第三十三話「世界の狭間」
五輪が延期される世界があるなんて。(*´∀`*)
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「はい、というわけで許可も取れたので、< 界間通信塔 >を屋上に設置したいと思います。あ、この実況を見てる二号さんがいたら、さっさと救助お願いしますねー」
特に意味もなく実況風にしてたものの、本当に意味がなかった。前回の毛を剃るシーンも見ていなかったらしいので、時間の流れに差のある今回は更に可能性が低いだろう。ただのノリだ。
ちなみに今設置しようとしているのは、九十九世界に設置してこいといわれていた三基の内の一基である。
事前に受けた説明によれば、これは世界を超えて通信、あるいは座標位置を特定するための基地局のような扱いらしい。また、これ単品でも通話やメールなどの機能を保つ。とはいえ、理論だけの実験機のようなものなので通信が繋がる可能性はまずないと言っていた。メインは設置場所の座標特定で、九十九世界の正確な位置の把握が今回の主な目的となる予定だ。
ここは九十九世界ではないが、神様たちが求める異世界ではある以上、設置して無意味という事はないだろう。
むしろ、移動手段が確立してる……と言っていいのか分からんが、九十九世界よりは、事故で訪れたっぽいここのほうが重要ではないかと思えるのだ。九十九世界に設置する分はまた別の機器を用意してもらったっていいのだから、なんなら三基とも設置していいんじゃねーかとすら思える。元々、最低でも一基は設置してこいという要請なので、その内の一基をイレギュラーな扱いしても言い訳はできるだろう。現場判断というやつだ。
望みは薄いと思うが通信できればそのまま神様に救助要請できるし、この訳の分からない空間の座標特定に繋がるなら理想的ともいえる。
だから、謎の陰陽師に情報が伝わってしまうだろう事を除けば、これは正直悪くない手だと思うのだ。
いきなり無駄実況を始めたところから分かるように、吉田さんはこの場にいない。陰陽師に記憶を見られる事を想定してか、設置許可を出すなり極力情報を得ないようにとビルの中へ戻ってしまった。もちろん、何をとかどうやってとか一切聞かない徹底ぶりだ。あの割り切りようは正直すごいと思う。
これでは、たとえ記憶をそのまま覗いたとしても、突然ここに現れた奴が巨大な構造物を設置したらしい事くらいしか分からない。牢獄の電車には結びつくかもしれないが、そこが限界だろう。実物がある以上、コレが世界を超えて通信したり座標を特定したりするモノである事には気付くかもしれないが、それで何かができるとも思えない。万が一実況もどきが吉田さんに聞こえてたとしても、電波な独り言の多い奴と思うくらいだろう。あと、俺がちょっと恥ずかしいくらいだ。
というわけで、俺は今屋上に一人である。
「って、でか過ぎるわ!」
こちらは実況ではなく素の声である。
実際に< 界間通信塔 >をマテリアライズしてみるとこれが想像以上に巨大で、屋上の敷地の三分の一程度を占拠してしまうような巨大施設だった。見た目ほどに重くはないのか床が抜ける事はなかったが、例の渋谷のビル屋上に設置しようとしたらギリギリのサイズなんじゃないだろうか。多分、作った奴はあんまり深く考えてない。九十九たち以外人がいなそうという情報は伝わっているから、屋上が崩壊しても問題ないだろくらいの感覚かもしれない。サイズより機能優先という事なのかもしれんが、もう少し設置する側の事も考慮してもらいたいものだ。
ダメ元で目の前の< 界間通信塔 >で通信できないか試してみるも、やはり時間の流れが違う中で通信しろというのは無理があるのか反応はない。一応、電子メールの形式も使えるようなので、メッセージだけは送っておく。送信エラーになるが、一定時間ごとに再送する設定にしておけば送れるかもしれない。
無関係の者が利用できないよう認証登録を俺のみに設定したので、例の陰陽師対策にもなるはずだ。ちなみに、むりやり動かそうとすると警告の後に爆発する仕組みらしい。
九十九たちへの説明用に用意したらしい紙ベースのマニュアルは……燃やすか。吉田さんに渡してもしょうがないし。
用事は済んだが、ついでに確認すべき事を確認しておこうと再度ウインドウを開いてみた。
「さて、これはどういう事なんだろうな」
檻の中で表記を見た時から予想はしていたのだが、目の前の< Uターン・テレポート >の表示は一切変わらず[ 15:59:59 ]のままだった。
確かにこの空間は時間の流れが歪んでいる。しかし、数ヶ月で十年の時を過ごした吉田さんの言を信じるなら、まったく時間が経過しないというわけではない。なのに、秒の桁すらピクリとも動かないのはさすがにおかしい。
実を言えば、マテリアライズで消費したMPは回復しているのだ。それも、凡そ俺の体感時間と同じ速度で。
だから、これは経過時間とは別の要因で止まっていると考えたほうがいいのだろう。……たとえば、テレポートが正常に動作せず、目的地に辿り着いていないからカウントが始まってないとか。
別のチャージタイムを必要とするスキルを使えばはっきりするのだろうが、今回はほとんど交渉用の物資でフリーゾーンが埋まっているような有様だ。装備も含めて探索用のカードは最低限しか持ってきていないため、テストができない。一部のベースカードはセットしたままだが、チャージタイムが本体に表示されるタイプのものばかりだ。
「まいったな」
これだと、時間経過する場所へ移動して時間切れによる強制帰還を待つという手段が使えない。
他に緊急の帰還手段がないわけではない。前回の九十九世界から帰還した後に確認済なのだが、たとえダンジョンでなくとも俺が死んだ場合はあの拠点で復活するらしいのだ。
だから死ねば多分帰還できる。時間停止する空間なんてものがある以上、そんなところに閉じ込められて身動きとれなくなるくらいなら自殺したほうがマシなのは間違いない。
ただ、この方法はどうも確実とは言い難いのだ。
ダンジョンや俺の実家を含めた元世界なら問題はないと保証をもらっているが、九十九世界のような神様の管理外領域で死んだ場合は確実とは言い難いらしい。おそらく復活するが、保証はできないという回答だ。
当然、この世界の狭間も同様だろう。むしろ、こんな訳分からない空間なのだから、確実性はより低いのではないだろうか。
死ぬのは最終手段。最悪の場合、いつでも自決できる手段を用意しておくべきか。……拳銃あるとか言ってたから、それを借りようか。
「……我ながら、真っ当な人間の思考じゃねえな」
死へのハードルが異様に低くなっている。環境的に仕方ない事ではあるし、神様もある程度狙っているのだろうが、まともではないのは確かだ。実際、俺は陰陽師なんてオカルトな存在よりよっぽどオカルトである。死んでも元の拠点で即復活する謎の生命体なんて、化け物と言われても否定は難しい。
自決は最終手段としても、不幸中の幸いというか時間はある。ちょっとあり過ぎるくらいだから、今後の方針を考えるのは吉田さんと相談してからでいいだろう。
多分、陰陽師が来るまでここで待つか、あるいは通天閣方面に様子を見に行くかの二択になるだろうが、どちらにせよ情報は足りていないのだ。まずは情報収集のターンである。
そうして、吉田さんの待つエレベーターホールへと向かおうと歩き出したそのタイミングだった。
「……ん?」
何か物音がした。
元々静寂極まる空間だ。< 界間通信塔 >が微かなアイドル音を立てていたとしても、物音が立てばはっきりと分かる。しかも、それはエレベーター方面ではなく逆側……たった今設置した< 界間通信塔 >の裏側から聞こえた。マテリアライズの仕様のためか< 界間通信塔 >は構造物に干渉していないから、元々くっついてた部品が落ちたとか……いや、そんなボロい仕様ではないだろう。
「な、なんだ……まさか幽霊とかじゃないよな」
目を凝らすとヤバいモノがいるとか言われた直後なのだ。そういう未知との遭遇系は勘弁してもらいたいのだが。
「お、おーい、誰かいるんですかー?」
軽く声をかけてみたが返事はない。声が小さいのは、そこまで大きな声を上げる必要はないだろうというだけで、決して怖いからではないのだ。
仕方ないので、不安になりつつも< 界間通信塔 >の裏へと移動してみる。これで本当に何かいたら怖いが、何もない場合でも普通に怖い。どちらにせよ怖いのだから、はっきりさせたい。
「もしもーし……?」
< 界間通信塔 >に張り付くようにして裏側を覗き込むと、そこに人がいた。
正確には、ライダースーツのような格好にスモークのかかったフルフェイスヘルメットの人間が仰向けに倒れていた。返事がないのはおそらく意識がなかったためだろう。
顔は分からないが、体型的に女性だ。かなりピッチリしたスーツなので、凹凸が少なくともはっきりと分かる。少なくともマウスパッドのモデルにはなれないだろう。
「……誰だ?」
そんなもの、分かるはずがない。まさか、俺と同じようにここへ流れついたのだろうか。このタイミングで? 極端に時間が引き伸ばされてるっぽい場所で、そんな事があるか?
軽く揺すってみるが起きる気配はない。偶然を装って色んなところを突付いてみたい願望に囚われるが、ぐっと堪える。実は一刻を争う事態かもしれないし、ヘルメットの下が化け物って可能性もあるからだ。
とはいえ、俺に救命救急の経験や知識はない。仕方ないので、吉田さんの判断を仰ぐためにエレベーターホールへと向かう。
「ん? もう終わったのか。じゃあ、一旦戻ろうか」
吉田さんは本気で何も見る気がないのか、出口のシャッターに背を向ける姿勢で立っていた。
「終わるには終わったんですが、別件で……なんか突然人が現れたんですが」
「……え、それはまたすごい偶然だな。同時期に二組以上訪れた事なんてないぞ。待たせてるのか?」
この様子だと、突然人が現れる事自体はそこまで珍しくはないっぽい。
「いえ、どうも意識がないみたいで、ちょっと来てもらっていいですかね」
「それは構わんが、別に私も対応に慣れているというわけではないんだが」
「それでも俺よりはマシでしょう」
そんなわけで吉田さんを連れて再度< 界間通信塔 >へ。突然出現した巨大構造物に驚きはしたものの、特に何かを聞いてくる事はなかった。
これで謎のライダーの姿がないとかそういう展開だったらホラーだが、当たり前のようにそこに倒れている。
「意識ないのは初めてだな……加賀智君は結構力ありそうだけど、運んだりできそう? 無理ならストレッチャーを持ってくるけど……どこに置いたんだっけかな」
「運べはすると思いますが、セクハラとかで訴えられないですかね」
「こんなところで誰が裁くんだ」
現代のパワハラ、セクハラ案件をたくさん見てきた身としてはどうしても気になるのである。もし着替えてなかったらビジュアル的にヤバい事になるが、この格好なら大丈夫だろう。
持ち上げる前にヘルメットを外せないかどうか試してみるが、異様にガッチリハマっているのかビクともしない。下手に力を入れると首ごと取れてしまいそうだったので、そのまま持ち上げる事にした。
まさか、こんなところで人生初のお姫様抱っこをする事になるとは……。相手の顔すら分からないからロマンスもクソもないんだけど。
「随分力持ちなんだな。見た目より軽いとか?」
「いやむしろ重……この子がっていうより、ゴテゴテついてるパーツが重いっぽいです」
今の俺だから軽く持ち上げられるが、少し前までなら腕が悲鳴を上げていただろう。というか、持ち上げられもしないかもしれない。
こうして間近で見ると分かるが、ヘルメットもスモークのかかったバイザーが一体化してるし、バイクのものではないっぽい。良く分からない装備がたくさん付いているし、SFで見かける特殊工作員みたいだ。実はそういうトンデモ設定の人でしたという話でも、ここでなら普通に流せそう。
「君に案内した隣の部屋も同じような寝室になってるから、そこに運ぼう」
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「脈拍も呼吸も問題はないっぽい。外傷は……スーツにダメージあるけど、その下は怪我してないっぽいな」
部屋に移動して、吉田さんが聴診器のようなものを使って状態確認を行う。ヤクザ事務所にあった救急箱に色々突っ込んでいたらしく、同じ箱には何故か注射器がたくさん入っていた。
「医者でもなんでもないから、大丈夫そうって事くらいしか分からんが、多分気絶してるだけだろうな。加賀智君はなんかこの手の知見あったりする?」
「ただの営業マンなんでそういうのはちょっと」
注射器の針刺すのも無理だと思う。そんな必要はなさそうだが、点滴を用意すると言われても力にはなれない。人工呼吸の手順だって怪しい。
「そういえば、ここって病気になったらどうするんですか? 別の場所に医者がいたりとか」
「市販の医薬品や包帯はあるが、基本放置だな。これまで会った中でも医療経験者はいない。例の陰陽師の相方は坊さんだからかそれなりに知識はあるみたいだったけど」
「素人に手が出せないような病気に罹った時点でどうしようもないと?」
「そう。医学本なんかあっても素人じゃ限界はあるし、本格的な治療器具も調剤施設もないんだからそうなる。これまでは、私を含めてそこまで重篤な者はいなかったが」
深刻な問題だな。医者のいない限界集落以上に厳しい状況だ。根本的に医者がいないのだから、都市部に移動すればいいとかいうレベルの問題ではない。
しかも、短い期間の話ではないのだ。吉田さんのように十年も過ごすようなら、いずれ問題が起きるのは確実だろう。投薬でなんとかなるならまだしも、手術なんてできるはずもないし。
この子は深刻な状態ではなかったから問題ないが、治療が必要だとしても何もできないのか。
「私が危険視しているのは虫歯かな。割と本気でどうしようもない」
「あー、確かに」
気をつけていてもなるときはなるのが虫歯だ。それですぐ死ぬわけではないが、ここでは抜くくらいしかできないだろう。
俺の場合はいつの間にか虫歯も治っていたし、抜けばまた生えてきそうな気もするが。使徒の肉体万歳だな。
「いよいよ死を待つだけとなったらこの注射器で白い粉をって手もあるが、あんまり使いたくはないな。……君は白い粉に興味あったりする?」
「延々と苦痛に苛まれるよりはマシとは思いますが、薬物もちょっと……」
「まあ、そのほうが賢明だよ。持っていった人たちもいたけど、どうなった事やら」
いくら違法もクソもない場所とはいえ、薬物勧めんな。というか、やっぱりそういう用途の注射器なのかよ。拳銃といい、本当に碌でもないなヤクザ事務所。
「さて、この子も目を覚ます様子はないし、戻ろうか」
「どっちかはここにいたほうがいいんじゃないですかね。これまではどうしてたんですか?」
「私と遭遇する時点で移動できているのが普通だから、今回のはレアケースだ。まあ……手製の呼び出しボタンと書き置き残して放置かな。定期的に様子を見に来るつもりはあるけど。一応鍵もかけておこうか。ここ、外側にしか鍵穴がないから変にウロチョロされる事もないし」
「窓もないですしね」
ベッドを始め、配置されている家具が普通だから勘違いしそうだが、完全に監禁目的の構造である。実際そういう用途だったのかもしれないが。
そんなわけでペットボトルの水と呼び出しボタンを置いて、俺たちは元の給湯室へ戻る事にした。ただ屋上に行くだけのはずが、色々あったな。
鍵をかけ、給湯室に戻り一息つく。
「私自身が気付いてしまっているから言うが、彼女は多分ワケありだな。それも、多分陰陽師クラスの」
「なんかサイバーな格好ではありましたが、なにか気付いた事でも?」
どこかの侵入に失敗したエージェントといえばそれっぽいが。
「中身は分からんが、あのスーツはちょっと普通じゃない。間違っても市販品ではないし、素材も構造も分からない」
「ヘルメットに関しては同感ですが、着ているのはライダースーツか何かだと思ったんですが」
「一時期、自分探しのバイク旅行をしていたから分かるが、あんなライダースーツはないよ」
何してんだろう、この人。自分を見失いがちなのは知ってるけど。
「一切の継ぎ目が見当たらない、どうやって着るかも分からない一体型の構造。ある程度柔軟性はあっても、ハサミはおろか注射器の針も通らなかった。私の世界では作れるかどうかも怪しいが、作れたとしても相当な費用がかかるだろうし、そんなモノを一般人が着ているとも思えない。百歩譲っても軍用だろうね。どっちかといえばSFの類だ」
特に注視してなかったが、そんな事やってたのか。言われてみれば、ファスナーもなかった気がする。伸び縮みしても着るのは大変そうだ。
「幸い傷はないっぽいが、もし縫合が必要なレベルの怪我があったら大変だったな。治療のしようがない」
「治療機能付きとか?」
「SFならありそうだね。どうやったかは知らないがスーツ自体にはダメージあったわけだし、有り得るかも」
自動治療機能付きのスーツか。なんとなくだが、ガチャなら普通に出てきそうな気がしないでもない。性能にもよるだろうが、アンコモンくらいからありそうだ。
「というわけで、加賀智君には彼女が目覚めるまではここにいてもらいたいな。無理にとは言わないが」
「構いませんが、何か理由が? 発見者責任とか」
「どちらかがここに留まるなら別だが、移動するなら複数で組んだほうがいい。ある程度舗装はされていても危険だし、移動した先で何があるか分からない。一人しかいないならどうしようもないけど、組めそうな相手がいるなら話は別だ。少なくとも方針を決める材料にはしてもらいたいな」
「お互い信用できるかは微妙ですが」
「そこら辺も含めて話し合いだね」
まあ、アリと言えばアリか。本格的な移動になるか様子見かは決めてないが、通天閣には行ってみようと思っていたし。格好からして怪しいが、傍から見たら俺の怪しさはそんなレベルじゃないからお互いさまだ。
「このビルもそうだけど、空間の連結がおかしくなってるから道順を忘れると迷子になる可能性があるんだよ。下手すると戻れないから、あまり一人の行動は勧められない」
「吉田さんについてきてもらうのは?」
「正直面倒臭い。……どうしてもというなら通天閣くらいまでなら付き合うけど、ここを動きたくない」
この人の性格ならそうだろうな。出ていった人がどうなってもあまり気にしなそうだし。
「通天閣に人はいないんですか?」
「私が知る限り人は住んでいないはずだ。あそこ、不便なんだよね。目立つから目印にはいいんだけど、住むなら近くのライフライン使える住居を探したほうがいいと思うよ。どうせ空いてるだろうし」
「このビルは便利な部類ってわけですか」
「移動は面倒だけど、物資補給できる場所は多いし、ライフラインも……バラバラではあるが使えるし。不便なのはガスくらい?」
「風呂とかは?」
「ないわけじゃないが、お湯が出るのは最上階のヤクザ事務所だけなんだよね。時々変なものが落ちてるからあんまり使いたくないんだけど、仕方ないから使ってるな」
風呂入る度にヤクザ事務所にお邪魔するのか。ないよりはいいんだろうが、あんまりリラックスできそうにないな。
「水のシャワーでいいなら、ここの仮眠室に備え付けのモノがあるんけど、やっぱり湯に浸かりたいよね」
「ないならともかく、あるならそうですね」
俺の場合、ロクに風呂も入ってないわけだが、あるなら利用したい。できればお湯で。この前の帰省がなければ死活問題だったろう。
「使う場合は一旦屋上に行って、非常階段で移動するのが一番近道かな。入り口は割と分かりやすいから」
……なるほど。確かに面倒臭い。
というわけで、謎の女性が目覚めるのを待つ意味もあって風呂を借りる事にした。不思議空間の移動訓練も兼ねて一人での移動だ。
先ほど来たばかりの屋上を抜け、落ちたら助からないであろう恐怖の非常階段を使ってビルの最上階へ。場所は聞いていたので特に迷う事もなくヤクザ事務所へお邪魔する事にした。組の名前で表札もかけられているし、吉田さん手製らしい『ヤクザ事務所』という張り紙もあるから間違えようがない。実際に見てみると真横に交番があるのは違和感がすごいな。
入り口は表札以外ただのマンションだったが、中身は如何にもヤクザ事務所という感じの内装だ。ソファやテーブルを見ても、それっぽい感じしかしない。
入浴に必要なモノは置いてあるとの事だったので手ぶらでやって来たのだが、脱衣場にはタオルやボディソープなどが山積みになっていた。面倒臭がりな吉田さんらしい光景ともいえる。
「……暗い」
脱衣所もだが、浴室は電気が点かなかった。ついでに、お湯は出るが追い焚きは機能していない。生きている機能がチグハグだ。装備を外せないので< ファウルカップ >がつけっぱなしの俺の格好もチグハグだ。
用意されていた懐中電灯で灯りを確保しつつ、風呂に湯を溜めて浸かる。そんなキテレツな状況にあると、隣のヤクザ事務所から誰か出てくるんじゃないかと不安になったりする。というか、普通に怖い。
他人の家……というか事務所ではあるが、物色したいならご自由にとの事だったので、湯冷ましがてら懐中電灯を片手に色々物色してみるものの、そこまで面白いものはない。移植用の臓器とか見つかったら嫌だなとか考えたりもしたが、ヤクザの事務所にそんなモノを保管しないだろう。回収済なのか、単に場所の問題なのかは分からないが、拳銃も白い粉も見当たらなかった。謎の名簿などは見つかるものの、目を引くモノは見つからない。
字面に囚われていたが、肝心の中身がないとこんなモノなのかもしれない。
ちなみに、風呂から帰っても謎のライダーウーマンはまだ目覚めていなかった。
-3-
飯を食いつつ、再び雑談タイムに突入する。
時間帯としては深夜のはずなのだが、ここではあまり関係はない。元々、吉田さんはかなり不規則な生活を送っていたようなので、食事も腹が減ったら食べる程度の感覚らしい。
拠点ではなかなか手に入らないだろうコンビニ弁当を三つ完食したら、ちょっと引かれてしまった。燃費が良いこの体だが、入れようとすれば入ってしまうのだから、目の前にあるのならそりゃ食うだろう。なんなら、ご飯だけでも美味しく頂けるくらいひどい食生活送ってるんだぞ。
「吉田さんは普段何して暇潰してるんですか? ずっとビル内にいて暇じゃありません?」
「こんな場所なら中も外も関係ない気がするんだが」
それもそうか。店もなければ人もいないんじゃ、外出する意味はあまりない。気分転換で散歩に出ても鬱になりそうだ。
「普段やってるのは時期によって色々かな。手に入る物資にもよるんだろうが、本読んだりゲームしたり映画見たり……ああ、最近だとプラモ作ったりしてる。無駄に在庫があるから、大量の量産機を並べてみたり」
それはちょっと面白そうだった。金や場所の問題があると手が出せそうにない趣味である。普通、同じプラモデルをいくつも買ったりしないし。
仮にガチャで実現するとしたら地味に難しい趣味でもある。一つ一つなら手に入る可能性はあるが、同じモデルをいくつもというのは厳しいだろう。ガチャの場合、実物サイズのモノが出てくる可能性もあるから、確率の問題含めてもそっちのほうがいいという人はいるだろうけど。
「時間は有り余ってるから、時間がかかる趣味もまったく問題ない。むしろゲームやる時は時間かかりそうなものを選んでプレイするような有様だね。大作RPGとかシミュレーションとか」
「社会人だと時間とれないですしね。でも、ゲームやるにもネットに繋がらないのは痛くないですか?」
「元々そんなに対戦プレイしたりはしないから、そこまでは気にならないな。修正パッチは欲しいが、現物があればプレイできないって事は……まずないし、Wikiが見れない制限も割といいアクセントになる」
二号が愚痴を言ってるプレイ環境みたいなものか。そもそもネットに繋がらないのなら、余計な情報が入らずに気にならないのかもしれない。
とはいえ、修正パッチ当てないとまともにプレイできないゲームもあるから一概には言えない。最近は時々……いや割と修正パッチ前提のゲームもあるし。
「あ、ひょっとしてVHSの再生環境があったりします?」
「ほとんど使わないけど、一応あるな。何か見たいものがあったとか」
「……見たいものを持ってきてないんですよね。なんてこった」
「ここだと見たいものが手に入るとは限らないから、もどかしいんだよね」
言わなきゃ伝わるはずもないんだが、俺が悔やんでるモノはここで手に入る事はないだろう。多分、ガチャ製の作品だし。
実家に行った時の教訓から、どうせ見る時間はとれないだろうと交渉用の物資を優先してしまったのだが、こんな事なら< 夢の再現デスマッチシリーズ 力道山 VS ウサイン・ボルト >を持ってくるべきだった。
何故俺はこんなにタイミングが悪いんだ。< 魔法の鍵 >がない時と同じようなもどかしさを感じる。
「ちなみに、ベータもレーザーディスクもあるし、家庭用ゲーム機もほぼコンプリートしてる。音響もそうだが、自由に空間が使えるが故のメリットだ」
現代の住環境だと厳しいものがあるな。専用のシアタールームが必要だろう。その点、ここならなんの気兼ねもなく機器を設置できる。
リッチな生活で豪遊しているようにも感じるが、一方で風呂は遠く、医者にかかれないなどのデメリットも多数抱えているというアンバランスな生活だ。吉田さんは当たり前のように順応してしまっているが、人によっては生活するのは厳しいだろう環境だ。精神を病みそう。
「尤も、環境整えるだけで満足してしまって、あんまり活用してないんだがね。こういうのは変換用の機器も含めて接続するところまでが本番な感じはあるな」
「なんとなく分かります」
こういう話をしているとウチの拠点にもシアタールームやゲーム専用部屋が欲しくなってしまうから困る。どう考えても風呂やまともなトイレが先なんだが。
ちなみに吉田さんの好むジャンルは和製RPGらしいので、俺の趣味とは合致しなかった。タイトル言っても『名前は聞いた事ある気がする』とか、どこ行ってもこんな感じである。肩身が狭い。
「そういえば、例の陰陽師について詳細聞かせてもらっていいですか? 今後の方針決めるにも必要だと思うんで」
「ああ、そうだな。普段は思い出さないようにしてるから忘れてた」
「どんだけ嫌いなんですか」
「天敵だな。広島人と大阪人がお好み焼きについて分かり合えないのと同じだ」
「微妙に納得できるたとえなのがまた」
彼らは絶対にお互いを認めない。たかがお好み焼きにどうしてそこまでというレベルで口論を始める。大阪は広島を見下し、広島は大阪に噛み付き、エスカレートするとそれ以外の事でも言い争いを始めてしまう。きっとその地域出身者同士でないと理解できない何かがあるのだろう。ちなみに、もんじゃの話題を振ると双方から鼻で笑われる。そんなところばかり仲がいいのだ。
最初に遭遇したのは会社の飲み会だったのだが、神奈川出身の俺には完全に理解不能だった。ちなみに、埼玉出身らしい吉田さんもこだわりはないらしい。
「奴らがどんな世界からやって来たか、詳しくは知らない。だけど、会話の中に妖怪などの話が出てきた事から、そういうオカルトが一般的な世界ではないかと思っている。なんか鬼退治とかした事があるらしい」
「また時代錯誤な。実は昔の人だったりしませんかね?」
「西暦二〇二〇年から来たと言っているから現代なんだろうね。元号は令和でも平成でもなかったけど。ちなみに、私の元世界は令和二年だ」
結構違いがあると思っていた吉田さんの世界でも元号は同じなのか。
「実を言うと、令和二年から来ている者は多い。平成が続いてたりするところもあったが、八割くらいは同じ元号の日本から来た者たちだった。多分、そういう近しい世界が集まる傾向があるんじゃないかと思うが、君のところも似たようなものじゃないのか?」
「そうですね。令和二年です」
「奴らはそんな中にあってかなりの例外だろう。話を聞くと色々ビビるぞ。なんせ、明治維新が起きてないっぽい。薩英戦争の島津よろしく、黒船を追い返したそうだ」
「んな無茶な」
アレは島津さんちだからこそできた芸当じゃないのか。江戸時代末期の関東がそんな修羅ばかりとは思えないんだが。あ、でも吉田松陰は密航しようとしたんだっけ。
「結局段階的な開国はしたようだが、色々やってる内にアメリカは南北戦争に突入したらしく、条約も結んでいないらしい。幕府も多少長続きしたみたいだな。会話の中から断片的な情報を拾い上げて繋げただけだが、奴らの世界はそういうまったく違う歴史を辿ってきたっぽい。陰陽師が制度として廃止されたかどうかは良く分からないが、まああの感じだと残ってるんだろうね」
制度が残ってなくても、鬼がいてそれを退治できるなら陰陽師名乗ってもいい気はするんだが。
「吉田さんと合わないのは、そういう価値観の違いが原因とか」
「いや、単なる性格の不一致だ」
複雑な背景があるかと思ったが、割と単純な話なのか。
「吉田さんって、あんまり人の性格について気にしなそうな印象を受けるんですが」
「確かに他人がどうだろうと表面上の付き合いなら問題ないんだが、世の中には自分の価値観をゴリ押ししてくる奴がいるんだ。そういう輩は極めて相性が悪い。しかも、絶対に自分が正しいと信じてる奴は最悪だ」
「ああ、その手の人ですか」
「人生投げ捨てた駄目人間が正論で動くはずはないのに、それを分かろうとしない。そういう奴が語る言葉はひどく鬱陶しく、苛立つんだ」
何もしなければ死ぬと言われたらそのまま死ぬ人だからな、この人。なるほど、絶対に合わない。限界まで内に溜め込むタイプなのに、はっきり嫌うわけだ。
「だから絶対に協力などしない。勝手にここを利用したり、何も言わずに記憶を抜いていくのは諦めるにしても、私から自発的に何かをする事はないな。……どうだ? 小さい人間だろ、私は」
「ノーコメントで」
駄目人間なのは間違いないが、吉田さんの異常性を垣間見てる身としては、単純に小さな人間とは思えないのも確かだった。少なくとも凡庸ではない。
「まあ、私が嫌っているというだけで、大多数にとってどうかは知らないがね。あの若さを好ましいと感じる者も多いだろう」
俺は……どうだろうな。職業柄、余程ひどくなければ対応できるつもりではあるが。性格はともかく、情報抜かれるのが非常にネックだ。
「ただ、元の世界に戻るつもりなら、ほぼ唯一と言っていい手がかりである事も確かだ。会ったからといって戻れるとも限らない……というか多分帰れないんだが、会うかどうかは君が判断するべきだ。……特別な隠し事のない完全な一般人というなら問題はないが、あの屋上の構造物を見る限りそういうわけでもないんだろう?」
「まあ、そうですね」
相手がどんな情報を必要としているかは分からないが、世界を移動できる相手に無警戒に情報を垂れ流していいとも思えない。できれば神様の判断を仰ぎたいところだが、それができるならそもそも会う必要もないし。
「平行世界故の些細な違い……元号だったり、コロナが発生してないとかオリンピックをやってたとかなら別に気にするような事はないんだけどね。たとえば、平行世界の私がどんな事をやっていたのかなんて喋ったところで奴は興味を示さないだろう。いや、私自身もあまり興味はないが」
「……それは断固黙秘します」
「え、それを?」
あまりに意外だったのか吉田さんは目を見開くが、それはかなり秘匿しなければいけない情報だろう。陰陽師相手はともかく、本人には間違っても言えない。
「重要かって言われると困りますが、俺は言いたくありません」
「どれだけ没落してても……それこそ死んでても気にしないんだがな……まあ、いいか」
それどころじゃないから言えないのだ。いくら駄目人間でもショックが大きいだろう。ウチの吉田さん的にも言ってほしくはないだろうし。
いや、むしろそれで新たな性癖に目覚めてしまうという可能性も……いやいや、俺が関わりたくない。
「ちなみに、その陰陽師さんはどれくらいの頻度でここを訪れるんですか? 別の場所を見に行ってすれ違うって可能性もありますよね」
「そりゃ確実にって話なら、ずっとここにいるべきだろうが。頻度としてはここの体感時間で二、三ヶ月に一回ってところかな。実は一週間くらい前に来てるから、次来るのは結構先だと思う」
「ここの体感時間でってところが問題ですよね。たとえば通天閣くらい離れるとどれくらい違うもんなんですか?」
「通天閣あたりだと大体ここら辺の倍くらいかな。ただ、距離に比例して体感時間が早くなるっていうのもただの傾向で、更に向こうでは場所によって早かったり遅かったりとバラバラって話だ。というか、ここだって完全に一定の速度かどうかは分からない。実際の時間に同期した時計なんかがあれば調査も捗りそうだけど、そんなものはないから体感での自己申告になるし」
時刻同期のサーバーなんかあるわけないし、腕時計を持ってても自分と同じ時間を刻むんじゃ比較は難しい。そして、この空間で生きる人たちにはあまり影響のない調査だ。
となると、単純に通天閣方面に行けば神様たちの監視にかかるって話でもなさそうだ。
「ここを出た人が戻ってくる事はあまりないから、そういう情報は足りてないんだ。案外、近くに帰還用の出口があったりするのかもしれないけどね。ここを出られたところで、その先が元いた世界とは限らないけど」
そりゃそうだよな。出口があったとしてどこどこ行きなんて書いてあるはずもないし。どこでもいいから、とにかくこの空間から離れたいっていうならそれでも問題はないが。
うーむ。今のところ、自力で抜け出せる気がしない。
-4-
その後、大量に脱線しつつ質問を繰り返していると、突然携帯電話のバイブのような音が鳴り響いた。
「お、目が覚めたみたいだな」
どうやら例の女性のところに置いてきたブザーの反応らしい。
いよいよ彼女が工作員かどうかの謎が明かされてしまうのかと期待しつつ、寝かせていた部屋へ向かったのだが……。
「ありゃ、鍵が壊されてるな。どっか行っちゃったみたいだ」
「行っちゃったみたいだって……え、結構まずいのでは?」
なんでこの人こんなに落ち着いてるんだ。というか、鍵壊して脱出するのになんでわざわざブザーを鳴らしたんだ。
「しょうがないな、探すか。……ちょっと急いでエレベーター見てきてもらっていいかな。このタイミングなら乗ってたら動くはず」
「えーと、こういう時に単独行動はまずいような……」
「そう言われればそうかもね……あっ……」
その瞬間、俺の背に何かが突きつけられたのを感じた。
「動くな」
機械で変換したらしき声で警告される。
馬鹿な。油断なんてしてなかったはずなのに、背後をとられたのか。こうも簡単に? 自分で言うのもなんだが、今の俺相手にそんな事ができるのはよっぽどだぞ。
「余計な行動をとったら撃つ。そっちの男は部屋に入ってドアを閉めろ」
この要求に、吉田さんは若干の困惑を見せ、頷き、後ろへと下がった。ドアが閉められ、通路には俺とライダーウーマンだけが残される。
突然の大ピンチである。
「質問だ。まずここはどこだ。旧新宿からどれだけ離れた」
「旧? ……新宿じゃないが、正確な場所は分からん」
というか、誰にも分からんだろう。
「なら、お前たちは何故こんなところにいる」
「向こうの吉田さんはここに住んでる。俺はあんたと同じでさっき流れ着いた」
「流れ着いた?」
「信じられないだろうが、ここは世界の狭間とかいう良く分からない場所らしい。あんたはこのビルの屋上で倒れてたんだ」
「…………」
長い沈黙が訪れる。我ながら無茶苦茶言ってると思うが、そうとしか言いようがないんだ。くそ、まさかの死亡帰還ルートなのか。俺はともかく吉田さんも殺されるんじゃ。
「随分流暢な日本語だが、まさか日本人か?」
「は? そりゃ日本人だが。加賀智弥太郎、26歳、神奈川出身だ」
「証明するものは?」
「そんなものはないが……」
「市民IDなら暗唱できるだろう?」
「そんなIDはない。別の世界の話をされても困る」
「……何を言ってるんだ」
「俺にも詳細は分からんが、ここは色んな世界の隙間にある空間らしい。俺のいた日本じゃ市民IDなんて発行されてない」
マイナンバーなら発行されたが、暗唱できるやつなんてあんまりいないだろう。少なくとも俺は分からん。
「意味が分からん」
「とりあえず俺たちはあんたの敵でもなんでもないし、ここはあんたのいた日本でもない。疑うならそこら辺の窓から外を見れば一発で理解できない事が理解できる。不思議空間に建物だけが浮いてるんだからな」
「…………」
「言っておくが、部屋に鍵かけてたのだってそういう意味不明な光景見て混乱しないようにっていう吉田さんの配慮だぞ。監禁するつもりならそれだけで放置しないだろ」
半壊してるとはいえ、ここには牢屋だってあるんだから。
「……分かった」
背中に突きつけられた感触が消えた。
「おかしいとは思ってたんだ。旧新宿の施設にいた連中ならありえない。日本人な時点でありえないんだから」
「あんたの話は良く分からんが、分かってもらえて何よりだ」
何を言っても聞かないようなタイプじゃなくて助かった。思ったよりは素直なのか、内容はともかく話は通じるみたいだ。
「ごめんなさい。あまりに想定外の状況だったので」
「いや、しょうがないと思うぞ。正直、俺も良く分かってないし。とりあえず相互理解のために会話から始めたいところなんだが。……とりあえず名前くらい聞いても?」
「そうですね。……失礼」
背後から空気の抜けたような音がした。それに反応して思わず振り返ってしまったが、見るとライダーウーマンがヘルメットを脱ぐところだったらしい。そして、その下から現れた顔は……。
「……九十九?」
「え?」
髪こそセミロングだが、九十九姉妹とまったく同じ顔の少女だった。
俺の反応に警戒したのか、再び銃のような何かを突きつけようと動き出す。
「いや悪い、知り合いに似てたんだ。まさかそんな偶然……いや、平行世界の関係者っていう可能性もあるのか」
吉田さんがいたのだ。九十九がいる可能性だってなくはない。……そんな偶然あるのか? いくらなんでもレア過ぎないか? 天文学的確率ってレベルじゃねーぞ。
「その知り合いの名前は? どういった関係ですか?」
「説明は難しいんだが、おんなじ顔した九十九って名字の奴が十三人いたんだ。俺が会ったのはその内、九十九花、待雪、柚子の三人だけだが」
「十三人……お姉様……?」
「その呼び方……」
マジで九十九姉妹の誰かなのか。どんな確率引き当ててるんだ、俺。
「まさか、みんなはここに? 無事なの!?」
「あー、すまん。無事は無事だが、ここにはいない……というか、この狭間の空間にはいない。詳しく説明すると長くなるんだが……」
いきなり過ぎて何から話せばいいものか分からない。というか、ここで色々話すと吉田さんに怒られそうな案件なんだが。
「そう……あ、ごめんなさい、私は九十九桜といいます」
「ひょっとして、あの東京からここに飛ばされたって事か? それなら俺の名前くらい聞いてそうなもんだが」
どんな偶然かとは思うが、あの東京が無人になった理由がそういう世界を移動する類のものだとしたら、そういう事もあるかもしれないと思い至る。
「私はあなたを知らない」
……しかし、事態は少し異なるらしい。
そうだ、いきなりでうまく頭は回っていなかったが、この子の反応は色々不自然だ。あの東京にいたのならあり得ない。これではまるで……。
「だって、私は転送機に乗っていないもの」
その目は、俺ならそれで理解できるという意志が込められているように感じた。そしてそれはあながち的外れでもない。
……この子は、まさかの十四人目なのか。
増えた。(*´∀`*)





