第八話「十六魔将」
●前回までのあらすじ
そろそろ探索範囲広げようぜ。(*´∀`*)
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現代を生きる営業マン、加賀智弥太郎のクラスは< 幻装器手 >らしい事が判明した。
判明しただけでまったく意味は分からないが、とりあえずそういうものだという認識だけしていればいいだろう。だって、問い合わせしようにも質問権はないし、検証しようもないし。
そう、良く考えてみれば、こいつの検証は不可能に近い。< 戦士 >はセットするだけで分かるステータスの変化という違いはあるし、取り外しは可能だから戦闘による感覚の違いも確認可能ではある。しかし、これはカード自体が存在しないのだから、クラスの有無による差異など調べようがないのだ。少なくとも現時点では検証材料が足りない。
これが特殊なものであるという事は分かる。普通のカードと同じ扱いというならば、ロック状態で見えているべきだろう。ロックされてて取り外しが出来ないガチャマシンの存在があるのだから、それが通常の処理であるはずなのだ。要するに、ガチャマシン以上に根本的な部分に関わっているって想像は出来る。
想像だけなら、これがウインドウの能力を付加しているものという可能性もある。というか、多分そうなんだろう。幼女二号がチートと呼んだ力は、正しくこれなのかもしれない。
となると、< 幻装器手 >の幻装器というのがあのウインドウの事だったりするのだろうか。幻想ではなく幻装、幻を装備する器? なるほど、カードが本来実体を持たない幻のようなものと考えるなら分からなくもない。それを使う者だから< 幻装器手 >ってわけだ。問題は、それくらいしか分からないって事だが。
と、いつものようにおっぱい揉みながら気分を落ち着けつつ、そんな考察をしていた。
分からない事を気にしててもしょうがないとは思いつつも気持ち悪いのは気持ち悪いのだから、人として当然の反応といえるだろう。おっぱいマウスパッドが完全に精神安定剤と化している気がするな。
カード全般やシステム周りにもいえる事だが、全般的に説明がなさ過ぎる。あのガチャ子様が作ったシステムだからそりゃそうなるだろうという気もするが、だからといって不便な事は変わりない。自己完結せず、他人に理解してもらう努力は必要なのではなかろうか。神様の業界ならそれでも問題ないのかもしれないが、神候補らしい幼女二号も似たような感想みたいだし。
神は言っていた。俺が最初の使徒であると。
仰々しく語る意味はないが、最初のという事は普通は次もあるわけで、俺の後輩となる使徒さんたちも同じように意思疎通の問題で苦労するのが目に見えてしまう。
あまり良い環境ではないけれど俺が我慢すればいい、というのはただの自己満足に過ぎない。問題を問題のまま放置した場合、苦労するのは俺本人と後から来る者なのだ。
かつて営業先で似たような話を聞かされた事がある。客先の担当者と飲みに行く事になり、これは幸先いいんじゃないかと期待するも、飲み会の間ずっと愚痴ばかり聞かされた苦い思い出だ。
彼の所属する部の部長は極端な事なかれ主義であり、問題があったとしてもなあなあで済ませてしまう人だったらしい。それが一概に悪いとはいわないが、その部ではそれが悪い方に転がる事が多かったそうだ。そのフォローをするは決まって部下であり、その一人である彼は嫌々でも対応を続けてしまった。退職者や異動者が出て、元からいる人間が少なくなるにつれてフォローが必要になる件数も増え、負担も大きくなっていく。
原因は分かっているのに改善は出来ない。何故ならば、それまで上手く回ってしまったという前例と、改善するのが面倒くさいという二重の理由があるからだ。負担が大きくなった状態で更に負担を増やすのは精神的に厳しいものがあるのは分からないでもない。それが、将来的に更なる重荷になると分かってはいてもだ。
一番改善を求める人間が動けない。大部分の負担を支え、その上で更に負担となる環境改善を行う決断は出来ないものだ。なまじ、自分が耐えれば回ってしまう体制が現状維持という結論を導き出してしまう。
結果、数カ月後に彼は倒れ、そのまま退職したらしい事を聞いた。俺が担当していた案件も、引き継いだ後任者が何も知らない新入りだったので一から振り出しに戻るという有様だ。俺はただの取引先の営業で部外者であるから詳細は分からないが、その対応だけでも部内の悲惨な環境が伝わってくるというものである。
つまり、問題は放置するほどに改善が難しくなるという教訓であり、今のままだと痛い目をみるのは俺なのではないかという危機感を感じているのだ。
前にも後ろにも進めなくならない内に、あの幼女はなんとかせねばなるまい。いや、神様相手にどうこうする方法はいまいち思いつかないのだが。
そういえば、おっぱいマウスパッドといえば色々弄っている内に更なる事実がいくつか判明している。
なんと、前回激しく揉んだせいでついた痕はいつの間にか治っていたのだ。元々人間の皮膚に極めて近い作りではあったが、どうやら同程度の自己回復能力まで備えているらしい。あと、地味に汗もかく。最初は興奮した俺の手汗かと思っていたのだが、じんわりと内部から発汗している事が判明した。ちょっと怖い。
そういう事を繰り返していると汚れや匂いが気になってくるものだが、マウスパッド裏面に書かれた説明では水洗いも可能らしいとさっそく手洗いをしてみれば、揉むのとはまた違った感覚で楽しむ事が出来た。これは、ボディソープやローションが出てくる事を期待してしまう。一切生産性のない行為ではあるが、これが娯楽というものなのだ。
リアルにも程があると言わんばかりのリアリティでおっぱい心を刺激してくるマウスパッドであるが、そのリアリティは留まるところを知らない。ここまでリアルだと、実は中に人がいてひたすら俺におっぱい揉みしだかれるだけの責め苦を受ける拷問という線も考えてみたりしたが、深く考えない事にした。俺は悲惨な境遇では抜けない紳士なのだ。可哀想なのは抜けない。可哀想な猫も趣味じゃない。
エロ的なシチュエーションならば、実はこのたわわな果実の持ち主はどこか違う場所に実在していて、マウスパッドと感覚を共有しているというほうが興奮する。突発的に襲いかかる乳房が揉まれる感覚、原因不明のまま日常を過ごす中で、日を追うごとに何故かやたら上手くなっていく愛撫。そこから発生する反応を想像するほうが、中に人が閉じ込められていると考えるよりは健全だろう。いや、全部俺の妄想だが。
……最近、思考の半分ほどがおっぱいに支配されている気がする。
さて、考えても仕方のない< 幻装器手 >についてはひとまず置いておく事にして、今やるべき事は別にもある。探索範囲を広げ、より効率的な狩場を探すための準備だ。
ルーチンワーク用の撲殺ゴブリンが減ってきている今、この対策は急務といってもいいだろう。
元々は10連ガチャで有用なものを確認する事が目的だったのだから、むしろこちらが本題である。
現在、検証が必要と思われるカードは四つ。他にもあるにはあるが、名前からして有用そうではなかったために省く。謎の< ゴブリンの思い出 >などは、時間がある時にでも検証すればいいだろう。
・パワースラッシュ スキル/アクション
・闘争心 スキル/パッシブ
・ナンバーアンカー スキル/アクション
・戦士 コモン イクイップ/クラス
この内、パワースラッシュとナンバーアンカーについては拠点から出てすぐの通路で検証を行う事が出来た。
まず《 ナンバーアンカー 》。これは壁や床に向けて発動すると1~9までの数字が描かれるスキルらしい。発動する度に1、2、3と加算されていき、9で打ち止め。その状態で使用すると再度1が描写されるが、元々の1も消えてしまう。使い方は色々試行錯誤が必要だと思うが、割と便利な目印作成のスキルというわけである。基本的には分かれ道などに打ち込む事になるだろう。
カードのセット時の最大MP減少が10、1つナンバーを打ち込むごとにMPを3消費する。結構な消費量だが、MP消費の手段が乏しい今のところは問題ない。
次に《 パワースラッシュ 》に関してだが、これはおそらく発動条件を満たしていない。《 ナンバーアンカー 》の時はスキル名を口にすれば発動出来たし、それを発動すると明確に意識するだけでも効果を発揮したのだが、これは一切反応がないのだ。ゲーム的に考えるならおそらくは斬撃か何かで、鈍器で扱うものではないという事なのだろう。棍棒では斜線の軌跡を描けないという事だ。太いし。
そして残り二つ。クラス変更によるステータスの変化はあったものの、体感的に分かり辛い《 戦士 》と《 闘争心 》は、実際にいつもの周回にて検証してみる事にした。
結果としてはかなり微妙なもので、《 戦士 》についてはほんのり戦闘での体の動かし方がスムーズになったかな程度のものだった。二日目以降に感じた単純な筋力強化や体力向上のほうが恩恵が強かったために、技術的な面での補強が感じにくくなっているというのもあるのだろう。
《 闘争心 》についても同様だ。戦闘に対する忌避感が薄れ、戦闘欲求や好奇心が増す。戦闘で得られるものよりも、戦闘そのものに対する意欲に精神的な補正がかかるものらしい。だが、割合的には< ゴブリンの蛮族棒 >で受けている影響のほうが大きいと感じた。専用ゾーンが用意されていて他に選択肢のない《 戦士 》と異なり、こちらに関する優先度は低いと言わざるを得ない。
現在の周回のように探索の必要性がない場合ならばともかく、探索込みで一つしかない枠を使うならば、《 ナンバーアンカー 》が最優先だろう。《 マテリアライズ 》同様、枠に空きがあれば装備を検討する程度だ。
また、これらの検証に付随した新事実として、拠点に戻っても消費HP/MPは即完全回復するわけでないという事も判明した。
MP消費した状態で拠点に戻る場合、カードセットによって消費していた最大MP分は回復するものの、別に消費した分に関してはそのまま。HPにしても、わざわざセルフアタックで自分を攻撃して検証してみたのだが、やはり即回復はしていない。拠点では自然回復が早くなっているように感じるが、それでも時間はかかるので、MP消費を軸に探索を行う場合はどうしてもインターバルは必要になる事だろう。
というわけで、やるべき事はやった。ついにルーチンワークの範囲を越えて探索を開始する時がきた。
それに向けて、俺がセットしたカードは……。
イクイップ:< ゴブリンの蛮族棒 >< ミネラルウォーター500ml >
イクイップ/クラス:< 戦士 >
スキル:< ナンバーアンカー >
となる。ゴブリン相手なら< ブレストプレート >は不要で、水分補給のほうが優先度は上だ。
もっと強いモンスターやボスのような存在と接敵した場合は< 闘争心 >をセットする事も検討する必要が出てくるかもしれないが、現状ではこれがベストと判断した。
-2-
探索を開始してまず感じたのは、このダンジョンは想像していた以上に広いという事だった。ダンジョンというよりは第一層と言ったほうがいいかもしれんが、なんの準備もせずに探索範囲を広げていたら、確実に数回は餓死か渇死していたと思えるほどに広かった。幸い複雑というほどではない。分かれ道も多く複数の道が合流する道も多い、適当に進めばグルグルと同じところを回り続けかねない構造ではあるが、《 ナンバーアンカー 》のような目印があればある程度は回避可能な構造だ。使い捨てになるだろうが、油性ペンなどで目印を描いたとしても対応可能だ。
また、曲がりくねった道はすべて直角かつ直進であり、方向が把握し易くなっている。方向感覚が欠如した人間でも、注意していれば自分の向いている方向が分からなくなる事はない。
このフロアは広さはともかく、初心者向けかつチュートリアルの続き的なものである事は明らかだった。
「また転送陣か」
行き止まりの先に転送陣があった。ルーチンワークで使っていたものとは別のものだ。ついでに言うなら、ここまでに複数回発見している。
時間的に良い区切りではあるのでその転送陣に乗り、拠点へと戻る。探索範囲を広げてからすでに三度目の帰還だ。
「うーん……」
帰還の度にルーズリーフへと書き残したダンジョンの地図を眺めて唸る。記憶力任せになるが、想定よりも転送陣が多く設置されていた事で区切りを作れた分、この地図の精度はそこまで悪いものではないはずだ。直進と直角の曲がり角しかない事もあって記入そのものも楽だった。
正直、懸念していた問題はあまり発生していない。目印が作れれば迷う事はないし、途中のフロアで出会うゴブリンも別に強くなったりはしていない。
その代わりに広い。ひたすら広い。今作成出来ているマップだけでも、端から端まで歩けば容易に一日が過ぎる事だろう。拠点の機能かなにかで疲労は回復しているのだろうが、元のままの俺なら営業で鍛えた足腰でも翌日の筋肉痛になる事は確実だろう面積だ。
あまり気にしなくなっていたが、そろそろ靴が欲しくなってきたな。カードがなければセットする枠もないが。
探索が捗らない事も問題だが、地味にカードドロップも悪い。三回帰還しているにも関わらず、一度もフリーゾーンを使い切っていない。ゴブリンチケットに至ってはたったの三枚である。よほど余裕がない限りは十連に向けて貯蓄するつもりだが、今日中に回せるかどうかも怪しくなってきた。正確な時間は分からないが、多分もう夜になってるだろうし。
「……ありゃ、もう日付変わったのか」
と思ったら、ログインボーナスが降ってきた。どうやら、最初の検証と探索だけでほぼ二十四時間を使ってしまったらしい。……すごいな、ほぼ一日歩き詰めで、戦闘もこなして一日丸々活動するとかどんな体力してるんだ、俺。明らかに現代人の体力じゃねーぞ。
これでノーマルチケットも七枚、当然だがこれも十連ガチャに向けて貯蓄しておきたい。ゴブリンピックアップでないクリーンな十連ガチャの出目に期待したいところである。
というわけで、活動時間を自覚してしまった事でいきなり襲ってきた疲労と眠気に抗うつもりはなく、質問だけ投げて本日の活動は終了する事にした。
Q.『げんそうきしゅってなんですか』
A.『セキュリティクリアランスが不足しています。本件の回答には情報Lv7が必要となります』
「…………」
朝……かどうかは分からんが、起きて確認できたのはそんな回答だった。
大体想像はついていた。こんな怪しい情報が簡単に開示されるものではないと。それでも回答を得られる目安は分かるだろうと投げてみた結果がコレだ。
Lv7がどんだけ高いレベルなのかは知らないが、情報Lv1の俺には遠い目標である事がはっきりしたわけだ。……俺の想像以上に重要って事なんだろうか。
まあ、いい。こうして回答がもらえるという事は、これがバグのようなものではなく、少なくとも神様かここのシステム上で把握しているものという事だ。俺が生来保有していたものか神様に植え付けられたものかは分からないが、これがある事自体は不測の事態ではないって事である。
というわけで、意外に量のあったアメリカ軍のレーションを腹に詰め込みつつ、今日の予定を検討する。
……味? 大味だったな、と言うと褒め過ぎなくらい不味かった。いくら不味いと評判の軍用レーションとはいえ、こんなに不味いわきゃねーだろと思ったのだが、戦地で食べる事を前提とした栄養補給食ならばこんなものかもしれない。比較しようにも俺はミリメシを食った事がないので基準が存在しないのだ。
というか、これ特有のものかレーション全般にいえる事なのかは分からないが、製造年月日や賞味期限が見当たらない。神様のガチャで食えない食料品を出すとは思えないのだが、それが改良を重ねた現代のものであると決まっているわけでもない。ひょっとしたらすごく昔のレーションである可能性もあるわけで、不味さの原因もそこにあるのかもしれない。
結構量があるから、何回かに分けて食おう。餓死寸前まで腹減ってれば、食が進むだろう。
「さて、次は南方面か」
現在、手製の地図で埋まっているのはゴブリン撲殺ルーチンワークに使っていた東、階段正面方向の北、北東、北西、西方面だ。埋まっている範囲はバラバラだが、大体どこら辺に転送陣があるのかは把握できている。
階段が北を向いているからなんとなく北側を優先していたが、今日は気分を変えて南側に向かおうと思います。どこ行っても石造りの迷宮で代わり映えしないが、北側には何もなかったのだから南側には何かあるかも……なんて期待するのは当然なのだ。大体の場合において、期待を裏切られる事になるが、無理やりモチベーションを引き上げるためには有用である。
……なんて事を考えていたわけだが、その期待はいい方へと裏切られた。
「……どう見ても階段だよな、アレ」
南側をさまよう事数時間。なかなか帰還陣が見つからないなと困っていたところで、とうとう階段らしきものを発見した。
らしき、と曖昧なのは近寄っていないからである。構造的に、ちょっと長めの直線が続き、その先に大きめの部屋。更にその奥に通路と階段らしきものが見える。一直線だから視認できるが、手前の部屋が不穏過ぎる。
造り自体は他の部屋と同じに見えるが、明らかに広い。まるで、何か大きなものと戦闘を行う事を想定したような広さである。見えない範囲に何かがいるか、あるいは突然出現するのか、どういう形かは分からないが、何もないって事は想像し難い造りだ。……どう考えてもボス戦なんだろうな。
層の終わりにボス戦があるだろうとは思っていた。しかし、こうもボス戦ですよーという雰囲気を出されてしまうと尻込みしてしまうチキンが俺なのだ。いっそ、突発的に戦闘に突入してしまったほうが勢い的にはいいとさえ感じてしまう。覚悟を決めるため、あるいは様子見といってもいいが、そのフロア回りを探索してみる事にした。逃避ではない、これは準備なのだ。
「これは良くない兆候だな」
俺は俺の精神構造を良く知っている。ノリと勢いに任せて突っ込んでしまえばどうにかなると考えてはいても、その手前でやれる事があるとそちらに意識が向いてしまうのだ。準備は大事だが、そういう準備に限って役に立たない事が多いのも事実である。
RPG的に考えるならボス戦前のレベル上げ、マップ埋めなどに当たるだろうが、手前の道を進んだところに攻略に直接関係ないアイテムの入った宝箱があったとしてもボス戦には影響しない。探索率や実績狙い、単にマップ埋めがしたいという欲求がない限りは意味のない行動だ。
実のところ、オートで記述されていくマップが用意されていたら俺もそんなドツボにはまりかねないわけだか、そもそも二週間でリセットされるらしいダンジョンでマップを埋めたからといって何になるのか。……ひょっとしたら、その手の実績はあるかもしれないけど。
俺には死んでも大丈夫という保険がある。手に入れたカードは消えないし、ペナルティらしきペナルティもない。あえて言うならここまでの移動にかかった労力だが、それだって些細なものだ。距離はあっても、障害となるのは数匹のゴブリンだけなのだから。だから、ゲーム的に考えるならここはとりあえず突っ込んでみるのが正解なのだろう。
ボスがいないければいないでいいし、いても戦力を測る事はできる。また、勝てないと決まったわけでもない。もどきの時とは違って、今はある程度慣れている。仕組みは良く分からないが筋力や体力も強化されている。差は良く分からないがステータスの底上げもある。弱点は丸出しのままだが、武器だってある。ならば、ちゃんと全力を出せば強敵にだって勝てるかもしれない。実際、今なら野犬程度なら問題なく撲殺出来るはずだ。子猫にビビってたのに大した進歩なはずだ。
しかし、死に対する忌避感やそれに伴う痛みはどうしたって抗いがたいものだ。そして、それを忘れる事もまた人として問題なような気もする。
先に進まないという選択肢はない。俺の生活環境の改善や帰還のためだけではない。もちろんそれも重要だし、短期的には優先されるべき事項ではあるが、その後ろに見え隠れしているものが怖い。
俺はなんのためにこんな事をしているのか。
これが神様が用意したゲームで、それを攻略する様やガチャに一喜一憂する様を見て楽しんでいるのならいい。ムカつく話ではあるが、それだけだ。
しかし、あの幼女がそれをするだろうか。どうも印象に合わない。となると別の目的があるだろうと考えるのが普通で、意味不明な断片らしきものもそれぞれに意味があると考えるべきなのだ。
目的として、一番分かり易いのは強さだ。このダンジョンやガチャを使って俺を強くしようとしている可能性は高い。ただし、それ自体が目的である可能性は低いだろう。
ありそうなのは、何か大きな目的を達成するために俺を強くする必要があるという事。あるいは、強い使徒を作るシステムを作り上げる事。そして、それがあの幼女本人に成し得ない事であるとするなら、一応の理由としては成立しているように見える。
それが何かは置いておくとして、何かが起きた時に力が足りないでは話にならない。必要になってから慌てて鍛えて間に合うとも思えない。
また、強くなれば必然的に生活環境だって良くなり、帰還だって近づく。俺は強くなる必要があるのだ。
だから、無駄な準備は害悪そのものなのだ。石橋を叩く必要はあっても、それで向こう岸に渡れないのなら意味がない。不安ならば自ら橋をかけるべきで、迂回路を探すべきで、向こう岸に行かなくても済むような方法を見つけるべきなのだ。
そんな考えを後押しするように、目の前に帰還陣が現れた。場所的に、階段手前の直線から少し戻ったところ……近年のRPGにあるような、如何にもボス戦用に準備をさせるべく用意しましたと言わんばかりの配置である。
道順は分かっている。道中に大した危険も障害もない。だから、ボス戦に向けて装備を整えて来いという考えが透けてみえるようだ。
今の装備がボス戦に向けたものでないという言い訳は通用しないと言われているようでもある。
「ちっ……」
俺は帰還陣に乗り、ボス挑戦への覚悟を決めた。
-3-
イクイップ:< ゴブリンの蛮族棒 >< ブレストプレート >
イクイップ/クラス:< 戦士 >
スキル:< 闘争心 >
棍棒を持ち、胸部のみを金属鎧で覆った下半身まるだしの変態が爆誕した。今更ではあるが、今姿見を用意されたら逃げる自信がある。はっきりいって直視したくない。
実用性しか求めない姿というのは、こんなにも見るに耐えないものだという証明を体現してしまっている。
アンバランスにもほどがあるだろうが、それでも未知の強敵を相手にするなら胸部をガードする防具はあったほうがいい。加えて、道順が分かっているのだから、わずかにでも戦力になりそうなスキルを付けるべきだろう。マテリアライズして有用なものがあるならまた変わってくるのだろうが、戦闘に役立ちそうなノーマルカードもない。道順が分かっていれば水分補給も必須ではない。選択肢が少ない今、俺の戦闘用の構成はコレしかありえなかった。
やや駆け足で階段までの道を行く。道中に出現するゴブリンの少なさが、立ち止まった場合の未来を表現しているようで少し嫌な気分になった。
無心でゴブリンを殴り殺していると《 闘争心 》が仕事をしているのが分かる。検証の時には感じなかった高揚感だ。
より良い戦闘手段、ただゴブリンを殴り殺すだけではなく、効率的に対象を破壊するための方法を模索している。
弱いゴブリンを殺すだけなら、ただ棍棒で殴り飛ばせばいい。模索すべきはより先を見据えた戦闘技術だ。
どうやって棍棒を振るえば、どこに当てれば体に負担が掛からないか。どれくらいの力加減ならば一撃で殺せるか。攻撃に際しての足の運び。複数体を想定した場合に連続して行動できるような姿勢など、戦闘に必要と思われる試行錯誤が自然と頭の中で展開される。
それらは決してどこからか流れ込んで来た知識ではなく、あくまで俺の中にあるものだ。好戦的に誘導されてはいるものの、戦闘に対して真摯に取り組むならばこういう思考になるだろうという確信があった。
《 闘争心 》の効果か、< 戦士 >の効果か、あるいは未知の強敵と戦う事を意識したが故の変化なのか。俺は確かに戦闘そのものを楽しんでいた。
強くなるという事は楽しい事なのだろう。筋肉をつけて自信をつけるというのも理解出来なくはない。
大学時代に知り合った友人で、ある日突然筋トレに目覚めてしまった奴がいる。最初は異様にヒョロヒョロだったのに、会う度に巨大化するという不気味な体験だった。
奴は、毎日風呂上がりに鏡を見て三十分ほど筋肉の発達具合を確認していたらしいが、目に見える変化というのは確かに良いものなのだろう。筋肉信仰はないが、今ならそれも一割くらいは理解できる気がする。
ちなみに、そいつは好きになった女性にムキムキ過ぎて気持ち悪いと言われたショックで引き籠もったが、自分を変えるならば目的意識も大事という事を教えられた。鍛える事を手段ではなく目的にしてはいけないと痛感したものだ。
俺が強くなるのには意味がある。そう意識する事で、己を鍛えるモチベーション上げていく。反面教師さん、ありがとうと。
クラスやスキルに頼っている感はあるが、それも自らが望んで手にしたものだと自覚すれば、ただの手段の一つでしかない。寝起きのカフェイン摂取と同じようなものと考えればいい。
そう考えるならば、やはりここに留まっているのは悪手だ。
弱いゴブリンを撲殺するだけの段階は過ぎた。俺には、鍛えるための相手がいる。これから向かう先にはちょうどいい相手がいるだろう。
「……意識引っ張られ過ぎだな」
ちょっと好戦性が過剰になっているのが自覚できた。一度立ち止まって落ち着いてみる。
だが、そこまで悪くはない。ずっとこうなら問題はあるだろうが、幸いこれは切り替え可能なものだ。精神的な負担もあるだろうが、それは慣れていけばいい。
勢いを大事にする俺には、こういった精神を切り替える手段はありがたい。あまり強烈な変化だと反動が怖いが、実際、何かしら修行をする際には有効だろう。
この好戦性と勢いのままボスを打倒する。距離もあとわずかだ。できれば初見クリアといきたいところである。
そう考えながら、必要以上に好戦的にならないように歩調を緩め、道を進んでいると違和感を感じた。
「なんだ、あいつ……」
進む先に一体のゴブリンがいる。それだけならばそうおかしな事ではないのだが……。
ここまで出会ったゴブリンはどいつも部屋に配置され、そこから移動しようとしなかった。なのに、こいつは通路の途中にある脇道から姿を現し、歩いてこちらに向かっている。
現実的に考えればそれはおかしな事ではない。しかし、ここではそれは異常事態といえた。
状況を理解できず棒立ちのまま動向を窺っていると、そいつは俺の存在に気付いたのか、こちらに向かって走り出した。
その姿に俺は更なる違和感を感じていた。あいつの行動はゴブリンとして見ればおかしなところはない。俺の姿を確認した途端、何も考えずに直線で突っ込んでくるのがこれまでのパターンだったからだ。そいつにしても、行動自体は同じである。ならば何が違うのか。……縮尺だ。
「小さっ!?」
ある程度近付いてきてようやく判明したのだが、そいつは体長が他のゴブリンの半分もなかった。
その手に持つ鉄球付き棍棒が巨大に見えるほどに小さな体躯。元々ゴブリンの体長は俺の三分の一もないのにその半分となると別の種族にしか見えない。
ただし、そんな体躯でも動きはそのままだ。歩幅に関係なく、他のゴブリンと変わらぬスピードで駆けてくる。
そして、俺はそんな見かけだけなら雑魚中の雑魚と呼ばれかねない極小ゴブリンに恐怖を感じていた。正体は分からない。攻撃は当てづらいだろうが、弱体化しているようにしか見えない。あえていうなら、通路を闊歩しているという事実だが、恐怖を感じているのはそこではない。何か、言いようのない凄みを感じるのだ。
……これを侮ってはいけない。
「っああ!」
先手を取る。距離を詰められる前にこちらから動く。相手は武器こそ通常サイズだが、その体躯のせいでリーチは短いはずだ。普通に考えるなら、こちらが圧倒的有利である事は揺るがない。
しかし、感じとった危険は間違いでなかった。極小ゴブリンは、俺が動き始めるのに合わせて動きを加速させた。ここまで詰めてきた速度はブラフだ。
斜めに振り下ろした俺の棍棒を掻い潜り、更に距離を詰めるゴブリン。その距離はもはや武器で争うような距離ではなく格闘戦のそれに近い。
「っ!!」
最初から危機感を感じて警戒していたのが幸いしたのか、振り下ろした棍棒に引っ張られる事なく、次の対応がとれた。
そこまでは俺の戦闘経験が活きた結果だ。そこから続く行動は、もはや本能といえるものだった。
反撃でも、防御でもなく、俺は全力で後ろへと飛んだ。その直後、俺のいた場所で下から上へ向けて振るわれる身の毛もよだつ鉄球棍棒のスイング。
それを見て、俺は全身の血が凍りついたような恐怖を覚える。攻撃自体は大した事はない。まだ偽装している可能性はあるが、それを差し置いても致命的な攻撃力や速度ではない。問題は、その軌跡。
……こいつは、明らかに俺の金玉を狙っているっ!?
頭をかち割りに来るよりもはるかに怖い攻撃に、ターゲットである俺の金玉が竦み上がる。丸出しの局部がここにきて致命的な弱点と化した。
振るわれる棍棒は正にそのために用意したような悪夢の形。俺にとっては死神の鎌よりも恐ろしい形状に見えた。
確かに、普通に考えてむき出しの弱点を狙わないなど有り得ない。猪突猛進、もっといえば何も考えていないゴブリンだったからこそ、弱点を無視していただけの事なのだ。
これは初めての生きた相手を敵とした戦闘。
間髪入れず次の行動に移るクラッシャーに対し、俺の反応は鈍い。目で把握していても、体が言う事を聞かない。金玉を狙われる恐怖がわずかに俺の動きを鈍らせている。
そして、そのわずかが戦闘において致命的なものとなるのは当然の帰結だった。
「くっ!」
再度飛び退くが、距離が足りない。クラッシャーの鉄球が俺の膝を掠め、発光したのが見えた。それは、おそらくはHPの発光現象。掠った膝に傷はないが、HPを削られたと考えるべきだろう。
そうだ。ここまでほとんど経験はなかったが、俺にはHPという壁がある。むき出しの弱点でも、そこへ攻撃が直撃してもフルでダメージを受けるわけではない……はず、多分。
何度か打ち合って、このクラッシャーは他のゴブリンに比べて、そこまで強いわけでもなく戦闘技術が優れているわけでもないという事は分かった。むしろ、力や体力は劣るかもしれないというレベルだ。しかしその代わりに速く、小さい事で攻撃が当て辛い。俺の獲物が重い棍棒である事もマイナスに働いている。
明確な弱点を狙うくらいの頭もある。たったそれだけの事で、こうも強敵へと変貌する。如何に俺が弱く、経験が足りていないかという話でもあるわけだが。
睨み合いを続けながら距離感を測りつつも、お互いの攻撃が直撃しない泥試合が続く。こちらは奴のドタマに一撃叩き込みたい、あちらは俺のキンタマに一撃叩き込みたい。字面は似ているが、まったく意味の異なる目的はしばらく果たされる事はなかった。これまでの戦闘の慣れがどこにいったのかという低レベルな戦いだ。
いっそ逃げる事も考えたが、それもあまり意味はなさそうだという事に気付く。こいつがいるのは通路だ。つまり、ダンジョン内を自由に闊歩している可能性が高い。つまり、逃げても追いかけてくる。
逃げ切ったところで、不意の遭遇戦に怯え続けないといけないのは変わらない。こいつを倒そうが似たような存在がいる可能性はあるし、こいつ自身が復活する可能性もある以上、ここで仕留める事は必須ではないが、変に苦手意識を作りたくなかった。俺の潜在意識に天敵として刷り込まれる危険すらある。捨て身で執拗に金玉狙ってくる奴など怖くて当然かもしれないが、比較論である。
別に劣勢というわけでもないのに、状況は泥沼。こんな時どうする? 戦闘経験の少ない俺が持つ引き出しの中にその答えはあるのか?
……ある。
「あああああああああああっっっっ!!!」
吠える。声を振り絞り、酸素を自ら消費し、思考を集中させ、心の助走をつける。ついでに相手が臆したらラッキーだ。
結果、一瞬だがクラッシャーが反応したのが見えた。その隙を見逃さず俺は前傾姿勢へと移行、棍棒を振る動作を開始する。
狙いはシャープに。動作はコンパクトに。小さくて速い目標でも当てられるように。大丈夫、前傾姿勢だから必然的に金玉は当て辛くなるし、万が一当たってもHPはまだ残っているはず。だからきっと痛くない。
おそらく俺の攻撃は命中する。相手が動いていても当てられるくらいの技量はついているつもりだ。そもそも、恐怖心がなければこの程度の相手は敵ではない。
一方、俺の攻勢に対してクラッシャーがとった行動は攻撃。回避でも防御でもなく、迎撃ですらなく、自ら攻めて後の先をとるための攻撃。
ただでさえ小さい体躯が屈み、低くなった俺の更に下へ潜り込もうと踏み込んでくる。上半身に攻撃するほうがはるかに勝機があるというのに、あえて困難な道を行く。狙いはあくまで金玉で、それ以外の戦い方を知らないといわんばかりの決断に、俺は戦士の姿を見た。ぶっちゃけ本気で怖い。
絶対に当てる。わずかでも攻撃する余力を残したが最後、こいつは捨て身で金玉を粉砕すべく襲いかかってくるだろう。
危機感が俺を集中させる。極限とも言える集中状態の中で、俺は確かにクラッシャーの脳天を捉えた。あとはただ、これを全力で振り切るのみ!
「うおおおおおっ!!」
過剰ともいえる全力攻撃。しかし、決して手は緩めない。何故ならば、仕留め損なって逆襲されるのが怖いからだ。
振り切った蛮族棒がクラッシャーの頭部だけを吹き飛ばし、その頭は壁へと叩き付けられて砕けた。後に残ったのは、頭部を失っても尚地に足を残して襲いかからんとする胴体のみだ。
もちろんそんな状態で動きはしない。しかし、あまりの迫力に警戒せざるを得ない。そして、それはクラッシャーの胴体が霧になるまで続いた。
完全に霧となって消滅してようやく息をつく。
……なんて恐ろしい敵だったんだ。振り返ってみても大して強いわけでもないのに、こうまで恐怖を掻き立てられるなんて。
[ フィールドボス ゴブリン十六魔将第一席 睾丸破壊のディディー撃破! ベースゾーン+1! ]
[ フィールドボス初撃破達成! モンスター名鑑機能が解除されます! ]
「ヒェッ」
表示されたアナウンスに、思わず金玉が竦み上がる。なんて恐ろしい名前なんだ。倒した後ですら恐怖を与えてくるなんて。
しかし、フィールドボスだ。フィールドボスがなんなのかは良く分からないが、おそらくユニークな個体だから、一度倒してしまえば再会する事はないはず。
ここで、強敵を讃えて『また戦おう』とか言えたら格好良いのかもしれないが、絶対に二度と会いたくない。
そんな敵を倒したドロップなら、さぞかしいいものが貰えるんだろうなと期待して地面に落ちていたカードを拾う。そういってただのゴブリンチケットか、ゴブリン専用スキル的なものなんだろ……と思っていたら、色はイクイップカードのものだ。
[ ナッツクラッシャー レア イクイップ/ウエポン ]
カードを見て、あまりのネーミングに戦慄した。個体名から武器まで、奴はすべての金玉を破壊するために生まれてきたような戦士だったのだ。
レアリティが高い事よりも何よりも、ただ恐ろしかった。
「くそ、まさかボス戦前にこんな悪夢のような敵と出会うなんて……」
勝ったからいいが、負けていたらどんな惨状になっていたか。下手をすれば、ギリギリで生かされて延々と金玉を虐め続けられていたかもしれない。……恐ろしい。
思わぬ武器を手に入れてしまったが、これを使うかどうかは微妙なところだ。
セット中のカードをダンジョン内で外す事は出来ないし、レアといってもコレが強武器である気がしない。< ゴブリンの蛮族棒 >に戦闘忌避感を緩和するような能力がついてる事はほぼ確定だが、これに能力があったとしても睾丸特攻とかそういう類のものなんじゃないかと思うのだ。もちろん手に入れた以上検証はするが、今である必要はない。
要するに選択肢が出来てしまった。
このままボスに突っ込むか、あるいは一度拠点に戻って再度準備を整えるか。ステータスを見れば、減少したHPはわずかだ。自然回復分を考えるなら、拠点に戻ったところで誤差の範疇といえる。
「行くべき、だな」
それが俺の基本スタイルだ。一度勢いをつけたのに立ち止まるのは悪影響しかない。ここはむしろフィールドボスを撃破した勢いのまま挑みたいところだ。
カードをしまい、一度だけ深呼吸して通路を歩き出す。
-4-
そうして、通路の行き止まりまで足を進めた。後一歩踏み出せば怪しさ満点の大部屋だ。
一応警戒しつつ歩を進めていたのだが、現時点で視界に入る範囲には敵らしきものは存在していない。こうしてギリギリまで近付いてもだ。こうなると、死角となる壁に張り付いているのでなければ空という事になる。
ということは多分、足を踏み入れた瞬間に出現する類のボスなのだろう。上から降ってくるか、召喚されるか、階段の向こうから上がってくるかは分からないが。
「よしっ」
棍棒を握り直し、最大限に警戒しつつ、部屋に足を踏み入れた。その時点では、まだ反応はない。
慎重に、慎重に部屋の中央付近まで移動。前後左右だけでなく、高くなっている天井や足元も注意しつつ。
しかし、何も起きない。
一体どういう事なんだ。まさか何もないなんて事は……ない、よな。
何事もなく、奥の階段まで辿り着いてしまった。
「…………」
振り返ってみても、何かが出現する様子はない。部屋は静かなものだった。
マジでボスなし? じゃあ、あれだけ警戒したのはなんだったの?
混乱と猜疑心に頭を支配されたまま、ゆっくりと階段を降りる。もちろん、後ろも最大限に警戒しつつ横向きに。
拠点から第一層の階段も長いが、この階段も長い。距離的には同じくらいだろうか。出口の光が見えてきた。
そして、何事もないまま次の部屋へと辿り着いてしまった。
その部屋にボスがいるというわけでもなく、普通の小部屋で、隅には帰還陣まで用意されている。
[ 第二層前中継地点到達達成! 実績ボーナスを獲得しました! ベースカード< かんてい >を獲得! ]
[ かんてい アンコモン ベース/ライフ ]
「っざけんなっ!!」
思わず蛮族棒を床に叩き付けてしまった。
本当にボスがいないなんて……。なんという肩透かしだ。このやり場のない感情をどうすればいいのか。そりゃ苦労しないのならそのほうがいい。しかし、一体俺はなんのために準備したのか。あの警戒や苦悩はなんだったのか。
ボスの前に立ちはだかるように現れた睾丸破壊のディディーは一体なんだったのか。ああ、もう。なんたる不完全燃焼だ。
「……帰る」
帰って、おっぱい揉んで気を鎮めてから、この謎の聖職者っぽい格好の男が描かれたカードの検証をする事にしよう。
弱点はガードしましょう。(*´∀`*)