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ヨーナス「めちゃうまいかそうめん!」エッベ「すごくおいしいたけふらい」

また始まった謎の貴公子ごっこ。

しかも今回は怪しいストーク語で喋るフレデリク君。

 私は再び艦首楼の上の椅子とテーブルの所に戻っていた。二人には第二船員室に居るように言って来た。


 子供とはいえ、船に忍び込もうとして来た人間をそのまま置いておくのはどうかとも思うが……何せぶち君が彼等に入れ込んでるのだ。

 猫のする事を信じるのも正気じゃない気がするけど、ぶち君の人を見る目は私以上に鋭い気がするんですよねぇ。


 妙に気の大きくなった私はウインダムの街の灯を眺めながら、本物のワインを少しいただく。


 月の姿が無いので灯の無い所は暗く、その分街は干潟と低地の中に浮かび上がって見える。新月は三日後くらいかしら。

 いつかぶち君が新月の夜は勘が冴えると言っていたような……いや言う訳無いわね。言ったっけ?

 前の新月の夜って何してたっけ……サフィーラだ。私、昼間怒らせちゃったエステルにどうしても会いたくなって、ボートを出して一人で街に行ったのだ。その時にぶち君がついて来て、ボボネもエステルも見つけてくれた。

 ハマームでトリスタンを待ち伏せしてた時に、真っ先にぶち君が気づいてくれた、あれも確か新月の夜。


 いやいや、まさかねぇ。猫ですよ、猫……そう思っていると、そのぶち君が甲板に上がって来た。あれ。二人はもういいのかしら。聞いてみようか。


「二人はもう寝たのかい?」

「オアァ」

「疲れていたのかな。ハンモックが苦にならなければいいが」

「……(ポリポリ)」

「なあ、どうして君は彼等の肩を持とうと思ったんだ?」

「……(フアァァ)」ごろん。


 ぶち君はそのまま、艦首の舷門の前に丸まって眠ってしまった。やっぱり猫は猫だよ。

 ぶち君は抱っこもさせてくれないし、一緒に寝てもくれない、ただのつれない猫である。柔らかいブラシを掛けるのは、喜んでくれるんだけど。



 ロイ爺とウラドは陸に泊まる事にしたようだが、他の酔っ払いは午後10時頃にまとめて帰って来た。


「あれ、船長まだ起きてたの? ここわりと治安いいから見張りは大丈夫だよー」

「他に誰も居ないから心配で寝れなかったのか? 留守にして悪かったな、もう安心して眠っていいぞ」


 アレクと不精ひげはそんな事を言う。私は黙ってうなずくだけに留める。


「晩御飯食べた? 陸に泊まろうかとも思ったけどやっぱり帰って来ちゃった。明日の朝の食材も買って来たわよ」

「やっぱり姉ちゃんも来れば良かったのに。ウインダムのスパイスステーキめちゃくちゃ美味かったぞ」


 アイリとカイヴァーンもそんな様子だ。皆さんご機嫌ですね。私は黙って頷くだけに留める。

 酔っ払い達はそのまま船員室や士官室に別れて立ち去る……と思いきや、アイリだけもう一度戻って来た。


「ちょっと待って? 貴方何でフレデリク君なの?」

「小娘が一人で留守番よりは小僧が一人で留守番の方がいいだろう? 気にしないで早く休むといい」


 アイマスクと帽子をつけたままの私がフレデリク声で答えると、アイリさんは少々怪訝(けげん)そうな顔をしていたが。


「そ、そう……余り根を詰めないでね、フレデリク君……それじゃあ、おやすみ」


 ぶち君は皆が通る間だけ起き上がって舷門の脇に避けていたが、皆が甲板を去るとまた舷門の前で丸くなる。



 夜半過ぎには私も艦長室に戻り仮眠を取った。

 ぶち君は一晩中舷門の前に居たようである。



   ◇◇◇



 翌未明、私は東の空が白む頃に目覚めた。山村で様々な野良仕事をして来た私には、自分が起きたい時間に起きられる機能がついている。

 簡単な身支度をしてマスクと帽子をつけ直した私は、足音を忍ばせ第二船員室に向かう。


「二人とも。起きろ……静かにだ」


 二人の少年はハンモックの上で毛布を被って寝息を立てていたが、私が小さく声を掛けると速やかに起きてくれた……恐らく二人とも普段から緊張の中で寝起きしているのだろう。私は二人を連れて甲板に上がる。


「君達も身支度をしろ。ここに真水で濡らした手拭いがあるから。上着を脱いで身体と顔を綺麗に拭え」


 私のでたらめストーク語はあまり伝わらなかったと思うが、私が何をさせたいのかはしっかりと伝わったようである。年上のヨーナスは泣きそうな顔をするし、小さいエッベは実際に半泣きの顔になった。


「綺麗にすれば朝飯を食わせてやる」


 私は心を鬼にして、両手を腰に当てて精一杯凄む。今の彼等には清潔感が必要である。

 さっきまで毛布にくるまっていた起き抜けの体を濡れ手拭いで拭くのは辛い事らしい。私は昔から毎朝当たり前のようにそうしているので平気なのだ。


「ひいいっ……さむいっ! さむいぃぃ」

「もうゆるして、さむい……しぬ……」


 人聞きの悪い事を言わないでいただきたい。

 さて……彼等の服は毛皮で出来ていて部分部分は暖かそうなのだが、気密性がなってない……しかし今はちょうど私とアイリさんが暇に飽かせて縫いまくった毛織物の服がある。


「毛皮の下にこれを一枚着るんだ」

「……新しいふぐ」

「……着ていいの?」



 そこに、フォルコン号の航海魔術師にして料理長のアイリさんは、士官室の扉を開けて這い出して来た。


「マ……フレデリク……船長? その子達は?」

「密航者に決まっているじゃないか。見るのは初めてかい?」


 私はだいぶ以前にアイリさんに言われた台詞をアレンジして口に出した。

 半歩下がったアイリさんはお尻を操舵輪の取っ手にぶつけ、軽くうずくまる。


「船長、どういう事なの」


 気を取り直したアイリさんが迫って来る。


「とりあえず、この子達にも朝食を作って欲しい、僕と同じ物を頼むよ」




 フォルコン号の中で交わされる言葉はアイビス語なので、少年達には解らないらしい。しかし彼等は私の怪しいストーク語に従い、会食室で大人しく朝食が出て来るのを待っていた。

 その間にカイヴァーン、アレク、不精ひげも順番に起きて来て、順番に驚いた。



「ヨーナスとエッベだ。昨夜、寝床と食べ物を目当てに船に忍び込んで来た所を僕とぶち君で捕まえた。故郷はスヴァーヌのフルベンゲンという町なのだが、冒険ごっこをしていたらそのまま本当の冒険になってしまい、帰れなくなったらしい」


 少年二人はやはり私のアイビス語が解らずポカーンとしていた。船の皆は……まあ、やっぱり呆れるわよね?


「ガレット、お口に合うかしらね」


 アイリさんは焼きたてのガレットをヨーナスとエッベの前に置く。今朝はレタスとチキンとすりおろし野菜をたっぷり巻いてある。

 そこにチーズの固い所を薄く削ったやつをこれまたたっぷりふりかけて食すと美味いのだが……少年達はチーズをちょっとしかかけない。


「俺もこいつも姉ちゃんに拾われたクチだしなあ。何も言えないよ。船に乗せるなら俺が面倒見ようか?」


 カイヴァーンは膝にのせたぶち君の頬やら腹やらいじり回しながら言う。ぶち君、カイヴァーンには大人しくいじられるんだよなあ。それとカイヴァーン、この子達を船に乗せたがってるのは私よりぶち君なんですよ。


 アレクはいくつかの言語で少年達に話し掛けてみる。アレクは広く浅く色んな言語を使えるんだけど、この少年達に通じる言語は無いようだった。


「レイヴン語もだめみたいだね……これだと他の船じゃあまりまともな仕事は貰えないだろうな……船長はこの子達と話せるんだ?」

「勿論。僕はストークのフレデリクだよ? 彼等はストーク語は少し解るようだ」


 船乗り達とアイリが細目で私を見る。この前ロヴネルさん相手に必死で僅かなストーク語の知識を駆使した結果、私は自分が少しだけストーク語が話せる事に気付いたのだ。


「それじゃあフレデリク(・・・・・)船長、次の目的地はスヴァーヌなのか?」不精ひげ。

「今の積荷は全部毛織物、ウインダムで売ってもあまり儲からないからね。迷子を返すついでに、ちょうどいいじゃないか」


 少年達は私達大人(・・)の会話を他所に、焼きたてガレットに夢中でかぶりついていた。ただでさえ美味しいアイリさんの料理である。久々の御馳走がこれだったら、彼等の感激は如何ほどのものだろうか。



 こうしてフォルコン号はグラストから寒さを避けてロングストーンに戻るどころか、ウインダムからさらに北洋を北に渡ったスヴァーヌ地方へ向かう事になった。後にして思えば、アイビス南部の内海沿岸地方育ちの私はこの時、晩秋から冬の始まりへと向かう北洋の気候を完全にナメていた。

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本作はシリーズ四作目になります。
シリーズ全体の目次ページはこちらです。

マリー・パスファインダーの冒険と航海
― 新着の感想 ―
[良い点] ぶち君……カイヴァーンとのセットが本当に好きです。 しかも出しゃばらないさじ加減も最高。 [一言] 北の海に行かれるのですか。 自室が寒いので、皆さんと同じ境遇で震えられそうです(笑 強風…
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