表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/51

第四十五話「コモン・ワールド」

今回の投稿は某所で開催したその無限の先へリスタートプロジェクト第二弾の「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定5名)」に支援頂いたゆノじさんへのリターンとなります。(*´∀`*)




-1-




 石造りの部屋に置かれたガチャマシンのようなもの。要素だけを見れば俺の拠点と共通点は多いが、ここは明らかに別の場所だ。

 見窄らしい推定ガチャマシンは根本的なデザインからして別物だし、良く見れば壁や床も安っぽいモノに見える。不自然に色の失われた視界の中でさえ、良く見えればはっきりと分かるほどに大きな違いだ。

 ウインドウを開いてもベースゾーンのカードはこの部屋に反映されてなどいない。コレが空だったらもう少し悩んだかもしれないが、ベースゾーンに限っては拠点外部で行動する際に弄る余地はないので、基本的にセットしっぱなしの事が多いのだ。……というか、やはり拠点外という扱いなのか、セット済のカードを解除する事もできないようだ。

 というわけで、ここは俺の拠点ではない。俺の拠点ではないが……かといって、ここまで特徴が一致する空間が無関係とも思えない。

 ガチャマシンが置かれた石造りの部屋なんて、実際に住んでいる本人ですら意味不明な空間が別に存在するなんて偶然はないだろう。平行世界の自分、あるいは同じ境遇の存在という可能性もないではないが、こんな見窄らしいガチャマシンを神様が作るはずないという確信がある。

 だから多分……ここは俺の部屋なり記憶なりを元に、それを模倣したモノだ。天文学的な確率で偶然一致した無関係な部屋というよりは、そっちのほうが納得できる。


「だからって、なんでわざわざとは思うが」


 推察する材料が圧倒的に足りない。この場所も、なんで九十九の転送器と繋がっているのかも、二号や花以外の九十九姉妹……ホムンクルスの姿がないのも、時間停止しているように見える空間も、色がないのも全部だ。

 ざっと部屋の中を確認してみたが、考察材料になりそうなモノはない。あえていうなら、俺の拠点に最初からあった< 水汲み場 >がない事だろうか。拠点を模倣したのならアレも含まれそうだが。

 明らかにデザインの違うガチャマシンっぽい何かは、投入口のところに電光板があってチカチカと反応している。転送器の計器類も表示はされていたが、あちらと違いコレはなんとなく生きているような気がする。

 可能ならこいつにノーマルチケットあたりを投入して試したいところだが、残念ながらフリーゾーンにチケットの類は入っていない。今回の作戦もそうだが、基本外部で使う事など想定していないのでチケットを持ち出したりはしない。

 一応、フリーゾーンから適当なカードを取り出して、投入口の規格が同じかどうかだけ確認する。いつものガチャマシンの仕様ならエラーを吐いて戻ってくるはずだが、まだ投入はしない。これは正常に動作しない可能性を考慮したからではあるが、この空間にいるのが俺一人でないという理由が大きい。

 同じように、いつものダンジョンに繋がるドア……と同じ位置にある見窄らしいドアの向こうに踏み込むのも躊躇している。何か手がかりがあるとすればガチャマシンかこの先だと思うのだが、ここが模倣空間だとしても同じ仕様という保証などあるはずがない。下手に手を出して、現状唯一の同胞である九十九花と分断されでもしたら問題だからだ。

 ないとは思うが、こんな意味不明空間なら慎重になってなり過ぎるという事はないはずだ。

 というわけで、元の転送器側に戻って九十九花が目覚めるのを待つ事にした。


 転送器側に戻り再確認するが、やはり九十九花は寝ているだけだ。軽く揺さぶっても起きなかったが呼吸も脈拍も普通だし、素人目に分かる範疇では危険な兆候は見当たらない。

 このまま床に放り出したままというのも可哀想なので、九十九世界から持ち出した物資からクッションになりそうなモノを持ってきてその上に移動させる。


「軽っ」


 嬉し恥ずかしお姫様抱っこで持ち上げてみれば、メリハリのないボディから推測できる以上に軽かった。なんというか、不安になる軽さだ。こいつのクローンからあんな重い攻撃が繰り出されているとか想像ができない。桃源郷で鍛えられてなくても欲情はしかねる、むしろ庇護欲さえ掻き立てられる軽さである。

 クッションに寝かせた花の覚醒を待つ間、俺は今の状況をまとめるメモを書き始めた。筆記用具もノートも豊富なので、メモにすら事欠いた頃に比べたらマシと自分を誤魔化しながら。



 実況II → 行方不明。痕跡なし

 九十九姉妹 → 花以外のホムンクルスは行方不明。痕跡なし

 九十九花 → 寝てる。健康状態は問題なさそう

 神様との通信 → 切断。こちらからは緊急用コードを含めてアクセス不可

 時間経過 → 狭間の世界同様、カードの時間表示上は停止状態に見える

 灰色の世界 → 色覚異常ではなく色がなくなっているっぽい。自分や九十九花は色が付いてるし、物資に触れれば色がつく物もあった

 転送器の物資 → 行方不明者の所持品以外はそのまま残っていると思われる。一度触れれば色が付き、移動・使用も可能

 転送器の設備 → 床や壁などは触れても変化しない。計器類などは動いてるようには見えるが、正常かどうかは不明。

 謎のガチャ部屋 → 自分の拠点に酷似した石造りの部屋が接続されている。ガチャマシンもあるが、本来の拠点との差異は多数。基本的に安っぽいつくり

 ガチャマシン → 要検証。花覚醒待ち

 ダンジョン通路 → 要検証。花覚醒待ち

 ステータスウインドウ → 拠点外と同様の挙動。少なくともベースゾーンと謎の部屋は連動していない。ベースゾーン以外は要検証。

 所持カード → 紛失したモノはない。



「……あ、あれ?」


 そんな事を書いていたら、花が目覚めたらしい。勢いよく上体を起こし、キョロキョロと周りを確認している。動きを見るに寝ぼけてはいないようだ。


「おはよう」

「うわっ!? ……加賀智さん? えーと、ここは……?」

「緊急事態だ。軽くメモはまとめたから確認してくれ」

「は? え? あの、他の人は……というか、ウチの子たちは……」

「それらも含めてまとめたから読め。質疑応答は受け付ける」


 色々聞きたそうな花にメモを押し付ける。こういう時、口頭で状況確認すると支離滅裂で脱線しやすいから、このほうがいいだろうと。

 実は過去に似たような経験が複数あるのだ。今の状況でいう両方のケースで体験している。だから分かるが、こういう時に会話で説明しても内容など頭に残らない。無数の何故が渦を巻き、思考を阻害する。

 文章だって頭に入り難いのには違いないが、会話よりはマシだ。読み返せるし、繰り返し質問して徒労に終わる事もない。あと、感情的になり難い。

 花は明らかに混乱し、動揺している。経験故か、頭ではある程度状況を把握しているようだが、感情は追いついていないようだ。メモを渡す際も、これまでにないほど警戒が見られた。いや、これはどちらかというと怯えか。

 初めてエセセールスマンモードで会った時よりは幾分かマシだし、これまで多少なりとも関係性を築き、信頼も得てきたと思っているが、それはあくまでこれまでの環境故の事。特にホムンクルスの存在が大きい。二号には手も足も出ないとはいえ、ボディーガードとしては過剰ともいえる戦力が身近にいた事で安心できていたのは間違いないはずだ。

 それがいきなりこんな謎な場所で目覚めて成人男性と二人きりとなれば、警戒するなというのは無理だろう。普通に怖い。


 とはいえ、これまで数多の修羅場を潜り抜けてきた経験によるものか、メモを読んでいる内にある程度は落ち着きを取り戻してきたように見えた。

 心中など察せるはずもないが、最初はメモの内容が頭に入っていなかったように見えたし、こちらをチラチラ窺っていたのに、数十分程度で視線がメモに集中するようになっていた。とはいえ、口を開くのはかなり時間経過してからの事だったが。


「この実況II? というのは?」

「俺は二号って呼んでる名前のない神様候補だ」

「ああ、マイクの神様」


 あいつは動画実況の神様候補であってマイクは付属品なんだが、そこはまあいいだろう。質問しやすいよう、最初に分かりづらい名称を書いたのはわざとである。


「……すいません。ようやく落ち着きました」


 正直助かる。この状況で感情的になられたら面倒臭いなんてものじゃないからな。花一人が暴れたとしてどうにでもできる自信はあるが、話は進まない。

 万が一でも俺が原因とか言い出して敵対でもされたら、これからの予定がすべて破綻するし。


「俺と君の覚醒までの時間差はせいぜい三十分~一時間くらいだ。その間調べて分かった内容はそのメモでまとめたつもりだが、その上で質問は?」

「ウチの子たちは……いえ、本当にここには加賀智さんと私だけしか?」

「確認した限りでは。この転送器には出入りできない空間も多いだろうが、さすがにそこは確認できてない。外にも出れないし」

「死体……は、ないんですよね?」

「ない。新しい血痕や傷も争ったような痕跡もない。パッと見では構造が歪んでいるようなところもなかった」


 花たちが九十九世界に行く直前に結構な争いがあったからか、床や壁には大小含めた傷はあるのだが、大きな傷は作戦前の時点で補修済だ。俺の目にはそこから新しく増えているようには見えなかった。少なくとも、気絶している間に俺たち以外が殺害されたような跡は見当たらなかった。


「…………えーと、それでその、私たちの回収作戦は?」

「原因は分からんが、とにかく作戦は失敗したらしい。原因は分からないし、状況もそのメモくらいしか分からん」

「だ、大問題じゃないですかっ!? なんでそんな落ち着いてるんですかっ!!」

「間違いなく冷静じゃねーから安心しろ」

「安心できるわけないんですけど!」


 実際、内面的には動揺しまくっている。表面上だけでも落ち着いてみえるのは曲がりなりにも社会人である事と、一応でも保護対象な花を落ち着かせるためという理由からだ。

 ……あと、実をいえば作戦決行直前のほうが精神的には不安定だった。もっと言うなら化外の王を感じとった経験で耐性ができているのかもしれない。

 端的に事実を伝えられた事で感情的になる花だが、これくらいは許容範囲だ。むしろ健全過ぎて怖くなるほどである。普通なら多分会話自体が成立しないと思う。たとえば、同じ年くらいの俺だったら絶対に無理。使徒になる前でも多分無理。


「えーと、あとは……」

「慌てなくても分かる事は答えるから、とりあえず落ち着くのを優先してくれ」

「そんな事を言われても」

「二号やホムンクルスたちの死体を確認できて無いって事は桜みたいに生きている可能性は残っている。その確認をするためにもまずは平常心を取り戻すところからだ。ほら、深呼吸」

「……はい」


 無理やり深呼吸させただけで、花の目つきが変わった。動揺していた多少敏い一般人から、何かしらの覚悟を決めた目に。……元々の素養か経験か知らんが、切り替えが常人のそれじゃないな。まあ、最悪足手まといにはならないと踏んでいた。修羅場の経験値は俺よりもはるかに上のはずだからだ。


「でも、あの子たちがいない私なんて、なんの役にも立たなそうな気が。戦ったりはできないですよ?」

「そこはあんまり期待してない」

「し、辛辣」

「お世辞言ってもしょうがないしな」


 戦闘どころか最低限の家事すらできるか怪しい。かといって、それ以外の特殊技能を持ち合わせているわけでもない。俺の世界の花の話を聞く限りITには強そうだが、この花にその技能はないし、活かすような場面でもない。

 でも、多分なんの役にも立たないって事はないはずだ。というよりも、今の状況だと他のホムンクルスよりも花のほうが良かったんじゃないかって気もしてる。


「とにかく、やれる事は早めにやっておこう」

「え、えーと、このメモの私の覚醒待ちになってる部分ですか?」

「そう。その前に、そもそもあの俺の拠点もどきに君が入れるのかって検証もあるけど」

「が、頑張ります」


 頑張ってもどうしようもない話ではあるんだが、あえて否定する材料はないな。




-2-




「入れ……ますね」


 最初の懸念である九十九花の入室に関しては特に問題なさそうだった。俺が転送器に残った状態でも入室できたので、ここにそういう制限はないと思っていいだろう。


「ここで躓いてたら割とどうしようもなかったしな」

「あの、加賀智さんは何を懸念してるんですか? 状況的に慎重になってるのは当然かと思いますけど」

「何が起こるか分からないから、怪しいアクションをする時は近くにいてもらったほうがいいと思ってさ。たとえばそこのガチャマシンを使ったら転送器と行き来できなくなりましたとか、そういう状況になったら困るだろ。万が一の可能性でも、叩ける石橋は叩きたい」

「は、はあ……確かに」


 それが起きるという根拠もないし起きる気もしないが、花が目覚めるのを待つ程度じゃリスクでも手間でもないのだから、慎重にはなる。


「あと、正直なところを言うと、君の主人公補正に期待してるってのが大きい」

「そんな自覚のないものに期待されても」

「勝手に期待してるだけからそこは気にしなくていい。……ただ、何か少しでも違和感とか危機感を感じたら教えてくれ。こんな意味不明な状況じゃ、一手ミスるだけでもアウトになりかねない」

「は、はい」


 経歴を聞くだけでも、自身の生存能力に直結する運はずば抜けていると分かる。突拍子もない事に巻き込まれる事を含めれば、悪運かもしれないが。


「じゃあ、とりあえず懸念の一つから。このガチャマシンが使えるかどうかから検証しよう」

「これが例の……?」

「ウチのとはまったく違う別物だけど、多分ガチャマシンではあると思うんだよな」

「あ、正体がはっきりしてるわけじゃないんですね」


 先ほど投入直前までやったように、カードをそのまま投入する。すると、それが当然であるかのようにマシンがカードを飲み込んだ。

 ……これで、このマシンが生きている事、そしてカードの規格が同じ事は確定したわけだが、問題はその反応。


「なんか、エラーって出てますね」

「カードも戻ってきた」


 違うカードも何度か試したが、すべて同じ挙動だ。チケットじゃないから当然ではあるが、エラーと判別したって事はそうじゃない普通の使い方があるという事だろう。

 ガチャマシンだとは思うが、この時点でも確定とまではいえない。


「じゃあ、次はあっちの通路だ。まずは花が出られるかどうかを確認したい」

「出られないのが普通なんですよね?」

「俺の拠点ならな。とりあえず手で見えない壁があるか確認してくれ。出られたら出られたで全裸になる可能性があるから」

「ぜっ、全裸!? 何がどうなってそんな事に!?」

「セットしたカード以外持ち込めないんだよ」


 改めて難儀な仕様だと思うが、そういうモノだから仕方ない。アレも多分意味とか整合性があってやってる事だろうし。

 というわけで、躊躇しつつも花が開いたドアの空間に手を伸ばし……そのまま何もなく突き抜けた。……あれ、ちょっと想定外だな。


「……通ってますよね? これ」

「みたいだな。じゃあ、そのまま通れるか……は嫌だろうから、俺が試す。恥ずかしいから見ないでね?」

「見ませんよっ!?」


 花はガチャマシンの影に移動し、待機。実験って意味ならリアルタイムで見ててもらうのがいいのだろうが、そこまでは強要し難い。というか、俺も恥ずかしいのは本音だし。

 とはいえ、花の手が通過した時点でなんとなくだが結果の予想はついていた。


「もういいぞ」

「目を開けたら全裸とかじゃないですよね?」

「俺は露出狂じゃない」


 反応を見るだけなら面白そうではあるが、見られるのが自分側となると別だ。……別だよな?

 恐る恐るガチャマシンの影からこちらを覗き込んで来る花。その視線の先にいる俺は元のまま普通の……あんまり普通じゃねーが、とにかく服を着たままだ。立っている場所もドアの境界線を挟んだ通路側である。


「ウチの拠点の仕様とは違うらしい。出入りは自由っぽいな」


 花にも試してもらうが、こちらも問題なく移動できた。そこで一旦検証は止めて部屋に戻る事にする。


「あそこから先は俺だけしか入れないってのが俺の予想で、花は基本ここで待機してもらうつもりだったんだが」

「一緒に移動できるなら、したほうがいいですよね?」

「それはそうなんだが、あの先にも一方通行のポイントがあるのと、あとはモンスターがいる可能性がある」

「せ、戦力はちょっと期待して欲しくないかなーと。ボウガンと銃なら、一応撃つだけなら経験はありますけど、腕は人並みなんで」

「人並みの基準は分からんが、最初に言ったように戦わせる気はないから安心しろ」


 実際、俺も護衛の経験はないから、戦闘するなら一人のほうがいいんだよな。誰かを守りながらとか、想像するだけでも無理っぽい。

 ホムンクルス連中ほどとは言わなくても、せめていつものモブ夫連中くらいの……。


「ひょっとして、呼べたりするのか?」

「呼ぶ?」


 今回の作戦にあたりリョーマやあかりのカードは持ち込んでいないが、モブ夫たちのカードはある。ウインドウの仕様がそのままなら、セットすれば召喚できるはずだ。

 状況が特殊という問題を除けば、訊いている仕様的に問題ないはず。


「前にも見せた事があるが、俺の持つカードは物質化させるだけじゃなく、専用のゾーンにセットして使うものなんだ」

「はい、水とかご飯とか助かりました」

「実はあのパックご飯は割と死活問題だったんだが、それは今は置いておく」

「か、必ず返しますので」

「じゃあ、ここを切り抜けた先で返してくれ」

「……はい」


 今はそれほどでもないが、あの時は温存しておきたい上位にあったのは確かだし。無理に反故にしたいほど重い貸しでもないだろう。


「……一応、ウインドウの仕様について、一から情報共有しておくか」

「いいんですか? なんか怒られたりとか」

「詳しい仕様については機密情報扱いらしいが、緊急事態だし」


 というか、どこからどこまでが機密情報なのか分からん。存在自体ってならそうかもしれんが、花はすでに知ってるし。

 なので、ウインドウを開きつつウインドウの仕組みについて説明してみた。


「なるほど……それで待雪と模擬戦した時はいきなり棍棒が出たんですね。ここにセットしたと。毎回服を用意してたのも?」

「ああ。今の手持ちだと、どうしても変態ルックになるからな」

「変態って……あー、ガチャだからランダムって事か。うわー」

「うわーとか言うな」


 こっちは少ない枠で必死にやりくりしてるのだ。早く戻って< 漆黒豹の全身鎧 >が欲しいと思うくらいには。

 多分、今所持しているイクイップカードを見たら絶句すると思う。だって、絶対まともなコーディネートなど不可能だし。


「今回の作戦も、念の為って事でフリーゾーンいっぱいまでカードは持ち込んでる。その中にはいつもの装備やユニットもあるわけだ」

「それをセットすれば、ここに呼べると。……加賀智さんの拠点じゃなくても?」

「やった事はないが、できるとは聞いてる。具体的な候補はこいつだな。確実に戦力になる」


 フリーゾーンのカード束から< ヒューマン・ファイター >ことモブ夫を取り出し、花に見せてみる。

 拠点外だろうがユニットゾーンにセットすれば召喚できるのは神様に確認済だ。それどころか、能力的な補正がなくなってもいいなら《 マテリアライズ 》さえできるとも。


「< ヒューマン・ファイター >……、色々書いてますけど、このHRっていうのは?」

「レアリティだな。これが高いほどガチャから出難い。解説文にも書いてあるがHRはハイレアの略で、上から四番目だ。下からも四番目だな」

「普通って事ですか?」

「普通じゃねーよっ!」

「そ、そんなに怒らなくても」

「す、すまん。大声上げるつもりはなかったんだが、つい……」


 というか、ハイレアが普通とか何言っちゃってんのって感じだ。ゲームならともかく、このカードのレアは本当にレアなんだぞ。

 さすがにこんな事でついカッとなってしまったのは予想外だ。俺はどこまでガチャに毒されてしまったというのか。


「上のほうは地獄のような確率を潜り抜けないと出てこないようなものだから、普通なんて言えるのは一番下のコモンくらいだ。カードの中身として普通とかゴミってのはいくらでもあるが」

「ご、ゴミとまでは」

「いや、残念ながら本当にゴミみたいなカードもあるんだ」


 どこかのデュエリストみたいに使い方次第とか言う余地すらないほどのゴミが。せっかく高レアで排出されてそれはないだろうって奴。むしろ、高レアのほうが残念度が増す。


「と、とにかく、コレは結構希少なものだと」

「ああ、仮にもウチのエースだしな」

「……これが」


 下手したら俺より強い。

 話の流れでなんとなく渡してしまったが、花はそれをじっと見ている。絵としてはただののっぺらぼうだから強くは見えないだろうが。


「あの、何か試すならあんまり希少価値の高くないモノからのほうがいいんじゃ」

「あー、それもそうか。外で使えるとは言われてても、ここが対象範囲かは分からないしな」


 なんか考え込んでいたから、主人公補正的な何かが働いたのかと思ったが、出てきたのは極普通の真っ当な意見だった。

 確かにここが外と同じって考えでも、一度セットしたら変更できない事を考慮するなら慎重になったほうがいい。俺、普通にモブ夫をセットしようとしてたわ。

 もっともな意見なので、改めて取り返しのつきそうな部分からテストを見直す事にした。これに限らず、エンジニアが作るシステムテスト項目ほどとはいかなくても、ある程度は細かくチェックすべきだろう。

 それを踏まえた上で順番にとなると……フリーゾーンのカードが出し入れできるのは確認済だ。加えて、セット済のカードが外せない事も。

 つまり、次に試すべきはマテリアライズの動作確認かな。ウインドウ上のマテリアライズゾーンは予想通り使えないが、スキルのほうで適当なノーマルカードを物質化させてみると、特に問題もなく成功した。


「な、何度見ても不思議な現象ですね。ちなみにこれは?」

「< 無脂肪乳(1ガロン) >だ。あんまり飲む気がしなかったから死蔵してた。飲んでいいぞ」

「は、はあ……」


 ガロンタンク入りなのでコップでも移さないと飲めないだろうが、転送器に持ち込んだ資材の中にはあったはずだ。


「そういえば、食事や水の問題もありましたね。ある程度は詰め込んでますけど」

「そこら辺はあとでチェックだな。……さて、じゃあ次は何を試す?」

「私が決めるんですか?」

「君に期待してる部分だからな。適当に勘で決めていいぞ……いや、ピンチのほうが働きそうな力なら必死になったほうがいいか。よし、必死になれ」

「無茶言うなっ!」


 そうは言っても、花は真剣な表情でカードを選び始めた。命の危機ほどとは言わずとも、神経衰弱やババ抜きくらいは必死だ。


「じゃ、えーと……これ?」

「< 大人しいペットゴブリン >? 別にいいが、なんでコレ?」


 いざって時に壁とか実験に使えないかとか、そういう目的で持ってきたカードだ。紛失しても惜しくはないから、テストするにしても最適ではあるが。


「大人しいって書いてあったし」

「……まあいいが、召喚されてもビビるなよ。ユニットとして召喚すれば襲ってはこないだろうが、正常に動作するとは限らないし」

「じ、じゃあ離れてます」

「あーうん、そのほうがいいな」


 そうして、< 大人しいペットゴブリン >をユニットゾーンにセットする。すると、これまで何度も見たようにユニット召喚のエフェクトが発生し、目の前に見慣れたゴブリンの姿が出現した。とりあえず、こちらを襲ってくる気配はない……。


「ギャ、ァアアアアーーーーーッ!! ウグォオオェエエッッ!!!!」


 突然、これまで断末魔でも聞いた事もない金切り音を上げつつ倒れ込み、苦しみ出した。

 あまりの事態にあっけにとられた俺は動く事もできず、状況を見つめる事しかできない。

 そして、ペットゴブリンは煙となって消えた。




-3-




「な、に……」


 何が起きた。あまりに想定外な展開に脳の処理が追いつかない。少し離れたところにいる花を見ても、俺と同じように固まっている。

 まさか、死んだ……のか? 召喚しただけで? そういえば、カードはどうなった? 確か、以前でゴブリンをダンジョンに行かせて死なせたり、テストで溺死させた時はカードそのものが消滅したが……。


「……なんだ、コレは」


 しかし、ウインドウ上のカードはそのまま残っていた。カードとして残っているだけで、それが同じモノとは思えなかったが。

 それを手にとり、しばらく呆然としていると、花が近づいてきた。


「あ、あの……何が起きたんでしょう?」

「あいつがなんで死んだのかは分からないが、通常の挙動なら消えるはずのカードがエラーカードになって残っている」


< ■人し■ペッ■ゴ■リン コモン ユニット/ペット >


 何故か、カードの表記がバグっていた。コレはエラーカードなのか?

 表示がバグってても< Uターン・テレポート >のように正常に使えるカードはある。エラーカードかどうかを試すには、フリーゾーンかどこかに置けるかどうかで確認できるわけだが……こんな怪しいモノを再度ゾーンに置いていいのか? 腐ったミカンみたいに周囲を汚染したりしないだろうか。


「あ、あの……」

「悪い、動揺してた。かなり想定外だった」

「それは分かりますけど……あの、エラーカードってどんなものなんですか?」

「俺もそこまで詳しくはないんだが……」


 頭の中を整理するついでに、エラーカードについて知っている事を話してみた。

 とはいえ、通常のカードがエラー化する現象など知らないし、話せる事といえばわずかな事例と神様から聞いている事くらいだ。俺が知っている例といえば、せいぜい質屋に流入してきたカード類くらい。あとは、ガチャのシステムが生成する中でも稀に発生すると聞いている。


「じゃあ、すでに完成しているカードの場合、こうしてエラー化する事も、レアリティが変わるのもまずあり得ない事だと」

「レアリティ? こいつ、元々コモンじゃなかったっけ?」

「確か、UCって書いてました。直前に説明を受けたので、そこだけは良く覚えてて……」


 ……どうだろうか? もちろんエラー化の正確な挙動なんて知らないし、法則性があるのかどうかも分からない。

 だが、カード情報として崩れた部分……カード名ならともかく、エラー化しても一見正常そうなレアリティが影響を受けているのは少し不自然な気もしていた。


「……となると、アレも怪しくなってくるな」


 先ほどマテリアライズした< 無脂肪乳(1ガロン) >。一見正常に物質化できているような気がしなくもないが、あまり信用が置けなくなってくる。口にするモノは特に慎重になるべきだろう。

 タンクのキャップを外して中を見ても特に問題はなさそうだし、変な匂いもしないが……。


「花、コップ持って……いや、取りに行こう」

「え、まさか飲むんですか?」

「飲む。……いや、その前に持ち込んだ物資のほうも確認だ」


 まさかとは思うが、持ち込み物資の全部が全部エラー化してたりしたら、俺たちに残されたタイムリミットが極端に少なくなる。

 特に食事は致命的だ。拠点やダンジョン以外では俺は餓死する仕様だし、花なんてもっと早く動けなくなるはずだ。

 ……ひょっとしたら、ここで死んだら俺だけは戻れるかもなんて気もしたが、即却下する。花を見捨てるわけにもいかないが、それ以上に保証のない賭けには出れない。


 二人揃って一旦転送器のほうに戻り、ガチャ部屋にコップなどのいくつかの物資と食料、水を持ってくる。


「あの、食べるなら私のほうが」

「駄目だ。俺なら多少はどうにかなるんだから、安全確認は俺がやる」


 俺は曲がりなりにも人間をやめているのだ。使徒の身体能力なら多少の問題があってもなんとかなる可能性は高い。腐ってるくらいなら多分余裕。

 しかし、その心配は杞憂だったらしい。念には念を入れてという事で行ったパッチテストは問題なし。転送器で持ち込んだ食料や水、そしてマテリアライズした無脂肪乳も特になんの問題も感じられなかった。念の為、三十分ほど待ってみるがなんともない。

 食事できなければ一気に死が近づく花も順番に摂取させてみたが、こちらも問題はなさそうだ。

 ……一応の食料問題は避けられたらしい。持ち込んだ食料の量なら、少なくとも数日でどうこうなる事はない。


「となると、あの現象はなんだ?」


 変わり果てたエラーカードを前に唸るが、答えが出ない。テストをするにしても、何かしら方向性が欲しいところなんだが。

 アレを見てしまった以上、どう考えてもモブ夫を呼ぶという選択肢はない。コレが花の主人公補正の一端なのかどうかは分からないが、結果的にファインプレーではあった。


「……な、なんですか、じっと見て」

「いや……レアリティの線から調査してみるか」


 あの時花が反応したのはレアリティだ。となると、そこに原因があるとあたりをつけてもいいかもしれない。




-4-




「なるほどな」


 いくつかテストをしてあたりはついた。なんでそんな事になるかは分からないが、ある程度の法則性ははっきりした。

 結果から言えば、やはり重要なのはレアリティだった。コモンかそうでないかで挙動が大きく変わるのだ。


「つまり、最初からコモンのカードなら普通に使えるって事ですかね?」

「多分な」


 アンコモン以上……といってもレア以上は試してもいないのだが、コモン以外のカードをフリーゾーン以外にセットするとエラー化し使えなくなる。

 しかし、元からコモンのカードであればゾーンに関わらず正常に使用できるようだった。

 そして、マテリアライズの場合はレアリティの制限は受けないらしい。どちらも施行回数の少なさ故に断言まではできないが、少なくとも多分と言えるくらいには判明した。

 というか、テストを繰り返すには持ち込んだカードが足りない。とりあえずはここまでも上等と納得するしかないだろう。


 あと、例外なのかベースゾーンを含めたセット済のカードについてはこの対象外と思われる。< Uターン・テレポート >も< マテリアライズ >も特に問題ないように見えた。一旦外して再度セットなんてのも試せないし、できてもやりたくない。


「このアンモナイト、どうしましょう?」

「……飼う?」

「タライか何かに水張って入れておきます……」


 テストという事でいくつかカードをマテリアライズしてみた副産物が床に鎮座していた。

 コモンのテストでマテリアライズしたカマドウマは気持ち悪いので遠慮なく潰せたのだが、割とでか目なアンモナイトは躊躇してしまったのだ。

 他のカテゴリはともかくユニットカードは候補が少ないので仕方ない面もあるのだが、生き物をマテリアライズしても扱いに困ると実感させられた。


「アンコモン以上が使えないのが痛いな。俺がフリーに入れて持ち出してた主力装備はほとんどアンコモンだぞ」

「マテリアライズはできるんですよね?」

「できる事はできるが、付与してた補正が消えるとなるとコモンと大差ないんだよな。それならコモンでいいというか……」


 緊急時に言う事ではないかもしれないが、もったいないという感情もある。

 ただ、コモンをセットするというのは違う意味で躊躇する。拠点がない以上、カードが壊れるまでゾーンを専有されるという問題だ。

 アンコモン以上が使えない以上別の候補はないわけだが、目の前にあるガチャマシンからそれが出てこないとも限らない。

 結局、コモンで持ち込んでいた数少ない武器である< ショートソード >と< ジャイアントメイス >をマテリアライズする事にした。ショートソードは花の護身用だ。


「そんなの振り回せるんですか……」


 俺がジャイアントメイスを振り回すのを見て花はあっけにとられていたが、今の俺ならこの程度はなんでもない。ハルバードより重いが、重心が分かり易い分扱いに困らない。

 一方で花もショートソードの扱いはそれなりだった。とても実戦で扱えるレベルではないだろうが、普通の女子高生ならそもそも持ち上げるのですら難儀するだろう。


「全力だと、何回か振るだけで限界ですね」


 そう言う花はすでに息が上がっていた。その全力も、せいぜい当たればゴブリンにダメージが入るだろう程度のものだ。成人男性なら大怪我だが、ゴブリンはそれでも継続して襲ってきかねない。


「まあ、本当に護身用だな。刃がついてると危ないから、あとで資材の中からそれっぽいモノを……」

「鉄パイプとかあったかな……加賀智さん?」

「花っ! どけっ!!」


 咄嗟に花を押しのけ、前に飛び出し、いつの間にか接近を許していた目の前の敵への迎撃に移る。


「ギャッッッ!!」


 咄嗟の事で、ジャイアントメイスを振るう時間もない。なので、全力で蹴りを放つ。

 距離を詰めた事で、クリーンヒットとは言わずとも直撃はさせた。脛を通して相手の骨を砕く感触が伝わってきた。

 これだけでも致命傷になるだろうが、念のため吹き飛んだ相手を追い、壁へと叩きつける追撃のキック。油断はできないが、おそらくこれで決まるはず。

 少し距離をとって動向を注視するが、敵はそのまま倒れ込み、煙のように霧散していった。


「いったーっ! って、え? ゴブリンってやつ……でしたよね?」

「ああ、多分だが……まさか、通路の向こうから来たのか?」


 いきなりだったからほとんど反射的に行動してしまったが、確かにゴブリンだった。とはいえ、大人しいペットゴブリンが蘇ったわけでもないだろう。

 この部屋の出口にある境界線のようなものはなかった。あとで検証する予定ではあったが、この分だと通路の先も同じように移動可能な可能性は高い。このゴブリンはそこから移動してきたと考えるのが妥当だろう。


「って、花、大丈夫か?」

「は、はい。ちょっと擦りむいたくらいで」

「悪い、咄嗟だったから」


 抜身の剣で自傷してないか不安だったが、それはないらしい。とはいえ、軽い擦り傷でも治療したほうがいいだろう。やっぱり刃物を持たせるのは危ないな。


「救急箱とか積み込んでたよな」

「感染症とか怖いですしね。昔、何回か高熱出した事も……あれ? なんか落ちてません?」


 女子高生としてはタフ過ぎる反応だが、こんなものかと思い直したところで花が何かに気付いたらしく、ゴブリンが死んだあたりまで移動して何かを拾い上げた。


「< コモン・チケット >って書いてますけど」

「……こっちでもドロップするのか。ちょうどいいし、使ってみるか」


 微妙に聞き覚えのない名前だが、ガチャのチケットだろう。状況的にはそこにあるガチャマシン用の。

 ありそうだとは思っていた。まさかここまでモンスターが来るとは思っていなかったが、あの先にはダンジョンがあってモンスターがいて、チケットをドロップするんじゃないかと。ただ、明らかにコモンしか排出しませんと言わんばかりのカード名は気になる。


「< ヨーグルト >か……なんか、やたらでかいけど」


 ガチャマシンは正常に動作し、そこから排出したのはノーマルカードのヨーグルトだった。

 何故か< 無脂肪乳(1ガロン) >と同じような容器に入っているのでカードの絵柄だけでは確信は持てなかったものの、マテリアライズして飲んでみたら普通のプレーンヨーグルトだ。味だけならそこら辺のスーパーに売ってそう。何故かガロンサイズの乳製品が二つ並んでしまったが、食料的には助かる。


「ヨーグルトとか何年ぶりだろ……」


 花はそれを飲んで泣きそうになっていたが、見なかった事にする。


「しかし、地味にここが安全地帯ってわけじゃなくなっちまったな」


 ゴブリンくらいならって思わなくもないが、花にとっては脅威だし、ゴブリン以外がいないとは限らない。


 どの道検証は必要だったので、俺たちは二人揃って通路の向こうの探索に向かう事にした。当然、最大限の警戒をしてだ。

 見窄らしい造りは目立つが、構造的にはウチのダンジョンと酷似している。通路を抜け、長めの階段を降り、その先には広間があった。

 ゴブリンが通過してきている時点でないとは思ったが、ここも一方通行ではなく、階段を降りた後に階段が壁で覆われる事はなかった。自由に行き来できる。


「ここまで一直線って事を考えるならバリケードか何かを構築して、立て籠もる事は可能と」

「それだと加賀智さんも戻れないんじゃ」

「そこら辺は工夫して……っと、お客さんだ。下がってろ」


 通路の向こうから複数のゴブリンが現れた。やはり、部屋や通路を行き来できないなんて仕様はなく、自由に移動できるらしい。

 とはいえ、今更ただのゴブリン相手に手こずる事はない。ゾーンに何もセットしていない素の状態だが、ジャイアントメイスを振り回せる俺の相手ではなかった。残念ながら、服を着ているという時点で普段よりも文明的という悲しい話もある。

 戦ってみた感覚的には、ウチのダンジョンのゴブリンよりも幾分か強く好戦的な印象を受けた。ただ、最近攻略していた階層に見られるような連携は見られないし、装備も第一層と変わらず貧弱だ。あと気になる事といえば、今のところ< コモン・チケット >が確定でドロップしている事。目の前にも三枚のチケットが落ちている。


「さて、ある程度検証は終わったわけだが、どうするか」


 ここを攻略する事が事態の解決に繋がるかは不明だが、手がかりがこの先にしかなさそうというのも事実。探索は絶対に必要だ。……問題は花の存在だ。

 敵がこの程度であれば、花を連れて行く事はできなくもない。ただ、奇襲を警戒しての行動となると安全の保証もできない。この場合、お互いにだ。


「よし、一旦戻るぞ。まずは資材を確認してバリケードを構築する」


 少し考えて、ここまでの通路にバリケードを構築する事を選択した。ゴブリンたちが明確にあの拠点を目標としているなら話は別だが、これまで見た奴らはたまたま迷い込んで、敵性存在である俺たちを見つけたから襲ってきたように見えたからだ。バリケードがあれば興味は引くかもしれないが、無理に破って襲撃しようとは思わないはず……。

 花を連れ回す事が困難な以上、安全地帯を確保したい。


 転送器まで戻った俺たちは資材の山の中からバリケードに使えそうなモノを探し、順次通路へと移動する事にした。

 基本、巨大なモノなので運ぶのは俺の役目だ。その間、花には引き続き資材のチェックとガチャを回す事をお願いする。

 通路へバリケード資材を運ぶ中、何度か迷い込んできたゴブリンを掃除したりもしたが、その数は多くない。やはり、偶然迷い込んできているだけと思われる。

 そして、今のところゴブリンたちは< コモン・チケット >を確定ドロップしている。体の部位や装備、< ゴブリン・チケット >などは落とす気配がない。



「えーと、< 自由帳 >、< 葛 >、< アームプロテクター >、< 花瓶 >、< 爪切り >、< 釘バット >、< 虫眼鏡 >と、こ、< コンドーム >……コモンだけなのは想定内としても、なんかノーマルってやつばっかりですね」


 ある程度バリケードが完成した段階で休憩に入ったが、裏で花が回していたガチャから出たカードはどれもコモン。試行数が少ないから確実とは言えないが、< コモン・チケット >の名の通り、このガチャからはコモンレアリティのカードしか出ないのかもしれない。あと、コンドームを含めて音読を強要した覚えはない。


「ノーマル/アイテムカードっていわゆるその他全部だからそんなもんだ。むしろ、二つ装備が出てラッキーともいえる」


 普通に道端の石とか出るんだぞ。全然マシなラインナップだ。


「これ、使いますか? イクイップってやつはセットできるんですよね?」

「いや、アームプロテクターはこの環境だとマテリアライズしたほうが使い勝手がいいな」


 装備してそのまま使えるなら、セットしてわざわざ枠潰す必要はない。セットして使うのとシステム敵な性能差はあると思うが、さすがにコレくらいなら誤差だろう。


「釘バットは……花が使ってくれ。多分、ショートソードよりは使いやすいから」

「あ、はい。確かに」


 余ったショートソードは俺が予備武器として持ち歩く事も考えたが、一旦ここに保管しておく事にする。ベルト付きの鞘とかあるなら別だが、剥き出しのまま持ち歩くのは厳しい。


「食料は出なかったみたいだが、そっちの在庫はどうだ?」

「食料も水も持ち込んだ分が大量にあるのでしばらくは問題ありません。多分、二人なら数ヶ月は持つかと」


 まあ、すでに< ヨーグルト >って前例があるので、数をこなせばガチャからも出てくるだろう。このペースでガチャを回せるなら、二人分でも困る事はないはずだ。

 転送器のほうには簡易ではあるがトイレや寝具もあるし、替えの服もある。とりあえずの生活基盤は問題ないだろう。サバイバルと言うにはヌルいくらいの環境だ。

 ……とはいえ、コレは長期戦を覚悟するべきなのか? 見通しが立たない以上は仕方ないが。


「問題は……戦力の拡充に限界があるって事だな。ゴブリン共ならどうとでもなるが、それ以上が出てきたら厄介だ」

「加賀智さんのところのダンジョンでは、ゴブリン以外だとどんなモンスターが出てきたんですか?」

「……ゴブリンだけだ」

「あんまり参考例はないって事ですね。ここと同じとは限りませんし」


 なんか上手く伝わっていない気がするが、多重に誤解された結果、必要な意図は伝わったっぽいので良しとする。

 この際ゴブリンでも同じなのだが、あのダンジョンを攻略する上で強いモンスターが出てくると俺の成長が追いつけないという問題がある。生身だけでも強くなった自信はあるが、それは普通の人間に比較してのもの。俺の素の能力、それとここのガチャで排出されるコモンカードで対応できない敵が出てくると、かなり厳しい事になる

 カードの支援が限定されるこの環境では限界があるのだ。強い敵と相対したら普通に死ぬのが俺なのだから。

 ……そう、下手したら当たり前のように死ぬ。


「言うかどうか悩んだが、あと一つ大きな懸念がある。俺が死んだ場合の事だ」

「それってもう詰みなんじゃ……。私だけ残っても……」


 普通ならそりゃそうなんだが、俺の場合ちょっと前提が異なる。


「ウチのダンジョン内だったら死ねば拠点に戻る仕様だったんだ。試した事はないが、外でも……たとえば九十九世界でも同じ事になる仕様って聞いてる」

「ここだとどうなるか分からないって事ですか?」

「そうだ。いつも通り俺の拠点に戻るかもしれないし、そのまま死ぬかもしれない。そうなると君は一人残される事になる。ここに戻ってくるならまだなんとかなるんだが、保証なんてない」

「……確実に詰みますね。でも、当然死なないようにはするつもりですよね?」

「そりゃそうだが、懸念としては把握しておくべきだろ」


 万が一の事を考えるなら、ここを脱出するまで死ねない戦いになる。それが俺だけじゃなく花の命運も握っているとなれば尚更だ。


「基本的に慎重に慎重を重ねて行動するつもりだ。腕時計も使えるから、本格的に探索を開始しても定期的に戻ってくるようにするつもりではあるが」

「……無力ですね、私。今更ですけど」

「そうでもないと思うぞ。根拠はないが、君がいなかったら今の状況にすらなっていなかった気さえするし」


 作戦開始直前に感じたあの危機感は気のせいではないはず。

 今の状況にしても、きっと最悪のケースでも花は生き残る可能性はある。俺はその主人公補正を信じて便乗するように動くのが最適解だと思うのだ。

 怪しく不確かでも実績はあるのだから、最大限活用していきたい。




-5-




 そうして、俺は本格的なダンジョン探索を開始する。できる限り拠点から離れないように、隙間なくマップを埋めるように行動範囲を広めていく。筆記用具の持ち込みはできるので、マップが描けるのはかなり好材料だ。

 道中で遭遇するゴブリンどもは多くもなく少なくもない。一度に遭遇する数も今のところ最大で三匹程度で済んでいる。あと、やはり何故かゴブリンしかいない。

 普段ならゴブリン以外も出ろよと思うところだが、今は慣れた相手だけというのが助かっている。

 < コモン・チケット >の集まりは順調だ。あのガチャマシンはチケットを纏めて投入できないらしいので、花が面倒かもと思う程度には数が集まっている。

 今のところ、セットしたカードしか使えなかった頃に比べればかなり楽といえる。服は着ているし、武器もある。俺もそれなりに経験を積み、強化されている。プチ強くてニューゲームといえなくもない。

 とはいえ、絶対に死ねない環境というのは想像以上に精神的負荷があるようだった。これまでの経験である程度死に慣れてしまったのか、明らかなプレッシャーの違いを感じる。

 慎重に、慎重に。相手がゴブリンだろうが、決して油断しない。いつ、ディディーのような強敵と遭遇しないとも限らないのだから。


 ……そんな覚悟をしていたからか、それと遭遇した時の衝撃はそれほどでもなかった。しかし、それほどでないというだけで動揺は抑えられない。


「……冗談だろ」


 思わず天を仰ぎたくなる気分だった。何かしらの手がかりを求めて初めて得た結果ではあるが、それどころじゃない。


 何気ない通路。その向こうからゆっくりと接近してきた人影。ゴブリンの矮躯ではないし、無理やり巨大化させたような歪な形でもない。

 黒い靄に覆われたソレは見辛いながらも間違える事などない程度には見覚えのある格好をしていた。



 長い鎖を手にしたメイド服の少女。花と同じ顔をした存在が俺の前に立ちはだかったのだ。





ハードモード開始。(*´∀`*)


先日まで実施していたその無限の先へリスタートプロジェクト第二弾ですが、イニシャルゴール、ストレッチゴール共に達成し、無事終了しました。

支援頂いた皆様、本当にありがとうございます。(*´∀`*)


二ツ樹五輪関連の情報は活動報告の他、以下リンクなどから。書籍発売時期などの最新情報はTwitterが一番早いと思います。(*´∀`*)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(*■∀■*)第六回書籍化クラウドファンディング達成しました(*´∀`*)
img
― 新着の感想 ―
>数十分程度で視線がメモに集中するようになっていた 1時間弱で簡単な探索+メモ作って そのメモ読むのに数十分はちょっと長いと思う
[良い点] まさかこの小説の先が更新されることがあるとは思っても見ませんでした、支援してくださった人ありがとう! [一言] ガチャ作品が流行ったときも更新がなかったのでもう先は読めないと思ってましたの…
[良い点] あ、このために桃源郷で性欲発散させたのか、 あの時のガチャ太郎なら花ちゃんの裏表のないボディでも 確実に暴発して貞操の危機でしたもんね これが花ちゃんの運命力か(汗) [気になる点] 次の…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ