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アイリ「私、少年達は後方任務でって言ったよね!」

ルードルフ「ははは、海賊達の後方を突く任務になってしまった」

 戦闘を終えたグレイウルフ号は、下手をするとハバリーナ号よりずっと本格的な幽霊船に見えた。

 艦長のマカーティから見習い水兵まで、血糊のついていない者など居ない。下層甲板は負傷者で一杯だし船体は傾き、蟹の爪型の帆も一つしか残っておらず、メンマストも結局折れてしまったようだ。

 その血塗れのマカーティが、私がボートで接舷するなり杖をつき足を引きずりながらやって来る……凄まじい形相だ。怖い。逃げ出したい。


「良くもッ……俺の前に顔を出せたなぁぁ!? ああ!?」


 すぐに片目に包帯を巻いた、こちらも血塗れのハロルド副長が間に入ってくれたのだが。


「艦長! 何故そんな喧嘩腰なんですか、意味が解りません、彼等は圧倒的な働きで我らを助けてくれたのです!」

「グランクヴィストッ!! それがてめェら、てめェら海賊のやり方か!! てめェはどこから現れやがった!? どうやってあのガリオット船を乗っ取った!?」


 私はとりあえず、手持ちの手拭いをマカーティに渡す。彼がさっきから汗で流れた血だの煤だのが目に入って難儀しているように見えたからだ。

 マカーティはそれをひったくり、ぐりぐりと自分の顔を拭ってから投げつけるように返して来る。うわあ、ちょっともうこの手拭い要らないよ……


「マイルズ、大声を出すと傷にさわるぞ」

「俺は怪我なんかしてねェ! これは敵の返り血と怪我をした仲間に肩を貸した時についた血だ!」

「救護に協力させてくれ。フルベンゲンに敵を一歩も近づけずに勝った上、僕らがこの戦いに生き残れたのは全て君達、グレイウルフ号のおかげだ」


 私は多少のマカーティの抵抗を予想しつつそう言った。だけど私の見積もりは甘かった。マカーティは目を見開き、激しく歯をきしませながら私を睨みつけたのだ。


「そんなおべんちゃらは海賊共のケツにでも詰めて火をつけて燃やしてしまえ、敵の砲艦隊をぶちのめしたのはフォルコン号、指揮を執っていたのはファウスト、そしてグランクヴィスト、てめェはいつの間にか居なくなっていたと思ったらアナニエフの本隊の揚陸艦隊に奇襲を掛けてぶっ潰していやがった!! 何故だ!! 畜生、何故だーッ!?」


 私は返答に詰まった。私はマカーティの台詞の途中までは、あれはファウストではなくロビンクラフトだと指摘するつもりでいたのだが。

 マカーティは軽口を叩いているのではない。そして答えを欲している訳でもない。それは私にも解った。

 凄まじい剣幕で迫るマカーティと私の間に、ハロルドさんがまた割り込んでくれる……しかし。


「グランクヴィスト艦長、貴方の様々なご配慮に感謝します、ですが今はどうかお引き取り下さい、救護の手助けは無用です、動けない我々の代わりに、捕虜の処理の方を御願い致します」


 ハロルド副長はそう言って、私に退船をうながした。

 私には解らないけれど、今の彼等は手負いの狼達なんだと思う。一族パックではない者に、この空間に私に居て欲しくないんだろうな。

 私はうなずき、ボートへと戻る。


「待ちやがれグランクヴィスト、一つだけ聞かせろ。てめェは何でずっとそうやってアイマスクをしてやがるんだ?」


 最後にマカーティはそう言って来た。私は面倒なので適当に笑って答えた。


「酷い火傷でね、あまり見られたくないのさ」



   ◇◇◇



 しかし私が本当に恐れていたのはマカーティではない。

 本当は真っ先に会って話をしようと思っていたんだけど……疲労困憊のアイリさんは士官室に篭って眠っているというので、私はこの事を後回しにしていたのだが。


「なってしまったじゃないわよ!!」

「アイリさん、お年寄りに乱暴はだめです!」


 私がグレイウルフ号から戻ると、アイリさんはカリマール号と接舷したフォルコン号の甲板でルードルフに食ってかかっていた。アレクが仲裁しようとしている……とにかく、元気になって何よりだなあ。


「……フレデリク……船長!」


 アイリさんがこっちを向いた。ぎゃあぁぁぁ怖い、背中に怒りのオーラを背負ったアイリさんが! ゆっくりと近づいて来る……


「アイリ……まだ疲れているんじゃないのか、大砲を魔法で冷やしてくれたと聞いたけど」

「貴方は。怪我は、無いの?」


 少し手前で止まったアイリは腰を屈め、真っ直ぐに目線を合わせてそう言った。

 その途端……私の中で張りつめていた何かの糸が切れる音がした。左肩の傷跡が熱を持って痛む。いや本当はずっと痛かったんだけど、気を張って痛みを頭から追い払っていたのだ。


「心配を掛けてごめん。怪我は……大丈夫。ヨーナスとエッベ、カイヴァーンを巻き込んでしまったのは僕の責任だ、ルードルフを責めないで欲しい」

「待てフレデリク、そういう責任は吾輩にある、アイリ殿、フレデリクは海賊が島の裏側から別働隊を送り込んで来ると読んだのだ、なのに吾輩は町の手前で防衛しようと考えていた、そこで彼は」

「いや待機命令を無視した僕が悪いんだ、ルードルフは全体の戦況を見て最善の判断を下していたのに、僕が」

「そういう事はいいのよ!!」


 アイリさんの一声が、私とルードルフを黙らせる。


「ごめんなさい。そういう事は()()()()()解らないし、私は()()()に御意見出来る立場でもないわ。私はただ心配して……そして皆が無事に帰って来てくれたのならホッとしているの。それだけよ」


 アイリさんはそう言って深い溜息をつき肩を落とす。


「ありがとう、太っちょ」


 そして踵を返し、アレクにも礼を言って士官室へと戻って行く。


 多分アイリさんにはまだ言いたい事がたくさんあるんだと思う。私にもまだまだ謝らないといけない事がたくさんある。背中のマスケット銃の事も……あとでちゃんと話して、謝らなきゃ。

 ……いや。本当の事を言えば、私は今すぐアイリさんに抱き着いて泣きじゃくりたい。ごめんなさいと怖かったを連呼しながら頭を撫でてもらいたい。


 だけど今はとにかくやる事が山積みなのだ。



   ◇◇◇



 降伏したアナニエフ一家のキャラック船は3隻。1隻はほぼ沈んでしまった。

 他の船は……ジーベック船と軽ガレオン船、ナオ船が航行不能の状態で放棄されている。

 アナニエフ一家の船はキャラック4隻とガレー2隻、カラベル1隻、それにガリオット1隻で、残りは北洋で声を掛けて集めた海のクズ共だったそうである。

 クズ共は6隻居たが、うち1隻は戦う前に心変わりして逃げて行ったそうだ。残り2隻はヨロヨロと南西の彼方へ逃げて行くのが見える。

 アナニエフ一家のガレー船2隻は、やはり打ちのめされた状態で降伏した。唯一先導役のカラベル船だけは全く被害を受けずに逃げ出したそうだが、大丈夫なのだろうか。どこかで悪さをしていなければ良いが。



 そんな事を考えながら、私は敵味方の重傷者を移乗させたシーオッタ号に乗って一足先にフルベンゲンに帰港した。

 この船も衝角攻撃をしたりしてかなりのダメージを受けていたのだが、漕ぎ手の皆さんが張り切るものであっという間に着いてしまった。


「フレデリク船長万歳!」「これからもこの船の船長で居て下さい!」


 漕ぎ手の皆さんはそんな事を言ってくれた……一瞬嬉しいと思ったけれど、よく考えたらこの人達も犯罪者と多重債務者の集団である。今回の事で反省し、今後は真っ当な人生を歩んでいただきたい。



「ルードルフ! フレデリクも! お前らはこの港の防衛を手伝うだけじゃなかったのか」


 港では普通に文明人の姿をしているハイディーンが迎えてくれた。うーん。やっぱりハイディーンとアナニエフは同じくらいの身長かしら……


「アナニエフ一家の艦隊なら片付いたよ。砲声が聞こえなかったか?」

「聞こえたし陸上からも監視していた! 実に鮮やかな勝利だったと聞いた」


 そう言って両手を広げてから、ハイディーンは妙に居住まいを正す。


「フレデリク、本当にありがとう。お前は本当の本当にこの町の英雄だ、お前がこの町にしてくれた事は、そろそろ数えきれなくなって来た」

「よしてくれ、僕はただの船乗りだよ、それに……実の所まだ誰も勝っていないんだ。本当の勝利が欲しいなら、今すぐ皆で懸命に働かないといけない」



   ◇◇◇



 それから二昼夜……昼の数時間しか明るくならないフルベンゲンとその近海で、私達は嫌と言う程働き続けた。

 最初は海賊共の救護。その後は奴等を閉じ込めておく牢獄の用意。壊れて沈んだ海賊船からも使えそうな物は回収した。

 また、そういう事をしている間にボートで逃げた海賊も居るので、沿岸のパトロールも欠かせない。


 しかもこの二日間は妙に天気が良く、満月に近づいていた月は沈む事なく一日中空のどこかに居て地上を照らし続けていた。極夜ってこういう事も起きるのね。

 前にロイ爺が言ってたなあ。明るい満月の夜は夜通し働かされるから、水夫はあまり海で見る満月が好きではないのだと。


 解放を約束されていたシーオッタ号の漕ぎ手達はもう少しだけ頼むと半ば強制的に請われ、二日間船を漕ぎまくっていた。私へのお世辞もどこかへ吹き飛んだようである。

 グレイウルフ号は自力でフルベンゲンまで漕ぎ付け、ボロボロの水夫は船の修理に、ボロボロの海兵は捕虜の収容と簡易裁判にと、働き漬けに働いていた。


 少し休んだらすぐ西へ旅立つはずだったファウストとサイクロプス号、避難民の皆さんもこの仕事に付き合ってくれた。特に避難民の中には医者が三人居て、たくさんの怪我人の手当てに協力してくれた。


 フルベンゲンの住民も様々な冬の職場から戻って来て、冬枯れの北の町はにわかに活況を呈した。陸に揚げて隠してあった小型漁船、離れた入り江に隠してあった中型漁船もフルベンゲン港に戻って来て、漁師を乗せて出て行く度にニシンや極光鱒を山積みにして帰って来た。

 一気に人口が増えた街では冬季休業中の宿も臨時開店し、一仕事終えた漁師やら海兵やら、早めに解放された一部の元海賊やらを飲み込んで賑やかに歌い散らかしているようだ。

 海賊の襲来という恐ろしい出来事があった割に、人々が幸せそうなのは良い事だと思う。

 この戦いで怪我をした人はたくさん居るし、亡くなった人も居る。これから乗り越えなくてはならない障害もいろいろあるのだろうから。

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マリー・パスファインダーの冒険と航海
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