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タイニャック「遅かったではないか。水汲みに何分かかっとるんだ全く……待て待て! それで? どうなった?」

他の海軍から遠ざけられ、洋上に軟禁されていたタミア号に乗り込んだマリー。

だけど案の定、なかなか本当の事を言ってくれない乗組員。

しまいには自刃を図る士官まで……

 まずい……これはまずい……ああっ!? やっぱり!?

 やめろ、泣くな私ッ、今泣くのおかしいじゃん、皆に変だと思われるじゃない……だけど駄目だ……涙が……涙が溢れるッ!

 今の私、めちゃめちゃ格好良くなかった!? 私ちょっと格好良すぎない!?


―― ドボン。


 アスラン海尉のサーベルが海に落ちる音が、私の感覚を僅かに引き戻す。あっ、これ弁償しないといけないやつでは? いやいや、さすがにそれは無い……


「よすんだ海尉!」「やめて下さい!」


 後から追いついた水兵達が海尉を両側から拘束する。私はとりあえず竹光を鞘に納めながら、こっそり袖で涙を拭う。

 そもそも今は自分がたまたま出来た事に感動して泣いてる場合じゃない気がする。このお兄さんは何という事をしようとしていたのか。



   ◇◇◇



 タミア号の艦長室の間取りはやはり、フォルコン号と殆ど一緒だった。ここはシビル艦長のものなので現在は誰も使っていない。


 毒食らわば皿まで。私は机の引き出しを開ける。しかし航海日誌は見当たらない。どうやら海軍に押収されたようだ。


「アスランは今回のタミア号の当直任務が明けたら結婚式を挙げる事になっていたんです。具体的にはあと三日でした。相手は街のいい家の娘さんでね。ただ、その家は両親が熱心な教皇派で」


 艦長室の入り口にはボルツ航海長がしょんぼりと肩を丸めて立っている。部屋がフォルコン号そっくりなもんだから私はつい艦長の椅子に座ってしまっていた。こんな偉そうなお針子が居ていいのだろうか。


「アスランの家は……よしましょう。とにかく、アスランは秘密を抱えたまま結婚しようとしていた」


 私が生まれるよりだいぶ前。北大陸のいろんな場所で、同じ神様を信じる人達がいくつもの派閥に分かれて争った、そんな戦争が起こったという……ロイ爺の若い頃にはその頃の火種が残ってたらしいけど。私はその辺りの事を良く知らない。


「本当はアスランさんが当直だったんですね?」

「艦長が、その事は隠すようにと。余計なゴタゴタを起こしたんじゃアスランも花嫁も不幸になる、それに臨検の時に寝ていた自分にも責任があるからって……だけどね、艦長はその時間は非直でしたし、アスランも起こしに行かなかったんです」


 そのアスラン海尉は艦長室の机の向こう側に置かれた折りたたみ椅子に座り、どっぷりとうつむいている。


「お二人共、もう一度言いますけど私は(いち)民間人です、役人でも司祭でもありませんからね。私に何かして欲しい事があったら自分から言って下さいよ、じゃないと何もしませんよ」


 私は口ではそう言いながら、机の他の引き出しも勝手に開ける……手紙類……軍の手紙じゃないのもありますね……私はデリカシーもへったくれもなく、そのうち一つを取って勝手に広げる。


「シビル艦長、ラビアンの人なんですか……うちにもラビアン出身の乗組員が居て……これはお母さんからの手紙かしら。あの方今おいくつなんですか? 20歳で艦長になった秀才と伺いましたが。ああ。母親というのは有難いものですね、いくつになっても子供は子供なんだなあ」


 うそなのだ。私は母の愛情は良く知らない。私にとってそれは創作の中にだけあるファンタジーであり、夢のようにキラキラした物だ。

 それはともかく。ボルツ航海長はしばらく、真っ青になってぶるぶる震えているアスラン海尉を見つめていたが。


「マリー船長。はっきりおっしゃって下さい。シビル艦長はこのままだとどうなってしまうんですか?」

「解りません。先程デュマペール提督にお会い出来たので、せめて留置所内での待遇改善をとは訴えましたが」

「今こんな事を言うのは何ですが、貴女は何故シビル艦長の味方を……? 正直に申し上げて艦長はフォルコン号の臨検の後で少し憤慨しておられました。何故強襲向きの小型軍艦が民間人の小娘に占領されているのかと」

「それはシビル艦長の言う通りですねえ。おかしいですよ。私の船はリトルマリー号だったんですよ、それを陛下がどうしても貸せと言って、代わりにフォルコン号を」


―― ダンッ!!


 ひえっ!? シビル艦長の母の手紙に読み耽りながら、上の空でボルツさんと話していた私は、突然の物音に驚き、椅子から飛び上がる……アスランさんがジャンピング土下座をかまして来たのだ。


「御願いします!! 何も聞かずに死なせて下さい!!」


 そして最上級に面倒臭い事を言い出した!


「そして私の死をもって、す、枢機卿……いえ、デュマペール提督に! シビル艦長の潔白を訴えて下さい!!」

「滅茶苦茶ですよ、貴方が死んだって誰も納得しませんしシビル艦長も助かりは」

「どうか御願い致します!! アスランは自分を恥じて死んだと、シビル艦長はもうすぐ結婚する部下を庇っただけだと提督に伝えて下さい!」


 私はなるべく冷静に反論してみたが、アスランさんは引き下がらなかった。ボルツさんはすぐに来て、アスランさんを取り押さえる。

 その刹那。私の頭の中の悪フレデリクが何かささやいた。


「それでサーシャさんには何とお伝えするんですか? 花嫁さん今頃結婚式の準備をされているのでは? アスランさん。今勝手に死ぬのは最低ですよ、結婚の約束を黙って反故にしてどこへ逃げるんですか! 地獄行きの抜錨ですか!」


 私はつい個人的事情の篭った怒りをアスランさんにぶつけてしまう。そこで何とか冷静な気持ちに戻って、言い足す。


「貴方、枢機卿と何かあったんですか? 地獄に行くつもりがあるなら話せるんじゃないですか。シビル艦長やサーシャさんの為になるかもしれませんよ」


「そ……それは……」


「大丈夫。たかが小娘一人ここで貴方から何か聞いた所で、枢機卿に会って告げ口したり、ましてや楯突いたりするような事、ある訳無いじゃないですか」



 アスランさんの肩がますます、ガクガクと震えだす。汗だか涙だか解らないものが、ぽたぽたと艦長室の床に垂れ落ちる。大丈夫かしらこの人、自殺しなくても死んでしまったりしないだろうか。


 艦長室の扉は思い切り開いている。オリオン君とバスティエ君は入り口の外側に張り付いてこちらを見ているし、水兵達も大勢、外からこちらの様子を覗き込んでいる。

 私はフレデリク声でアスランさんに囁く。


「さあ」



「枢機卿に命じられました……この非常時に舟遊びにうつつを抜かそうとしている国王陛下を御諫おいさめする為だと……リトルマリー号に乗っているのは僅かな回航要員だけで、陛下が乗られている訳ではない、ただ臨検に見せかけて船を衝突させるだけでいいのだと。そうすれば陛下の舟遊びは取りやめになると……」


 ぎゃあああああああ!? 何を言い出すんですかこの人は!? ちょっと待てやめて言わないで、そんなの聞かされたら何か私大変な事件の共犯者みたいになっちゃうじゃん、やめてー!?


「私の父は宗教改革派のリーダーの一人で、国王軍と戦って死にました。母もその戦争で……しかし反逆者の子供であり孤児である私を救って下さったのは枢機卿だったのです。私は他の戦災孤児と共に、枢機卿が私財を投じて設立された孤児院で育てていただきました。教育も孤児院で受けました。士官候補生試験に合格出来たのも枢機卿のおかげです」


 じゃあ駄目じゃん! そんな大恩のある枢機卿の事を見ず知らずの小娘に言っちゃ駄目じゃん! 何考えてるんですかアナタ、やめなさい! やめてぇぇ!


「サーシャと結婚出来る事になったのも……私が改革派のリーダーの息子だったと知っていたら、厳格なサーシャの両親は結婚を許さなかったでしょう。だけど。枢機卿は自ら私の身元を保証して下さったのです。私を生まれながらに教皇派の洗礼を受けた人間だと……サーシャの両親は本当に厳しいのです、私の身元に偽りがあったと知ったら、サーシャの事も許さないかもしれない……」


 勘弁してよ……

 私は何故こんな所に来てしまったんだろう。


 シビル艦長の事が無ければ、何も聞かなかった事にしてそのままフォルコン号に飛び乗って逃げてしまいたい……いやむしろシビル艦長だって別に、何か義理があるとか世話になったとか、そういう事情がある訳ではない。


「枢機卿が貴方に直接言ったんですか? リトルマリー号が来たら何とかしてタミア号をぶつけるようにと」


 そして嫌だという私の気持ちを無視して質問を続ける、私の口。


「監視塔の士官バラソルとはユロー枢機卿の孤児院で共に育ちました。彼は私の兄のようなものです。バラソルが、枢機卿からの手紙を受け取り、この任務を私に託しました」


「話してくれてありがとう。大丈夫だなんて請け負えないけど、真面目に働いてる人達が泣かないで済むように頑張ってみます。オリオン、バスティエ、そろそろ戻らないと先輩に怒られますよ、水汲みに何分かかってるんだって」

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本作はシリーズ四作目になります。
シリーズ全体の目次ページはこちらです。

マリー・パスファインダーの冒険と航海
― 新着の感想 ―
[一言] 国家規模の問題に巻き込まれるマリーちゃん いつものことですが笑
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