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ミゲル「諸君、あれが噂のフォルコン号である。比類なき英雄の御前で、くれぐれも怠りの無いように!」水兵「ププッ」水兵「クスクス」

当作品は「マリー・パスファインダーの冒険と航海」の第四部でございます。

前作未読の方は宜しければ是非、第一部「少女マリーと父の形見の帆船」から御覧下さい。

ページ下部の「マリー・パスファインダーの冒険と航海シリーズ」のリンクからどうぞ!


そしてそして、三作目から引き続き御覧の皆様! 本当に本当にありがとうございます!

こちらも何卒! ブックマークをつけてお読みいただければ幸いです(震え声)

――ギギィ……ギィィー。ギギ……ギィィー。


 船体が規則的にたわむ音が、私を現実に引き戻す。今朝の夢はブロッコリー畑を耕す夢だった。あんなに頑張って耕したのに、夢の中の畑は消えてしまった。


 私は山懐やまふところのヴィタリス村のお針子マリー。しかし今は訳あって、借り物の帆船スループ艦フォルコン号の艦長室に住んでいる。


「ぐぇ」


 ああ……目が覚めた瞬間から船酔いが始まる……山育ちの私にとって海は決して味方ではない。事にここ、白波高き泰西洋にあっては……どんどん気持ち悪くなって来た……


 私が寝起きする艦長室はフォルコン号の艦尾楼の最上階にある。小さな船の上なので決して広い場所ではないが、この個室を使う事は私にだけ許された贅沢だ。

 さあ、衣装ケースを開けて今日の装いを決めよう……キャプテンマリーの服? 真っ赤なお姫マリーの服? それとも下っ端水夫の服……いや。今日は完熟オレンジのような色鮮やかな、サフィーラで買ったジュストコールを着こなしてみよう。中に着るのも最高のシルクシャツにスカーフだ……



「おはようございます労働者諸君!」


 まだ少し元気の残っている私は、勢いをつけて甲板に飛び出す。


「おはよう、船長。ちょうど今、皆が何かを見つけた所だ」


 最初に応えてくれたのは、主に船の操舵を担当している水夫、オークのウラドだった。青黒い肌と下顎から生えた牙、筋骨隆々の姿はまるで青鬼のようだが、中身は温厚で思慮深い船一番の紳士である。


 甲板を見やれば。今日もフォルコン号のマストは8時方向の風を受け順風満帆、白波を立てる勢いで走っている……ぐぇ。艦首にはロイ爺とアレクが居て、前に居る何かを交代で望遠鏡で見ている。


 見張り台に居た不精ひげが、マストをするすると降りて来る。背が高く筋肉質、働き盛りの卑屈な怠け者で、うちの掌帆長である。


「起きたか船長……あれ? それは『船酔い知らず』の魔法がかかってない服じゃなかったか」


 船酔い知らず。船酔い知らずね……そんな魔法もありましたね。


「不精ひげ君。人は日々研鑽し進化をするものです。いつまでもあんなものに頼らなくても、私は立派に船長の仕事をやり遂げて見せますよ。それで? 皆何を見つけたんですか?」

「たぶん、リトルマリー号だ」

「ええっ!?」



 リトルマリー号。その船の名前は私の名前マリーに由来する。ちょうど私が生まれた頃、15年程前に、父が中古で買ったバルシャ船だ。


 そもそも私が海に出る事になったのは、リトルマリー号の為である。船長である父が行方不明になり、半年後に死亡扱いにされ、リトルマリー号は船長を失った船として出港出来なくなった……そこに私が現れ、色々あって、父の跡継ぎとして航海に出る事になったのだが。


 そのリトルマリー号は私が乗り組んでから一か月後に、海軍にほぼ強制的に借り上げられてしまった。

 その理由が何と、我らがアイビス国王陛下が、最近の重要な事件に関わったいわくつきの船、リトルマリー号に乗ってみたいと仰せになられたからだと。


 そしてさすがにただ船を取り上げるだけでは悪いと思ったのか、海軍が代わりに使っていいと押し付けて来たのがこの新鋭艦フォルコン号である。

 この船の名前も訳あって私の父、通称パンツ一丁の(・・・・・・)フォルコン(・・・・・)に由来しているのだが、私はその訳を知りたくないし言いたくない。


 私は艦首に向かって走る。いや歩く。いやよろめく……ううう……今日はいつもより揺れてますね……怖い……舷側から放り出されそう……

 不精ひげニックはそんな私に構わず先に艦首へ行く。私もどうにかその後から辿り着く。


「船長! 見て! あの船団の真ん中!」


 そう言って振り向いて望遠鏡を渡してくれたのは、船の、いや我がパスファインダー商会の主計長アレクだ。名前よりあだ名で、太っちょと呼んで貰う事を好む優しく器用な水夫である。


 私は望遠鏡を眺める。気持ち悪くて手が震えて眩暈がして何も見えない。

 まあ……裸眼でも見えますよ……四隻くらいの船団が、フォルコン号と同じように、北北東くらいを指して進んでいる。


 その真ん中に居るのがリトルマリー?


 私は膝をつき舷側の手摺りに肘を乗せなんとかして望遠鏡でその船を注視する。ああああ、気持ち悪い……船酔いの時に望遠鏡なんか見ていいのかしら……

 だけど見えた。どうにか見えた。


「うそでしょ!? あれがリトルマリーですって!?」


 私がレッドポーチの波止場で見たリトルマリー号は、控え目に言ってボロ船だった。ハーミットクラブ(やどかり)号という名前で15年、さらにリトルマリー号と名前を書き換えられて15年、荒波に揉まれて来た船である。

 それがどうだ。


 船体は鮮やかな青。艤装や手摺り、船首船尾楼はまぶしい程の白、マストは目に痛い程の赤、翻る帆にはこれみよがしにアイビス王国の紋章がどーんと構え、船尾にはまるで大漁旗のような大袈裟な国旗が……

 あれがリトルマリー!?

 あまりの驚きに船酔いも吹っ飛んだ。


「周りは海軍じゃな……小船一隻の回送に、まあ何と大袈裟な……」


 ロイ爺がつぶやく。ロイ爺は長い顎鬚がトレードマークの船の長老だ。長い経験と豊富な知識に裏打ちされた知恵は船内随一である。ただし勘はあまり当てにならない。


 リトルマリーの後ろにはフリゲート艦がついていた。あの船は二回くらい見た。ミゲル艦長のボルゾイ号ではないだろうか。

 さらに前方には二隻の……コルベット艦かな? 小さなフリゲート艦のような船が二隻。なるほど厳重ですね。


「あら船長、起きてたのね。朝ごはんは良かったの?」


 私の後ろから声を掛けて来たのは航海魔術師のアイリだ。亜麻色の髪の料理上手なお姉さん魔女である。

 朝ごはん……そういえば今朝はまだ水しかお腹に入れてないよ。お腹すいて……


――ざっぱぁぁん(笑)


 その瞬間。全長20mもないフォルコン号の艦首が三角波に被られ、白く泡だった波頭が波除け板を乗り越えて降り注ぐ……ロイ爺とアレクは避難済み、不精ひげとアイリはヒラリと避けたが、船酔いと空腹で足に来ていた私は真正面から顔面で塩辛い水飛沫を頂戴する。ぐえええしょっぱい! そう思った途端、気合いで抑えていた吐き気が一気に……



「うえっ☆△×●○! ぐえええ○◎××★△●×~」



 舷側から顔を出す暇も無いまま、私はまたやらかした。



 たちまちモップを手に現れたのは、ついさっき夜直を終え船員室に眠りに行ったはずのカイヴァーンだった。浅黒い肌に長い黒髪の、私の義弟である。船の事は何でも出来るし戦うととても強い頼もしい子だが、寂しがり屋で泣き虫でもある。


「ごめ゛んカイウワァぁン、わだじがや゛るから゛」

「俺の名前はカイウワァぁンじゃないし、いいから姉ちゃんは後ろに行けって。艦首は揺れも強いし波も被るから」

「モ゛ッブ貸しで、じじぶん゛で拭ぐから゛」

「そんな所で船長にヨロヨロされたら皆も仕事になんねえって!」

「はいはい、今連れて行きます……」


 私はアイリさんに背中から抱えられ、艦尾へ連れて行かれそうになる。


「待って゛……わ゛たし船長てずから……これだけ、これだけ言わせて……あの船団を追って下さい! リトルマリーは私達の船ですよ、どこへ連れて行かれるのか、聞かせてもらわないと!」


 ロイ爺と不精ひげ、アレクはそれぞれに一瞬顔を見合わせ、揃って答えた。


「アイ、キャプテンマリー!」


 私はマリー・パスファインダー。パスファインダー商会の会長にして、フォルコン号の船長である。船酔い、これでもだいぶマシになったんですよ。

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本作はシリーズ四作目になります。
シリーズ全体の目次ページはこちらです。

マリー・パスファインダーの冒険と航海
― 新着の感想 ―
[一言] 第3話までの勇ましいマリーさんは何処へ(違) 海風を感じる素敵な出だし。一緒に甲板に出て風を感じているようです(そして容赦ない波しぶきの洗礼も) CG画でカイ君のビジュアルが明確になったせ…
[一言] 続編、待ってました。楽しみにしております。
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