アイリ「意外と厳しい所があるのね、あの男」
新たな仲間? を加えたフォルコン号。まあ、家に帰すまでね?
船乗りとしての後輩が出来た事を密かに喜ぶマリー。
ウインダムの街は私が今まで見て来たどんな街とも違っていて、人間がこんな物を作れるんだ、という驚きを与えてくれそうな素敵な街なのだが。今回は上陸する暇が無かった。
飲用水を取り替えて、炭薪を多目に積んで……船の喫水線にはまだ若干余裕があるけど、アレクは冬の北洋を過積載で航走したくないと言う。だから結局追加の仕入れも無しだ。
「何せ出来れば冬の嵐には遭いたくないよね。船長、暖かく穏やかな海と程々の追い風を御願いします」
などとアレクは言うのだが、今の私はフレデリク君である……いや、マリーでも知らないよ、私天気なんて操ってませんよ、ほんとに。
「僕が天気など知るものか。それに海なんて、冬は冬らしく夏は夏らしくあればいいのさ」
ロイ爺とウラドが約束通りに戻って来た時には、フォルコン号の出港準備はほぼ終わっていた。当座の分の新鮮な食糧も改めて積んだ。
「何じゃ? ここで取引をして行くのではなかったのか?」ロイ爺。
「船長、その……今はフレデリク、なのか」ウラド。
「元々ウインダムには気まぐれで寄っただけさ。今太っちょが昔馴染みの仲買人に顔繋ぎの挨拶をしに行ってるから、彼が戻ったら出港だ。行き先はコモラン王国スヴァーヌ地方のコルドン、北へ1000kmってところかな。紹介しよう、この航海の臨時見習い水夫、ヨーナスとエッベだ」
副船長と操舵手に紹介されたヨーナスとエッベは海軍式の敬礼をしてみせる……やっぱり軍艦に乗せられていた時期があるのかしら。
そして二人とも、背の低い優しそうなお爺さんのロイ爺はともかく、筋骨隆々の青鬼、ウラドを見て震え上がっている。
「ヨ、ヨーナスです!」「エッベです!」
「うむ……まだ子供のようだが……お前達はスヴァーヌから来たのか?」
するとウラドが、私には解らない言葉で喋り出した。少年達もどうやら同じ言葉で応える。
「は……はい! スヴァーヌのフルベンゲンから来たの! 雪解けの頃にやって来た捕鯨船に忍び込んで、あの、コルドンに行けるかと思って!」
「村の外が見たくて! 二人で村を出て半年くらいになるの、その間色々な船にたらい回しにされて、最後はレイヴンの軍艦から脱走して、あの、俺達これからどうなるんですか!?」
ストーク語がちょっと話せる私だけが彼等と会話出来る、そんな時間は終わったようである……不謹慎だが残念だ。ちょっと優越感があったんだけどなあ。
「ウラドは彼等の言葉が解るんだね?」
「フレデリク船長。彼等は間違いなくスヴァーヌ語、それもかなり北方の方言で喋っている……そうなると色々……いや。彼等を水夫として訓練するなら、私が面倒を見よう。早速彼等に仕事を与えてもいいだろうか」
スヴァーヌ人の少年二人にとって、これは大変な僥倖だと思う。見た目は怖いウラドだが、中身は温厚でとても優しいのだ。
カイヴァーンも面倒を見るって言ってるもんね。あっちは言葉は通じないけど歳が近いし、以前カルメロ君を乗せていた時は大変いい兄貴として慕われていたそうだ……カイヴァーン、早速二人のハンモックを第一船員室に移してるわね。
何というか、ツイてますね、この子達。盗み食いに入った船がフォルコン号で良かったじゃない。
「それでは早速、甲板掃除から始めて貰おう。ちゃんと綺麗になっていなかったら食事抜きなので、そのつもりで」ウラドが何か言った。
「ヒッ……りょ、了解ッス!」「がが、頑張ります!」二人が応える。
アレクも程なく挨拶を済ませて戻って来た。
ウインダムの街には未練があるけど、帰りにまた来ればいいのだ。
見習い水夫ヨーナスとエッベを加え九人と一匹となったフォルコン号の、出航の時間である。
「それじゃ不精ひげ……」
おっといけない、いつもの調子でやろうとしてしまった……行き掛り上、コルドンに着くまで今回の私はフレデリクで居る事になったらしい。
水夫の皆やアイリは呆れてるけど、少年達にとってはストーク語を話すストーク人船長、フレデリク君はヒーローとして目に映っているのではないだろうか。
そんな少年達がガッカリするかもしれないじゃないですか、実はアイビス人のお針子の小娘が船長でしたー、なんて言われたら。
少年達が乗っている間は、フレデリク船長としてかっこよく船を仕切ろう。私は密かにそう心に決めた。
「どうしました、フレデリク船長」不精ひげ。
「いや、そうだな、キャプスタンを見習いに巻かせたらどうだろう」
「アイ、キャプテン。ウラド、見習いに抜錨させてくれ」
「了解。さあお前達、仕事だ」ウラド。
折角乗っていただくのだ。少年二人にはたっぷり水夫生活を楽しんでいただきたい。実はフォルコン号はお金を払って乗ったカルメロ君まで水夫見習いとしてこき使った情け容赦のない船なのである。
「腕で押すのではなく、腰で押すんだ。絶対に手を離さないように」ウラド。
「うちの見習いはパウダーモンキーより仕事が多い。気を抜くなよ」私。
フォルコン号は問題なくウインダムを出港し、まずは大干潟を北へ向かう。風は西寄り、ほぼ9時方向に変わっていたが、フォルコン号にはどうという事の無い風だ。
ウラドは早速舵をアレクに預け、少年達にロープの結び方を教えている。水夫の仕事の基本の一つで、私も前にロイ爺から習った。
やがて少年達がロープワークに飽きて来たと見るや、先程中断していた甲板掃除の続きをさせる。あれの次は見張りかしら。ウラド先生、中々容赦が無い。
「あの、フレデリク……船長」
私が艦尾楼の上で短銃の掃除をしていると、航海魔術師のアイリが遠慮がちに声を掛けて来る。
「船に盗みに入るのは悪い事だけど……貴方はあの子達はただの迷子であって、盗人の悪党ではないと判断したんでしょう? それなら何も、あんなに厳しくしなくたっていいじゃない。貴方もウラドも、私には全然厳しくなかったわ」
「村から誘拐されたとかじゃなく、自分で飛び出して迷子になるような腕白坊主だよ、あのくらいでいいのさ。仕事を覚えて自信をつけたらどんどん生意気になるぞ、きっと」
私がそう言って笑うと、アイリさんは少し引いたような顔をして二歩後ずさりする。
「フレデリク君って……時々大人みたいな事を言うのよね……」
「多分、僕の方がアイリさんより育ちが悪いんだよ」
「貴族の四男坊が何言ってるのよ」
私達がそんな話をしていると、珍しく不精ひげが自分から近づいて来て言う。
「あいつら、パウダーモンキーはやらされてたと言ってたろ? パウダーモンキーなんか普段は船の事なんか何もさせて貰えないんだ。動索なんか触っただけで怒鳴りつけられる。水夫見習いになるのだって普通はそこまで簡単じゃないんだから」
「だけど、あんな小さい子を働かせなくても……」
ちょうどアイリさんが不精ひげにそう抗議し掛けた時。
「俺が登るから! 見張りは俺がやるからお前は休んでろよ! あははは」
「ずるいよヨーナス俺も登るったら! 見せて! 俺にも望遠鏡!」
まだ不慣れそうによろめきながら、二人の少年は笑い、見張り台へと登って行く。言葉は解らないけど、二人ともそれなりに仕事を楽しんでるようだ。
私と不精ひげは思わず、顔を合わせてにやけてしまった。
「はいはい……船乗りの男の流儀なのね。お邪魔して悪かったわ」
アイリさんは呆れ顔でそう言って、踵を返し去って行く。いやその……私は単にヴィタリスの悪ガキ共もあんなだったからそう思うだけで……何だかすみません。
実際小僧共は昼過ぎにもなると、一端の水夫のような面をしていた。
「船長! 俺達もう何でもいちにんまえ、海のなまこ」
「任せてくりきんとん」
着せてやった新しい毛織の服の袖をまくり、腕組みをして胸を張る小僧共。
「そうかい。じゃあもっと色々な仕事をしてもらわないとな」
風は7時方向に変わっていて、いい感じで吹いている。干潟は波も穏やかでうねりも無い。しかし、この辺りでこの様子という事は、干潟の外は結構なうねりがあり、強風が吹いていると思われる。