ドルサック「お前も見たな!? 風紀兵団だ!」バラソル「はわわわ、どうしましょう」
宿敵? 風紀兵団と行動を共にする事になったマリー。
一体どういうつもりなんでしょう。
「バラソルさん、風紀兵団の者です、いらっしゃったら降りて来て下さい」
住居の前に戻り、風紀兵団が声を掛けても、バラソルさんは出て来なかった。やはり当直中なのだろうか。
「じゃあ監視塔に行くしかないですね。あそこは見た目より遠くにあるそうですよ、急ぎましょう」
◇◇◇
まさか風紀兵団とピクニックに行く事になるとは思わなかった。
「バラソルさんは枢機卿の孤児院で育ったそうですが」
そして岬の稜線を辿る道は細く険しかった。グラスト港から見ると岬の突端にあり、すぐ辿り着けるように見える監視塔も、陸路で行くとかなり遠い……何とかしてボートで行けば良かったかしら?
「良く御存知ですねマリーさん……お知り合いなんですか?」
いや、ボートは何かあった時に逃げられない。そのまま養育院に行くか海に沈むかの選択を迫られる可能性がある。
「いいえ? ぜんぜん。だけど何か矛盾してません? 国王陛下は人が善意で他所の子供の保護者になるのを禁止しちゃったのに、枢機卿ならいいなんて」
「王国令が改正された時に、枢機卿も私立の孤児院を閉鎖されたそうです。勿論、そこに居た子供達は王立養育院に移りましたから大丈夫ですよ」
困った事に、風紀兵団は私よりかなり足が遅い……まあ鎧兜身に着けて盾まで背負って山道を行くんじゃ仕方ない。
とは言え置いていったら意味が無いしなあ。
風紀兵団は領地も給料もろくに貰えない手弁当のブラック兵団らしいが、国王直属部隊という事で、既存の部署の垣根を越えて行動する権利を持っている。
恐らく風紀兵団を連れて行く事が、私が監視塔の警戒線を越える唯一の方法だ。
山道の途中に開けた所があり、いい感じの切り株もあったので私達はそこで一度休んだ。街を出る時に結局ガレットを買っていたのでそれを食べた。
「お弁当までいただいてしまって、何だかすみません」
ハムと野菜を包んだやつを二つ買っていたので、風紀兵団にも一つあげた。さすがに兜を取るかと思いきや、兜の下から手を入れて食べていた。
地図上の直線距離では2kmくらいかと思われる山道を、私と風紀兵団は二時間かけて踏破した。
道はヴィタリスに通じる道なんかよりずっと険しく、曲がりくねっていたのだ。あーあ。ブーツも泥だらけだよ。
◇◇◇
監視塔の辺りは開けていて、監視塔の周囲を監視する為の歩哨塔のような物まであった。
「止まれ! 何者だ!」
「アイビス王宮直属部隊、風紀兵団の使いでございます。バラソル准尉はこちらにいらっしゃいますか」
事前に風紀兵団と打ち合わせた通り、警備の誰何には私が答える。風紀兵団は様々な役所の縄張りを越えて行動する権限を持っている為、既存の役人さんから見たら面白くない存在らしい。私を前に出す事で、その当たりが柔らかくなるという訳だ。
「風紀兵団か、こんな所までご苦労な事だな、今隊長を呼ぶ」
歩哨に立っていた海兵隊員はくだけた感じだったが、慌てて出て来た小柄で肥満気味の監視塔の士官は、妙に低姿勢だった。勿論私にではなく、風紀兵団に対しての話だけれど。
「国王陛下の使いの方が、こんな所に来て下さるとは! 大変な御足労をお掛けして申し訳ありません、山道は大変でしたでしょう」
「ああいえ、今回は私用のお使いで参りまして、貴方がバラソル殿でしょうか」
「バラソルは信号技官で当直をしております、今しばらくお待ち下さい、交代の技官が来ないと降りられない決まりなのです、まあとりあえずこちらへ、喉が渇いたでしょう、今何か飲み物を出させます」
提督閣下がおっしゃってましたね。監視塔の指揮官が嫌がらせを思いついても仕方ないと……リトルマリー号への臨検の指示って、この人が出したのかしら?
「あの。バラソルさんは昨日も当直だったのですか?」
私を無視して風紀兵団を塔の方へ案内しようとしていた隊長さんが、結構高く飛び上がる。肥満気味だけど脚力はかなりの物のようだ。
隊長さんは、カクカクと首を軋ませながら振り返る。
「おっしゃる通りです……あのバルシャ船が来た時に、臨検をするよう判断し信号を発したのはバラソルです……国王陛下の紋章は他の者も見ました……ですが! そんな大事な紋章があんな小さな古い安物のバルシャ船についているのはおかしいと、バラソルはそう考え、念の為臨検するよう決めたのです、彼は決して! 国王陛下に異心を抱くような人間ではありません!」
今度は小さな古い安物だよ……とほほ。
隊長さんは私と風紀兵団を見比べだした。どっちが上役だろうと悩みだしたのかしら? まさかねぇ。
「と、とにかく貴女もどうぞ中に、バラソルの代わりの技官が来るまで、もう少しかかりますから」
こんな場所にある塔だけど、中は意外と生活感にあふれている。台所や食堂、二段ベッドに暖炉、丸いテーブルには遊びかけのカードが置かれている。
ここの兵隊さんは週に四日はここに詰め、三日は街で暮らすそうだ。詰めている間は一日12時間以上、昼夜問わず働くのだと。
一瞬大変だなあと思ったけど、良く考えたら船乗りは週七日詰めっきりの仕事だったわね。
「マリーさんのおかげですかね、こんなに気を使って貰える事は滅多に無いですよ、いつもはもっと邪険にされるんです、どこへ行っても」
風紀兵団がお茶のカップを手に囁く。お茶を飲む時ぐらい兜を取ったらどうなのだろう。
塔の中は外周に沿った螺旋階段がある。上が監視場だろう。
「元は灯台だったんですが、灯台は別の所に造りまして、ここは監視塔になりました。戦争が始まったら最初に砲撃される場所ですよ」
螺旋階段を見上げる私に、隊長さんが言う。隊長さん、クッキーまで持って来て下さいましたよ……私は尋ねる。
「ちょっと上を見に行ってもいいですか?」
「申し訳ない、そればかりは……ここは当直者でなければ海軍提督でも上がれない、厳しい決まりがあるのです」
そりゃまた随分厳格ですね……仕方が無い。ここはレイヴンとの最前線で、グラストは最重要拠点なのだ。きっと。
「では、申し訳ありませんが、もう暫くこちらでお待ち下さい、交代の技官は間もなく参ります。では、私も当直ですので」
隊長殿はそう言って御辞儀して螺旋階段を上がって行く。
私は隊長殿の姿が見えなくなるのを確認して、立ち上がる。
「マリーさん?」
「貴方はここに居て下さい」
「ま、まさかまた逃げるおつもりじゃ」
「逃げるのは私じゃないです、いいからここを見張ってて下さい」
暢気にお茶とクッキーを楽しんでいた風紀兵団を残し、私は静かに塔を出る。周りには数人、休憩中の兵士が居たが、皆私の行動に焦っているような顔をしていた。
私は塔の外に出るとその外周に張り付く。さっきの監視塔の方に居た海兵隊員は私が出て来たのを見ても何とも思ってないらしい……案の定、あの海兵隊員とこの監視塔の要員で、指揮系統が違うんだな。
私は壁際に張り付いたまま、塔の周りを回って行く。
そして、塔の周りを半周した所で……空から、ロープが一本降って来るのを見つけた。私は急いでロープの下に行く。
果たして。黒髪を短く刈り込んだヒョロッとしたお兄さんが、ロープに捕まってスルスルと降りて来る……!
私はレイピアの柄に手を掛け、フレデリクの声で叫ぶ。
「バレッバレだよバラソル君! 国王陛下の使いだ、大人しく降りて来いッ!」
驚いた男は結構な勢いで降って来て、お尻から地面に落ちた。
監視塔の手摺りの上では、さっきの隊長殿が頭を抱え青ざめていた。
私はいっぺんくらい自分も言ってみたかったセリフを口に出す。
「風紀ある……市井!」
決まった。