猫「広い世界を見たかったと! その気持ち、拙者もよく解る! 娘! この若者達に力を貸してやれ!」
この世界の人々は様々な言語で喋っています。従来この作品ではそれを全て日本語に変換して御送りして参りました。その為、読者の皆様には解るけれど、登場人物には解らないという状況が生じる事があるという事は、以前も御案内させていただきました。
今回の物語ではそれとは違った、「登場人物Aは真面目に喋っているのだが、登場人物Bにはまるでこう言っているかのように聞こえる」という表現が出て参ります。
ブリッジを渡って来た二人の盗賊。後ろの一人にはぶち君が後頭部から奇襲を掛け、そちらに気を取られた隙に私が上からもう一人に短銃を突きつけて制圧した訳だが……
「ひっ、ひいい、おしまいだ」
「もうだめだあ、俺達檻の中だ」
「檻ならまだいいよ、きっとまたパウダーモンキーだ」
「あれは嫌だ、あれは嫌だ」
二人の盗賊はどう見ても私より年下の少年だった。12歳くらいかしらね。雰囲気的にぶち君が組み付いた丸顔の子の方が一つ年下という所か。
二人共腰に道具を提げる為のベルトをしていて、それぞれ短剣らしき物を提げている。幸い、二人共それを抜く事もなく膝をついてくれたのだが。
ていうか、降りろと言ってるのに何で跪くんですか。
「お前達、アイビス語は……」
私はフレデリク声で呼び掛けてみるが、どうも通じないらしい。私も向こうの言葉が解らない。パウダーモンキーがどうのという所だけは解ったけれど。
パウダーモンキーというのは軍艦に乗り組み雑用を行う少年の事だ。小さな体を利用して水夫や大砲の間を駆け回り、火薬を運ぶからそう呼ばれる。
ここはクラッセだけど、二人はクラッセの子供ではなさそうだ。二人共毛皮の上着を着ている……何となくだけど、この子達はレイヴンやファルケでもない、もっと北から来ているような気がする。
「ストーク語。解るか」
私はそう言ってから後悔する。この子達がストーク人で怒涛のストーク語が返って来たらどうするのか。その時は……ああ、私がフレデリクと名乗らなければいいのか。
「命はすけとうだら!」
「ゆるしてくりーむぱん!」
ふざけてるのか私の耳がおかしいのか解らないが、二人は確かにストーク語でそう言ったように私には聞こえた。
「君達の名前。どこから来た」
私はまるでストーク語が苦手な人の為にわざとそうしてるかのように、ゆっくりと言った。
「フルベンゲン! スヴァーヌのフルベンゲンのヨーナス!」
「エッベ! 同じ、フルベンゲンのエッベ!」
ヒッ!? 突如二人の少年は食い気味に身を乗り出しそう言い合う。
私が半歩下がるより前に私と少年達の間にぶち君が割って入り、背中の毛を大きく膨らませて二人を威嚇する。
二人は少し下がるが、まだ私をじっと見ている。
「……僕はストークのフレデリク・ヨアキム・グランクヴィスト」
私はつい、そう言ってしまった。
「ストークの人! 俺達かれいないさざえ!」
「すけとうだら! もうお腹がからぴりあ、新弟子舞うほるもん!」
あらためて船を降りろと言っても降りないし、問答をしていても埒が開かないようなので、私は二人を会食室に連れて行きそこに座るように言う。ぶち君がついて来て二人を見張っていてくれているようだが、効果の程は解らない。
船の厨房にはアイリさんが作っておいてくれたパエリアの残りがある。私が明日の朝食べようと思っていた分だが仕方あるまい。スープもあるけど、こっちは温めてやろうか。
竈に火を……なかなか火口が点かない……アイリさんがやると一瞬で点くのに。
「食べるといい。好みじゃなくても」
「あ……ありがとう! 優しいアニキ!」
「美味しい! お腹しまわせ!」
私のストーク語もどう伝わってるか解らないが、彼等もストーク語は苦手のようだ……さて。
スヴァーヌは確かここから北洋を北に渡った所にある地域だ。ストークから見ると西隣で、国としてはコモラン王国に属しているはず。彼等はそこから来たのか。
パエリアは少年が二人で食べるには少なかったので、残り物のバゲットと塩漬け肉を鍋で炙り、温めたチーズを添えた物も出してやる。フレデリク、男の料理だ。
「何故、故郷を離れた? 君達は誰かに連れ去られたのか?」
二人の食事が少し落ち着いて来た所で、私は尋ねる。二人は少し顔を見合わせるばかりで、答えない。
「いつも泥棒をしているのか。今までに何件やった」
私が少しきつい調子でそう言うと、二人共慌てだす。
「ど、泥棒は、どうしてもお腹がからぴりあ、船に忍び込んでつまみぐいねずみ」
「お金は盗んでないあがら、甲板の隅に落ちてる甲板食べる」
「……でもほとんど毎晩つまみぐいねずみ」
「……俺たち檻に入れて海にちゃぷちゃぷねずみ?」
鼠は町では疫病を媒介すると言われて大層嫌われており、捕まえると籠に入れ、丸ごと川に沈めて始末したりする……あれは見ていて気持ちのいいものではない。
人間というのは時に残酷なもので、町で疫病が大流行したりすると、流れ着いた異国の浮浪児などを鼠同然に処刑したりする事もあるという。
しかしそんな事がいつも起こる訳ではない。ウインダムは安定した豊かな町だし、こういう子供も司直に預ければ良いように取り計らっていただけるのではないだろうか。
「そんなひどい事はしない。役人にちゃんと頼んであげるから」
私がそう言うと、二人はがっくりと肩を落とす。私のストーク語、一応通じているのね。だけど食べる手を止めてまで落ち込まれると、私も少し胸が痛む。
役人に頼むと言ってもどうだか……教会に連れて行く方がいいかしら。彼等なら適切な寄付金を払えば二人をスヴァーヌ行きの船に乗せる所まではやってくれるだろう。
「……広い世界が見たかにぴらふ」
蟹ピラフ?
「フルベンゲンの掟、村人は村を出てはいけない。だけど俺らの先祖はばいきんまん、七つの海を駆け巡る海のなまこ!」
「俺も! 海の彼方を見たかにぴらふ! マルクトの船に忍びねずみで村を出たんぼ。だけど俺たちはこもど、冒険には早かった。俺たち、村の外では何もできなかったんぼ」
この子達が何を言っているのか解らないけれど、何を言っているのか解った気がする。これはつまり、スケールの大きな迷子ですね。冒険ごっこをしてたら本当の冒険になってしまい、遠い異国に来てしまった。もう家に帰りたいけど、どうやって帰ればいいか解らない。
「解った。君達の故郷はスヴァーヌのフルベンゲン、お父さんやお母さんはそこに居るんだな?」
「……うん」
二人は頷いた。
「とにかくその食事は遠慮なく食べて。悪いようにはしないから。役人にちゃんと話して、君達が無事に故郷に帰れるよう頼んであげる」
二人は顔を見合わせる……これは私の怪しいストーク語がまともに伝わってない感じだ。ちょっと複雑な事を言おうとするとこうなるのか……
「大丈夫、役人、怖くないから」
私はなるべく単純な言葉を選んで告げる。二人は……少し怯えた表情を見せる。
「大丈夫だから」
私が彼等の一人の肩に手を触れようと近づくと。
―― シュタッ!
いつになく真剣な表情の? ぶち君が、私と彼等の間に立ちはだかり、私の顔を見上げる。
私も、ぶち君の顔を見つめる。
……
マジすか?
二人の少年は顔を見合わせ、小さな声で何か話していたが。急に、凄い勢いで残りの食ベ物を腹に詰め込みだす。
「待て、待て! 急にどうしたんだ、ほら! 喉につまるからこれ飲んで!」
私は急いでタンカードに飲用水を注いで渡してやる。二人は目を白黒させながら急いでパンを腹に収めようとしている。何で?
「ありがとう、優しい、アニキ」
「あの、できれば、役人よぶの、少しまって、たべおわるまで」
「泥棒ねずみ、して、ごめんなさい」
ぽろぽろと涙をこぼしながらパンを貪る少年二人。ぶち君は彼等の方を見ていたが……また、私の方に向き直り、目で訴えて来る。
「ゆっくり食え! 解った、役人は呼ばない、君達の事は僕に任せろ!」
二人は役人を恐れているようだ。以前に何かあったのかもしれない。二人はそれでも役人に突き出される事を覚悟して、最後にこの食事だけは食べてしまいたいと思ったらしい。
一方ぶち君は……二人の言葉の何かに心を動かされでもしたのか、急にこの子達の味方になってしまった。