ラズニール「何ですって! 一体どういう事なんですか!?」水夫「何故なんだよリゲル!」リゲル「ほら、こうなった……」
やっぱりぶち君も連れて行くみたいです。
フォルコン号、今度こそフルベンゲンを離れます。
「ひえっくしょい! 寒ィィイイ!」
「当たり前でしょう馬鹿じゃないの!?」
「平気な顔してるから、割り切っているのかと思ったら……」
慌てて再上陸した乗組員達に連行され、私は波止場に戻る。ぶち君が入った籠はカイヴァーンが持ってくれた。
私は何故あんな強硬手段を取ったのか? 普通にフォルコン号に止まって貰えば良かったのでは? 私、船長じゃん。我侭言っても許して貰える立場じゃん。
格好よくお別れした筈のルードルフとも再会してしまった。
「わははは、波止場の様子がおかしいと思ったらこの騒ぎか! 最後まで目が離せぬのう君は!」
ハイディーンにも言われた。
「お前、そんな無鉄砲で都会でやって行けるのか? フルベンゲンみたいな田舎で暮らした方がいいんじゃないか?」
ヨーナスとエッベにまで叱られた。
「船長、みんなの前で海に落ちたりしないでよ」
「みんな船長のこと格好いいヒーローだと思ってるのに」
フォルコン号はさらに10分後、呆れ果てたフルベンゲンの人々に見送られながら再出港した。
◇◇◇
「色々と申し訳ありませんでしたー!!」
途中艦長室では着替えて気を抜いていた時もあったものの、航海日誌によれば16日間。私は16日間に渡り青いジュストコールを着てフレデリクを名乗り続けていたのだ。
この辺りはまだあのフルベンゲンの見張り場からは見えていると思うが、甲板の様子までは見えまい。私はお姫マリー姿で甲板に平伏していた。
「船長、まだフルベンゲンから見えてるかもしれないからやめてくれない?」
だけどアレクはそんな事を言う。私はまだ顔を上げない。
甲板には氷漬けの極光鱒が並んでいる。私も氷漬けの極光鱒の間で土下座をしている。顔を上げるのはアイリさんと話をしてからだ。
「船長、どこか別の場所でやってくれないか? 見ての通り甲板は極光鱒だらけで足の踏み場も無いし、船長が居るそこは貴重な通路なんだ」
不精ひげは私に負けず劣らず冷たい奴だ。人が土下座をしているのにも構わず、そんな事を言いながら知らん顔で横を通り過ぎて行く。
カイヴァーンは船首の方で萎れている。今回は彼も叱られる側だ。アイリさんはカイヴァーンにも戦争には参加するなと釘を刺していたのだ。
だけどカイヴァーンも姉の暴走に巻き込まれる形で参戦し、敵の大将アナニエフと接近戦までする事になってしまっただけなのだ。アイリにはカイヴァーンの分も謝らないと……
「こっ……今回ばかりは言わせていただきたいッ……」
ああ……ウラドが珍しく声を震わせ、近づいて来る……
「貴方が今の船長である事は解っている! だけど貴女は我々にとって、フォルコン船長からの預かり物でもあるのだッ……以前にも言った通り、我々はフォルコンが死んだとは思っていない! 貴女に何かあっては我々はフォルコンに申し訳が立たぬのだ!」
悔しい。ウラドの怒りは人として正しい。だけど私は本当は本当に父フォルコンが生きている事を知ってるし、あれがとんでもない男だという事も、私が船乗りになった事を知りながらたいして心配もしていない事も知っている。
ウラドには申し訳ないと思うけど、ウラドの記憶の中で美化されている父には腹が立って仕方が無い。
「申し訳ありません! 申し訳ありません!」
「やっ……やめてくれッ……船長もフォルコンも何故すぐそうやって頭を下げるのだ! そんな事をされるとこちらは言いたい事も言えなくなるッ!」
私はほんの少しだけ顔の角度を上げ、上目でちらりとウラドの方を見た。珍しく怒っているウラドにロイ爺が近づいて……珍しくウラドの肩に手を置き、軽く窘める。
「ホッホ、日頃冷静な青鬼ちゃんも船長には形無しじゃな」
「……ロイ」
「船長、ウラドも解ってはいるんじゃ、船長の判断は全て正しかったのだと。素晴らしい結果じゃ。ナルゲス沖で海賊船団と戦った時を思い出すのう。あの時も、今も、船長はフォルコン号とその友人に迫る危機と戦い、見事勝利したんじゃ」
老練なロイ爺はそう来たか……雰囲気、褒めているようには聞こえるが油断してはならない。父の土下座術にもある。謝る時には相手が何に怒っているかに気づいて先回りして指摘せよ。
「ですがあの時の私はきちんと皆さんに、今何を考えていて今から何をしたいのか、ちゃんと説明しました! だけど今回の私は誰にも説明せず気まぐれに動き回ってしまいました! 誠に申し訳ありません!」
案の定、ロイ爺は苦笑いをして肩を竦めた。ごめんねロイ爺。
「フォルコンさんの口癖だったよ」
アレクは延縄用の細いロープを極光鱒一体一体に結ぶ作業をしながら言う……氷の塊となった極光鱒は、船が傾くと滑り出しそうになるのだ。
「船長は好き勝手であれ、思いつきで行動しろ、って。航海日誌なんかにも書いてあるんじゃない? その通りにしてるんでしょ、マリー船長は」
「し、しかしアレク、それは……」
珍しくウラドがアレクに何か抗議しようとした、その時。
「マリーちゃん! 大変なの、ちょっとこっちに来て!」
私は思わず土下座から飛び上がってしまう。私は結局の所リトルマリー号からの水夫達は私の事を許してしまうだろうとは思っていたが、この人はそうではないだろう。艦内で駄目な私を叱ってくれる唯一の人物。
私はアイリさんを見た……アイリさんの顔は私が想像していたどんな表情とも違っていた。怒ってもいないし泣いてもいない、何か困った事が起きたという顔。
だけど私の方は、たちまち涙が滲んでぼろぼろ落ちそうになる。アイリさんの顔をまともに見てしまった……あれ? 何かしらこの感覚?
「あの……心配かけて……その……」
私は下層甲板から駆け上がって来たアイリの手を取ろうとしたが、アイリはサッと身を引く……ええと……海に落ちた服は全部着替えたし体も髪もよく拭いたけど……何で?
「困った事になったのよ、とにかくこっちに来て!」
そしてアイリは私の手を取り、船員室のある方へと連れて行く。何があったのかしら。
「見て! これを!」
そして艦首の船牢の落とし戸を指差すアイリさん。一体何があったんだろう。
私はそこを覗き込もうとした……その瞬間。マリキータ島での記憶が蘇る。
「ちょ、ちょっと待って下さいアイリさん、また私を船牢に落とそうとしてるでしょ! 確かに私皆さんに心配かけましたよ、だけど今回はそんな所に閉じ込めなくてもどこへも逃げませんよ、勘弁して下さい!」
飛んで逃げようとする私の右腕をアイリさんが掴む! ぎゃあああ捕まった! また助けてぶち君! ぶち君は……会食室の暖気管の上に安置された毛糸入りの籠の中で寝てるんだった……
「違うから! いいから見て牢の中を!」
アイリは私を牢の落とし戸の上まで引きずって行く……私は恐る恐る格子戸の下を見た……
「えっ……ええええ!?」
フォルコン号の船首の最下層、船牢に居たのはあの大海賊、いやこれはニコニコめがね爆弾おじさん、ファウスト・フラビオ・イノセンツィだった。傍らには蓋の開いた小粋な革張りの四角い旅行鞄が置いてあり、着替えやら日用品やらが覗いている。床にはランプやマグカップも……
「そ……そんな所で何をしてるんですか貴方は!? サイクロプス号はどうしたんですか!? 悪い冗談はやめて下さいよ!」
「申し訳ありません! そのサイクロプス号の皆に知られたくなかったんです! 貴女に話せば絶対話してしまうでしょうから黙って密航させていただきました」
「当たり前でしょう! 貴方船長でしょうサイクロプス号の!」
「サイクロプス号とその乗員はこれから新天地に向かいそこで人生をやり直すんです、ですが私はあんまり気乗りしないので一人で降りる事にしました」
「仲間達に説明もなくですか!? 貴方がここに居る事をサイクロプス号の皆さんやラズニール修道士は知らないんですか!?」
「リゲルとロゼッタ、ドルトンには知らせてありますよ、大丈夫、今頃皆さんに説明してくれているかと」
私は格子戸に手をついて這うような姿勢でファウストと話していた。ファウストは下から見上げている……私は格子戸をばんばん叩く。
「無責任じゃないですか! 船長が一人で勝手に船を離れて、水夫達が何とも思わないと思うんですか!? そんな何も言わずに置き手紙一つ置いて飛び出すようなやり方、いつも貴方の為に働いてくれている乗組員達に申し訳ないと思わないんですか!?」
そこまで言った私はふと、背中に視線を感じて振り返る。
前から、アイリさん、不精ひげ、アレク、ロイ爺……ここからだとちょうど、暖気管の上のぶち君も、目を細めてこちらを見ているのが見える。甲板当直のカイヴァーンと舵のウラドはさすがに居ないけど、思っている事は一緒だと思う。
―― お 前 が 言 う な !
「申し訳ありません! 申し訳ありません! あの……船賃でしたらお支払いしますから……どうかレイガーラントかファルケの港、もしくはそこへ行ける船が出る港まで、乗せて行ってはいただけませんか?」
フォルコン号の乗組員達を見ながら冷や汗を垂らす私に気づかず、ニコニコめがね爆弾おじさんはそう、卑屈な口調で言った。




