第五話「質問フォーム」
ぬるりときたぜ。(*´∀`*)
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【使徒】。狭義の意味では、二千年くらい前にいた大工の息子の弟子十二人を指す言葉である。もう少し広い意味では、神から遣わされた天使の意味を持つ。アブラハムの宗教では大体そんな意味で使われる事の多い言葉で、某アニメ作品の使徒もそういった意味で付けられたものだったはずだ。
そして、現在の俺の職業……というか、肩書も使徒らしい。自分が天使とか、いい年したおっさん予備軍が何言っちゃってんのって感じだが、自称というわけでもないから許して欲しい。ウチの神様がアブラハム系に属するかどうかはともかく、そういう超常の存在から名指しで言われたわけだから仕方ないといえるだろう。
まあ、主である神様に脱糞ショーを披露してしまった使徒など過去に例はないだろうし、神秘性の欠片もないのだから、実は使徒っていっても大した存在ではないんじゃねーかという気がしなくもない。いや、実は神話の中においても実はこれが洗礼の一種だったという可能性も微粒子レベルで存在するのかもしれないが、そんな慣習は世に出せるはずもないのだから考察は無意味だろう。
もし、大工の息子が高弟たちに洗礼として脱糞ショーを披露させていた、などと記述があったら、色んな組織が全力で隠蔽するに決まっているのである。そして、その隠蔽された謎の文書を巡り、血で血を洗う抗争を描いた映画が公開されたりするのかもしれない。文書の正体が判明した後で見直すとすべてギャグになるという恐ろしいポテンシャルを秘めた映画になる事だろう。ちょっと見てみたい気がしなくもない。
というわけで、俺が神様に向けて脱糞ショーを披露しても実はそれほど問題ないのではないかという、無理やり過ぎる理屈を考えていた。
神聖な儀式だからちょっとくらい恥ずかしくても問題ないよね、という現実逃避で割り切れれば大した問題はないと。……いや、ねーよ。問題がではなく、問題しかねーよ。
大体、披露する目的など皆目存在しないがこの行為を始めたのは俺で、神様が俺の痴態を目撃してしまったのは偶然みたいなもんだろう。それを儀式とか言い出すには無理があるってレベルじゃない。分かってはいるんだ。
営業なんてやってると心に棚を造るのが得意になるものだ。客の中にも常軌を逸した人は一定量いるわけで、それはそれ、これはこれと自分を誤魔化す事が上手くなる。過去のひどい例を参考に、アレよりはマシと自分の価値観を上塗りするのである。さすがに、人生のどこまで遡ってもこんな経験は覚えがないが、一時的に誤魔化す事くらいは出来るだろう。
理屈付けとしては……アレだ。神様なんだから、俺たち人間とは別格の存在である事は確かで、たとえ見かけが似ててもそんな存在に排泄を見られても気にすべき事ではないのである。人間が動物の排泄を見たところで、しょうがないわねーと処理するのが飼い主の在り方というものだ。
それに、世の宗教家さんたちは、主はいつでも見ていらっしゃると言ってるのだから、世界の信者さんたちだって似たような経験をしているのだと思えば大した事ではないのである。
「という理屈で誤魔化す事にしました」
「いや、その理屈はおかしいです」
悲劇のショー開催から数十分後、謝罪に現れた神様に向かって説明したところ、当たり前のようにツッコミが入った。いや、無理があるのは分かっているのだ。それを強引に誤魔化しているだけで。
「そもそもプライベートな環境は極力見ないように、この部屋の閲覧にはフィルターかけてますし。それが今回の悲劇に繋がったわけですが……」
「主はいつも見ておられているのでは……」
「ないです。いや、他のところは知りませんけど」
「なんて事だ……」
「なんかノリがおかしくありませんか?」
心に棚を造ってる最中なんだから、そりゃおかしくもなるだろう。絶賛、自分を誤魔化す演技中である。
「ですが、私もさすがに色々問題があると思って対策を考えました」
「え、ひょっとして、この生活環境に梃入れが?」
出来るなら最初から対策しろというのはユーザーの傲慢だ。想定しない問題というのは、起こってみて初めて気付く問題である事が多い。しかも、最初のケースで何かのテストと割り切ってるっぽい今の環境に不具合があるのは承知の上かと思っていた。しかし、まさかそんな改善が待っているなんて。
満ち足りた生活を送っているならともかく、こんな文明度の低い環境で改善が提供されるなら、一時の恥で得をとったと考えるべきか。率先してやりたいとは思えないが、死活問題が脱糞ショー一つで改善するならアリと言えなくもない。
実のところ、謝罪と賠償を要求するというのも考えてはいたのだが、見かけはともかく超越者に向かってどの程度の要求が許されるのかなど分からない。何か不用意な一言で、『それなら、あなたいらないんで消します』となってしまう可能性だってあるのだ。ここまで得た情報で、そんな悪辣な扱いはされないだろうという気にはなっているが、それで無防備になれるかといえば別の問題だろう。無礼講といいつつ、実は無礼講でない飲み会を沢山経験してきた俺としては、ちゃんと境界線ははっきりさせておくべきだと思うのだ。 直接関係ない幼女二号に関してはかなり適当な扱いになっていた事は否めないが、直接俺の存在をどうとでもできる相手に向かってチキンレースをするつもりなどない。
しかし、相手側から提供されるのであれば話は別である。なにせ、こちらから言い出したわけではないのだから、欲深いと思われる事もない。何がいいかと聞かれる場合は危険だが、それだって自分で言い出すよりはいいだろう。ましてや、神様から下賜されるというのなら、断るほうが失礼で不興を買うというものだ。
戦国時代の論功行賞で褒美を断ったりしたら斬られてもおかしくないんだぞ。
「というわけで、じゃーん! こちらを進呈します!!」
と、どこからともなく出現するトイレットペーパーのセット。十二ロール入りで、日本の薬局ならどこでも売ってそうな代物である。
少しだけ期待していた心が一気に萎む音を聞いた気がした。
「ど、どうも」
……確かにありがたいのはありがたいが、肩透かし感がすごい。あと、もうちょっと早く欲しかった。
まあ、これでしばらくはケツ拭く紙には困らないだろう。トイレットペーパーなら他にも用途はあるし、無理をすれば布団代わりにも……いや、量的に贅沢だな。いつ再び手に入るか分からないのに、無駄使いは出来ない。外回りをしていると、用を足した後で紙がない事に気付く恐怖は良く知っているのである。
「あの、根本的な問題は一切解決されていないような……」
「まーまー、これはただのお詫びという事で。わざわざ人間界に行って買って来たんですからね。夜中なんで、二十四時間営業の店を探すのに苦労しました」
「は、はあ……」
良く見なくても、どこかのメーカー製の代物である。あんなガチャマシン創る神様なのに、パッと出したわけじゃないのか。夜中にトイレットペーパー買いに来る幼女とか、通報されそう。
「というか、人間のお金持ってたんですね」
「持ってませんけど」
あるぇー。
「まさか、窃盗?」
二十四時間営業の店舗は知らないが、スーパーでも薬局でも、トイレットペーパーは店外に置いている事が多い。神様の超常的な力ならいくらでも回収出来そうだ。それを窃盗と呼んでいいのかは分からないが、対価を払っていない事に違いはない。あと、レジ通さないと店員さんが困る。
「失敬な。ちゃんと代金は払って来ましたよ。円ではないですが、金のインゴットで足りないって事はないと思いますけど」
「過剰過ぎるわ」
在庫からトイレットペーパーが一つ消えて、代わりに金のインゴットが鎮座していたら、店員もさぞかし困惑するだろう。普通にニュースになりそう。
そもそも、インゴットを換金する方法はあるんだろうか。詳しくはないが、ああいうのって識別用の番号とか振られてるんじゃなかったか? 手間を考えると、そのまま一つ商品が消えたほうが楽だったかもしれない。
「あの、もし可能なら俺の持ってた財布の中身とか、預金とか使って構わないんで、そういう社会を混乱させるような行為はちょっと……」
「え、金って、人間の間では結構価値があるって認識だったんですけど。インゴットの価値なら、ガチャも結構回せるはず」
「価値はありますが、そのままでは使えません」
直接ガチャを回す料金にもならない。良く課金するのを石を買うなんて表現したりもするが、アレだって石は円やドルで買っているのだ。
「じゃあ、プラチナとか」
「いや、希少鉱物だったらいいわけではないです」
確かに希少ではあるし高価だけど、一般人はそのままでは使えないのだ。特に非鉄金属は扱いが面倒である。希少だからといって、間違ってもウランとか使わないで欲しいところだ。
「なら、人間にとって未知の金属なんかどうでしょう?」
「おいやめろ」
確実に騒動になる。そんな問題、神様にとっては知った事じゃないだろうが、色々問題が発生するのが分かっていて放置するわけにはいかない。
「まーあんまり必要になりそうな気はしませんけど、何か方法を考えておきます。良く考えてみたら、使徒さんが今後一時的に戻る時にも必要でしょうし」
あ、そこら辺現実な話として考えてくれてはいたのか。もっと適当な話だと思ってた。『ほ、本当に帰れるんですね?』『あー、はいはい、帰れる、帰れる』的な。
本当は帰れないのだとしても、俺には確認する手段がない。ガチャの景品に含まれているけど、排出率実質ゼロですっていう状況だって有り得ると思っていた。しかし、この言い方だと普通に排出されそうな印象を受ける。
「えーと、本当に戻れるので?」
「戻れますよ。前も言いましたけど、あのガチャの中にも色々入ってます」
「具体的には?」
「禁則事項です」
まあ、ここまでの話からするとそうだろうなとは思ってた。とりあえず、確実にそういうものがあるって事が分かっただけでも気分的には楽になる。
「話を元に戻しますと、そういう質問の類について、いくらなんでも投げっぱなしじゃないかという提案がありました」
「提案って……誰から?」
「動画実況の神候補の子から」
素晴らしい。俺の中で点数が上がっちゃったぞ幼女二号。五里霧中な状況に改善の光を与えてくれるとは。今度会った時はもう少し優しくしてやってもいいぞ。
「というわけでですね、会議中暇だったので、ガチャ太郎ウインドウに質問フォームの機能を付けてみましたっ!!」
「いや、ちょっと待って」
「はい? 真面目に会議に参加しろっていわれても、下っ端も下っ端に発言権なんかあるわけもなく、かといって、TRPGのオフイベントで来場者数がーとか言われても……」
「いや、それではなく……」
ぶっちゃけ、俺もそれはどうでもいい。どうせ、そういうカテゴリごとに神様がいるんだろうなって感想しか湧かない。動画実況の神様のような例は別として、そうそう会う機会もないだろうし。そんな会議で居眠りしてようが、内職してようが、俺は一切気にしない。
それが俺のためになるというのなら、むしろ手放しで称賛すべき行為といえる。
「が、ガチャ太郎ウインドウって何ですか?」
「これの事ですけど」
と神様が言うと、目の前に見覚えのあるウインドウが開く。いや、大体分かってはいたんだが、認めたくなかった。認めたくなかったから、意識的に閉じてみた。
「あーっ! なんで閉じるんですか」
「いや、だって……」
そんな名前が付いてたら、ガチャ太郎が正式名称になってしまうではないか。せめて、もう少しまともなネーミングはないものか。別に代案があるわけでもないが、とにかくそれは嫌だという、野党的な精神でありたい。
「えいっと、表示ロックしますね。それで、このウインドウにフォームを追加したので……」
どうやら神様的には流すような話題だったようで、再度開かれたウインドウで説明が始まってしまった。今度は閉じようとしても反応がない。
確かに、見覚えのないボタンが隅のほうにある。神様がそれを押すと、ネット上の企業ページなどに良くある質問フォームのようなものが表示された。
「これに質問事項を書いて投稿すれば回答します」
「直接話せばいいのでは?」
「今はそれでもいいんですが、将来を見据えてのシステム化です」
「将来?」
「禁則事項です」
またか。……実際、言えない事なのかもしれんが、もどかしい話だ。
「そういう禁則事項へ対する処置もあります。具体的に言うとここに表示されてる情報公開レベルが上がれば、色々公開出来ちゃうわけですね」
フォームの脇には確かに情報公開レベルという文字と、Lv1という表示があった。俺本人にはレベルがないのに、情報公開レベルは存在するらしい。
きっと高位のレベルには決して表に出せない世界の秘密が記されていたりするんだぜ……って考えてみたが、実際有り得るから怖い。
「具体的なレベルアップ方法は?」
「ガチャか、実績解除です。多分、パワーアップする中で自然と獲得できるんじゃないかと」
また禁則事項扱いかと思ったのだが、今度は普通に回答が返って来た。内容的に予想の出来るものではあったが。
つまり、カードゾーンと同じような仕組みで成長していくと。
「とりあえず、この質問権を一日一回に制限しました」
「制限する意味は?」
「面倒じゃないですか」
「…………」
この幼女……。こっちにとっては死活問題なんですがね。
って、いかん、いかん、つい見た目に引き摺られそうになるが、相手は俺程度どうとでもできる超越者なのだ。感情的に対応してもロクな事がない。ここは幼女を諭す大人の気持ちになって対応しよう。
「禁則事項を質問した場合は?」
「情報公開レベルが足りませんと返答されますけど、質問自体は残り続けて、レベルが足りた時点で公開されます。つまり、禁則事項を質問しても一回扱いです」
つまり、無駄な質問はするなって話だな。どう考えても重要情報だけど、回答を貰えたらラッキー的な質問はするな……いや、してもいいが無駄になる事は覚悟しろって意味だな。
公開出来ない情報は多いが、総当たりみたいに質問投げられる可能性を考慮したのか。確かに面倒ではあるな。この幼女はいちいち言葉が足りないが。
「あとは改善提案なんかも受付けます。使いづらいとか要望があれば、何かしらの形で対処するかもしれません」
「その改善方法は、ガチャで排出されますって話ですかね」
「分かってきたじゃないですかー」
「ははは……」
ここまでの経験があれば、誰だって分かるわ。とにかく、何するにもガチャなのだ。さすがガチャの神様といったところか。
「あとは、今後私を含めて訪問者が訪れる際はあのドアから入室するようにしました」
と、言われて指差されたほうを見てみれば、何もなかったはずの壁に新しいドアが追加されていた。ダンジョンの入り口とは違う、真新しい普通のドアである。
「呼び鈴もつけたので、これでもうあんな悲しい事故は起きません」
「俺の脱糞ショーを悲しい事故とか言わないでもらいたいんですが」
「だっ……とにかくですねー、別に見たくもないもので見せたくないものを公開してしまうのはお互いに悲劇なんです。誰も得しません。それとも、見られて興奮する人だったりするんですか?」
「いや、極めてノーマルなつもりですが」
実際誰も喜ばない事件ではあるな。世の中にはその手の行為を見る事や見られる事に興奮を覚えたりする人もいるだろうが、俺はそんな性癖は持っていないし。
そんな話をしていると、不意にシステム音が鳴り響いた。なんだろうと見渡してみれば、部屋の中央にカードが二枚浮かんでいる。
「二十四時ですね。今日のログインボーナスとスタートダッシュボーナスです」
なるほど、こういう風に届くのか。夜中に迷惑な感じもするが、疲れてたりしたら気付かない事も多そうだ。
とりあえず、二枚のチケットを拾ってガチャマシンの上に置いておく。
「それじゃ、そろそろお暇します。帰る前に何かありますか?」
「そういうのは質問フォームを使うのでは?」
「会話の中での事にそんな制限はかけませんよ。アレはF5アタックのような心ない行為を避けるための処置ですし」
無制限に質問されるのは確かに面倒ではあるだろうな。意図も大体分かる。
かといってここで質問責めにしても不興を買うだけで得はしないだろう。意趣返しにはなるかもしれないが、建設的ではない。
「……そうだな。じゃあ、俺が一時的にでも帰れる見込みについて、神様の"予想"時期でも聞こうかな」
不意に、神様の目が細まった気がした。……正解かな。
「このペースなら、二ヶ月くらい。遅くとも半年あれば、帰れる見込みは十分にありますと予想してます」
「なるほど、十分だ。ありがとう」
保証でもないし、実際にどうかという内容でもない。ただの予想ならこうして回答できるって事だ。加えて、おそらくだがこの神様が答えられない情報は何かの制限に引っ掛かって回答できないだけと見た。別に隠したくて隠しているわけではないのならば、問題なく答えも返してもらえると。
やはり、ここまで得た情報から推察した通り、この神様は別に悪辣ではない。人が苦しみもがく姿を見て楽しみたいわけではなく、別の意図があってこういう状況になっているというわけだ。ついでに、超越者的な価値観の相違があるから、人としての最低限の生活にも興味がないというわけである。
だから、おそらくこの先運良く文明的な生活を手に入れられたといって、理不尽に陥れられる事はない。その可能性は低いと判断した。
「あと、直接関係ないんだが、神様候補の使徒を俺が紹介するのってアリなんですかね?」
「そんな事お願いされたんですか。どうなんだろ……前例あるかどうか分からないですけど、絶対駄目って事はないかと。でも、その場合同じ使徒でも格に差が出来ちゃうかもしれないですねー」
「良く分からないが、紹介した使徒が俺の下になるって事で?」
「かもって事です。ちょっと調べてみますね」
そう言って、神様は部屋から姿を消した。今度はゴッドワープではなく、唐突に消えたあたり、別にあの掛け声は必須というわけではないのだろう。……出入り口作ったんだから、使えばいいのに。
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さて、悲しい事件が起きてしまったが、それはそれとして心の片隅に置いておくとして……やるべき事は色々ある。激動の一日を振り返らずに寝るという手もあるが、とりあえずやる事だけやってからのほうがいいだろう。石床に全裸ではあまり睡眠欲も刺激されないし、情報の整理は必須だ。
まず、俺のトイレこと< 屋内用簡易農園 >だが、勢いに任せて設置してしまったこれについてだ。
ひょっとしたら、セットしたカードを外してしまえば初期状態にリセットされるかも、なんて淡い期待を込めて検証してみたわけだが、そこまで都合の良いものでもないらしい。再度セットしても、排出された俺の排泄物はそこに鎮座していて、放置するんじゃねーよと抗議しているような雰囲気と匂いを醸し出していた。
ならば、と一旦埋めて解除、再度設置してもやはりブツはそこに埋まったままである。ひょっとしたら未セット状態だと時間も経過しないなんて事もあるかもしれない。
また、一体どういう構造で設置されているのか気になったので手で土を掘り返してみたところ、普通に床よりも深く掘り進む事が出来た。範囲はあくまで農園として設置された敷地分だけだが、下へは掘り進められそうだ。やる気はないが、穴蔵を掘ってそこで生活するという事も出来なくはないってわけだ。多分、労力的には何かしら拡張の別手段を手に入れるほうが遥かに楽だろう。土を掘る労力もそうだが、掘った土をどうするのかという問題もある。
……そう、そこが現状抱えている問題点の一つだ。今どうこうというわけではないが、しばらくすれば表面化するだろう問題……つまり、ゴミである。
この拠点はガチャを通していくらでもモノを生み出す物理法則ってなんですか的な超空間ではあるが、反面増えたモノを処分する手段が存在しない。ダンジョンに持ち出せるものならそこで投げ捨ててしまえばいいが、持ち出せるのはあくまでカードのみである。
まかり間違って、ゴブリンの手足などをマテリアライズしてしまえば、この部屋はたちまちゴミ屋敷と化すだろう。いや、生の手足である事を考えるなら、もっと悍ましい何かな気もする。
俺のクソも同様だ。こちらに関してはダンジョン内でしてしまうという手もあるわけだが、後々を考えるならこの拠点で処理出来る手段は必要である。というわけで、ゴミを捨てる手段が必要なのだ。
幸か不幸か、しばらくは< 屋内用簡易農園 >がその役割を果たしてくれそうではある。いちいちセットが必要だし、その枠を開ける必要だってあるが、この上に置いたものなら一時的な収納として扱える。< 屋内用簡易農園 >本来の用途としては一切活躍しそうにないが、ゴミ収納としては便利である。別に俺、ガーデニングの趣味もないし。
排泄物も、それを拭いた紙も、間違ってマテリアライズしたガラクタも、カップ麺の容器や包装シートなどもここに放置してしまえばいいのだ。そういう意味では、素晴らしいアイテムといえるだろう。さすがレアと評価せざるを得ない。
ゴミ収納に関しては一先ずこれでいいとして、次は目下最大の懸念事項、食料である。
現在俺が保有している食料は< 冷凍餃子 >のみ。これが< 餃子 >なら何も困る事はなかったのだが、カードなら賞味期限なども影響なさそうなのに、よりにもよって無駄に冷凍されてしまっている。カップラーメンと同様に美味しく食べるためにはワンクッション必要になる代物だ。普通の家庭であれば容易に行える作業も、この拠点ではそうもいかない。解凍さえしてしまえばとりあえず食えるものにはなるだろうが、それが美味しいものだとは思えなかった。
この後引くガチャの内容次第では、再度ダンジョン・アタックへ向かうべきかもしれない。
そして、さきほど紹介してもらった新機能、質問フォーム。
手探りな状況での一回は重要である。それが権限の足りているかどうかの見極めを含めて、慎重に内容を吟味しなければならない。
現在、気になる事は大量にあるが、そのほとんどはどうしても確認しなければいけないという類のものではない。おいおいはっきりさせるにしても、ある程度は検証する事も可能なものばかりだ。なので、ここは検証が難しく、直近で影響するものがいいだろう。加えて、制限にも引っ掛からないもの……。
と、ウインドウを眺めながら書く内容を検討していると、ある事に気付いた。
「……そういえば、これ、どうやって書くんだ?」
神様は書いて投稿すればと言っていたが、肝心の書く内容については触れていなかった。完全な説明漏れ、聞き忘れである。
投稿ボタンはタッチ式のようだから問題はないとして……キーボードもなしに入力って事は音声入力? いや、手書きか。
そう思い、入力フォームを指でなぞってみれば線を引く事が出来た。……入力方法は分かったものの、果てしなく面倒である。多少はマシになるかと、マテリアライズしたボールペンで記入してみるが、どうしても上手く書けない。職業柄、会議や客先でホワイトボードに書いて説明する事もあるから、垂直に向かっての記述には慣れたものだが、この欄、物質として透過しているのである。感触がないものに対してペンを振るっても空中に向かって文字を書くのと大差ないのだ。
ついでに言えば、デリート機能もない。一度書いたものはそのままという適当仕様である。さすが会議サボって実装しただけの事はある完成度だな。
質問よりも仕様についての改善提案を書きたくなるのをぐっと堪え、とりあえず読めなくもない質問文は完成した。
『じっせきリストください』
このミミズの這い回るような字と書き損じを見れば、あの神様ならシステム改善が必要である事に気付くだろう。
投稿ボタンを押すとその内容も消えたので、書き直しの機能もあった可能性はあるが、それを一回と捉えられては敵わないのでこれが正解だろう。
「さて」
というわけで、あとはガチャである。
本日のログインボーナスであるノーマルチケット一枚と、スタートダッシュボーナスの追加一枚。相変わらず渋いとしか言いようのないボーナスではあるが、現状これが命綱の半分くらいを占めているのも確かだ。
俺がここまで自力で手に入れたチケットは三枚。チュートリアルの分を含めてもたったの四枚だ。人生観が変わるような体験をしつつ手に入れた枚数と黙ってても貰えるログインボーナスが一緒というのは少々情けない気がしなくもない。
そんな事を考えながら、俺はある程度戦闘やゴブリンを撲殺する事に対しての忌避感が薄らいでいた事に気付く。まったくなくなったというわけではないが、とりあえずこの倍くらいはコンスタントに手に入れたいと考える程度には慣れてきた感がある。元々そういう気質の持ち主だったのか、環境の為せる業か、あるいは洗脳されていたりするかもしれないが、この環境を生き抜くにはむしろ好都合だろう。
これが、殺して消えたりもせず、ましてや解体が必要だったりしたらまた違うのだろうが、そこまでリアルだと早々に心折れていただろうとは思う。これくらいなら現代人でもギリギリ許容範囲に収まるという意味ではいい塩梅なのだろう。良く考えて創られているのか、あるいは偶然か。
「……ま、意図的なんだろうな」
と、ウチの幼女神の顔を思い出しながら結論に至った。正解かどうかは知らないが、そう感じたという事が重要なのだ。超越者ではありつつも抜けたところのある二号とは違い、ウチの神様はそういう超然としたイメージを感じる。本物と候補の違いなのかもしれないが、そういう凄みがあるのである。まあ、上司としてはアリなんだろうな。
そんな事を考えつつ、ガチャマシンにチケットを投入。予定に組み込まれていた二回分とはいえ、無駄にはなって欲しくないところだ。
とはいえ、二回分。たった二回で期待したものが出る気もしない。こういうのは狙ったものは出ないというのがお決まりのパターンなのだから、心を無にして、期待せずに回したほうが身のためなのである。
俺が今欲しいのは加工せずに食べられる食料と下着だ。この二つは別に欲しくないんだからね、と物欲センサーに対する気配を押し殺していく。
欲しくない、欲しくない……。
「ぬぅんっ!!」
そんな気合を充填して回した一度目のチャンス。どうやら演出的にコモンの流れだ。
そこは別にいい。今本当に欲しいものは高レアリティのものではないのだから、そこは二次的な価値しか存在しない。問題は、中身である。
[ ポケットティッシュ コモン ノーマル/アイテム ]
「…………」
間が悪いとはこういう事をいうのだろうか。それとも、直前に願った祈りが遅れてやってきたという可能性もあるのか。
ついさっき、しばらくトイレの紙に困る事はないと問題解決したところで、追い打ちのようにコレである。そりゃ、脱糞ショーを披露する前の俺であれば涙を流して喜んだかもしれないが、今更もらっても意味が薄い。
いやいや、ここはポジティブに考えるべきだ。マテリアライズしてないカードなのだから、これはダンジョンに持ち込める。つまり、ダンジョン内でもケツを拭けるというわけで……ねーよ。必要かもしれないが、わざわざ貴重なフリーゾーン一枠埋める価値があるかと言われれば微妙に過ぎた。
「気を取り直して……次だ!」
[ 超高精密1/1フィギュア イグアナ編No.33 ガラパゴスリクイグアナ アンコモン ノーマル/アイテム ]
勢いよく気合を入れて回した結果出てきたものはまた微妙な代物だった。
今の状況にまったくの不要物と断言出来る、趣味嗜好のアイテム。俺の趣味嗜好に一切に掠りもしない、コレクターなら喜ぶかもしれないという類のものだ。
「……イグアナなら頑張れば食えない事もないかもしれないが、フィギュアじゃな」
どれだけ精巧に作られていようが、腹の足しにはならない。ここで食えるかどうかを真っ先に考えるあたり、俺も蛮族化が進んでいるなとは思うが、今重要なのはこういうコレクター的なアイテムではないのである。
……というか、イグアナ編の、更にNo.33ってどんだけ種類あるんだよって気がしなくもない。まさか、全部入ってたりするんだろうか。
「……くそ、無駄に造形のレベルが高い」
そして、いくらなんでもコレをダンジョンに持ち込む事はないだろうと、試しにマテリアライズしてみた結果、無駄に巨大で精巧なフィギュアが出現した。
イグアナというから、1/1サイズでもせいぜい数十センチ程度だと思っていたのだが、これは超デカイ。1メートル以上あるんじゃないだろうか。ゴミを捨てる方法がないから、注意しないといけないと思い至った直後に鎮座する巨大フィギュアに苦笑するしかなかった。
「おのれ、ガラパゴスリクイグアナ……」
悪態をつきつつもなんとなくその背に跨ってみたのだが、ちょっとだけワクワクしてしまったのが、また俺を微妙な気分にさせた。
直に座るにはちょっと痛いが、質感といい、重量感といい、本物と大差ない極上の仕上がりに感服せざるを得ない。いや、本物見た事も聞いた事もねーけど、まるで作り物ではなく本物が動きを止めているだけのようなリアリティは凄まじいとしかいいようがない。
……これならインテリアとしてはいいかもと自然にポジティブな感想が出てしまうあたり、俺も少年の心を失ってはいないという事なのかもしれない。
……決して集めたいとは考えていない。
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「うがーーーーっ!!」
数十分後、そんなやり場のない意味不明な鬱憤を晴らすかの如く、俺はダンジョンの中で棍棒を振るっていた。
一度足を踏み込めばまた数時間戻って来れないと知っているのに、ロクに休憩も挟まず再突入するのは無謀といっていい所業だろう。だが、別に何も考えなしに突っ込んだわけではない。決して、寝ようとしてもイグアナが見てるような気がするからでもない。
実をいえば、拠点の効果なのか、疲れは感じていてもまだ活動するのに支障はないというのが今の体調だった。ならば、少しでも食料を確保すべく行動するのが前向きというものだろう。
実際、安全マージンが欲しかったというのは本音だ。食料が足りない。カロリーが絶対的に不足している。冷凍餃子を解凍しただけで食べる事は諦めるにしても、こんなアスリートみたいな生活してて、それだけで腹が満たされるはずもないのである。この問題を放置すれば、すぐに動けなくなる事は容易に予想がつく。拠点の効果で動けるのかもしれないが、少なくとも気力は失うだろう。
そんな悪条件が重なる前に、どうにかすべきと判断した。
幸い、踏み込んだダンジョンの構造は一緒で、前とまったく同じものだった。ならば、数時間といわずに一時間程度で帰還出来るだろうという見込みもある。
前回の死闘はなんだったのかいわんばかりに、道中のゴブリンを撲殺しつつ、カードを集めていく。無駄かもしれないが、チケットだけではなく体のパーツも回収だ。
少し考えてみたのだが、こういった無駄アイテムがただ存在していると思えない。いや、無駄なものは沢山ありそうではあるのだが、こんなノーマル/マテリアルなどと分類されたアイテムがまったくの無価値とは考え難い。
加えて、無駄カードをリサイクルしてくれる機能も存在するかもしれない。10枚でチケット1枚くらいの割合で交換してくれる機能があれば、大量の無駄パーツも拾う気になるというものだろう。
期待が過ぎると思うかもしれないが、それは早計だ。もちろん、そんな機能は存在しませんという可能性はあるが、ないなら作ってもらうよう要望を上げればいい。それがガチャを多く回すモチベーションに繋がるというのなら、無下にはされないという考えもあった。
だから、溢れる分はともかく、フリーゾーンに入る程度の枚数であれば、ゴブリンパーツのカードを回収する事は決して無駄にはならないと自分に暗示をかける。
そして、再度帰還用の魔法陣に辿り着いた頃には、チケットを合わせてちょうど11枚。と非常に区切りのいいドロップとなっていた。
「……意外と道を覚えてるもんだな」
と、緊張時における自分の記憶力に感嘆しつつ、帰還ゲートを潜る。
[ ボックスティッシュ コモン ノーマル/アイテム ]
[ キッチンペーパー コモン ノーマル/アイテム ]
[ サバ缶 コモン ノーマル/アイテム ]
「おお……」
手に入れた三枚のチケットの内、続けて紙が排出された時は何かの呪いかとも思ったが、最後に食料が当たってくれた。
そうだ。一時間の探索と戦闘でこれなら、なんとかなるかもしれない。そう期待させる排出率だ。
早速サバ缶をマテリアライズする。冷凍餃子のような本来の調理方法を使えないものよりも、それだけで美味しく頂けるものがあるのならばそっちを選ぶのは当然である。
「って、プルタブ式じゃねーじゃねーかっ!!」
物質化した缶詰を凝視した後、思わず地面に叩き付けてしまった。普段、こんな感情的になる事はないのだが、余程鬱憤が溜まっていたらしい。
くそ、今時缶切りが別途必要になる缶詰とか……。そりゃ、世界的に見ればそういう缶詰だってまだまだメジャーだっていうのは知っているが、サバ缶って書いてある以上は日本のものだろうに。なんでEOEじゃねーんだよ。
イージーオープンエンドだ。知ってるぞ。客先との会話に必要な雑学として、調べた事があるからな。今はまったく意味がない知識だけど。
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「うがーーーーっ!!」
数十分後、再びダンジョンで咆哮を上げる俺の姿があった。デジャヴを覚えるが、勘違いではない。繰り返している。
実はループモノになってしまったとかそういう事実はなく、自分の意思で再度踏み込んだのだ。もう、ノリと勢いだけで突っ走っているような状況ではあるが、そもそも俺はその勢いを大切にする男だから問題はない。
すでにゴブリンを撲殺し続ける姿が蛮族そのものでしかない気もするが、勢いの前には無視出来る恥でもあった。
ゴブリンの蛮族棒は実に良く手に馴染む。もはや、俺のために作られたのではないかと思うほどに、手足と同じ感覚でゴブリンを撲殺出来た。
[ ゴブリン討伐五十体達成! 実績ボーナスを獲得しました! フリーゾーンNo.1の上限2Up! ]
「おお」
と、三周目が終わりに近づく中でそんなメッセージが流れた。
そんなに撲殺していたのかと感心するとともに、これでもっとカードを回収出来るという喜びに心震わせる。
[ 実績ボーナスを複数獲得した事により、実績リスト機能が解除されます! ]
加えて、フォームで投げていた質問の回答も自力で得てしまった。
なるほど、複数実績解除でリストが公開される仕組みだったのか。質問は無駄になってしまったが、これはこれでいい。今後の方針に役立てるとして、今はカードを回収する事が先決だ。
すでに帰還ゲート手前ではあったが、追加で増設されたフリーゾーンの二枚分を手に入れるため、脇道に入ってゴブリンを探す。
見つからないように移動していた頃のビクビクした姿ではなく、堂々した戦士の振る舞いと言えるだろう。あるいは獲物を狙う狩人か、ひょっとしたら通り魔的なものかもしれないが、そんな感じだ。
そして、通り魔と化した蛮族から逃げるでもなく、愚直に襲いかかってくるゴブリンを撲殺し、更にカードを回収する。その内の一枚はゴブリンチケットだ。ここまで二枚しかドロップしていなかったので少ないなと感じていたのだが、帳尻が合った感じである。
そして、再度ガチャチャレンジである。
「良し! 来いっ!! 俺の覚悟は出来ている!!」
具体的に言うなら、もし目的のものが出なくとも、再度ゴブリンを撲殺しにいくという覚悟だ。少々疲れてきた感もあるが、まだまだイケる気がしていた。
[ 週刊少年ジャ○プ2001年36・37合併号 コモン ノーマル/アイテム ]
[ キャンプ用小型缶切り コモン ノーマル/アイテム ]
「よしっ!!」
物欲センサー丸出しにしてガチャを回したら、正に望んでいたものがヒットした。古い漫画雑誌に関しては正直どうでもいいが、これでサバが食える。ついでに、この先缶詰が出てきても普通に食える。
サバ缶一つ食うのにえらい遠回りしてしまったが、苦労して手に入れた分、感動すら覚えるほどに高揚感に包まれていた。くそ、ただのコモンで、100均で売ってそうな缶切りなのに、見事に乗せられている感がある。
これがガチャの魔力……いや、大分違う気がするが、今はこれでいいのだ。
とりあえず目的は達した。カロリー的にはまだまだ足りていないと言わざるを得ないが、自力で食料に辿り着いたという自信が体に満ちている。
これならば、ひょっとしたら残りの一回もいいものが出てしまうかもしれない。いや、最悪イグアナシリーズだって苦笑しながら受け入れられそうだ。そういう、なんでも許せるという境地に達していた。決して、コレクションしたいわけでもない。
そして、挑戦した最後のガチャ演出はレアだ。やばい、俺今超充実してるっ!?
[ 超リアル!おっぱいマウスパッド(Fカップ) レア ノーマル/アイテム ]
「…………」
俺は見なかった事にして、サバ缶を食う事にした。
「何が超リアルなんだよ……」
何がリアルなんだ。(*´∀`*)