シビル「艦長も副長も女じゃないか……アイビスに男は居ないのかッ!」
作中地図がまだ出来ていません……フォルコン号が向かう「グラスト」は地球の地図ですとフランス本土から西にピョコンとでたブルターニュ半島の先端あたりになります。
リトルマリー号は数時間で見えなくなった。帆を張り増したフォルコン号はその後も吹き続けた西風に乗り北北東へと飛ぶように進む。
私は船長になるまでヴィタリスの辺りを離れた事が無かった。行った事があるのはオクタヴィアンさんの工場や本屋がある隣町のバロワくらいだ。あとはレッドポーチに数回。船長になる前はそれが私の世界の全てだった。
船は泰西洋を横切って走っているので、全方位水平線か雲しか見えない訳だけど、本当はこの東にはアイビス王国西岸地域がある。
さんざん色んな国を回らせていただいた後でこんな事を考えるのもどうかと思うけど……アイビス西岸地域にも行ってみたいなあ。そこは同じ国なのに見た事の無い場所なのだ。内海に面したレッドポーチ辺りとは全然違った風土があるらしい。
それから二晩が過ぎ。進路を微修正しつつ進んだフォルコン号の行く手に陸地が見えて来る……フォルコン号の舳先は、ピタリと岬の先端を向いていた。
◇◇◇
グラストはアイビス王国最西端のグラーニュ半島の先の西に開けた湾内にある天然の良港だ。
そして海軍の街だと。湾の入り口は幅が2、3kmと狭窄していて、両岸の高台に大砲陣地があるんだとか。
しかしそれも仕方ない。ここから北に200km行くとレイヴン本土があり、そちらにはレイヴンでも指折りの大きな軍港、プレミスがあるという。
フォルコン号が湾の入り口に近づくと、そこにある石造りの塔の上で何か光った。それから少し遅れて、パン、パンという音がする。信号弾かしら。
すると湾外を哨戒していた、フォルコン号と同じくらいの大きさの武装したカッター艦が急旋回してこちらに向かって来る。ヒエッ!?
私達は慌てて帆を絞り減速する。
グラスト港で私達を迎えてくれたのは港湾役人ではなかった。
「アイビス海軍タミア号艦長、シビル・ル・ヴォーです。貴艦の所属と来航目的を承りたい」
私は朝から先程まで「船酔い知らず」の魔法のかかった、通称お姫マリーと自分の心の中では呼んでいる白いブラウスと赤いワンピースの組み合わせで過ごしていたが、海軍さんの来訪に備え、魔法はかかっていないがちゃんとした船長に見える、通称真面目の商会長服に着替えてこの会見に臨んでいた。今の所船酔いは気合で抑え込んでいる。
「お勤めご苦労様です。ロングストーンの商社、パスファインダー商会のフォルコン号です、ここには商取引の為に来ました。私は船長のマリー・パスファインダーと申します」
別に嘘をつく必要も無いので、私は正直にそう言った。
しかし、シビルさんとおっしゃる、お若い……と言っても私より3つくらいは年上だろうけど……金髪でそんなに背の高くない童顔のお兄さん軍人さんは、眉間にぐぐっと、皺を寄せた。
「この船はスループ艦ですね? それもパルキアで設計された最新型の物だ」
「ええ……パスファインダー商会がアイビス海軍より借り受けている船ですので」
「こんな威力偵察向きの船を、ロングストーンの商社が?」
「それは……その通りですけど」
「一対何故? 武装もろくにない、乗組員もろくに居ない、何故こんな運用を? このような新鋭艦はアイビス国民の権益を守る為に使用されるべきだ」
そんな事を言われても、こっちだってリトルマリー号を取り上げられて困ってるんですよ、と言いたいけれど私は気が弱いので言えない。
「申し訳ありません、でもアイビス海軍からこの船をお借りしているのは本当です、いんちきもしてないし……賄賂を送ったりもしてないです……」
自分で言っておいて何だけど、贈賄の話をするのは何となく後ろめたい。そのせいかどうしても視線が泳いでしまう……
「賄賂!? 賄賂が何ですって!? 今何とおっしゃいました!」
シビルさんが、端正な顔を歪めて激昂する。うわあ、この人贈収賄とか絶対許さないタイプの人だ。どうしよう、じゃあ私この人の敵じゃん。
「貴方が疑うから賄賂なんか贈ってないって抗議したのよ、そうでしょうマリー船長! アンタもこれ見なさいよ!」
そこへ。冗談で艦長室の額縁に飾ってあった私掠許可証を持ち出してアイリさんが乱入し、それをシビル艦長の面前に突き付けた。
「なっ!? 何をするんだ!」
「パルキアの海軍司令部が発行した、マリー船長を私掠船フォルコン号の船長と認めその立場をアイビス国王が保障するという私掠許可状よ! もしもこれも偽物だというなら、貴方がそれを証明なさい!!」
アイリさんは私がこの私掠許可証を持っている事を嫌っていて、そんな物返してらっしゃいと私を叱る事もあるのだが。
「し……私掠船……?」
「貴方が今考えてる事は解るわよ? でもこの子、南大陸のバトラ沖では東方艦隊に協力して海賊船を」
「アイリさん、そういうのやめて下さい」
私は何かを指折り数えだそうとしていたアイリを止める。
「あの、何処かに出頭しろとおっしゃるのなら何処なと出頭しますから、通航を許可してはいただけませんか?」
シビル艦長が途中で黙って、黙礼をしてボートで帰って行った後も、アイリさんは納得が行かないという顔をしていた。
「何で止めるのよ船長、教えてやればいいじゃない、貴女が仕留めた海賊船と、貴女の協力で仕留められた海賊船の数を」
「うちが本当に頑張って何とかしたのって、ガストーネさんを救援した時ぐらいですよ……だいたい何ですか、いつもはアイリさんが私の小僧ごっこを嫌がるのに」
「だって……見てよ、あれ」
うちみたいな小船が来ただけで臨検に飛んで来るんだから、グラスト港はどんなにピリピリしているのかと思いきや。湾内には様々な国の商船が堂々と停泊している。
特に目立つのはレイヴンの船だ。お上同士はあんまり仲良くないんじゃなかったのか。
アイビスの旗を立てたフリュート船とレイヴンの旗を立てたキャラック船が仲良く並んで、樽荷を次々と積み替えている。
「レイヴンの船だって堂々と通航してるのに。何でうちが止められるのよ」
「アイビス軍艦色の塗装をした新造艦が商船の旗を掲げてるのはおかしいですし、ル・ヴォー艦長が疑う気持ちも解りますよ。ロングストーンのいけ好かない商人が、賄賂を使ってアイビス海軍の船を横流しさせたのかと思ったんじゃないですかね」
港湾役人も軍艦とは別に居たようで、フォルコン号は港湾の中心部の大きな波止場に誘導されて行く。だけどここはちょっと嫌だなあ。周り軍艦だらけですよ。
「ここはワインを捌いたら、とっとと出て行った方が良さそうですね」
私は舵を取るウラドに近づいて言った。
「うむ……また船長に迷惑を掛けないようにしたい……」
ウラドの種族は海軍の水夫狩りに遭いやすい。強制的に海軍の兵士として連れて行かれるのだ。陸の上でも、船の上でも。
実際、私が船長になってからの短い間にも、一度そういう事があった。町の宿で一人で食事をしていたウラドは、海軍の艦長とその一味に見つかってその軍艦の上に拉致されたのだ。私は勿論、実力を行使してウラドを奪い返した。
波止場が近づくと、フォルコン号は艦首に跳ね上げブリッジを架けられ固定される。こうなると人間の乗り降りはしやすい。まあ樽に入ったワインは結局舷側から釣り下げて通船に載せる事になるのだが。
ともかく、フォルコン号はグラスト港に寄港した。新しい港、新しい世界……ワクワクしますよ! ここは今まで私が来た中では一番北の港だし、母国でありながら遠く縁が無かった地でもあるし、単に八日ぶりの陸地でもあるのだ!
「さあ、上陸しますよ! ロイ爺、太っちょ、とにかくこのいい感じのワインをどうしたら高く捌けるか考えないと!」