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二日酔いの男「ううう……気持ち悪い……へ? 恩赦ですって? あの、もう少しここに寝てちゃだめですかね」役人「やかましい! とっとと出ろ!」

今度こそこの港を離れよう。

グラストはあまりいい所じゃなかったよ。

この話も三人称で御願い致します。

 フォルコン号船長、マリー・パスファインダーが船に戻ったのは14時過ぎの事だった。彼女の様子は船員達の目には普段と変わりないように見えた。


「遅かったね船長、また港の方が騒がしかったけど、大丈夫だった?」

「大丈夫じゃないですね、あれでまた出港許可が延期ですって……一応、16時には出ていいって言ってましたけど」


 主計長の太っちょアレクの問いに物憂げに答えたマリーは、そのまま艦長室ではなく会食室へと向かう。


「アイリさーん。アイリさん居ますか?」

「やっと戻って来たわね! 何してたのよ、出港許可を貰いに行くって言ってたのに」

「その出港許可を貰いに行ってたんですよ……色んなとこたらい回しにされて大変でしたよ。それでさっきの騒乱のせいで、調べが終わる16時までどんな船も出港するなって!」


 マリーが会食室の席に座ると、アイリはフォルコン号のかまどに火を入れる。航海魔術師のアイリは他人が見ていない時はこっそり魔法で竈を加熱しているが、その事は船長も乗組員も誰も知らない。

 やがてグラスト風の魚介鍋と、今焼き上げたような香りと柔らかさのバタールがマリーの元にやって来る。


「それで? お腹は空いてるのね?」

「当たり前ですよ! 外では我慢してたんです、ガレット一つしか食べてないよ、いただきまーす!」


 アイリは、がつがつと食事にありつく幼い船長の隣に座り、餌を頬張る動物を見るような目でマリーを愛でる。


「海軍だの役人だのに、意地悪な事言われなかったんでしょうね?」

「モグモグ……お察しの通りですよ、もう。早く次の港に行きましょう!」

「そう……そうね! デザートにリンゴのタルトもあるわよ、食べる?」

「はい! いただきます!」

「ねえマリーちゃん? 今日は危険な事して来なかったんでしょうね?」

「するわけないじゃないですかそんな事! 意地悪しないで、早くくださいよ、リンゴのタルト!」



   ◇◇◇



 それから二時間近く後。寄港中のグラスト北洋艦隊旗艦アソシアシオン号の提督室を、ユロー枢機卿が訪問していた。


「体を悪くしたと聞いたが。大丈夫かね?」

「申し訳ない枢機卿。本来ならば私がラビアン沖で哨戒任務に当たっていなければならないのですが、持病の痛風が痛みまして……任務は若いルブラン少将に代わってもらいました」


 北洋艦隊のデュマペール中将は極めて低姿勢に、枢機卿を迎えていた。


「勿論、私は軍人ではないので……ラビアン沖の哨戒任務さえ間違いが無いのなら、海軍がどんな人員を都合しようと、申し立てをする立場では無いのだが」

「いえ、勿論です、北洋第二艦隊がルブランを提督として哨戒任務に向かったという報告は、正規のルートで王都の海軍総司令部に御送りしております」


 デュマペール中将の家は伯爵位を持つ貴族でもあり、この周辺の大領主である。中将本人は爵位を受け継いではいないが、彼の家とグラスト海軍とグラスト港は古くから続く一綴りの軍閥であり、その実態には前近世的なものがあった。


 ユロー枢機卿は、その事を憂いていた。


 痩せた国土を持ち農作物も木材も自前で十分に用意出来ない貧しかったレイヴンが飛躍的発展を遂げたのは、法の整備と徹底した合理化によるものだった。

 レイヴンとアイビスでは国の事情が違う。アイビスがレイヴンに負けない強い国となるには、絶対王政による富国強兵の道しかないと、ユローは考えていた。

 最前線の海軍基地であるグラストが旧態依然の、伝統だの誇りだのを盾に中央からの指示を無視したり歪めたりする、このような様ではレイヴンには勝てないと。


 ユロー枢機卿はグラストの軍閥を解体しようとしていたし、デュマペール提督にもそれは解っていた。

 そして現実問題として、国王がどうしてもそうすると決めたなら、グラスト海軍の解体は避けられないだろうという事も、両者には解っていた。


「市民の反対運動も……日毎に激しさを増していると聞きますが」


 ユロー枢機卿はただの聖職者ではない。国王の信任も厚く中央では国民人気も高い。遠からず宰相に指名されるという噂もある、有力政治家である。


「え……ええ……先程も騒ぎが起きたようです……お見苦しい所をお目に掛けてしまい残念ですが、グラストは遠い昔この港が軍港として開かれた頃からずっとこうなのです。市民と軍人、程よく息抜きをしながら、上手くやってきたのです」

「息抜きでは……困る」


 枢機卿があくまで穏やかな眼光を提督に向ける。提督はやや目を伏せる。


「そうした市民が声をあげる権利を認め、甘やかした結果がアイビス全土を巻き込んだ内戦、改革派戦争なのです。諸外国はアイビスの弱さに付け込み、アイビスの内外の富を奪い、我らが国土は疲弊し国民は苦しんだ。もうあのような事があってはならない」

「ええ、解ります、勿論、今後は市民に暴動などは許しません、司直は煽動者には必ずや法の裁きを与えるでしょう……ところで」


 デュマペール提督は顔を上げる。


「あの、うちの艦長を助けて下さったそうで……国王に対する大逆罪ですから、速やかに処罰せよと。そして今、市民が暴動を起こすのなら、国家として毅然とした態度を見せる為にも、彼等の前で公開処刑せよと……そういう次第で、憲兵が準備した物でしたが」


 枢機卿は視線を逸らす。あの公開処刑の準備を整えたのはグラスト港の海軍司令部ではあったが、暗にそれを指図したのは他らぬ枢機卿であった。


「冤罪であるという事が解ったので……取り消させました。そういえばあの者は……何と言いましたかな」

「シビル・ル・ヴォー」

「いや……そちらではない」

「はて、ル・ヴォー艦長はとうとう他に誰の名前も明かしませんでした。彼の嫌疑は晴れた訳ではありません、今後はただの衝突事故責任者としての取り調べになりますが」


 枢機卿は再び提督に視線を向ける。


「あの女性……マリー・パスファインダーというのは、貴方の艦長ではないのですか?」

「マリー……? ははは、グラスト海軍に女性の艦長は居ません、これまでも居なかったしこれからも居ないでしょう、海は男の戦場です、女にはとてもとても」

「……レイヴン海軍には女性の士官も居るそうだが。そんな事を言っていて、レイヴンといつまでも互角に戦えるのですか? 如何でしょう。これを機にグラストの海軍も……新時代に相応しい、強い海軍へと生まれ変わる事にしては……」


 デュマペール提督はがっくりと肩を落とし、溜息をつく。


「それも必要な事なのかもしれません。今回の事で身に染みた者は多いでしょう、このままではいけないと……我々には足りない物があったのだと」


 そこへ。誰かが提督室の扉をノックする。程なくして、アソシアシオン号の士官候補生の一人が顔を出す。


「提督、時間です。甲板へ御出座おでましいただけませんか」

「御苦労、オリオン君……ははは、中将だ提督だと言っても、私もまだ一介の海の男、しなければならない仕事がありまして。枢機卿猊下、こちらでお待ちいただいていても宜しいでしょうか、何、すぐ済みますので」


 デュマペール提督は立ち上がり、提督室を出て行く。



 甲板には全ての士官、海兵隊員、水兵が整列していた。

 旗艦艦長のタイニャックが敬礼する。


「各艦、全ての準備が整いました」

「ふむ、私の出番を取っておいてくれてありがとう」


 士官候補生の列の間から小さな笑いが起こるが、すぐに止む。

 デュマペールは舷側から湾内に向き直る。


「我ら全てのグラスト海軍将兵の親友!! フォルコン号、マリー・パスファインダー船長に、敬礼!」




 暮れゆくグラスト軍港で、一隻のスループ艦が抜錨し展帆するのと同時に、それは始まった。


「礼砲! 撃ち方始めーッ!!」


 タイニャック艦長が号令するとアソシアシオンの砲門がいくつか開き、押し出された大砲が火を吹く。


―― ドーーン!!

―― ドドーン!! ドーン!


 アソシアシオン号からの敬意を表明する為の空砲が、グラスト港の湾内に響く。それに呼応するように他の大型艦からも、


―― ドーーン!!

―― ドドーン!! ドーン!


 礼砲が鳴り響く。



 時を同じくして。グラスト港の公設取引場でも騒ぎが起きていた。


「くそっ、海軍がおっ始めたじゃねーか! 急げ!」

「奴らに先を越されるとは何たる不覚」

「仕方ねえだろ、向こうは海を見張ってるんだから、いいぞ、行け!」



―― ヒュルルルー…… ドドーン!

―― ヒュゥゥ……ヒュゥゥ…… ドドン! パパーン!



 公設取引所近くの空き地から、数発の花火が打ち上がる。光の花が、まだ夕日いり残るグラスト港の夕焼け空に広がる。


「時間がまだちょっと早かったよなあ」

「いいよ、どうせ海軍司令部の鬼の首の上に撃ち捨てるはずだったやつだ」

「ハハ、ちげえねえ」

「フォルコン号ーッ! また来いよーッ!!」



―― ヒュルルルー…… ドドーン!

―― ヒュゥゥ……ヒュゥゥ…… ドドン! パパーン!



 一度に数発ずつ、二度、三度、四度……間隔を空けて、市民有志による花火が打ち上げられて行く。

 マリー船長のした事は海軍水兵達によって積極的に、むしろ尾鰭おひれも添えて湾内の艦船は勿論、港じゅうの飲み屋や井戸端にまで喧伝されていた。

 かの英雄パンツ一丁のフォルコンの娘、マリー・パスファインダーもまた侠客きょうかくであったと。




 夕日に向かい出航して行くフォルコン号の艦長室の扉が開き、慌てふためいた様子の少女が飛び出して来る。

 デュマペール提督は高いアソシアシオン号の甲板からそれを見つけ、敬礼したまま洪笑する。


「フハハハハ! ざまぁみろ驚いたかマリー・パスファインダー、一人で格好つけおって! あれだけの事をしておいて黙って帰らせて貰えると思ったか!」


 甲板で慌しく周りを見渡す少女。アソシアシオン号だけではない。他の停泊中の戦列艦はもちろん、軍用ガレオンやキャラック、その他様々なグラスト海軍所属艦の艦上で、乗組員達が整列し敬礼していた。


 さらに、グラスト軍港と商港を分ける突堤の先端では筋骨隆々の老人、港湾司令官のジュネストが一人、観艦式用の巨大な祝祭旗を振りかざし、茫々と涙を流しながら絶叫していた。


「マリー・パスファインダー!! リトルマリー号はわしらがピッカピカのガッチガチに修理するからなー!! 貴様がわしらの事を忘れようと、わしらは貴様を忘れはせんぞ! また来いよー!!」


 そしてアソシアシオン号の甲板の上。デュマペール提督は敬礼をやめ、ゆっくりと振り返る。ユロー枢機卿は提督室を出て、周囲の様子を後ろで見ていた。


「お待たせして申し訳ない枢機卿猊下、さて、何の話でしたかな?」


 会心の笑みを浮かべるデュマペール提督。ユロー枢機卿はただ、溜息をついた。


「いや……もう結構。私は帰らせていただきますよ」



 フォルコン号の甲板では慌てふためく少女が一回り年上の美女に追い掛け回されていた。

 情報は二時間のうちに湾外の海軍艦艇や監視塔にも伝えられていたらしい。海軍艦艇は皆総員敬礼をしている。監視塔の麓には土下座をしている男が二人居た。他の者は手を振っている。


 港には他にも沢山の商船が居るのだが、昼間に起きた騒乱により、17時まで出航が禁止されていた。そう。フォルコン号を除いては。


 フォルコン号はただ一隻夕日に向かい、逃げるようにグラスト港を出港して行く。

アイリ「待ちなさいマリーちゃん! 貴女今度は一体何をやらかしたの!」

マリー「知りません! 私は何も知りません! 何て港なんですかほんとに! ぎゃあああああああ」


グラスト港編、終わり!

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本作はシリーズ四作目になります。
シリーズ全体の目次ページはこちらです。

マリー・パスファインダーの冒険と航海
― 新着の感想 ―
[良い点] 直前まで政治・謀略でちょっとやな感じだったのが、すぱっといい読後感。ワザマエ
2021/03/06 07:09 名称未設定
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