった。少なくとも私にはずそう見えた。年老いた男が、雪を避けられる狭い岩の隙間に、たくさんの枯れ草と一緒に挟まっている。

 一体どういう事なのか。私は何も考えず声を掛けてしまう。


「挟まって……出られないのか?」

「……ふ、ふ。馬鹿を申せ……寒くて……出られぬのよ」


 私は思わず説明を求めるようにシロクマの顔を見てしまう。

 シロクマは狼犬達が怖いのか、岩場の隅に固まって小さくなっている。


「……お前達は猟師か? 出来ればそのシロクマは見逃してやってくれんか……わしの最後の友達でな」


 私はアイビス語で話し掛けていたが、老人から帰って来た言葉もアイビス語だった。

 よく見れば老人の傍らの岩肌には、かなりの長さと重さがありそうな、立派な鞘入りの両手持ち用の直剣が掛けられている。足元には面頬付きの兜も置いてある。これもまた銀色の、立派な兜だ。


「剣と……兜に興味があるかね? ではお前達にやろう……だから何だ……そのシロクマは勘弁してやってくれ、弱った人間を取って喰おうともしない、気の優しいシロクマなのだ」


 虚空を見上げたまま、老人は話す。

 私はウラドが持って来たそりから薪と炭をいくらか降ろす。焚き火の跡は老人の目の前にあったが、もう燃やす物が無くなっていたらしい。


「何だか知らないけど、その剣と兜は貴方のだろう。そしてそのシロクマが貴方の友達なのは解ったけど、それが最後の友達かどうかなんて解るもんか。ウラド、ヨーナスとエッベも呼んで来てくれ」



   ◇◇◇



 焚き火を起こし白湯を飲ませると老人はいくらか回復したが、このまま放置して先に行ける程元気なようには見えず、私達は彼を犬ぞりに乗せて連れて行く事にした。


「ご老人……これは戦傷いくさきずのようだが」

「む……お察しの通り……今話した方が良いか」

「ああいや、砦についてからで結構」


 ウラドが老人を助け起こし、犬ぞりに乗せる……痩せてはいるがかなり背の高い老人だった。ウラドとほとんど変わらない。

 着ていた鉄の鎧も立派な物に見える。そしてウラドが言うように、老人は数箇所に治療用の布を巻いていた。


「この布はあのシロクマが持っていたけれど」

「それは……わしがあのシロクマに巻いてやったものだ。あれも怪我をしていたので……もう、良くなったようだが」


 この布を見ていなければ私はシロクマを追っては来なかったし、この老人に出会う事は無かっただろう。その場合この人はどうなっていたのだろうか。

 そういう、縁のある布切れだと思うのだが。


「じゃあ、あいつに返していいかい?」

「うむ……頼む」


 私は人間と犬に怯えているように見えるシロクマに少しだけ近づき、その布を置く。


 四台の犬ぞりは、ここを立ち去る準備を終えた。


「ありがとう友よ……だが、もう人間に近づいてはいかんぞ。達者で暮らせよ」


 犬ぞりに横たえられた老人は、シロクマに向かってそう言った。


「それじゃヨーナス、エッベ、案内を再開してくれ……じゃあな、シロクマ」


 私もまだ岩場の隅に居るシロクマにそう言って、狼犬のエレーヌに出発するよう合図する。


 犬ぞりが再び雪原を走り出す。

 しばらくして少し振り返ってみると、シロクマは岩の窪みを出てこちらを見送っていた。

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本作はシリーズ四作目になります。
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マリー・パスファインダーの冒険と航海
― 新着の感想 ―
[一言] 何そのシロクマ!可愛い!!
[良い点] もりもり進んで嬉しい。
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