第三十八話「天眼」
またゴブリン地獄だよ。(*´∀`*)
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[ 第十一層到達達成! 実績ボーナスを獲得しました! < 探索用ウエストポーチ >を獲得! ]
[ 探索用ウエストポーチ アンコモン イクイップ/アクセサリ ]
[ スペシャルミッション『< 修練の門 >を進軍せよ!』を達成致しました! ブロンズチケットを獲得! ]
[ ブロンズチケット ]
「……やばい」
ようやくゴブリン以外のモンスターとエンカウントできるという期待を裏切られて、失意の中訪れた< 修練の門 >第十一層。
その最初の部屋から通路に出たところで、俺はこれまでにない後悔をする事になった。
「さささささっ! 寒いわ、ボケッ!!」
一歩足を踏み出した瞬間、肌を切り裂くような寒気が全身に伝わり、数歩も歩かない内に体温を奪い尽くされた。
慌てて室温調節がされているらしい最初の部屋に戻ろうとするものの、その数歩で滑って転び、冷たい地面によって更に体温を奪われる有様だ。転がるようにして最初の部屋に戻った時にはロクに体が動かないような状態になっていた。
全身が勝手に微細動し、力が入らない。ハンガーノックとはまた違った脱力感だ。
やばい、どうしよう。最初の部屋で蹲るようにして体を抱えるものの、どうすればいいか分からない。
前回、ダンジョンの環境が大きく変わったのは第六層だ。となれば五層おき……つまり、この第十一層で変化があると考えるのは当然だ。だから、できる限りの準備をして挑んだものの、根本的に対策が足りていない。
俺の手札をすべて集めたとしても、防寒対策可能なカードなどないのだ。しかも、俺自身の装備がほぼ全裸という有様ではどうしようもない。寒いじゃなく暑いなら、まだなんとかなる気がしないでもないが。
「お、お前らは大丈夫なのか?」
寡黙なパーティメンバーに確認するが、どちらもしばらく考えて首を振った。……厳しいって事か。
そうだよな。マネキンみたいな見た目だが、こいつらの体は基本的に人間そのもので、体温だってあるのだ。防寒具と呼べるような装備もない。指示すれば何も言わずについてくるだろうが、それでパフォーマンスが発揮できるかどうかは別問題である。
この中でまともに動けそうなのはフライングバインダーくらいか。フライングバインダーだけが十全に動けたところでどうしようもないだろ……と、ぼんやり宙に浮かぶその機体を眺めていたら、急にその向きが変わった。
「は?」
その動きは、俺の中で有り得ないものとして認識されていた。フライングバインダーの行動パターンは俺の移動を追尾して飛んでくるだけだ。俺が動かない状態で、方向を変える事など基本的にない。あるとすれば内蔵されたレーダーに反応してという事になるが、これまでそんな事は有り得なかった。何故ならば、< 修練の門 >のモンスターは部屋から出てこない。十六魔将という例外はあるが、あれはフィールドボス故の特性だ。
だから、反応するまでに数瞬の時間を要した。
慌ててその方向を見れば、そこには普通のゴブリンが歩いているのが見えた。コートのようなモノを着ているが、凍えて今にも倒れそうな普通のゴブリンだ。そいつが俺たちを視認した直後、この部屋に入って来たのだ。
「んなっ!?」
部屋に入るなり急に元気になって、その手に持つ手斧を振りかぶってくる。あまりの展開に驚きはしたものの、なんの変哲もないただの攻撃だ。俺たちの誰もがそんなもの喰らうわけがない。不意打ちや奇襲にしてもお粗末だ。
ほとんど反射で俺が手に持つ< ウォーアックス+ >を一閃する……より先にモブ夫が< ハルバード+ >でゴブリンを両断していた。追撃として放たれたモブ次の< アイス・アロー >は宙を切る。
「……ここからはモンスターが徘徊するのか」
ゴブリンが消え、カードをドロップした後も少しだけ待ってみるが、実績解除のメッセージはない。つまり、コレはただの雑魚モンスターという事になる。さすがにこれでフィールドボスはないだろう。
ダンジョンをモンスターが徘徊するなど良く考えなくても当然の事ではあるのだが、部屋から出ない仕様に慣れ切っていた俺にとっては驚愕の出来事だ。
< 寒冷地戦用ゴブリン >
レアリティ:アンコモン
戦闘評価:力:G/敏捷:G/器用:-/体力:G/魔力:-/抵抗:G
知能・性格:風邪を引く馬鹿
スキル:?
弱点:だいたいなんでも効く
耐性:冷
ドロップ:各マテリアル、装備、ゴブリンチケット
レアドロップ:ユニットカード、ノーマルチケット、カテゴリチケット、?
解説:寒冷地戦用に特化したゴブリン。通常より気温の低い場所での活動に合わせて調整されたが、代わりに熱中症にかかりやすくなった。通常のゴブリンより色白。
寒冷地戦用とはいえ、その活動は装備が前提であり、本体の冷気耐性はさほどでもない。着込めば雪国の人間と同程度には活動可能。
モンスター名鑑で確認してみれば、それらしい名前が追加されている。頻繁に見る事はないから自信はないが、状況からしてこいつだろう。
寒冷地戦用とか言っている癖に凍えていたんだが、解説からすればそこまでおかしな事ではない。手袋とコートは着ていたから、少なくとも俺よりは寒冷地に適応した装備だろう。コートの中も普通に服着てたし。
「くそ、俺たちはこんな格好で頑張っているというのに、あいつらばっかりいい格好しやがって」
あまりの文明差に嫉妬を隠し得ない。
俺たちはフライングバインダーを除く全員が貧弱極まりない格好だ。いや、フライングバインダーはレーダーしか装備していないから、そういう意味では全員が貧弱ともいえる。
モブ次なんて本を持っているだけで防具なしの全裸、俺も< ファウルカップ >と< スタデッドレザーブーツ >、< 鎖帷子 >に最近手に入れた< パワーグラブ >という変態ルック。装備枠の多いモブ夫でさえ< ブレストプレート >と< ゴブリンレザージャケット >と< ガントレット >、意味があるのか分からない< トゲ付ショルダーパッド >に< サンタ帽 >という貧弱さだから、全員防寒性能なんてないようなものだ。装備するものがなくて、とりあえずでつけていた< サンタ帽 >でさえ暖かそうに見える。
モブ夫がネタ装備を着けている事から分かるように、枠が足りないのも問題だが装備自体も足りていない。武器は多少充実してきた感はあるものの、防具は有用なものは少ない。俺一人の分でさえ足りていないのに、三人分なんて捻出できるはずがないのである。これでは対策を立てようがない。
防寒具を着けているっぽいここのゴブリンから装備を奪えればいいんだが、奴らが装備を落とす確率などガチャで防具を当てるより低いだろう。俺の運なら、ドロップしてもどうせ< ゴブリンパンツ >とか期待外れのモノに決まっているのである。
……駄目だ。ここは今の状況では攻略不可能だ。今回が論外なのは勿論、現在保有しているすべてのリソースを投入しても現実的ではない。
「とはいえ、帰るのも無理があるよな」
このまま引き返したいのだが、こうして降り立ってしまった以上、中継地点への道は塞がれている。普通なら帰還陣か次の中継地点を目指すところだが、そもそもそれが望めない。
誰か一人でも残ってれば階段に戻れる仕様だったら良かったのに、実際は足を踏み入れた時点で壁が出現していて、後続はその壁を擦り抜けてくるような仕様なのだ。実際試したから分かる。インチキすんなって事だ。
さっきは突然過ぎてどれだけ寒いか分からなかったが、実は気合入れていけばなんとかなったりしないだろうか。とりあえず、試してみるだけでも……。
そう考えてモブ夫たちに視線を向けるが、こいつらに試させても正確な情報は分からない。検証自体はできても、喋れないのでは俺に伝えてもらう事はできないのだ。……なんか、喋れる事をウリにしているリョーマのドヤ顔が浮かぶな。
「……仕方ない。お前らは通路前で待機。俺が実体験でどんな感じか確認する」
モブ夫たちを残し、俺は一人寒さの具合を確認する事にした。といっても、距離で見れば数メートルだけしか離れていないのだが、その数メートルの距離が天国と地獄を分かつ境界線なのだ。
そうして確認してみたところ、最初に思っていたほどではない事が分かった。先ほどは突然過ぎて雪山に放り込まれたような感じだったが、体感的には冷凍庫の中にいるくらいだ。
寒いのは寒いが、足を踏み入れてすぐ凍死するような環境ではない。鼻水が出る先から凍って窒息したり、頭ぶつけて死ねるくらいの豆腐が即座に完成したりもしない。屋内だからか吹雪いていないのも大きいだろう。ただ、まともに活動できる環境でないのも事実。材質か仕様かは知らんが鎖帷子は肌に張り付いたりしていないものの、こんな格好で移動を続けたら普通に死ぬ。
足場や壁も問題だ。第十層までと違って再び石造りに戻っているが、それがアイスバーンのようになっている。歩き辛いのもそうだが、素手や素足で触れるとそのまま張り付いてしまいそうだ。
……コレもまずいな。俺はブーツを履いているからマシだが、モブ二体は素足のままだ。歩けなくなって凍死って可能性が高い。
モブ夫たちをロストする可能性を極力回避するために、以前から継続してエクスプローラーの仕様については確認してある。その仕様から考えると、こいつらを連れて行くのは危険過ぎた。
[ Q.ダンジョン内でユニットが死亡する条件について教えて下さい ]
[ A.基本的にプレイヤーと同じ条件で死亡します。ただし、プレイヤーが先に死亡した場合、カードに戻った上で拠点に転送されます ]
[ Q.ユニットのHPが0になった場合はどうなるのでしょう ]
[ A.HPのシールド及び自動回復力が失われますが、プレイヤー同様それだけでは死にません ]
[ Q.罠やダンジョンギミック、状態異常でユニットは死亡しますか? ]
[ A.死亡します。ただし出血が継続ダメージ扱いになるなど、構造由来の違いはあります。基本的にエクスプローラーは人間準拠、マシンは多くの効果を無効化します ]
[ Q.ユニットは捕食器官がありませんが、餓死や渇死はどういう扱いになるのでしょうか? ]
[ A.空腹や乾きによって死ぬ事はありませんが、空腹や渇水トラップなどの効果は継続ダメージとして換算され、死亡もします。捕食器官を持つユニットの場合は更に人間に近い扱いになります ]
つまり、ここであいつらを連れて行った場合、ロストの可能性が高い。デスルーラするつもりなら、俺のみが死ぬ事を前提にしないといけない。こんな、放っておいたら死ぬ場所に連れて行くのは悪手極まる。
一応検証としてモブ夫のウインドウを開いたまま通路に出してみたが、継続ダメージは受けていなかった。普通に寒いようなので、人間と同じように凍死するのだろう。
「……駄目だな。お前らはここで待機。ゴブリンが迷い込んで来たら部屋内で対処しろ。俺は一人で突入して、可能なら帰還陣で戻る」
一拍置いて、モブ夫とモブ次が頷く。多分こいつらも自分が無策で突入したら無駄死にする事が分かっているのだろう。
最初の部屋で体を動かしつつ、冷え切った体温を回復させる。ある程度体温が上がった状態からなら凍死の危険も少しは減るだろう。
死んでも大丈夫だが、別に死にたいわけではないのだ。便利だからといって凍死を選択するほど俺の死生観は狂ってない。
とはいえ、ほぼ確実に死ぬだろう中へ突っ込んでいくのはなかなかに度胸がいる。この層がどんな構造か未知なところは多いが、案外近くに帰還陣があったりとか……ないよな、やっぱり。
「仕方ない。行ってくんぜ、野郎どもっ!!」
セリフだけ聞けば俺の独り言に聞こえるだろうが、モブ夫とモブ次はジェスチャーで応援してくれる。すでにここに留まる気マンマンだから、すごい気楽そうに見えてしまうのは俺の被害妄想だろうか。
……よ、よし、行くぞ、行くんだ、加賀智弥太郎っ!!
いつものように、足が止まらないよう心で勢いをつけて、俺は極寒の通路へと飛び出した。
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極寒の通路を駆ける。転ばないように足元に注意を払いつつ、モンスターに対する警戒は最低限、しかし罠は間違っても発動させるわけにはいかない。
足を止めるのは論外だ。動いてないとあっという間に体温が奪われる。息をする度に冷気が体内へ入ってくるのが辛い。吹き出た汗が容赦なく体温を奪っていくのか辛い。これで風が吹いてたりしたら即詰みだった。
身を包む極寒の空気に抵抗するかの如く、体内が燃えるように発熱し、血液が高速循環しているのを感じる。おそらくは命の危機さえ感じる環境に対して体が対処しようとしているのだろう。体温を維持できそうなのは助かるが、それを行うためのカロリーが心配だ。長丁場は保たない。
「だっ!!」
遭遇したゴブリンを問答無用とばかりにウォーアックスで両断。こいつも重くて仕方ない。両手で扱う以上、どうやったって移動時の体勢には無理が出てしまう。
最初の内はドロップしたカードを拾っていたが、ゴブリンのパーツが連続した事で獲得を諦め無視する事にした。< カテゴリチケット >のように、ドロップテーブルに何かしらの変化がある可能性はあるが、今回ばかりはそんな検証はしていられない。奴らの着ている暖かそうな防寒具がドロップするかもしれないが、ダンジョン攻略中はどうせ枠固定だ。空き枠がない以上、何がドロップしようが改善はしない。
「くっそっ!!」
足が止まる。行き止まりだ。これだけ広大な迷宮ならあって当然というべき行き止まりだが、いつも以上に苛立たせる。
そんな事が数回あると、次第に自分の位置が分からなくなっていく。最初の部屋の正面を北と見立てた方向感覚は辛うじて残っているが、道中の分岐に関してはかなり怪しい。
どうせ打ち込む余裕などないが、< ナンバーアンカー >をモブ夫に持たせているので目印の付けようもない。開き直って、行き止まりに当たったら手前の分岐を曲がるという路線に切り替えた。
「ああああっ、もうっ!!」
そんな時に限って牢屋の扉とその奥に宝箱というコンボが襲いかかる。いつか絶対遭遇するだろうと考えていたコンボだ。
無視すべきだが、あまりにレアな状況に足が止まる。< 魔法の鍵 >を持ち込んでいるのも大きい。躊躇、焦り、困惑、色々な感情が入り混じり、死の恐怖が迫る中、ウインドウを開いて< 魔法の鍵 >をマテリアライズした。理性の敗北、物欲の勝利である。
手が悴んて上手く鍵穴に入れられない。< パワーグラブ >で保護されてはいるものの、すでに末端まで血流が届いていないのか。こうしてモタモタしている内にも体温は奪われていくというのに。
ようやくハマった鍵を回し、扉を開き、中へ。宝箱自体に罠があるかどうかは無視して、その口を開く。中にはカードが一枚。
[ 魔法の鍵 アンコモン ノーマル/アイテム ]
「ああああああっ!! うぜええええっ!!」
< 魔法の鍵 >を一枚消費して、< 魔法の鍵 >を手に入れたぞっ!! ふざけんなっ!!
壮絶なまでの徒労感。普段なら困惑するだけのパターンが、今はひたすら鬱陶しい。こっちは凍死しかけだというのに。
やりきれない思いを抱え込み、そのまま元の道へと戻る。手前の分岐を曲がり、その先にあったのはまたしても行き止まり。その手前をうろついていたゴブリンを勢いのまま蹴り飛ばし、そのまま逆方向へ。
駄目だ。もう訳分からん。どっちの方向を向いているのかすら怪しい。
走り回る中、長い通路を走る。こんな距離はここまでなかったから、初見の道のはずだ。
その先に待ち構えていたのは、モンスターハウスかと疑うような開けた大広間だ。幸いモンスターは広間に複数体見えるだけで埋まっていたりはしないが、通路が遠い。
開けているとはいえ、ゴブリンたちの足はそう速くない。視認されていても抜けられるはずだと、広間を駆け抜けるべく走り出す。その瞬間だった。
「な、なんだこりゃっ!?」
部屋の中に蒸気のようなものが吹き出し、視界が白く染まった。かなり注意力は怪しくなってはきているが、俺は罠を起動させていない。まさか、広間内のゴブリンが起動させたのか。
大丈夫だ。視界はなくとも、通路へ抜ける方向は把握している。ゴブリンとエンカウントする危険はあるが、そんなものは無視して駆け抜ければいい。
しかし、問題はそんな事ではなく、罠自体にあった。少し経ってから気付いたが、これはただのミストだ。おそらく視界を閉ざすのが目的の罠で、毒霧のように変な状態異常を伴うものではない。しかし、この環境下では霧である事がすでに危険だった。体に付着した水分が、これまでとは比較にならない速度で体温を奪っていく。こんなところにいたらあっという間に凍りつくだろう。
大広間は抜けた。抜けたが、俺の体温は危険な領域に達している。心臓が早鐘のように響いて血液を循環させようとしているのが分かるものの、まったく足りていない。凍死までのリミットが大幅に削られた。
未だミストが噴き出している大広間へ戻る選択はない。この先が行き止まりだったら、そこでアウトだろう。
幸い、先に道は続いていた。戻る道はなかったものとして、半分凍りついた体でひたすら前に進む事だけを考える。そうして、決め打ちのような道順でひたすら先へと走り抜ける。
「は?」
我武者羅に走り回った先の部屋で、これまでにない光景を発見した。部屋から伸びる複数の通路の内、一つが氷塊に覆われて進めなくなっている。
なんだこれは。まさか、氷塊を壊す前提のルートが存在したりするのか。壁を壊す事が可能なのは知っているが、こうもあからさまに遮ってくるトラップがあるのか。
幸い、通路は一つではない。諦めてそれ以外の通路に向かおうとするが、そこで足が止まる。
ひょっとして、封鎖されている通路は何か重要な意味があるのではないか。俺に氷を溶かす手段などない。モブ次がいれば< ファイアボールの魔導書 >で吹き飛ばせるかもしれんが、あいつは入り口で待機中だ。
しかし、ウォーアックスなら頑張れば壊せるかもしれない。第六層でマッシのいた壁を壊した前例だってあるのだ。なんとかならない事もないだろう。
何より、俺自身がすでに限界に近い。藁にも縋るようだが、一筋の光明が賭けてみたいという気持ちが湧き上がって仕方ないのだ。
「くそっ! がっ! あっ! がっ!」
残った力を振り絞り、氷にウォーアックスを叩きつける。幸いそこまで硬いわけではないのか、結構な勢いで削れていく。ついでに、隙とばかりに近寄ってきたゴブリンを両断する。
そうして何度も叩きつけていく内に、人一人が入れそうな隙間が空いた。これで向こう側がただの壁だったりしたらそこで諦めるような状態だったが、通路は奥へと続いている。
狭い穴に潜り込むようにして無理やり奥へと抜ける。あまりに穴が狭かったので、無理な体勢をして骨が外れるかと思ったが、倒れ込んだだけで一応無事だ。
立ち上がろうとするが、腕がいう事を効かない。骨折とか脱臼ではなく、単純に体温とカロリー不足だ。転んだらロクに立ち上がれないほどに、俺は消耗しているのか。
「くっそおおお……」
よたよたと立ち上がるだけでも諦めたくなるくらいに体が重い。手に持ったウォーアックスが重い。持っていられないような状態だが、仕様上手放したりはできず、手から離れない。
ウインドウを開き、緊急時の食料として用意していた< ライスブロック >をマテリアライズ。一つでも一食分なそれを複数まとめて口に運ぶ。大して美味くもないが、カロリーはとれるだろうと。
実際、少し待つと幾分か力が戻ってきた。吸収効率がいいのか、俺がそれほどまでにカロリーを消耗していたのか。
限界近い体を起こして、通路の奥へと走る。無理やりでも走らないと凍死まっしぐらなのだ。あれほど鳴り響いていた心臓の鼓動さえ、弱々しくなっている。
いくつか曲がり角を進み、その先にあった十字路を選択する余裕もなく真っ直ぐ進む。更に先にも分岐はあったが、これまで通り真っ直ぐか右と決め打ちで進んだ。
……長い。普段ならなんて事ない距離の通路が果てしなく長く感じる。そんな長く感じる通路を進み、曲がり角を曲がれば更に長い通路が続く。
気力が保たない。走るつもりが、歩くのでさえままならない。このまま倒れれば、多分立ち上がれないだろう。
体温が足りない。まともな人間なら四肢か、最低でも指は壊死しかけている状態だろう。それ以前に凍死しているかもしれない。
「……く、そ」
……諦めたくねーな。
ここで死んだところで別に問題はない。ただ辛い思いをしただけ、労力を費やしただけだ。失う可能性のあるものは保険として入り口に残してあるのだから。
しかし、ここまで頑張ってしまった事が幸か不幸か足を進める気力に繋がっていた。ただ戦闘に敗れて殺されるのなら諦めもつくし一瞬だが、足掻いてしまった。ここまでの費やした労力が無駄になるのが嫌だった。
諦めたくない。物質的には命を含めて何も失わないと分かっていても、ここで諦める事はしたくない。
諦めれば、それは諦めた経験になる。なってしまう。折れた経験は、人を容易に諦めさせる罅となって残るのだ。それを俺は良く知っている。
経験は重い。過去に体験したものが糧になったという人もいるが、それは必ずしも良い事とは限らない。諦めて、心折れた経験などロクなもんじゃない。
死んでも生き返るのが確定しているのだから、死ぬ事自体はいい。しかし、だからといって足掻かずに心折れて立ち止まるのだけは駄目だ。それは許容できない。
それは加賀智弥太郎という人間にとっての根幹部分。芯に入った亀裂を呼び起こす。
「……なにが、神だ、ふざけんな」
幻覚のように蘇るのは、まやかしの偶像に縋る弱者の姿。踏みつけにされて心折れ、立ち上がれなくなった記憶。一度座り込んでしまった俺は、再び立ち上がるまでに年単位の時間を要した。
暗い、荒れた部屋で膝を抱えた記憶は、俺が立ち止まる事を許してはくれない。
重い斧を引き摺りながら、容赦なく体温を奪い去っていく通路を歩く。すでに体力など残っていない。非常時のためにと口の中に含んでいた< ライスブロック >を噛み砕く力さえ残っていない。
だが、足は絶対に止めない。止めてやるものかと、意地を張る。それは加賀智弥太郎にとって決して譲れない部分なのだ。
「……あ」
そうして歩き続けた、足掻き続けた結果が目の前にあった。通路の先に大きな部屋が見える。そして、その中央に陣取る氷の巨人の姿は、そこがこの層の終着点……ボス部屋だと認識させた。
あれがボス部屋という事は、探せば近くに帰還陣があるかもしれない。しかし、それを探す気力はすでになかった。
最初から今回だけで攻略する事など考えていない。ここまで足を止めなかったのは、自発的に諦めるのが嫌だっただけだ。ならば、ヤツに特攻してやるのも一興だろう。
憂さ晴らしに、残るすべての力で以てこの斧を叩きつけてやろう。……そう考えて、真っ直ぐ前へ進んだ。
[ 第十一層ボス 俺たちのゴブリン撃破! < リレーポイント・ドレッサー >入手! ]
[ リレーポイント・ドレッサー アンコモン ベース/リレー ]
「……は?」
[ 戦闘以外でフロアボス撃破! 実績ボーナスを獲得しました!< 鑑定部屋 >入手! ]
[ 鑑定部屋 アンコモン ベース/ルーム ]
悲壮な決意を懐き部屋に足を踏み入れた瞬間響いてきた、幻聴を疑うようなアナウンスに呆然となった。
その瞬間、部屋中央に陣取っていた氷の巨人が崩れてドロップカードへと変化する。
「……どゆこと?」
あまりに意味不明過ぎる展開だった。結果的には良かったのかもしれないが、あまりに不可解過ぎる。
ちなみに、ドロップカードはただの< ゴブリンチケット >だった。
とはいえ、あまり長居はできない。玉砕覚悟だったとはいえ、ここで立ち止まって凍死という結末は避けたかった。最後の気力を振り絞り、奥の階段へと足を踏み入れる。層入り口と同じ仕様なのか、通路に足を踏み入れた途端、明らかに気温が上がった。
これなら凍死するような環境ではないと気が抜けたのか、そこに座り込んでしまった。
「……しんどい」
立ち上がれない。
じっと時間をかけて、体力回復と体温確保を待つ。ある程度体力が戻った時点で、口の中の< ライスブロック >を噛み砕き、飲み干した。ついでに、マテリアライズ済のブロックもすべて取り出して口に放り込む。少し溢れて階段の下へ転がっていたが気にしない。
何食分か分からないが、これが消化されればカロリーが足りないなんて事はないだろう。ブロック食料様々だな。逆に太りそうだ。
いつの間にか寝入っていたのか、あるいは単に気絶したのか分からないが、意識が切り替わった。それで体力が戻ったのか、一応動けるようにはなったようだ。
改めて立ち上がり階段を降りていくと、見慣れた中継地点が待っている。帰還陣の放つ光がこれほどありがたいと思ったのは久しぶりだ。
色々質問しないと訳分からんな、と思いつつ、重い足取りで帰還陣へと足を踏み入れた。
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「それは凍死ですね」
拠点に戻り、質問フォームに投稿して、直接話しに来ると言った神様が開口一番口にしたのはそんな言葉だった。
「凍死?」
「ログで確認しましたが、第十一層が極寒環境になって、その環境に絶えきれずにボスが凍死しました。使徒さんが部屋に入った時点で戦闘開始処理になり、すでに死亡していたボスが消滅したというわけです」
何言ってんだって感じだが、神様は冗談を言っている様子ではなかった。
「いやその……あそこの連中、防寒具着てたんですけど」
「雑魚は環境に合わせて装備が変わったりしますが、ボスは関係ないので。もうちょっと強ければ凍死なんてしないんですが、上手く偶然が噛み合ったって事ですかね」
「マジかよ……修正されたりは?」
「マジです。修正はしないというか、できないですね。ランダムな仕様で発生した事故のような扱いなので。すでに環境とボスは固定化されたので、ひょっとしたら次回行った時も凍死しているかもしれません。凍死するまで時間経過が必要ならその限りではないかもしれませんが」
すごいな、ランダム構築。そこまでは想像してなかったわ。挑戦する度に凍死してるボスとか斬新過ぎるだろ。
「これも使徒さんの運ですかね。さすがに頻繁にはないと思いますけど、こんな浅い層に極寒地帯のような厳しい環境が構築される事も稀なら、環境で死ぬようなボスモンスターが配置されるのも稀です。言われてみれば確かに有り得なくはないって感じですけど、想定すらしてなかったというか」
「その割には、戦闘以外での撃破ボーナスとか設定されてましたが」
「敵を倒す方法は色々ありますしね。罠で自爆したり、同士討ちしたり、そういうのは想定されてました」
「爆弾仕掛けたりとか?」
「意図した行動の結果ですから、それだと戦闘扱いになります。エリア外から射撃の的にするのと同じですね」
判定が難しいな。とにかく、極寒環境のせいで凍死するのが当てはまるのは分かったが。
「第二ダンジョンが採集用ダンジョンになったり、相変わらずなかなかレアな確率引きますよね」
「実害の伴った問題なんで、素直に喜べないんですが」
そのせいで未だにゴブリンしか遭遇してないのだ。枠だってカツカツのままである。
「いや、ここ最近の使徒さんの運が九十九花に引っ張られてって可能性も考えていたので、やっぱり関係ない部分でも使徒さんは使徒さんだなーと」
「俺の運が変なのは自前って事ですか」
まあ、あいつに影響されている感は否めないが、直接関係ない部分なら元々変な出目を引き当てる性質がそのまま出てくるって事だな。全然嬉しくない。
「十一層については分かりました。でも神様が直接来たって事はそれだけじゃないですよね」
「はい。といっても、ついでの用事があるなら直接会ったほうがいいってくらいの話ですが」
「なら、ついでにこの前のゴミを回収してもらえると……」
「そこは使徒としての活躍に期待したいところですね」
回収しろよ。
「まず、質問フォームの回答でも書きましたが、九十九蒲公英について何か心当たりはありませんか? 通信で九十九花と話した感じ、様子が変らしいんですが」
「それは読みましたけど、そんな事言われても……あいつ元々変なヤツだと思うんですが。どんな風に変なんですか?」
初対面のヤツにちんこ見せろとか、他の姉妹からのヨゴレ的な扱いとか。神出鬼没なテレポート能力がそれに拍車をかけている。
「それが本人が口を噤んでるらしいので良く分からないんですよね。なんか、あそこの簡易トイレを完膚なきまでに破壊したとか」
「暴れるにしてもなんでわざわざトイレを。……シャワートイレにびっくりしたとか?」
「それでトイレ壊すのはかなりの問題児だと思うんですが」
あいつは問題児そのものだと思うんだが。
シャワートイレ未経験で、良く分からないままいきなりケツ穴に水を噴射されれば驚きはするだろうが、果たしてそれでトイレを壊すだろうか。
「その前の《 ABパンチ 》が問題なら言わない理由にはならないでしょうし、おにぎりは他の姉妹も食ってますし……なんでしょうね?」
「それはこっちが聞きたいんですが、謎ですね」
《 ABパンチ 》に精神的な作用をする効果がある? Aはアドレナリンだとか? そうだとしてもBが分からん。
「まあ、それについては直ちに実害はなさそうなんでいいとして……」
本当にいいんだろうか。蒲公英だし、いいか。
「実は九十九姉妹を回収する目処が立ちました」
「おっ、本当ですか」
思っていたよりもかなり早い。やはり座標特定が鍵だったか。
「かなり無理くりで、無茶をやらかす事になるみたいですが、上のほうの神々の権能でなんとか。詳しい方法は私にも未開示です」
「機密的な問題が絡みそうですし、仕方ないのでは?」
とりあえず今は保護するのが優先であって、その手段については二の次だろう。あいつらだって気にはしないはずだ。
ひょっとしたらその無茶の対価を求められるかもしれんが、それを含めてもあいつらは保護を依頼するだろう。
「それで、そのタイミングに合わせて、使徒さんにはもう一度あの世界に飛んでもらいます」
「何かやる事でも?」
「行くだけでいいらしいです。いなくても問題はないらしいですが、どうもアンカー役がいたほうが成功確率が上がるそうなので」
それなら気楽でいい。ついでに向こうで新米食わせてもらおう。
また世界の狭間に飛ばされるって可能性もあるが、一応脱出方法は分かってるしな。化外の王が死ぬほど怖いから、正直勘弁願いたいが、これからも異世界に行く度に事故を気にしても仕方ない。
「別にそれは構いませんが、いつになりますかね? < Uターン・テレポート >のクールタイムはまだまだ先なんですが」
「それはこちらでチャージします。時期は分かりませんが、多分近々で今週中にでも?」
それはまた早い。早い分には問題ないだろうから、クールタイムの問題さえクリアできれば俺としても異存はなかった。
「それなら九十九花たちはいいとして、もう一件のほうはどうですかね? 何か分かりました?」
「それがもう一件の用事です」
かなり無理があると思って駄目元で聞いたのだが、何かしら進展があったという事か。
「実は使徒さんが向こうから送ったメールが届きました。それで、その中身を確認してもらいたいんですが」
マジかよと思ったが、ここで嘘を言うはずもないのでマジなんだろう。
神様がメールの内容をプリントしたという紙を渡してきた。見れば、そこにはメール発信に合わせて俺が記述した文章がある。しかし……。
「これ、途中で切れてません?」
「途切れてます。本文もそうですがフッターもないそうで、頭の部分だけが飛んできたって感じですかね?」
「こういうのは良く分からないんですが、欠けて飛んだりするもんなんですか?」
「どうも、目的に合わせて仕様を作ったらしくて、データの整合性のチェックを無視しているみたいです。送信途中でエラー吐いてるはずなので、向こうではまだ再送を続けていると思います」
正確でなくてもいいから、とにかく飛ぶ事を優先して作ったって感じだろうか。時間が同期していないなら、データが欠けるって現象はイメージとして分からなくもないが。
「これで、座標が掴めたりするんですか?」
「それはまだなんとも。取っ掛かりにはなったみたいですけど、正直専門外なので。今回も、中身の確認をしてもらうために伺ったのが本題ですし、これからですね」
それを言うなら俺も専門外だ。インターネット上のメールの仕組みだって良く分かってない。昔、講習を受けた事はあるが、一切頭に残っていない。
「じゃあ、九十九世界で海に落とせなかった三基目はどうなんですか? もう落としました?」
「ああ、その報告がまだでしたね。翌日に重機を使って落としたそうです。同じようにメール再送する状態にして、パラシュート付けてドーンと。尤も、まだ何も反応はありませんが」
三基目は一番不明な状態か。駄目元がほとんどだった中、全体を見れば結構な結果じゃないだろうか。
「まあ、しばらくは何もないと考えていいですよ。保護の作業に同行してもらうとは言いましたが、それだって同行だけですし、その他の作業も多分別の神か使徒が担当すると思いますし」
「えーと、それは俺が実績上げ過ぎって話ですかね?」
「はい。実を言うと、まったく関係無いところからも使徒さんの深夜番組じみた待遇はどうなんだって話が出たりとか。最近まで何も言わなかったくせに」
おや、これはひょっとして待遇改善されてしまう流れか。そろそろ自力でもマシになりそうだったが、改善してくれるならそれでもいいぞ。
「まあ、無視しましたけど」
「なんでじゃ」
「いや、使徒さんの環境を変えたせいで変な運がなくなるかもしれないってなると誰も責任とれないんですよ。ただでさえ意味不明なのに」
「ぐぬぬ……」
上手くいってるんだから、環境を変えるなって話か。実に日本的な発想だよ。
実績上げ過ぎとは言っていても、まるっきりそれがなくなったら困るってのも分からなくはないが。
「というわけで、今現在上がってる問題に関しては極力使徒さん以外でなんとかする方向です。使徒さんはしばらく訓練しつつ生活環境の改善を目指すって事で」
「九十九桜についても?」
「そうです。忘れろとは言わないですし進捗は教えますが、特に救出に向けてどうこうしろってのはありません」
俺ばっかりが色々やるよりは健全か。桜の件にしたって俺がやらなきゃいけない理由はないし、別の誰かが救出してもまったく問題はない。一番いいのは保護した九十九花がどうにかするって線だが。
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「そんなわけで、しばらくはダンジョン探索とガチャに専念する事になりそうだ」
「ガチャの使徒としては正しい姿ではあるな」
神様が帰って、緊急避難から戻ってきたリョーマに色々説明する。
「ダンジョンはダンジョンで色々問題はあるんだが、とりあえず目指せ二十層かな」
「第十一層でえらい目に遭ったというのに、前向きだな」
「アレは事前に知ってるとかじゃない限り対策立てようないぞ。それに、無理やりでも一応突破したし」
アレで失敗してたら落ち込んだりもするかもしれんが、乗り越えたのだからいいのだ。変なトラウマ思い出して嫌な気分になったりもしたけど、アレの記憶から逃れられるとも思えないし。
……多分、神様は知ってるんだろうな。普通に人間社会の事についても色々調べてるみたいだし、調査だってしてるかもしれない。
「様子見のつもりだったが、クリアした事で色々変わったぞ。お前の作業も楽になる」
「< 鑑定部屋 >だな」
神様が来る前に試したのだが、戦闘以外でボスを撃破したボーナスの< 鑑定部屋 >は非常に有用な代物だった。
ルームカテゴリだから枠は限定されてしまうが、同じ鑑定機能を持つ< かんてい >よりも遥かに使い勝手がいい。
実際に見てみたほうが早いだろうと、リョーマを連れて< 鑑定部屋 >に移動した。
「ほう、三つ同時に鑑定できるのか」
部屋に入るとまず目につくのはカード台だ。ここにカードを置く事で< かんてい >と同様の鑑定処理が走るのだが、それが三台設置されている。処理時間も一緒らしい。
これまでは< かんてい >を横倒しにしてカードを入れて、出してと作業していたのがかなり楽になるだろう。効率に関してはダンチだ。
「< かんてい >はどうするのかね?」
「コレに合成して、四枚同時に鑑定するって手もあるんだが……こうして別の鑑定手段が確立された事だし、例の合成してみようかなって」
「ああ、< ボディソープ >か」
唯一の鑑定機能を失う可能性があるからと棚上げしていた合成をしようと考えている。この< 鑑定部屋 >があれば、最悪まったく別のカードになっても問題はない。合成結果次第だが、鑑定機能が残るならこのカードに合成してもいいだろう。
「これも有能だが、多分他の二枚も優秀だぞ。名前だけでもそれっぽい感じが……って、鑑定処理終わったな」
予めセットしていたカードの鑑定処理が終わった。その内二枚は、第十一層で手に入れたカードだ。もう一枚は自分自身を鑑定できなかった< かんてい >である。
< リレーポイント・ドレッサー >
レアリティ:アンコモン
強化値:☆
分類:ベース/リレー/中継地点強化
解説:この施設を設置中、中継地点でベースゾーン以外のカードゾーンの編成が可能になる
< 探索用ウエストポーチ >
レアリティ:アンコモン
強化値:☆
分類:イクイップ/アクセサリ/鞄
付与能力:フリーゾーン:5
解説:専用のフリーゾーンを持つ探索者必須アイテム。カード保管時、内容物をマテリアライズした際の重量が加算される。
< かんてい >
レアリティ:アンコモン
強化値:☆
分類:ベース/ライフ/鑑定設備
解説:カードの簡易鑑定を行う施設。
酒場の常連にして牢名主の司教。装備をひん剥かれて恥ずかしいから、ボディペイントで誤魔化している。
「おお、確かにこれは優秀だな」
「いや……ここまでは想像してなかったぞ。すごいな」
鑑定結果を確認したカードは、どれも俺の想像を超えるものだった。違う意味でだが、< かんてい >を含めてもだ。
< リレーポイント・ドレッサー >については疑いようもないほどに有用だ。これを設置するだけで中継地点で装備変更できるとなれば使わない手はない。
< 探索用ウエストポーチ >もそうだ。重量の問題があるとはいえ、俺のウインドウに依存しないフリーゾーンというのは大きい。これはイクイップ枠を一つ専有して回収できるカードが増えるというだけではない。これをユニットに装備させる事で、簡易な自動探索ユニットさえ完成する。ユニット枠の代わりにイクイップ枠を使うフライングバインダーのようなものだ。イクイップ枠を持つユニットがいる以上、どうしたってユニットのほうが重要である。もちろん、ユニットがいる事が前提だが。
そして< かんてい >だ。解説の二行目は正直どうでもいいが、一行目はある意味衝撃である。これまで< かんてい >が鑑定していた内容が簡易なもので、それ以上があるって事になるのか。
……まさか、< ボティソープ >の合成結果がそれだとでも。ボディペイントを落とす事で< かんてい >が進化するというのか。いや、これに関しては願望だが。
「すごいな、ちょっとワクワクしてきたぞ。早速合成してみよう」
というわけで、< カードラボトラリー >をセットして< かんてい >と< ボディソープ >を投入。画面上に< ??? >という合成結果が表示される。
< 鑑定部屋 >という保険ができたので、躊躇する事もなく合成を開始した。そうしてでき上がったのは……
[ 天眼司教 アンコモン ベース/ライフ ]
なんかちょっとすごそうな名前のカードだった。一体何がどうなってこのカードになったのか、名前だけでは見当も付かない。
「詳細確認のためにこいつも鑑定したいところだが」
「全部クールタイム中だな。害があるとも思えんし、とりあえず使ってみては?」
「それもそうだな」
おそらく< かんてい >の進化版的な司教のマネキンが出てくるんだろうし、それで問題があるとも思えない。まあ、多分全裸なんだろうが。
そんな想像をしつつ、< 天眼司教 >をセットした。
「これは……」
「馬鹿な……」
セットしただけで害があった。視覚的な害だ。
ボディペイントの司教だった男が、ペイントを落とされて全裸になるまでは予想していたが、このマネキンは恥ずかしがりもせずに局部を見せびらかすようなポースをとっているのだ。
目の錯覚かと思ったが、その局部にはモザイクがかかっていて、どこから見ても直視はできない。それなのに、当の本人は清々しい笑顔なのだ。開放感に満ちあふれている。
「頭痛くなってきた」
「インテリアとしては最悪の部類だな。ある意味、確かに進化している」
しかし、事はそれだけに収まらなかった。なんと、これまでと同じようにカードを投入すると『Welcome』と音声を発し、モザイクだった局部が謎の光で白く輝き始めたのだ。地上波でも安心である。
「アホかっ!!」
趣味が悪いってレベルじゃなかった。間違っても聖職者の姿ではない。少なくとも拠点直置きで使いたいとは思えない。
「……鑑定機能次第だが、< 鑑定部屋 >に合成かな。リョーマも四六時中股間が光ってるヤツと同じ部屋にいたくないだろ?」
「そ、そうだな。私もそうだが、創造主様に見せるのはちょっと」
神様は呆れるくらいで気にしないかもしれないが、どっちにしてもコレと同居の線はない。見られたら俺のほうが恥ずかしい。
「くっそ、コレで鑑定能力がそのままだったら死蔵も考えたのに」
しばらく待って戻ってきたカードは、これまでよりも詳細なデータが記されていた。絶対ではないが、俺には必要な情報だ。
有用なのは諦めて、< 鑑定部屋 >で鑑定してみる事にした。これ自体の詳細鑑定はできずとも、それがどんな鑑定かくらいは分かるかもしれない。
< 天眼司教 >
レアリティ:アンコモン
強化値:★
分類:ベース/ライフ/鑑定設備
付与能力:天眼
解説:カードの鑑定を行う施設。簡易鑑定の内容に加えて、+/++/+++合成時の変化内容、過去に確認済なカード変化合成の結果が参照できる。
すでに簡易鑑定済のカードを再鑑定する場合、その分の鑑定時間は短縮される。
ボディペイントを洗い流した事で新たな世界に開眼し、聖職者としての境地を体現する司教。その眼は天すら見通すという。
「…………」
そっか、開眼しちゃったか。
開眼してしまったのなら仕方ない。(*´∀`*)





