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カーリン「ヨーナスもエッベもまるで大人みたい」ベルタ「あんな働き者じゃなかったのにね」

「お遅かかったたたな船長、ももういいののか」

「不精ひげ!? 何でここで待ってたんだ、船で待ってたらいいじゃないか、寒いのに……」

「だだったら次からはそう一言言ってから出掛けてくくれると助かる……」

「ああほらオール貸して! ヨーナスとエッベはその小さいパドルで漕いでくれ」

「アイ! キャプテン!」「かしこまり!」

 フォルコン号はフルベンゲンの岸壁に横付けさせてもらった。ここは波も静かで流れもほとんど無い。そしてまあ、今の所訪問者は我々だけだ。


 みんなでやる程の物量では無いが、全員でフルベンゲン向けの荷物と残りの毛織物の商品を埠頭に降ろす。雪はまた勢いを増して来た。

 荷物を半分くらい降ろし終えた所で、村から応援が来た。二輪の台車が二台、男手が……五人だけどハイディーンさんも含め皆さん高齢者のような気が……


「男達の殆どが出払っていてな。普段はもっと若い奴も居るんだよ」


 ハイディーンさんによれば、村人達は季節に合わせた仕事をする為ここを起点として方々に小屋やテントを建て、それを行き来して暮らしているのだと。

 兄弟の母で今は乳飲み子も抱えているアネッテさんは村に残っているが、兄弟の父ボリスは北へ40kmばかり離れた所にある前哨基地のような所に居るらしい。


 とにかく、フォルコン号はコルドンのイプセン市長から頼まれたフルベンゲンへの約束の物資の配達任務を達成した。報酬は私が食べた鹿のシチューだけだった。


「ああ、手紙もだいぶ来てるようだな、これを楽しみにしてる奴もたくさん居たんだ。ありがとう、フリデリク船長」

「だから礼ならヨーナスとエッベに言ってくれ、あの二人のおかげで僕はここに居るんだ」


 私は荷卸しを一生懸命手伝う二人の少年を指差す。しかしハイディーンはそれでもかぶりを振る。


「本当に申し訳ない、俺としては二人のした事に納得してるし、こういう結果になった事には感謝もしている、だけど彼等をどう思うかは、村の他の男達一人一人の自由なんだ」

「僕にその男達を説得させてくれないか」

「そうは言っても、皆方々に散らばってるからなあ。次に全員集まるのは年越しの祝いの時かな」


 私が勘違いしていなければ今日は12月1日。うーん。今から丸一か月もここで待つ訳にも行かない。どうしたものか。




 私達は荷車について再び村に向かう。荷車はこれから何往復もして荷物を全部村の倉庫に運ばなくてはならない。これは村人がやってくれるけれど、不精ひげにも手伝って貰おうか。

 ロイ爺とアレクとアイリさんには毛織物の取引を、ウラドには通訳を御願いしよう。カイヴァーンとヨーナスとエッベはコルドンからの荷物の仕分けだ。


 村の倉庫にはハイディーンさんの言う通り、村で留守番をしている人達が、主に女の人が集まっていた。お年寄りからエッベより小さな子まで……皆一様に少しわくわくしているような様子をしている。

 そして私が配達物のコンテナを開けようとするや否や。


「あの子からの手紙! 来てるんだろう、どれだい? どれなんだい!?」

「お姉ちゃんから荷物は来てない!? ねえ早くみせて!」

「おばさんが小包を送るって約束してたのよ、来てるわよね!?」


 たちまち殺到する村の女達に揉みくちゃにされる。


「待ってくれ、一つずつ調べて渡すから!」


 私がそう言ってもがいていると、荷物の整理をしていたヨーナスとエッベが駆け寄って来て、村の女達を私の周りから押し退ける。


「皆下がって、船長がちゃんと調べて渡すから! 荷物はもうここに届いたし逃げたりはしない、楽しみはとっておきなよ」

「仕事の邪魔だから大人しく待てって! 先に向こうで新しい毛織の服でも見てろ、アイビスで仕入れた最新の流行の服ばかりだぞ」


 ヨーナスとエッベは皆にスヴァーヌ語で何か言って、そのままクールに仕事に戻る。


「な……何よ大人ぶっちゃって、あんた達迷子だったんじゃないの」

「そうよ、ついこの前まで悪戯いたずらばっかりしてたくせに」


 ヨーナスやエッベと年の近い少女が……結構居るわね、十数人。二人を見てひそひそと何かささやき合っている。何を話しているのかはやはり解らないが、二人にはその声が聞こえているようだ……ますますクールな顔をしててきぱきと仕事を片付ける、大人の男を演じている。


 女の子達、急に大人びた二人の少年に困惑しているのかしら。

 何だかいいなあ。羨ましい。

 私もいつか、ヴィタリスの悪ガキ共に感心されてみたい……



―― えっ、あのいつも肥え桶を担いでたチビで泣き虫のマリーが船長になったんだって!?

―― たくさんの商売を成功させたんだって!? 掛け算が出来ないのを馬鹿にして悪かったよ!

―― コルジアの王子様ともダンスをしたって!? 凄いじゃないか、もう二度とチビでチンクシャでガラッパチのマリーだなんて言わないよ!



「ちょっと船長、暇ならこっちを手伝って! お客さん、ストーク語ならいくらか解るって。出来るのよねストーク語? ストークのフレデリク君ですものね?」


 アイリさんの声で私は我に返る。アイリさんは三、四人のお客さんに袖やら肘やら引っ張られてもがいていた。

 毛織物、スヴァーヌまで持って来て良かったな。内海の裕福な街に持って行った方が高く売れるらしいけど、こんな風に喜んで貰えるのは嬉しいものだ。




 取引と配達を終えた私達は再びホールに招かれていた。ヨーナスとエッベを含めフォルコン号の九人と一匹が集まった。


「名物の極光鱒だ、本当は今の時期はもっと大きくて太ったやつが獲れるはずなんだが、どうにも不漁続きでな……とにかく、食べてくれ」


 この食事は結局運賃を貰えなかったコルドンからの荷物の分のお礼らしい。そういう事なら遠慮なく頂戴しますかね。


 しかしこの極光鱒という魚、随分大きいように見えますけど……胴の切り身でこの大きさという事は、元の魚体は1m近くあったのでは? これで小さくて痩せている方だと言うのだろうか。


 そのスモークされた鱒の切り身に甘酸っぱい酢がかかっていて、これまた甘味の強い葱のサワークラフトが添えられており、何とも口福な味わいに仕上がっている。葱の香味が程よく和らげた魚の野生の香りが、滑らかな脂と共に口の中に広がって……ああ……生魚を大喜びで食べる猫になった気分……いや何か違うか……

 炙り身もある。大き目に切った極光鱒の身を串に刺し、目の前の囲炉裏で焼き目をつけ、豊かな脂がまだパチパチいってるやつをそのまま持って来てくれる。


「たまらないねこれは。あれ、不精ひげは半生の魚は苦手じゃなかったの」

「何でも駄目な訳じゃないぞ。極光鱒は前から知ってるんだ、この時期のスヴァーヌ海じゃないと食べられない贅沢品だ……なあウラド」

「うむ……運が良ければコモラン辺りでも食べられるが、アイビスで食べられる事はほぼ無いのではないか」


 この二人が自分の出自に近い話をするのは珍しい。極光鱒の味のおかげですかね。だけどこの味は確かに魔性を秘めてるわ……サラリとして香り高いこの脂には、人の警戒心を解かせるぐらいの魔力があるような。


 アイリさんが言う。


「私も初めてだわ……ねえ船長、この鱒って仕入れられないのかしら? アイビス人は食いしん坊だし、こんな鱒食べたらきっと夢中になるわよ」

「ハイディーンさん、この鱒は不漁だって言うけど、僕らに少しでも売ってもらう訳には行かないのか?」

「出し惜しみしてる訳じゃない、本当に無いのさ。獲れる時は食いきれない程獲れるんだが……奴等の群れはタラニシンよりずっと気まぐれでな。たくさん食べたいなら気長に釣り糸を垂れるしか無いぞ。ハハハ」

「船長、まだ船を出さないなら俺、釣りを始めてもいい?」

「僕もやろうかな……この鱒をもっと色んな料理で食べてみたい……」


 カイヴァーンとアレクの食いしん坊コンビは我慢出来ず、囲炉裏の前に陣取り自分達で極光鱒を炙り始めた。




 そして先程の取引の時も、この食事の間も。ヨーナスとエッベは村人からフォルコン号の乗組員としての扱いを受けていた。別段裏切り者と蔑まれたり、口も聞いて貰えないなどという事は無いようだ。

 ただ二、三、耳に入って来た言葉はあった。村の掟を破った二人には、後で処罰が下されるだろうと。


「やはり何か、表情は冴えんのう」


 二人に目を配っておくよう御願いしていたロイ爺が言う。

 困った。私の中での二人を村に帰す旅が終わらない。

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本作はシリーズ四作目になります。
シリーズ全体の目次ページはこちらです。

マリー・パスファインダーの冒険と航海
― 新着の感想 ―
[良い点] いつも飯の描写が美味い [一言] 極光鱒……こんな時間に読むんじゃなかった(涎
2020/04/27 02:00 海皇紀とか好きっ
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