第三十四話「桜」
九十九が増えても九十九。(*´∀`*)
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俺が九十九花や九十九姉妹について知っている事はそう多くない。何故かと言えば簡単で、単に時間不足が主な理由である。
何せ、最初に柚子と遭遇した時点で残り時間は六時間程度。彼女らは基本的に情報提供に協力的だったが、そこから新宿駅へ向かってたった数時間では限界があるのも当然だろう。
人数こそ聞いたものの、名前を聞いたのだってその場にいた柚子と待雪、オリジナルである花の三人だけだ。身の上話は聞いたが、お互いの世界が乖離し過ぎていて詳細まで確認できるほどではない上に、現地の状態もさっぱりな状況と情報量が飽和している。これじゃ、いくらなんでも限界はあるだろう。たとえ俺の無駄毛処理の時間がなくとも大差はなかったはずだ。
というか、むしろ今回が本番。これから本格的に情報収集しようという段階だったのだ。
ただし、それは俺から見た事情である。彼女たちはあの後二週間という時間があったのだから、加賀智弥太郎という存在について情報共有していないというのは、いくらなんでも不自然だろう。
桜は俺の言動からそこら辺の事情もある程度読んでいて、自分が俺の知っている以外の九十九姉妹であると言っているように見える。こちらの出方を窺って情報を制限しているものの、その様子は明らかに冷静さを欠いていた。それが彼女にとって重要な情報だと隠せていない。
尤も、俺のほうもそれを利用するつもりなどなく、基本的には隠す気もない。問題があるとすれば一つだけだ。
「OK、なんとなくだが分かった。……ちょっと話をしようか、ややこしさが極まってるんだ」
「はい。……えーと、三人で?」
桜がチラリを目を向けるのは壊れたドアの方向。その先にいる吉田さんを指しているのだろう。
住み着いてるだけとはいえ家主だし、彼女の介抱をしたのも吉田さんなのだから、立ち会うのが普通といえるし十分に権利はあるだろう。でも、多分本人は聞きたくないと思う。
話の流れから見れば俺が吉田さんの同席を望むのが当然なのだろうが、実際はその反対。三人が三人とも、三人での会話を望んでいないという驚くべき状況だ。
「いや、吉田さんには席を外してもらう。厄介事に首突っ込みたくない世捨て人だし、あの人を中継して情報を拡散されていいかの判断もつかない」
「そ、そうなんですか。……中継?」
こんな目に遭っておいて話聞きたがらないのは理解できないのか、桜の顔は引き攣っていたように見える。
というか、ここまでの会話でも結構マズイような気がするんだよな。ぶっ壊れたドア越しじゃあ、まず間違いなく聞こえてるだろうし。
「すいません吉田さん。ある程度分かってもらえたんですが、ちょっと二人で話をした……吉田さん?」
警戒が解けたところで壊れたドアを開けて中に入ると、吉田さんはこちらに背を向けていた。声をかけても反応が……いや、振り返った。
「あ、終わった?」
吉田さんは振り返るの同時に、自分の耳に着けていたらしい耳栓を取り外した。
「何やってるんですか」
「とりあえず命の危険がなさそうってところで、聞きたくないなーと常備している耳栓をつけた。それでもちょっと問題ありそうな単語は聞こえてしまったけど」
すごい、なんて冷静で的確な判断力なんだ。全力で関わりたくないというオーラが伝わってくる。
「話の展開次第で殺されるかもとか思わないんですか。というか俺、銃みたいなの突きつけられてたんですけど」
「その時はその時だ。私のようなパンピーではどうせ抵抗などできないし、耳栓してても大差はない。つまり、助けるのも不可能という事だな」
極まり過ぎだろ、この人。実際、あの状況をどうにかできたとは思わないが、もうちょっと慌ててもいい気がする。間違ってもパンピーではねーよ。
「それで状況は……私が席を外したほうがいいってところかな」
「ええ、まあ。予想通り、ワケありというか」
「あいつがいなきゃ、私も普通に応対するんだけどね。あーやだやだ。そこら辺の説明も頼むよ。じゃ、私は給湯室に戻ってるから」
と言うと、まるで何もなかったかのように部屋から出ていった。
「あ、あの、すいませんでした」
「気にしなくていい。ここだと良くある事だし」
「は、はあ」
部屋を出たところで謝ってきた桜に対してもご覧の有様である。状況が状況とはいえ、ついさっき命を狙われた相手なんだけど。
「それじゃ……ドア壊れてて落ち着かないから隣……いや、先に屋上か。ここがどういうところか知っておいたほうがいいだろ」
「はい」
というわけで、同階のエレベーターホールへと移動。横に行くエレベーターや謎の階説明など、俺と大体同じ事に困惑を見せつつ、俺たちは屋上へと向かった。
相手を考慮するなら仕方ないともいえるが、たった数時間しか経っていないのに何故俺が説明役になっているんだろうか。このエレベーターも何往復してるのか。
「このエレベーター長いから、今の内に軽く説明しておこうか。俺は元々西暦二〇二〇年の東京で営業マンやっていた加賀智弥太郎だ。そっちの自己紹介はまだいらない」
「東京で……営業マン?」
「そうだ。最初にここの事と、情報の扱いについて話そうか」
エレベーターのカゴの中で、平行世界の事とここの事、吉田さんの事、なんか記憶覗くらしい陰陽師の事を軽く説明した。
「つまり……その陰陽師を警戒していると」
「単に吉田さんが嫌っているだけで本来は警戒する必要はないのかもしれないが、俺はまだ会ってもいないからそれに乗っかってる。自分だけの問題ならともかく、元の世界に迷惑になるかもしれない以上、安易な情報拡散は避けたい。君もそうだろうが、俺もかなり普通じゃない情報持っているし」
「ですが、ここを脱出するつもりなら、どの道接触する必要があるのでは?」
そう。元の世界に戻れるとは限らないが、そこに繋がる可能性があるのは例の陰陽師のみ。それをアテにするなら接触の必要があるわけで、そうなると必然的に記憶を覗かれる危険はある。
「それに関してなんだが、俺に関してはちょっと事情が異なる。実を言えば世界を渡る術自体は持ってるんだ。今は不具合で使えないみたいだから、どうしようか途方に暮れているところなんだが」
「……ひょっとしてそれで」
「察しがいいな。だからこそ情報の取り扱いに注意なんだが、難儀な話だ」
それに関しては吉田さんも一緒だ。彼はなんだかんだで察しがいい。元になる情報をインプットしない事で極力推測しないようにしているのだろう。
記憶を抜かれるというのが、単に視覚や聴覚の情報のみを抜いているのか、頭の中身すべてを見るものかで変わってくるが、吉田さんのあの様子だと思考も含まれている可能性は高いだろう。そもそも、記憶を抜かれているっぽいという言葉からして、実態は不明なのかもしれない。
「俺の想像通りなら、君は元の世界がどうなろうと知った事じゃないだろうが、九十九姉妹の情報が拡散するのは本意じゃないだろう?」
「そう……ですね。今、お姉様たちが置かれている状況にもよりますが」
「君に遭遇するまで陰陽師と接触するかどうかについては悩んでたんだが、こうなるとお互い会わない方向のほうがいいだろうな。警戒して俺から話を聞かないってのもちょっと無理があるだろうし」
「はい、気になります」
「だから、知ってる事は話すよ。これで君が無関係だったり、実は九十九姉妹と敵対してるとかだったら問題あるが、とてもそうとは思えないし」
十中八九、この子は九十九姉妹が世界を渡った際に元の世界に取り残された内の一人だ。わずかな差で分岐するらしい平行世界が存在する以上絶対ではないが、ここまでの断片的な情報から推測するに、そのものかかなり近い存在ではあると思う。でないと、少なくともホムンクルスが生まれるような環境にあって、転送機に乗っていないという言葉は出てこない。
「でも、あなたはそれでいいんですか? 脱出の手かがりを一つ手放す事になりそうなんですが。他に手段を持っているといっても使えないんじゃ」
「多分問題ない。俺に関して言えば、脱出の見込みはそう低いもんでもない……と思うし」
むしろ、この子の扱いのほうが困りそうだ。今想定できる脱出方法はどれも俺個人のものであって、俺以外を回収する手段は持ち合わせていない。
この子も九十九世界の十三人も、その手段を確立した上で回収って流れになるんだろうけど、その間どうするかは別途検討の必要があるのだ。次にいつここに来れるのかも分からんし。
……狙って来れる場所なんだろうか、ここ。
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エレベーターが屋上についた。さっきから何度もここを行き来しているので俺にとっては慣れたものだが、桜にとっては初見の体験になる。
会話から普通でない事は予想できても、この先にあるのはさすがに想像を超えるだろう。
「驚くなっていうのは無理だろうが、とりあえずここがどんな場所なのかは分かると思う」
「は、はい」
風呂に行く際に持たされた鍵を使い、屋上に出るドアを開いた。返すのを忘れていたが、これがなかったらまた引き返す羽目になるところだった。
「……は?」
桜の反応は大体想像通りで、視界に広がる謎空間に絶句している。ひょっとしたら目の前の巨大構造物にも驚いてるかもしれないが。
「見れば一発って言った意味分かったろ?」
「は……い。大規模な立体映像って事は……ないですよね」
「確認したわけじゃないが、ないんじゃないかな。このビルがおかしな事になってるのは見たし、浮かんでる東京タワーや通天閣には行けるみたいだし」
もし立体映像だとしてもなんの意味があるかも分からんし、どんだけ大規模だって話になってしまう。
「空間だけでなく時間の流れもおかしいらしいし、東京タワーの向こう側には見たらヤバいモノがいるらしいし、理解できないだろこんなの」
「そうですね。……ヤバいモノ?」
「凝視しないと分からないが、見ただけで発狂する化外の王がいるんだとさ」
「どういう事なの……」
むしろ俺が知りたい。本当になんなんだろうな、ここ。単に世界の狭間ってだけじゃ説明がつかない気がする。もっとなんか曰く付きのような。
というわけで、理解不能なのが理解できた桜に俺が吉田さんから聞いた話を一通り聞かせてみた。
反応としては大凡予想通り。話している内容は理解できても、根本的な部分が怪し過ぎて飲み込めないという雰囲気だ。
「理解できたとは言い難いですが、概要は分かりました。……それで、本題はここからですよね」
「そうだな。……まず最初に確認したいんだが、君は第五次まで世界大戦やってて滅亡しかかってる世界で九十九花に作られたホムンクルスって認識でOK?」
「はい。正確には第五次とは言われてませんけど。……ひょっとして、平行世界がどうとか言ってたのはそこら辺に差異があるとかでしょうか」
「俺の世界も吉田さんの世界も世界大戦は二次で終わってる。というか、ここまでここに来た人間は陰陽師を除けば大体似たような世界から来てるらしいぞ」
「……え、ウチの世界が例外なんですか?」
「例外って言い方が正しいかは知らんが、ここではマイノリティーなのは確かだな。俺も九十九花に初めて聞かされた時はお互いに違い過ぎて絶句したくらいだ」
説明を受けた後は流れ的にないとは言えないってくらいには思えるようになったが、それでもホムンクルスを始めとした超科学群はSFに過ぎると感じている。SFどころかファンタジーに両足突っ込んでる俺の言う事ではないが。
花もそうだったが、俺がウィルスが蔓延してオリンピックが延期した世界が信じられないように、自分の認識しているものが当然のように感じてしまうのだろう。
「なんというか、イメージ的には遠いって感じがする。俺と吉田さんが隣合った平行世界なら、道路を隔てて斜向かいくらいの」
「斜向かい……」
もっと遠いかもしれないが、あくまでイメージだ。
日本である以上、完全に異世界というほど離れてはいないのだろう。しかし、かなり前に枝分かれした先にあるような世界。聞く限り、陰陽師の世界はもっと遠いはずだ。それでも同じ日本という町内である。あるいは地球かもしれない。
「だから、俺が会った九十九姉妹が君の知る存在と同じとは言い切れない。ただ、元世界がそれだけ近くて転送装置で世界を渡ったなんて経緯が一致するのなら、ほとんど誤差レベルじゃないかとは思う」
あんまり触れる気はないが、多分転送に失敗した可能性や別の世界へ飛んだ可能性なんていうのもあるんだろう。一度離れた時点で完全な一致はまずあり得ないと言ってもいい。
ただ、良く語られる平行世界の仕様として、そこまで細かい世界の分岐は存在するのかというのは疑問に思える。もし本当に踏み出す手足の違い、僅かなタイミングの違い、自分自身を含めて世界にまったく影響を与えないような細かい分岐世界が存在するのなら、ウチの世界はとっくに別の世界とコンタクトをとってないとおかしい気がするのだ。特に、俺と同じように使徒となった別の加賀智弥太郎によって。
今考えても仕方ないとは思うが、平行世界の分岐って思ったよりももっと大雑把なものじゃないだろうか。
「という事は、お姉様たちは加賀智さんの世界に転送したと?」
「いや違う。ウチの世界にも九十九花はいるらしいが、俺は面識ないし完全な一般人だ。俺があいつらと会ったのはまた別の平行世界、どういうわけか誰もいない無人の東京でだ」
一切の光が失われた、無人の渋谷を思い出す。あれもやはり、一九九九年に分岐した、ちょっとだけ遠い平行世界なんだと思う。
「……そういえば、先ほども世界を渡る術がどうとか」
「そういう事だな。実をいうと、九十九世界……あいつらがいる世界を便宜上そう呼んでるんだが、そこに二回目の訪問をしようとしたところで、不具合か何かでここに飛ばされたんだ」
「それによって私がお姉様たちと合流する事は?」
「良く分からん原因で使えなくなってるが、根本的に一人用だから、コレを使って君が移動ってのは厳しいな。俺の代わりにっていうのも無理だ」
「そうですか」
あまり安請け合いはできないが、この子も含めて保護の方向で動く事になるんだろうなとは思う。もちろん本人の意志次第ではあるが、ここも九十九世界も未知の部分が多過ぎて安全とは言い難いし、神様たちだって興味はあるはずだ。
保護後の待遇については保証しかねるが、それだって交渉次第だろう。言っちゃなんだが、第五次世界大戦中で国体が崩壊してるような世界よりは使徒吉田さんの待遇だって天国のようなものだろうし。
いや、AV女優になる事を勧めるつもりはないんだが。
「まあ、今は無理ってだけで、絶対に無理って話でもない。他の九十九姉妹も保護の方向で動いてはいるし、こいつで座標特定できれば俺以外の誰かが救出に来てくれるかもしれない」
「こいつ?」
「このでっかいの。コレ、さっき俺が設置した通信用の中継機なんだ。九十九世界に設置する予定だった内の一基を緊急で使わせてもらった」
俺が指差すのはさきほど設置した< 界間通信塔 >だ。
「……すいません。聞いてもいいのか判断に困るんですが、結局あなたは一体どういう人なんですか? 世界を移動するとか、こんな巨大構造物を設置するとか。私の知る限り、能力開発された超能力者でもそんな事ができる人はいません」
超能力者とかいるのか。ミュータントがいるんだからそこまで違和感はないが、やっぱりSFだな。
「言っておくが、ここから先は聞くのに覚悟がいるぞ」
「聞いたら引き返せないという意味か何かですか? 覚悟なら……できます。ホムンクルスはそういう用途で作られるものです。元々死んだ身で、今更どうなろうと……」
そういう悲壮な覚悟はまったく必要ない。
ここまで俺が説明したのは比較的理解し易い範疇の話だが、ガチャやウインドウの話に触れると必然的に神様の存在にも触れざるを得ないわけで、そんなものを容易に飲み込めるはずはないからだ。
「ここまでの話でも十分引き返せなくはあるんだが、そういう問題じゃない。ここまで以上に意味不明だから混乱するなよって話だ」
「え……すでにかなり飽和気味なんですけど」
「大丈夫だ。九十九花は疑念はあっても受け入れたし、飽和すれば慣れる。俺は……慣れた」
慣れてしまった。どうしようもない事ではあるんだが、あんまり慣れたくはなかったな。
一体どんな話をされるのかと困惑を隠せない桜に対し、俺はそろそろ説明に慣れ始めた自身の境遇について話し始める。
その反応は大体想像がついていた通り、最初は何言ってんだこいつ的な表情で、次第に可哀想な人を見る目に、そしてウインドウを含めて色々見せてみると絶句するのである。直接関係のないウチの家族には最低限しか話していないが、彼女の場合はそういうわけにもいかないからかなり開けっぴろげだ。
体感時間で大体一時間くらいかかっただろうか、濁流のような情報を困惑する桜に投げ続けた。
「…………」
結果として、そろそろ現実逃避しそうな雰囲気が見えてきたものの、これまで理解してしまった下地のせいで真っ向から否定もできないという有様だ。大体狙って話したから間違いない。
「一から十まで鵜呑みにする必要はないし、神様云々に関しては俺もその定義を疑ってはいるんだが、まあそんな感じだ」
「……まさか、お姉様以上に理解不能な人がいるなんて」
「ん? お前らホムンクルスはともかく、九十九花は別にそこまででもないような気が」
俺の知る限り、九十九花はそこまで特異性はないように感じている。周りに柚子や待雪がいたから更に埋もれていた気がするものの、元々人間の枠を大きく逸脱するようなものではないだろう。
元世界で引き籠もりやってるという九十九花がネット上で色々やらかしているというのは聞いたが、それだって理解不能とまでは言わないはずだ。
「いえその……つい口から出てしまったというか、多分姉妹の共通認識でして」
人間でない連中全員に理解できないと言われるのは相当なもんじゃないだろうか。こいつらほとんどクローンみたいなものって聞いてるんだが、根本的には同じじゃないのか。
「……お姉様は特に秀でた能力を持っているわけでもないのに、限界まで強化されたような存在が容易に死ぬような世界で生き延びてきました。なんで生きているのか誰も答えを出せない、運が良いだけでは無理のある修羅場を数え切れないほど。運命に愛されているというかなんというか、ちゃんと理解していないのは本人だけという有様で」
「ああ、確かにそういうところはあるな」
俺も大概悪運が強く奇異な運命に翻弄されるほうだと思うが、九十九花のそれは正統派だ。主人公気質とでもいうか、何があっても死なない的な印象はある。たとえば、俺が遭遇した電車事故に巻き込まれても無傷で生きてそうとか、そういう印象だ。ここまで聞いた断片的な情報だけでも、なんで生き延びられるのか不思議に思っていたが、ずっと近くにいたホムンクルスもそういう認識だったのか。
ただ、理解不能というだけなら世の中にはもっと上はいると思う。ゴブリン十六魔将とか。あんなのと比べんなと言われそうだけど。
「まあ、とにかくそういうわけだ。ここならとりあえず物資はあるし、時間もほとんど経たないみたいだし、自分なりに噛み砕いて飲み込んで、そこから今後の方針を検討だな」
「そういえば、吉田さんが住んでるという事は、生活基盤があるわけですよね。物資があるといっても、一体どこから……」
「水道、ガス、電気なんかのライフラインは何故か繋がってるところがあるらしいのと、色んな平行世界から食料なんかの物資も流れてくるらしい。仕組みは住んでる吉田さん含めて誰も分からん」
「また無茶苦茶な……実はここは死後の世界なのでは? 実は私はあの転送の余波で死んでるとか」
「完全に否定はできないな」
九十九は死者が見ている夢とかそういう意味で言っているんだろうが、死んだらこの空間のどこかに飛ばされるのが普通って可能性も否定はできないのだ。案外、この謎空間の下には根の国があって、ここは黄泉平坂って可能性も否定できない。
神様たちには会ったが別に死後の世界の話を聞いた覚えはないし、俺は死んでも蘇るから見たわけじゃないし。
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「……実は本当に死後の世界なのでは?」
「彼女はコンビニ弁当を見て一体何を言ってるんだ?」
「すいません、色々ある子なんです」
一通りの説明が終わったので、一旦給湯室に引き上げた後、休憩も兼ねて桜にコンビニ弁当を出したところ、忘れていたかのようにカルチャーショックが発生した。
この子が生まれた時期は聞いてないが、姉妹の上のほうだったとしても食料事情は酷かったはずだ。ミュータント肉しか食べた事がないという事はなくとも、工場産の合成食品がメインだった可能性は高い。
「これが本物の白米……すごい」
「加賀智君、あのさ……」
「本気ですいません」
こんな会話でも桜が普通でないという情報が伝わるのだ。かなり迂闊といえるだろう。
仕方ないので一旦距離を置くために桜の前にあった弁当を持ち上げ、そのまま給水所の外へ誘導。弁当に釣られて夢遊病の如くフラフラとついて来た桜は別の部屋で食べさせる事にした。
「あのさ、深くツッコミ入れる事自体が自爆になりかねないから仕方ないけど、ちゃんと摺合せはしてほしいな。箸は普通に使えるのに米を見た事がないとか、百パー特殊な案件じゃないか」
「言い含めてはいたんですが、あまりのショックに幼児退行してしまったみたいで……」
「どんだけなんだ」
奴らの食事事情を甘く見ていた。新宿駅でパックご飯を出した時の反応から、ちょっと……コンビニ弁当でもかなり豪華な食事として認識するかな程度は思っていたのだが、あの反応はそれどころじゃない。
あの時、花以外の二人はそこまで反応していなかったように見えたが、俺の勘違いかもしれない。性格上待雪は単に表情に出していなかっただけ、柚子は……そもそも白米がどういうものかも分かってなかった可能性すらあるのだ。
「まあ、多少の齟齬があるとはいえ、ある程度話はまとまったって事でいいのかな」
「ええ、隠蔽の方向で」
相手の事が良く分からない以上、俺も桜も知られるとまずい情報を抱え過ぎている。あの桜の醜態を見せておいて何言ってんだって感じではあるが、肝心な部分は漏れていないはず。
まあ、完全に漏れていたとしてもそれが即問題になるとは限らない。ただ未知数だから警戒すべきというだけだ。神様に相談した結果、積極的に巻き込みにいけと言われる可能性だってあるはずだ。
「一応ですが関係者でもあるんで、しばらくは彼女と一緒に行動します。とりあえずここで休憩した後に準備して通天閣方面を探索、状況を見て可能そうなら一時的な住居を探そうかなと。どちらにしても一度は戻って来ます」
「賢明だと思うよ。事情がある以上、確実に陰陽師と接触するであろうここに住むのは問題あるだろうし」
「最初は行って帰ってくるだけになるでしょうけど、その間に細かい事も言い含めておきます。……それでですね、探索に必要な物資なんかを支援して頂けないかなと」
「ああ、問題ない。ここを出て移動する人たちは多かったから、その手の物資はまとめてあるんだ。あとで中身を確認しておくといい」
話を聞いてみれば、その際に揉めて物資を荒らされた事があるらしい。
「好きなモノを持って行っていいとは言ったが、私が作ってた大規模ドミノを崩壊させていいとは言っていない」
「なんともコメントに困りますが、分からなくもないです」
確かに趣味をぶち壊しにされたらキレるだろう。しかも、物資の支援とはまったく関係ないだろうモノをだ。間違ってもドミノの駒が必要になるとは思えないし。
「一通り必要になりそうなモノをリュックにまとめてある。水や食料、寝袋、キャンプ用品を中心に使いそうなもの、水はどうしようもないが何も補給できなくとも一週間は保つはずだ」
桜の食事が終わった後、吉田さんに連れられて訪れた部屋は無数の登山用リュックサックが並ぶ倉庫だった。やっぱり几帳面だな、この人。
「成人男性用と女性・児童用の大きさに分けてあるが、どちらを持って行ってもいいし、あるいは二つでもいい。加賀智君は二つくらいいけるんじゃないか?」
「いけますけど、今回は様子見なんで必要ないかと」
試してみたが、持つだけなら二人用でも問題なさそうだった。背負えないから前後に二つならいけるだろうが、じゃんけんに負けた下校時の小学生みたいになってしまう。
そして、桜も成人男性用で問題ないようだ。見た目だけなら華奢に見えるが、多分筋力だけでも俺以上だろうし驚く事はない。予想はしていたのか吉田さんも無反応だ。
「通天閣くらいなら台車を使ってもいいし、折り畳み式のリヤカーもあるから、次回以降必要になりそうだったら言ってくれ」
「そういえば、車とかはないんですか?」
「……あるにはあるんだが、使えないな。このビルにはカーディーラーも合成されてるんだが、何故か三階なんだ。もちろん自動車が移動するための通路もない」
燃料か何かの問題かとも思ったが、物理的な問題らしい。壁や床を壊して道を作れば使えない事もないだろうが、そこまでする必要があるのかは疑問だ。
聞けば無数にある建物には自動車がある場合もあるし、必要ならそちらから拝借するほうが現実的だ。ただ、道路を外れたら謎の空間に真っ逆さまって環境で自動車を使うのはちょっと危ないだろう。巨大な敷地のある建物で使うなら便利かもというくらいだ。
「時間や空間がおかしい謎空間で道を外れたら死ぬって環境ではあるが、別に危険でも過酷でもないから困る事はないだろう。都市部の道路を移動するのと大差ない」
「誰かが襲ってきたりとかは? 迷い込んだ野生動物とか盗賊化した人とか」
「野生動物は……そういえば見た事も聞いた事もないな。魚も鳥も……昆虫もこちらに来てから見てないような」
おや、人間とは別の扱いなんだろうか。微生物の類はいないとまずい気もするんだが……そういえば九十九世界も似たような感じだったな。
「じゃあ人間のほうはどうでしょう」
「ないと思う。そこら辺にある物資のおかげで衣食住に困る事はないから、金銭や物資を狙ってというのはちょっと考え辛い。それなら、ここが真っ先に対象になるだろうしね」
色々問題があるとはいえ、ここは分かりやすい拠点だからな。物資が集まっているし、訪れた人から情報も伝わり易い。更に言えば住んでいる人は極端に無抵抗だ。
「それでも有り得るとすれば……純粋に身柄を求めて誘拐とか?」
そう言って吉田さんは桜の方を向いた。
「問題ないだろ?」
「相手にもよりますが、多分」
一応確認するが、実際問題はないだろう。むしろ、俺を狙うより危ない可能性すらある。根本的に女性の身柄を狙う理由に気付いていない可能性もあるが、吉田さんの前で指摘するのはやめておこう。
「万が一くらいで、そういう事があるかも知れないって注意するくらいでいいと思うよ。何日か探索するくらいじゃ多分誰とも会わないし。むしろ孤独過ぎてフラフラーっと飛び降りたりっていうほうが危険かもしれない」
「過去にそういう人が?」
「ここに戻って来なきゃ分からんが、そういう人もいるんじゃないかなとは思う。特に一人で移動した人とか」
いくら生活に困らないと言われても、こんな空間でずっと生きていくとなると、人生に終止符を打ちたくなってしまうかもしれない。吉田さんを見てると勘違いしそうだが、人は何もせず、目的も持たずに生きていくのは抵抗を覚えるものだ。
「あとは期間かな。数日程度なら問題はないが、帰ってくるのがここの体感時間で一ヶ月以上先になるなら、陰陽師と鉢合わせする可能性が出てくる」
「基本的には数日の予定ですが……あー、通天閣で倍なんでしたっけ。にしても二週間は超えないんじゃないかと」
「それ、ものすごく大雑把な体感時間だからあんまり参考にはならないよ。単にここから通天閣に行って戻って来た人とずっとここにいた私の体感時間を比較しただけで、ちゃんと検証したわけじゃないし」
そりゃそうか。そんな簡単に検証できるものでもないし、わざわざ吉田さんがそんな事をするとも思えない。
「……そうだな、面倒じゃなければ年単位で保つ電池式の時計を持っていって、道中に配置するとかすれば傾向は掴めると思うけど。帰ってくる時に見て、想定してた以上に時間が経過してたら要注意って感じで」
「そういう時計の在庫はあるんですか?」
「そのリュックにも入ってるが、かさばるのを気にしないなら在庫はある。持っていくか?」
「そうですね。時計の大きさ次第ですが」
「どうせなら、距離と時間の関係も調べてみるのもいいかもしれない。時刻同期設定切ったスマホがあるから、それを持って行けばメモ帳代わりにも……」
という感じで、細かい話をしつつ準備を進めて一旦就寝、翌朝……と言っていいのかは難しいところだが、起きた俺は先に起きていた桜を連れてビルから出る。
幸い、エレベーターは地上一階のロビーに直行できたので、本当に建物を出るだけだ。ただ、自動ドアは機能していないのか、近くの店舗の裏口から外に出る事になったが。
「……屋上から見るのと印象が変わるな」
「どれだけ距離があるのかどうか分からないのに、近く感じますね」
何もないはずの空間が近く感じる。じっと見てると吸い込まれそうで、ふとした拍子にフラフラと投身してしまう人がいるのも分からなくはない感じだ。
これから向かう方向に視点を向けても、あまりにオカルトな不思議空間が広がっているからか現実感が薄い。目の前の謎空間に浮いた道路すら、距離感が乏しくなる。
「通天閣に向かうルートはいくつかあるらしいが、どのルートを通るにしても最初はこの大通りを進むしかないらしい」
「目算だと、数時間も走れば着きそうですが」
「吉田さんが言ったのは一般人の基準だからそうかもしれんが、最初だから慎重に行こう。基本は徒歩で、時計配置するついでに休憩も定期的にとる。幸い、休憩場所には困らなそうだし」
見れば、道中には結構な建物や私道らしき小さな道が見える。全部が住居として使えるとは思わないが、一時的な休憩所なら問題はないだろう。
時計は24個用意してもらったので、一時間に一個くらいのペースで配置する予定だ。それとは別にスマホにもメモをつける事になるが、どちらも大した手間ではない。次回以降役に立つかもしれない事を考えるなら、やれる事はやっておくべきだろう。
そして実際に移動を始めると、色々な新事実が判明した。
まず、この道は全然真っ直ぐじゃない。ビルの上や正面からだと分かり辛いが、かなりグネグネしてる。ついでに左右だけでなく上下にも勾配がある。道路なのに山道を歩いているような気分だ。国道なのに酷道呼ばわりされるマイナーな道路ならともかく、こんな規模の大通りではまず有り得ない構造だろう。とはいえ、それでも地面ではなく道路だ。ダンジョン仕込みの俺の体力ならまず問題なく踏破できる。
時計を確認してメモをとって、一応周囲を警戒しつつ……という手間を考えても普通に散歩気分で雑談できる程度のものだ。
「ホムンクルスって体力も運動能力も人間と比較にならないって認識なんだが、桜もその認識でいいのか?」
「姉妹以外のホムンクルスは知りませんが、その認識でいいと思います。特に私は姉妹の中でも長期間の作戦行動に特化してるので問題ありません」
「そうなのか。……ちなみにどれくらい?」
「作戦行動なら無補給で最大三日ほどはパフォーマンスを維持できます」
「すごいのは分かるが、作戦行動って具体的には?」
「主に敵地への潜入偵察ですね」
超すげえ。特殊工作員ってレベルじゃねーぞ。俺の場合、三日間連続でダンジョンに籠もれっていわれたら、補給があってもきつい。無補給なんて不可能だろう。
それに加えて、敵地への潜入となると戦闘も加味しないといけないはずだ。排泄の問題は気になるが、さすがに女の子相手に正面から聞くのは躊躇われた。
「……ひょっとして、九十九姉妹の中でもお強いほう?」
「重火器を使用しない前提なら、まだトップだと思います」
それを聞いて思い出すのは、待雪との手合わせの記憶。アレは武器を使わない徒手空拳だ。俺は棍棒を使っていたが、それでも重火器は使用していない。
「待雪や柚子と比較したらどんな感じ?」
「待雪は汎用性を目的に調整されたので、どの分野でも姉妹全体の平均以上で上位からは落ちます。柚子は若過ぎて評価に困りますが、近・中距離戦闘トップを狙える素養があると思います。いずれ抜かれるとは言われてました」
マジかよ。アレで上位に入らないって、九十九姉妹ハイレベル過ぎるだろ。
あれから多少強くなった今でも、手合わせの時の明らかに手加減していた待雪に有効打を当てられる気がしないんだが。
「あ、あの、ひょっとして張り合おうとしてます?」
「ん、ああ。一応待雪を目標にしてたからな。まだ足元にも届きそうにないが、桜はそれ以上なんだろ。頂が遠過ぎる気がしてきた」
「そんな無茶な。使徒っていうのがどれくらいかは知りませんけど、私たちは人型のまま発揮できるほぼ理論値のような存在で……」
「まあ、目標にするくらいはいいだろ」
「それはもちろん構いませんが、普通の人間なら強ければ強いほど心が折れるらしいんですが」
それは一体どういう理屈だろうか。強い人……高い技術を持つほどはっきりと相手の力量を把握できるから、手が届かないって分かるとか?
「俺は元々か弱い営業マンだから、そういうのは良く分からん。強くなるために強くなるんじゃなく、必要になりそうだから目標に掲げてるだけだ」
「は、はぁ……すごいですかね。さすがというかなんというか」
「何がさすがなのか」
「自分で言ってて分かりません」
「なんだそりゃ」
道中、俺と桜が交わす会話は九十九姉妹を交えたものか、それぞれ自身の事ばかりだった。ほとんど初対面のようなものだから、話題の選択肢の幅が狭いという事もある。
こうして色々話してみて感じるのは、やはり彼女は九十九姉妹の一人なのだなという事だ。性格はまるで違うのに、待雪や柚子と話しているような既視感を覚える。ただ、どういうわけかオリジナルの花とは明確な境界線が引かれているような、そんな印象も受けた。それが造物主と被造物主、あるいは人間とホムンクルスの違いからくるものかどうかは分からなかったが。
「うーん、当たり前っちゃあ当たり前なんだが、こうして時計配置してるだけだと時間の流れが違うように感じないよな」
通天閣への道のりも半分くらいまで来たところで、ちょうど半分……12個目の時計を配置しながら呟く。
分かってはいるのだ。これまでの話の通りなら、時間の流れは体感できるようなものではなく、周りとの比較によって初めて認識されるものだと。だから、違いが生まれるとすれば往路ではなく復路、帰り道ならは置かれた時計に差異が生まれるのだろうと。
「ちょっと戻って見てきましょうか? 走ればすぐだと思いますし」
「いや、どうせ戻る時に確認するわけだから別に……」
……なんだ。小さい違和感を感じる。しかし、その正体が分からない。
俺が聞かされているのは、この空間は時間の流れが歪んでいて、東京タワーから離れるほどに現実の時間に近づく傾向があるという事だ。それはあくまで吉田さんが過去の例から推測したルールに過ぎす、証明されたものではない。これが正しいと言い切れないからこそ、こんな意味があるかどうか分からない実験をしているわけで……。
そもそも、現実の時間とは何か。何と比較しているのかと言えば、あのビルに流れ着いた人たちがいた世界の年号を基準にしている。それが少しずつ進み、数ヶ月で十年という時間を体感したからこそ、吉田さんはここの時間の流れが遅いと感じているわけだ。その話は、かなり大雑把で適当ではあるが傾向としてはおかしくはない。違和感など感じない。
ならば、俺は何に違和感を感じている?
「加賀智さん?」
「…………」
ウインドウを開いてみる。そこに広がっているのは見慣れた光景で、桜にも何度か見せたものだ。
この中で一際目立つのは< Uターン・テレポート >の[ 15:59:59 ]という表記。相変わらず変化がない。……違和感の元はこれか?
吉田さんの推測を聞かされた上で、俺はたとえ遅かろうと時間は流れていると認識した。だから、これの表示が変わらないのは現実の時間と同期しているのではなく別の要因があるのではと考えた。
……だが、もしもこれが現実の時間をそのまま表しているとすれば。
「桜、やっぱり見て来てもらってもいいか? ちょっと面倒だけと、二つか三つ前まで。多分、お前一人のほうが早いだろ」
「ええ、構いませんが……何か気になった事でも?」
「ひょっとしたら、一切差異が発生していないかもって思った」
「良く分かりませんけど、じゃあちょっと見てきます」
と言うと、桜は荷物は置いたまますぐに移動を開始した。時間を確認するだけならそれぞれに渡されたスマホがあれば十分だから物資は邪魔なだけだろう。
まさかスマホ忘れてないよなと思ったが、それは杞憂で、戻ってきた桜の手にはちゃんとスマホがあった。
「どうだった?」
「ご明察です。三つ前まで戻っても同じ時間……一秒もずれてませんでした。……距離で時間の流れが変わるなら、多少でもズレますよね?」
「明確な境界線があるって線もあるが……多分違うな。推測でしかないのは変わらんが、ひょっとしたらここら辺は全部、時間の流れは一緒なのかもしれない」
……もっと離れれば分からないが、おそらく一律時間停止一歩手前のような速度になっているんじゃないかと思う。
「じゃあ、東京タワーから離れるほどにっていう話はどうなるんでしょう。少なくとも吉田さんが遅延を体感した何かはあると思うんですが」
「理屈は分からんが……思いついたのは時間によって時間の流れが変わる……これだと意味が分からんな。潮の満ち引きみたいに、流れに差があるとしたら」
「潮の満ち引き……ってなんですか?」
「…………えぇ」
ふって湧いたような疑念に頭をフル回転されていたのに、妙なところで躓いてしまった。知らないのかよ。……桜の元世界だって言葉自体はあると思うが、漁業も壊滅してて一般的じゃなくなってるとかだろうか。
仕方ないので潮について軽く説明しながら、頭の中の情報を整理してみた。
これが当たっている自信はないが、もし当たっていた場合は問題があるから対策はしておいたほうがいいだろう。
「予想が当たってたら、しばらくすると俺が消えるかもしれない」
現時点で現実世界の時間が停止中というなら、時間が動き出した瞬間に< Uターン・テレポート >が動作する可能性がある。
仕様すら分からんコレが実際どう動作するかなんて分からんが、懸念点はそこだ。
「それで今は時間停止……秒以下が確認できないほどゆっくりになっているかもって思ったんだ」
「それがどこかのタイミングで動き出して、その< Uターン・テレポート >が動くと?」
「ああ。その場合、行き先は九十九世界だろう。もちろん現段階では推測に過ぎないが……見極める方法があるとすれば、このカードの時間表示だな。それが減って尚俺が留まっているならハズレだ」
ハズレって言っていいのかは分からないが、その場合、桜がここに取り残されるのは確定だろう。
「もし転移してもここに戻ってくる気ではいるから、とりあえず合流場所を決めておこうか。この際、吉田さんに伝わらなければどこでもいいが」
「それじゃここにしましょうか。水は出るみたいですし、それなりに広いですし」
適当に選んだ休憩場所だが、アリかもしれない。
俺たちが今休憩所として使っているのはマンションの一室だ。ビルよりは狭いが、これだけ部屋があればどこかの部屋は電気やガスが生きてるかもしれない。物資が流れ着くかは未知数だが、それはどこからか持ってくるという手もある。住居にする選択肢として最良ではないが無難ではあるだろう。
ついでに、ここがなんらかの理由で使えなくなった場合の予備案は通天閣にする事になった。吉田さんの話では住居には適していないという話だったので、あくまで分かりやすさを重視した予備案だ。
「あ、あと、意味があるかどうかは分かりませんが、加賀智さんのカードを一枚頂けないでしょうか」
「別に構わんが何か欲しいものでも?」
「いえ、なんでもいいんで、いらないのを一枚」
一枚くらいならとも思ったが、今フリーゾーンに入れているのは基本的に九十九世界での交渉用に持って来たものだから< ゴブリンの右腕 >などの本気でいらないモノは入っていない。
「< 便座カバー >でいい?」
「何故そのチョイスなのかは気になりますが、それで構いません。カードのままもらえますか?」
いや、持ってきた中で一番いらなそうなモノだったから。
特に惜しいものでもないので、カードのまま桜に< 便座カバー >を手渡す。これでお守り代わりですとか言われたら悲しすぎるチョイスだ。
「それ、俺か神様がいないとただのカードだぞ。何か意味あるのか?」
「加賀智さんがこれらのカードで色々できるって話が本当なら、いつかカード自体を探知するカードを手に入れるかもしれないじゃないですか」
「ああ、発信機みたいな感じか」
なるほど。その手のスキルは普通にありそうだ。それを使えるなら、再度ここに来た場合の合流も楽になるだろう。優先……してもあんまり関係ないが、手に入れるように頑張ろう。
「まあ、色々対策はしたが、推測が合ってる自信はないから予防みたいなもんだ。とりあえずは引き続き通天閣を目指そう」
そんなわけで、ちょっと長い休憩時間を挟み、俺たちは再び移動を開始する。
特に何かが起きるわけでもなく、途中に点在した謎の店舗や施設に首を傾げながら通天閣へと足を進めた。
視界に入る通天閣が大きくなると、これまでまばらだった建物の密度が多少上がったように感じる。誰もいないのには変わらないが、私道のようなものもチラホラ見え始めた。巨大建造物の近くには建物が集まり易いとか、そういうルールがあるのかもしれない。
「通天閣って大阪にあったっていう塔ですよね?」
「ひょっとして、もうなかったとか?」
「はい。何処かのテロリストが拠点にしてて、爆破されたとかなんとか」
「マジかよ……」
と、物騒な話をしつつ、周りに何もないせいか普通よりも大きく見える通天閣を見上げながら歩いていると――
――唐突にその時が訪れた。
-4-
視界が暗転。次の瞬間に思ったのは、やはりそうかという納得。ウインドウを開かないと確認できないが、おそらく< Uターン・テレポート >の表示も変わっているのだろう。
ただ九十九世界に再訪して色々するだけの予定が大変な事になった。吉田さんだけならともかく、九十九桜の存在を考えるとあの世界は早めに再訪する必要があるな、などと考える。
何もかもが歪んだ、気持ちの悪い感覚。普通なら一瞬で終わるはずの時間がやけに長く感じられる。体感だけかもしれないが違和感があった。
唐突に何かが弾ける音を聞いた。なんの音かは分からないが、それは世界の狭間を訪れた時と同じ音だ。ひょっとしたらそれは、世界を隔てる壁を通過した音なのかもしれない。
引き伸ばされた意識の中、なんとなくではあるがこの先にあるのが九十九世界である事を認識した。
そんな安心にも似た感情からだろうか。
俺は振り返ってしまった。
そこに在ったのは、在ってはいけないものだった。
見るだけで心を壊す化外の王。姿カタチがはっきり見えたわけではないのに、何故かその名はしっくりくる気がする気配。
俺がそれを認識できたのは……認識して尚正気でいられたのは、おそらく使徒として変質した魂を持つが故だろう。
それほどに巨大。
それほどに凶悪。
それほどに理解の及ばない超存在。
それが、そこにいると認識した。
それが、"無数に"存在すると認識してしまった。
あの世界の狭間は奴らの巣だと。
あの時空間の歪みは奴らが発生させている。いや、そこに存在しているが故の副産物だ。
だから奴らに近づくほどに時空間が歪むという推察は正しい。しかし、前提が足りていない。
それは東京タワーの動かない一体だけで成立しているわけではない。あの空間を遊泳する別の個体が存在するが故に、その個体との相対距離によって時間差を体感しているのが真実。
それがあの時間の歪みの本質だと認識させられた。
そして、俺がそれを認識してしまったのと同時に、奴らもまた俺を認識しているのだと理解させられた。
視界が切り替わった。
そこは屋外。おそらくは九十九世界の渋谷にあるビルの屋上。何やらプレハブ小屋やプランターのようなものが増えていて、僅かな灯りに照らされているのが分かった。
「お、カガチヤタローだ! おっそーいっ!! 一体いつ来るんだーってみんなに急かされるこっちの身にも……あれ?」
約束通り、そこで待っていたらしい九十九柚子の声を聞きながら、俺の意識は暗転した。
またファウルカップに。(*´∀`*)





