第四十六話 「コモンガチャしか回せない辛いお仕事」
今回の投稿は某所で開催中の
【第6回二ツ樹五輪プロジェクト】 引き籠もりヒーロー 第4巻出版(*■∀■*)
「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定5名)」に支援頂いたゆノじさんへのリターンとなります。(*´∀`*)
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全身を駆け巡る危機感。
目の前のあいつの正体など分からない。なんでそんな事になっているのかも分からない。しかし、見た目からして可能性は一つしか思い至らない。
アレは花を元にしたホムンクルスの一人、蒲公英だ。本人そのものか、模しただけの偽物かは分からない。持っている鎖は知らないが、あれだけ特徴的なメイド服だけでもまったく関係ないという事はないだろう。変な靄ではっきりとは見えないが、確認できる限り容姿だって九十九花の、蒲公英のモノだ。
あいつの反応はゴブリンほど好戦的ではないにせよ、敵性存在に対するもの。面識もある相手を前に、敵対モンスターのような反応しかしてこない時点でとても正常とは思えない。詳しい状況など分かるはずもないが、彼女を包む黒い靄のようなモノを見れば、何かしらの異常が発生していると判断するのが普通だ。
これまでホムンクルスの能力を過小評価した事などない。待雪や柚子、それより強いらしい桜は言うに及ばず、多分、目の前の正体だろうネタキャラの蒲公英だって、素のスペックで大きく差が存在する。
以前、待雪と打ち合ったのは訓練だ。実戦での経験を参考にするなら、むしろ柚子との邂逅のやり取り。つまり、いつ首を飛ばされるかという状況のほうが近いといえる。
ここはすでに死地。理由がなければ戦うべきではない。普通だったら即撤退を選択する場面。
上手く顔を判別できない蒲公英モドキが動く。
ほとんど予備動作のない戦闘行動。そのものが生きているかのようにこちらへと一直線に向かって来る鎖を咄嗟に避けた。
不格好で情けない、続く行動など一切考えない無様な回避行動に移る。しかし、他の何かを考えていたら回避不可能だと確信できるほどに、その鎖が飛来する速度は速かった。真正面から受けていたら胴体を貫通していた可能性すらある。
つい数瞬前まで自分がいた場所を一直線に貫く鎖に、あり得たかもしれない自分の死を幻視した。
恐怖で体が竦む。ほとんど初めてと言ってもいい、本当の命のやり取り。その初戦がこの化け物だというのか。
いつもと違って死ぬわけにはいかないという条件は、どうしたって緊張を増幅させる。
「くそっ!!」
直線に伸び切り、空中で静止した鎖が横に薙ぎ払われる。本来なら力の乗るはずもない不自然な軌道なのに、目視すら困難な速度。直前まで俺の立っていた位置を、まるで刃物で切り裂くように通過したそれを見て全身の血の気が引いた。なりふり構わず転がっていなければ、いつかの柚子の時同様に体が分断されていただろう。
わずか数秒で死を二度突き付けられ、回避した。ほとんど偶然のようなモノだが、対応できていないわけではない。これまでに鍛え上げられた肉体と経験が、辛うじて俺を生き延びさせている。
俺を捉え切れなかった鎖はようやくジャラリと垂れ下がり、ものすごい勢いでニセメイドの元へ引き戻され、回収される。
その間、蒲公英モドキは一切の回収動作を見せていない。それが一体どんな仕組みなのか、あるいはどんな能力なのか、見ただけではさっぱり理解できない。出自を考えるなら、そこまで無茶苦茶な力とは考え難い。魔法のような力はどちらかといえばこちらの領分で、九十九姉妹の生きた世界は現代よりも物騒に進歩した科学技術と、いまいち使い難そうな超能力……。
超能力……ソレが正解か? あいつは転移能力者のはずだが、念動力なんて超能力の基本みたいなモノだろう。あり得ないとは良い切れない。
頼りになりそうなのがほとんど創作知識のみというのが悔やまれる。他に知るべき事が多かったとはいえ、直接は関係ないだろうと後回しにしていた。
仕組みの正体にあたりがついたとはいえ、どうする。こんな化け物、相手にできるのか?
だからといって逃げて、その先はどうする。態勢を整えたところで、俺の手札にコレをどうにかできるモノなどあるのか?
それとも、コモンしか出そうにないガチャに賭けろとでも? チケットを稼ぐにしても、こんなFOEみたいな奴を警戒し続け、避け続けるのは不可能じゃないのか? それ以前に、拠点を襲撃されたら、それだけでアウトだ。
そうだ。そもそもの話、勝っていいのかって問題もある。可能かどうかは別にしても、コレは殺してもいい相手なのかとも。
コレは九十九姉妹……かもしれない。どういう状態かはさっぱり分からないが、手にかけてもいい存在なのか?
一撃で仕留め来れなかった蒲公英モドキは、そのまま追撃に移る事はなく、ジリジリと距離を詰めて来た。俺は距離を縮めないよう、広げないよう、それに合わせて後ずさりする。
あまり近付かれるわけにはいかない。かといって、距離を広げれば一気に詰めてくる予感がする。
一瞬の、とても戦闘ともいえないやり取り、あとはただ対峙しているだけなのに、俺はかつてないほどに疲弊していた。
どうする。どうする。どうする。立ち向かうのでも逃走でも、何をするのでもいい。とにかく決断しろ。でないと死ぬ。
「っ!?」
ほとんど予備動作とも呼べない、わずかな動きが口火となった。
普段なら絶対に見逃すような小さい動きに合わせて、再度回避行動をとる。それがフェイントなら確実に引っかかる。とはいえ、そんな事を気にしていたらあっという間に死だ。わずかでも兆候があった時点で回避行動をとらないと間に合わない。
そうだ、それは好材料といえなくもない。明らかに正気でないあいつは、フェイントの類は仕掛けてこない。本当のところはどうか知らんが、そう断定して選択肢を減らせ。土壇場で俺が選び取れる選択肢などそう多くはない。
今のところ、奴の攻撃手段は槍のソレに近い。本来なら鞭のような使い方になるだろうが、突いて薙ぐのが主体になっている。その形状や軌道は直線的だ。
それだけとはとても思えないが、性質としては近いだろう。そして、ソレだけでも容易に追い詰められるのが今の俺だ。
特に攻撃範囲の広い薙ぎ払いは脅威。高速で横薙ぎされる鎖に対して俺がとれる行動は限られ……。
「チッ!!」
今度は最初からの薙ぎ払い。伸びつつ、横に払われる攻撃に対し、容易に回避不可な状況へと追い込まれる。
この軌道を回避するのは不可能と判断。なら得物で迎撃するしか……って重っ!? ジャイアントメイス重っ!?
「ぎぃぐあっ!!」
辛うじてジャイアントメイスを盾にしたものの、防ぎ切れなかった鎖がメイスに巻き付き、そのまま俺の手を打ち据えた。
思わず謎な悲鳴を上げるほどに強烈な一撃。こんな余波のような攻撃で手が千切れ飛んだような衝撃を受け、手を離してしまった。
普段はまったく気にならなくなっていた武器重量が、この土壇場で足枷になる。
「しまっ……っ!?」
そうだ。まずい。あのジャイアントメイスはマテリアライズしたものだ。いつものように手に張り付いたような状態じゃない。
システム的な制限がない以上、簡単に手は離れるし、奪われる。そんな当たり前の事が目の前で起きていた。
鎖が巻き付き、強烈な力で引き寄せられるジャイアントメイスを諦める。
武器を失う事にはなったが、あるいはコレで正解かもしれない。腕力勝負で場を硬直させるよりも、重い武器を手放した事で身軽になったと判断した。
いや、むしろ僥倖だ。ジャイアントメイスに巻き付いた事で鎖の挙動が制限され、隙が生まれた。今が逃走のチャンスだ。
ここしかないという、最高のタイミングで逃げの一手を打つ事に成功した。
-2-
走る。走る。ただひたすらに全力で、一心不乱に。
後ろは振り返らない。確認して状況分析したところで、状況は何も好転しないと分かっているから。背後にある恐怖を理性で抑え込むように、ただ前へと駆けた。
ここら辺の地理はある程度把握している。動揺し、興奮した状態で正確に再現できるか自信はないが、なんとかするしかない。
拠点には戻れない。あんなモノを引き連れていくわけにいかない。可能な限り曲がり道を多用し、撒く必要がある。
「グゲェッ!!」
通りすがりざまにゴブリンを蹴り飛ばし、そのまま駆ける。手応え的にカードをドロップしただろうが、拾っている暇はない。
一体どれくらい逃げたのか。どれくらい距離を離したのか。確認したい。そもそも俺は本当に追われているのか? ひょっとしたら、あいつはただ目の前に現れた未知の敵を攻撃をしただけで、そのままそこに残っているなんて事も……。
いや、そんなはずはない。逃げている最中、確かに足音を聞いた。それは本当にあいつの足音だったのか? 実は俺のモノだったり、幻聴だったりしないか? まさか、ゴブリンの足音なんて事も……。
そうかもしれない。そんな楽観論に逃げたい。だけど、それで追いつかれたら。
大体、俺はなんでまだ逃げられているんだ? 遮蔽物もなく、構造的には直角の曲がり角くらいしかない迷宮なら、容易に捕まえられるはず。そうなってないのは、本当に撒く事ができたからじゃないのか?
膨れ上がる楽観論。しかし、理性は足を止める事を良しとはしない。だが……。
「ぐえっ!?」
唐突に、足が滑って転んだ。現実感のない、蛙が潰れたような声が俺のモノだと気付くまで数瞬かかった。
慌てて跳ね起き、周囲を確認。
「……いない」
誰もいない。蒲公英モドキも、ゴブリンも。
それで安心してしまったのか、急に全身が弛緩した。安心できるような状況じゃないのに、体が動かなくなっている。逃げるのに全力を出し過ぎたせいなのか、単に恐怖で腰が抜けただけなのか、その判断もできない。
どうしようもなくいう事をきかない体を無理矢理動かそうとするが、尻が地面に張り付いたように動かない。
そして訪れる静寂。
息を潜める。全力で呼吸したくとも、そうする勇気がない。
近くに気配はない。知覚が馬鹿になっている可能性も高いが、多分。一応、安全圏……なのか?
わずかに冷静になって、ようやく滑って転んだ理由を理解した。履いていた革靴の底が抜けている。あまりに力を入れたせいで壊れたのだろう。
革靴とはいえほとんど新品の靴を壊すとか、どんな踏み込みなんだと思わなくもないが、今の身体能力ならあり得るかもとは思う。ついでに、中の靴下までボロボロだ。
「…………」
右手が痛い。見ればグチャグチャで血塗れだ。ひょっとしたら何本か指の骨が折れているかもしれない。そりゃ痛いはずである。
それが認識できるくらいには呼吸は戻った。ズキズキと襲ってくる痛みが思考を阻害するが、この程度なら無視できるしすぐ治る。
……いや、どうなんだ。ここはいつものダンジョンじゃない。という事はどこまでシステム的な補正を受けているかは怪しい。普段の自己治癒力だってどちらかといえばシステム由来のもので、HPを元にした……そうだ、ステータスにはHPの欄はある。なら、それ相応の治癒力が働くと見ていいはず。
周囲も……知覚できる範囲では誰もいない。ここの正確な位置も……分かる。
立て……るな。よし、移動しよう。
うろ覚えだが、この周囲の構造はそれなりに把握している。慎重に探索を進めてみれば、その認識が間違っていない事も確信できた。逃走時の混乱で迷子になっていないか不安だったが、それは避けられたらしい。
それはそれとして、コレからどうする。アレと遭遇する事を考えるなら、さすがに無手は避けたい。拠点に戻れば予備の武器もあるが、素直に戻っていいのか。
懸念は、現在すでに捕捉されていて泳がされている可能性。アレが正常な思考をできるかは怪しいところだが、どうしてもその懸念を払拭できない。
かといって、尾行対策など俺にできるのか。こちらからあいつの場所が把握できているならまだしも、どこにいるか分からない状態じゃ、むやみに遭遇する可能性を高めるだけに……。
悩んだ結果、俺が選択したのは迂回だった。正解なんて分からない。どうせ存在しないと諦めた。どっちつかずの折衷案なんて、実に俺らしいじゃないか。
思いつく限り、拠点への通路が見つかり難くなるようなルートを辿り、時間をかけて進む。慎重に、慎重に、間違ってもアレに遭遇などしないように。
道中、そこそこの頻度で遭遇するゴブリンは極力音を立てずに殺していく。今の俺なら、不意打ちからの絞殺だけでも十分だ。暗殺者にでもなった気分である。
神経は張り詰める。ゴブリンはただの障害物で、戦闘前後問わず常に周囲の警戒を続ける。部屋の中央に行かないのは当然として、通路で曲がる際も警戒は忘れない。罠は遭遇していないが、これも無視はできない。矢程度ならどうとでもなるが、音が出るモノが怖い。そういう意味じゃ、ゴブリンは罠みたいなモノだ。上手く処理しないといけない。
こうして極限の集中状態を維持したまま探索を続けていると、これまでの探索が如何に腑抜けたモノだったかが実感できる。前提条件が異なるから当たり前ではあるが、こうしている最中でも経験値が爆上がりしているのが分かるほどだ。
そして、当然消耗も段違いだ。気を抜いたら今でも倒れそうなほどに、周囲すべてが死地と感じている。
あのFOEがいなければこんな状況にはならない。あえて好意的に考えるなら、早めに……そして比較的戦闘力が低いらしい蒲公英を相手にこの体験ができて良かった……のかもしれない。たとえばこれが蒲公英ではなく待雪なら、経験と感じる以前に初遭遇時点で死んでいただろうからだ。
くそ、いいところ探しなんてしている場合じゃないのに、疲労で集中力が落ちてきているのか。
「……ん?」
そんな極限状態で迷宮を進む内に、奇妙な状況に遭遇した。
道端にカードが落ちている。拾ってみればやはりコモン・チケットだが、俺が通過した記憶のない場所だ。良く探せば、右手の分かれ道にも落ちているのが見えた。
可能性として挙げられるのは、今のところ一つ。あの蒲公英モドキがここでゴブリンを倒したのだ。それ以外にも、あいつ以外のFOEの仕業の可能性やゴブリン同士、あるいは別のモンスターの可能性だってあるが、今のところ現実的なのはそれだ。
そうか。あいつがどんな状況なのかは未ださっぱり分からないが、ゴブリンと仲間ってわけじゃないのか。
コレはかなりの好材料だ。労力を要せずにチケットが手に入る……のはどうでもいいが、奴の経路がある程度把握できる。もちろんわずかな手掛かりでしかないが、あるとないでは全然違う。
どうする、このまま奴を捕捉するか? チケットが落ちている方角的に拠点から離れていると信じて一旦帰還するか。
「…………」
ダメだ。今の俺の状況が把握し切れていない。ほぼ完調の時でさえあの様だったのだ。こんな状態で再び遭遇戦になったら、逃げる自信すら持てない。
情けない話だが、こんな状況で無理ができるほど俺は自分を信頼していない。帰還一択だ。
-3-
「あ……れ?」
気がつくと、見覚えのない場所だった。咄嗟に跳ね起き、慌てて警戒体勢に入るものの、とりあえず危険はないようだった。
大混乱しつつ見渡してみれば、転送器に用意した休憩室だと分かるが、どうやってここに来たのか覚えていない。
良く見れば、さきほどまで寝ていたらしい布団は花を寝かせていたものだ。
「あ、加賀智さん。良かった……」
「花……」
状況が飲み込めずにボーッとしていたら、部屋に花が入ってきた。パッと見、異常などはないように感じる。
「戻ってきた途端に倒れたんで、びっくりしましたよ。どうしたんですか?」
「えと……まさか、君がここまで運んだのか?」
「え? いやいやいや、そんなわけないじゃないですか。自分で這うようにして移動してましたけど、覚えてません?」
「……覚えてねえ」
帰還した記憶すらない。かなり重くなってるらしい俺を花が運んだというよりは納得できるが、それほどに疲弊していたのか。
というか、良くそんな状態でここまで来れたなど感心するくらいだ。さすがに意識ない状態で動くのは経験ないぞ。
泥酔した時だってここまでは……割と記憶飛んでたな。日本酒が好きな同僚の付き合いで、利き酒をした時くらいか。あの時の事は、聞かされたらしい日本酒のウンチク含めてほとんど覚えていない。
「倒れてからどれくらい経った?」
「二時間……って言っていいのか分かりませんけど、それくらいです」
それは良かった……のか? いまいち判断に困るが、何日も寝込んでいたと言われるよりは遥かにマシだろう。
体調は……かなりダルいが、二時間の睡眠と考えるなら復調しているといえなくもない。
「その間、問題は?」
「特に何も……あ、持ってたチケットは回収して、ガチャは回しちゃいましたけど、いいんですよね?」
「ああ、構わない」
「一応、結果は見易いように書き出しておきましたけど」
「マジで」
今は早く結果が欲しいからむしろ助かる。ガチャ回している時間があるなら別の事をしたい。コモンだけのガチャとか苦行みたいなもんだし、リスト化とか神かって感じだ。
渡された手書きのリストを見れば、探索前後で分けられた結果の一覧になっている。コモンしかないからレアリティが書いてないのは当然として、各カードのカテゴリーも記されていた。
「それで、何かあったんですよね?」
「ああ……なんて説明すればいいのか」
どう説明したものか困って、何気なしに右手に目をやったら、すでに傷は塞がっていた。血が固まってこびりついているから痛々しいものの、見た目だけだ。いつもの感覚を信じるなら、あの傷がHPの自己治癒力のみで塞がる時間とは……ひょっとして、拠点の回復機能は同じなんだろうか。でも、ここは転送器だからな。
「アレへの対処は、できれば君にも判断してほしいところだな」
「……アレ?」
九十九花に迷宮であった事の一部始終を説明した。話している最中、明らかに困惑していたものの、途中で口を挟んではこないのは正直助かる。
「というわけだ」
「どう反応したらいいのかちょっと困るんですが……それは加賀智さんも同じですよね。……それで、私に何を判断しろと?」
「まずは、できるかどうかは別として、奴……多分、奴らを倒してもいいかだな」
あの状態になっているのが蒲公英だけとは思えない。というか、蒲公英だけで複数いる可能性だってあるくらいだ。
いざとなれば躊躇っていられないだろうし、それなら黙っておくって手もあるが、手が鈍るかもしれないと考えると消極的でも同意を得ておきたい。
「それは……仕方ないんじゃないでしょうか。さすがに黙ってやられてくれとは言いませんよ」
「……分かった」
思った以上に率直でドライな反応に、むしろこちらが困惑した。理性的にそうだと結論付けても、普通は簡単に言える事じゃないと思うんだが……。
……普通じゃないから言えるのか。花の経歴を聞く限り、ホムンクルスはこれまでに何人も失っている。普通の反応はすでに済ませたという事なのかもしれない。その決断と割り切りができるからこそ、ここまで生き延びてきたと。
「というか、加賀智さんが死んだらその時点で私も詰みみたいなものですし」
それはまあそうなんだが。
「それで、できればあいつらの情報が欲しい。特に超能力関連はほとんど知らないから、対策も立てられない」
「そうですよね。といっても、私が使えるわけでもないんで、聞きかじりの知識だけですけど」
その聞きかじりの知識だけでも、解説するには結構な時間がかかりそうだという話なので、とりあえずは広く浅く教えてもらう事にした。
俺が得たいのは自分で使うためではなく、対策としての知識なので、できる限りその方面に沿った内容で。
ある程度聞いて分かったのは、超能力の制御にはかなりの集中状態である必要があるとの事。
特に蒲公英が得意とする転移は顕著で、曲がりなりにも戦闘行動をとりながらの転移ができるのはわずかだったらしい。国外どころか狭い共同体の中ですら情報に欠く世界のため、あくまで分かる範囲ではって話だが。
「つまり、超能力者を相手にする際は、集中を乱す事が鍵になると」
「それ専用の訓練を行っているので容易じゃないでしょうけど、はい。場合によっては暴発するモノも多いですが、制御は失うはず。特に視界内の短距離でも、戦闘中に行使できるのは蒲公英しか知りません」
やっぱり、ただのアホではなく一芸特化のスペシャリストって事か。地獄みたいな世界を生き抜いてこれたのには理由があるってわけだ。
とはいえ、元の蒲公英ならともかく、あの状態で動揺などするだろうか。念動力みたいな力は使っていたから超能力は使えるとしても、自律するだけの戦闘人形みたいになってたぞ。
逃走中の俺を阻むために転移能力を使わなったのは、使えないと見るべきか? ……楽観視ではあるが、どの道使われたら太刀打ちできないのなら、ハナから可能性を除外したほうがいいかもしれない。
その後、色々と話を聞いてはみたものの、直接対策に結びつきそうなモノは見当たらなかった。蒲公英について花が強く印象に残っているのは、ドジっ子エピソードや日常のやらかしエピソードばっかりなのだ。
とりあえず、何かやらかしても動揺はしそうにない図太さは理解できた。薄々感じてはいたが、あいつは慌てているように見えても表面上だけだ。自我のなさそうな今は、その側面が強いと思ったほうがいい。
「色々やらかしてるのも姉妹のムードメーカー役って自覚が強いのかも……」
「なるほど。……あえて演じてるって事か」
「……やっぱり、素の部分も多いような気がしなくもないような」
どっちやねん。
「それで、ガチャの結果なんですけど……使えそうなモノありますか?」
「ああ、悪い。確認する」
< 重曹 >
< おから >
< 米粉パン >
< ビーフジャーキー >
< 壊れた水鉄砲 >
< 欠けた碁石 >
< ビニールバット >
< ピンシューズ >
< ビー玉セット >
< 線香花火 >
< 夏休みの研究成果 >
< 朽ちた蔓 >
< 干乾びた鰻 >
< 串 >
< 石 >
< 割れたオカリナ >
< 湿気た煎餅 >
< 刺繍用ビーズ >
< 正拳突き >
< 瓦礫 >
< ボロボロの台車 >
< あの人の血管 >
< 血染めの爪 >
< 爪先立ち >
< ココアパウダー >
< 埋蔵金の地図 >
< 地蔵 >
< 物干し竿 >
< ベンチ >
< ペンチ >
< パンチ >
< ポンチ絵 >
「食えそうなモノがあるだけマシかな。これくらいの試行回数じゃこんなモンだろ」
「……苦労してるんですね」
しみじみ言うんじゃねーよ。
とはいえ、武器にできそうなモノがないのが困る。いくつかあるスキルも微妙なモノばっかりだし。とりあえず、予備としてここに残しておいたショートソードを使うしかない。
ぶっ壊れた靴の代わりもない。ピンシューズのピン外すか? でもコレ、足のサイズ合ってなさそうだしな。イクイップカードとして使えるならサイズ調整入るのに。……いや、その場合はピン外せなそうだな。
「仕方ない。いくつかマテリアライズ用に持っていって、投擲するか。実体化の時間考慮しても、不意打ちの一回くらいなら当たるかもしれないし」
突然頭上から地蔵が降ってきたら、さすがに驚くだろ。
「転移とか念動より、そっちのほうがよっぽど超能力な気がします。すごく理不尽です」
「俺にそんな事を言われても困る」
俺が作った仕組みじゃないし。というか意味不明過ぎて魔法とか奇跡って言ったほうが近いと思うぞ。
「しかし、妙に朽ちたとか欠けたとかついたカードが多いな」
「そういうモノじゃないんですか?」
「そういうモノもあるが、妙に多い。ちょっと気になる程度には」
「< あの人の血管 >のあの人とかも?」
「それは知らん」
時々見かけるサイコパス臭のする謎アイテムだろう。特に使い道はないし、深く考えると人間の闇に触れそうだからスルーするのだ。
「変といえば、最後の読み間違えしそうなやつのほうが気になる。なんでこんな順番で」
「あ、それは私が並べ変えただけです。なんか面白い偶然だったんで」
コレ、お前の仕業かよ。分かり難いわ。
そうだよな。そんな理由でもなければカテゴリー順に並べるよな。まあ、それくらいの心の余裕があったほうがいいだろう。
……とりあえず、ガチャの結果に状況を打開できそうなモノは見当たらないと。
その後、あるモノで食事休憩をしつつ、再度睡眠をとる事をした。
今の状態で時間を置くのは不安そのものだが、あいつと遭遇する危険性があるなら少しでもいい状態を維持したい。
その間、花が使えそうなモノを物色していたが、ほとんどが見た目通りのゴミらしく、マテリアライズ用のMPがもったいなく感じるほどだった。
辛うじて台車はボロボロなりに使えそうなのと、ベンチとペンチはそのままの用途で使えそうだが、あまり現状の打破には使えそうにない。
「この、< 夏休みの研究成果 >ってなんでしょうね? 黒い球体」
「あんまりマテリアライズしたくないな。それ、鼻くそかなんかじゃないか?」
夏休みだけの期間だと無理があるから、垢かもしれない。生活習慣にもよるだろうが、人によっては貯まるだろう。
「うぇっ……えーと、何故そんな研究を?」
「いや、知らんが、昔そんな事をやってた同級生がいたぞ。なんなら漫画で見た事もある」
そいつは別に夏休みの研究とかじゃなく、ライフワークとして続けていた。同窓会で会った時に尋ねたら、ある程度巨大化させたあとに母親に捨てられたと言っていた。まあ、小学生が血迷って頑張ってしまった、若かりし頃の思い出というやつなのだろう。
ちなみに、俺にはさっぱり理解できない。
「あと、加賀智さんが寝てた間思ったんですけど……」
花が言い出したのは、< 瓦礫 >を拠点入り口の通路に使えないかという事だった。
変にモノを置くと逆に不自然になるが、そもそも今がその状態だ。なら、迷宮の構造物に近く、一応は障害物にもなる瓦礫のほうがマシだろうと。
最悪台車で運ぶ事も考慮して通路の前にマテリアライズしてみたが、なかなかに悪くない。思った以上に自然な感じだ。
というか、実際にマテリアライズしてみたら想像以上にでかくて、撤去するのを諦めたというのが大きい。まあ、通路の不自然さが多少はマシになった。
ただ、それで思い至った事もある。こういう重量構造物を使って、迷宮の通路を一部封鎖できないかという策だ。
封鎖用のカードは必要になるものの、目印にも使えるし、安全圏も拡張できる。ゴブリンやホムンクルスもどきがどれくらい認識するかは不明だが、一番重要な場所が不自然な以上は迷彩としても活用できるだろう。
瓦礫くらいの重さがあればゴブリンには撤去できないし、もし壊されていたら蒲公英モドキの可能性が高い。それはそれで、経路の確認に繋がる。
定期的にリセットされるウチのダンジョンではできない手段だ。……まあ、ここも構造がリセットされないって保証はないんだが。
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「だ、大丈夫ですか?」
「……想像以上にしんどい」
何度か探索に出て、あの蒲公英モドキを警戒しつつマップ作りとチケット回収に勤しんだが、想像以上にキツイ。
ゴブリンはなんともないし、今のところ罠の類もないから探索自体は楽なモノなんだが、警戒すべき対象がヤバ過ぎる。
特に、警戒が緩みそうなタイミングで一度ニアミスしてしまったのが大きい。あいつは気付いていないようだったが、不意に視界に入った瞬間、氷柱で突き刺されたような感覚に襲われたほどだ。ある意味、緊張感を取り戻すいいきっかけになったと言えなくもない。
あんな怪物相手に油断など、絶対にできない。限界まで警戒を維持しつつ、極端に大きく安全マージンをとる探索は想像以上に疲弊する。かなり上方修正したつもりなのに、まだ甘かったというわけだ。
ただ、その甲斐もあって、この数日で多少は状況も好転した。
ジャイアントメイスの代替として使い始めたショートソードはすでに壊れてしまったものの、それ以外の武器もいくつか手に入ったし、食糧も充実しつつある。容易に飢え死にはしないはずだ。
目印&迷彩として使えそうなゴミもいくつかは確保して、迷宮のそこらに配置済である。迷宮の通路に突然配置される地蔵はかなりシュールだが、目立つ。近くに何かあるかもと思わせて何もないという迷彩にはピッタリだ。
あと、< 夏休みの研究成果 >もゴブリンの頭上にマテリアライズしてみたが、正体は垢の塊だったっぽい。超どうでもいい。
現在使っている武器は、花に持たせていた釘バット。代わりに花はガチャから出たスタンガンと警棒を持たせている。九十九世界から持ち込んだバッテリーで充電もできるし、取り回し的にもそれが現実的だと。
ただ、状況を打破できるほどのカードは手に入れてない。試行回数が減ったのもあるが、やはりコモンだけというのがキツイ。ゾーンにセットしようと思うほどのカードが出てこないのだ。
これまであまり認識していなかったが、イクイップカードとしてセットした装備はおそらく耐久的な補正を受けている。内部で設定されている耐久値がそれそのものなのかもしれないが、革靴といいショートソードといい、今の俺の力で扱うとあっという間に壊れてしまう。
「ウチの子たちも装備の耐久には悩まされてましたね。特に白兵戦装備は」
「柚子の大鎌とか、換えが利きそうにないが」
「アレはちょっと訳アリの品で一品物です。出自……は分かってるんですが、再現性のないモノみたいで」
「なるほど」
なんであんな使い難そうな武器を使ってるのかと思ったが、ファッションじゃなかったのか。柚子の事だから、格好いいからってだけでも納得してしまいそうだし。
「アレ、自己修復するんですよ」
「どういう仕組みだ、そりゃ……って分からないのか」
「はい」
まあ、自己修復ってだけならガチャ産のアイテムでいくらでもありそうだが、それを科学的に再現するとなると見当も付かない。
他にもそういう謎アイテムを使っている姉妹がいるらしいが、ほとんどは特注素材で作られただけの高性能装備らしい。蒲公英の鎖もただ普通より頑丈なだけだとか。……という事はアレ、壊せるんだろうか。
ゴブリン共が使ってる装備と似たような扱いなら破壊不可能ではなさそうだが、倒すと消滅する以上は普通の物品扱いではない気もするんだよな。
壊してホッとしたら、どこからか補充されましたなんて展開だってありそうだから、安易な決めつけはしないようにしよう。
◆イクイップ
< 模造刀 >
< 十手 >
< 足袋 >
< 事務用アームガード >
◆スキル
< 屈伸運動 >
< 前転 >
◆ベース
< 湿った土 >
< 大理石 >
< 仏壇 >
< 割れた庭石 >
< 吊り天井 >
< 貨物コンテナ >
< 沈没船の樽 >
< 土俵 >
◆ノーマル
< こけし >
< 錆びた鉄条網 >
< 赤いケーブル >
< 壊れた信号機 >
< 中古ゲームパッド >
< 極太マジックペン >
< 汚れたニーソックス >
< 猫砂 >
< 炭酸ジュース >
< 看守のスケジュール表 >
< 割れた鏡 >
< 汚染水 >
< マタタビ >
< マキビシ >
< 呪われてない藁人形 >
< 昆虫の殻 >
< 雑草 >
< SCSIケーブル >
< たけお君の絵日記 >
< 壊れたオルゴール >
< レコード針 >
< 墓石の欠片 >
< コンデンサ >
< 目薬の容器 >
< 潰れたペットボトル >
< カルシウム不足の大腿骨 >
< ミラーボール >
< 煤けた暖簾 >
< 肩叩き券 >
< 偽装用レシート >
< 上官からの指令書 >
< 猿の置物 >
< 古びたファッション雑誌 >
< カセットテープと鉛筆 >
< 使い減りした消しゴム >
< 石鹸ネット >
< 蛇口 >
< 蔵の錠前 >
< 絶叫 >
< 割れた小型モニター >
< 茶葉 >
< 古々米 >
< ソーセージパン >
< 魔改造エロフィギュアカタログ >
< 髪留め >
< トイレットペーパー >
< 名画の贋作 >
< ケチャップ >
< 柚子胡椒 >
< 卓上カレンダー >
< 機密文書 >
< 使用済み浄水フィルター >
< しめじ >
< 煤けた木箱 >
< 五葉のクローバー >
< ピンポンダッシュの戦果記録 >
< 蝙蝠の羽 >
< 硝石 >
< 偉人伝『坂本龍馬』 >
< キャンバス >
< 擦り切れた電話帳 >
< 妖怪の肖像 >
< 砕けた入れ歯 >
< 腹筋ローラー >
<カードキー(中央制御室)>
「どこだよ、中央制御室って」
「さ、さあ?」
数日間探索を繰り返した結果、ガチャから排出されたカードのリストを見て思わず呟く。
花が知ってるわけないのは分かっているが、どうしてもツッコみたくなるラインナップだ。ゲームなら文字通りキーアイテムだろうが、絶対に使い道ないぞ、コレ。いや、他のだって似たようなモノだし、ガチャの排出物がふざけているのなんて親の顔よりみた光景といえなくもないんだが。
……関係ないはずはないとは思っていたが、こうして見るとノリはウチのガチャと同じように感じるな。超絶劣化版みたいだ。
それと、やはり壊れた系のアイテムが多いのは気になる。ここまで多いなら勘違いではないだろうし。バリエーションは豊富だが、どれも物としてマイナスのイメージが付く言葉だ。
別カード扱いになるから記念館に飾る用としてはありがたいんだが、今はその用途には使えないし。
「しかし、坂本龍馬か。そっちの世界にもいたりした?」
「いましたよ。多分、昭和初期までは大体一緒じゃないですかね」
やっぱり、どこかの分岐点があって、そこまでは同じって感じなんだろうか。吉田さんの話も合わせると、どうもソレっぽいよな。
ちょっとした違いしかない世界もあるみたいな事を言っていたが、案外大きな出来事が起きてたりするのかも。
「ウチにも一匹リョーマという名のチワワがいてな。そいつの名前の元にさせてもらった」
なんとなく< 偉人伝『坂本龍馬』>をマテリアライズして中身を見てみるが、良く知っている内容そのままだった。
ネームバリューの巨大さに比べて、いまいち功績が実感できないのもそのままである。花に聞いても似たような認識らしい。
「加賀智さんの実家にですか?」
「いや、ガチャのある拠点だ。というか、持ってきてはいないがペットカードで、ダンディな声で喋る」
「は、はあ……ダンディ。……喋る?」
「一回見せたモブ夫みたいなもんだよ。あいつは喋らないが」
なんか、ホームシックになりそうだ。今のこの状況に比べたら、あの拠点も天国に感じてしまうのは、死に近いからだろうか。
つーか、どうやったら帰れるんだろうな。あのFOEを除けば、そろそろ生きていくだけならどうにかなりそうではあるんだが。
「やっぱり帰りたいですよね? あんまり無理してほしくはないんですけど」
「そりゃな。だけど、じっと救助を待つのは間違いだと思うぞ。動かないと死ぬ場面だろ、コレ」
「それはそうなんですが、加賀智さんばっかり無理させてる気がして」
言ってもしょうがないが、どうしても花がいないとすでに死んでる案件な気がするんだよな。
本人にその自覚がない以上、無力感を感じるのは仕方ないだろう。ホムンクルスたちなら感覚的にも近しいだろうが、俺はほとんど他人だし。
……ひょっとして、このフォローも必要なのか。むしろ、俺がフォロー欲しい状態なんだが……大人って辛いな。
「あの気が滅入りそうなガチャをひたすら回してくれるだけでも、正直ありがたいんだが」
「……確かに滅入りますけど」
うーん、滑ったか? 俺としては本音なんだが。
実際に使ってみれば分かるのだが、あのガチャ、なんと十連ガチャのようにまとめて回す事ができないのだ。
一回一回の演出は簡素な割に長く、出てくるモノはすべてコモン、その上なんかマイナスイメージの文言がついたカードばかり。
死の緊張を孕んだ探索でゴブリンを大量に仕留めてきて、戻ってから回す事を考えると鬱になりそう。特にレアリティがコモンしかないのがキツイ。
神様に調教されたせいで、すでに若干ガチャ依存症の気がある俺としては、そんなモノ回したくない。病む。
「そっちの世界じゃどうか知らんが、俺の認識じゃ君はまだ保護される未成年だ。大変な事は大人に任せていいんじゃないか」
「未成年とか久々に聞いた気がします」
そりゃ滅亡カウントダウンな世界ならそうだろうよ。
「立派な人もいるにはいましたけど、どちらかというと大人の立場を盾にして踏ん反り返ってる人たちのほうが多くて」
「未成年って立場を盾にして踏ん反り返るようなら、俺はお前の父親でもパパでもねーぞって蹴り出すかもしれんが」
「父親とパパって同じでは?」
ウチの世界だと違うんだな、コレが。説明する気はないけど、流行った時期を考慮すると援助交際もパパ活も知らないのは当然だろう。
そんなわけで、一見順調に見えなくもない俺と花の漂流生活は続く。体感的には一週間も経過していないが、作戦開始前まで接していた時間はとうに超えている。
なのに花にどこか絶対的な壁を感じるのは、彼女がこれまで体験してきたモノが俺の常識とかけ離れている事が原因だろう。ついでに言うなら、俺自身のここのところの体験も常識からかけ離れたモノなので、お互いに理解できていないのは当然ともいえる。多分、この壁はお互いが張っているモノなんじゃないかと思うのだ。
そんな花との距離感はさておき、現状打破の目処は一切立っていない。生活基盤の確保もとりあえずで、足りないモノも多い。
せめてあのFOEをどうにかできれば、生活基盤の面においてはかなり楽になると踏んでいるんだが、どうにかなる気がしない。
そんな中、ソレを発見したのはある意味できっかけだったといえる。
「……階段」
まだまだこのフロアも探索し切っていないが、次のフロアへの階段が見つかった。
すぐに移動する気はない。あまりにも未知が多い状態で、更なる未知へと踏み込む度胸はない。さすがにそれは無謀というものだろう。
ただ、コレを発見した事はそれなりに大きい。コレがこのフロアのゴール地点である事は確かだからだ。
……いや、どうなんだ? なんとなく今までのダンジョンと同じ認識でいたが、階段や出口が一つである保証なんてどこにもないし、普通の建築物ならむしろ変だろう。単純に迷宮として見ても、移動経路は複数あったほうが複雑で侵入者を欺けるのは間違いない。
そんな懸念はあるが、今はとりあえず目の前の階段である。
俺はこれまでの道中でもそうしてきたように、大きめの構造物を複数配置し、その影に隠れつつ階段の出入り口を観察する事にした。
気分はフロアボスの裏で隠し部屋に潜んでいたゴブリン十六魔将第六席、掟破りのイザーである。
「…………」
しばらくは何もなかった。やがて、階段からゴブリンが出てきた事で、やはりこのダンジョンは移動制限のようなモノがないと把握した。
出てきたゴブリンは後続がいない事を確認してから都度暗殺。素早くチケットを確保しつつ、観察を続ける。
そうして数十分ほど経過し、追加で得られる情報はなさそうだと諦めかけたところでソレは現れた。
ソレはやたら大仰なマントと面積の小さいビキニ、そして巨大な大鎌を持ったツインテールの……柚子と思わしき存在。
思わず息が止まる。蒲公英モドキだけでも地獄のような状況なのに、ここに来て二体目の観測だ。
あまりの恐怖に動けずにいた俺の視界に映るのは、蒲公英同様明らかに正常でないと感じさせる様子。
どうする。どうしようもない。元々、あいつの戦闘力が蒲公英以上な事は知っていたが、こうしていざ目の当たりにしたら比較にならないプレッシャーを感じる。
動けない。視線すら逸らせない。わずかでも動いたら、即捕捉される確信のようなモノがあった。
あいつの動物的勘のようなモノがどこまで再現されているかは分からないが、多少でも引き継いでいるなら、こんな適当な遮蔽物など意味をなさないような気さえする。
「っ!?」
不意に、大鎌がフロアの木箱に振るわれ、バラバラになった。
何を思っての行動か分からない。このフロアの構造物が不自然だからか、何かいると感じての事なのか。
もし、俺が隠れていたのがあの木箱の影だったら終わっていた。あの迷いのない一閃なら、木箱ごと真っ二つにされていた可能性もある。
木箱を壊したあとも、柚子モドキはフロアに留まっている。すぐさま他の構造物に手をつけないのは、やはり正常な状態ではないからか。
そんな事を考えながら祈っていたら、柚子がこちらに近付いてくるのが見えた。
まずい。死ぬ。
いくらこのコンテナが丈夫とはいえ、あいつの鎌を防ぎ切れるほどじゃ……。
「ギャッ!? ギャギャッ!!!!」
死を覚悟した瞬間、階段フロアに闖入者があった。ゴブリンだ。
柚子モドキの姿を見たそいつは、特に怯えもせず逃げもせず、そのまま襲いかかり……一閃された。
その動作を見て、やはり俺は動けずにいた。逃走するならこのタイミングしかないという絶好の機会ではあったが、そもそも体が動かない。
とはいえ、動けなかったのはおそらく正解だろう。たとえ一瞬ゴブリンへ注意が向いたとしても、一つしかないフロアの通路を抜けられるはずもない。
階段の方向に逃げるという選択肢もあるが、足場が不安定なそちらのほうが危険だ。容易に追いつかれるか、足を踏み外す未来しか見えない。
一時的に死を免れたとはいえ、現状が何か変わるわけでもない。
ゴブリンを仕留めた柚子モドキはそのままこちらへ……来ずに、現れた階段へと再び消えていった。
「…………」
何を勘違いしたのか、それとも何も考えてなかったのか、あんな状態の奴の思考など想像付くはずもなく、俺はしばらく固まったままだった。
呼吸すら忘れていた事に気付くまで。
今回のMVPは運の悪いゴブリンさんです。(*´∀`*)
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なんとか達成はしましたが、なかなかに厳しい状況。
月末まで開催しているので、ご興味のある方は下のリンクか活動報告、あるいはXあたりから。





