第三十一話「再び異世界へ」
やたら強いモブ夫。(*´∀`*)
[ エクスプローラーカードについての回答 ]
開示可能な情報をまとめたので確認して下さい。
そんないつもとちょっと違う形式で、モブ夫……というかユニット/サーヴァント/エクスプローラーカテゴリカードについての回答が返ってきた。
以前の回答内容と差があるのはおそらく実物カードの保有。これまでも何度か質問していたはずだが、実際に手に入れた事で詳細を公開できるようになったのだろう。
実際の回答は如何にもマニュアルを転記しました的な無味無臭のものだったが、まとめてみれば以下の通りだ。
ユニットカードはカテゴリごとに異なる特性を持つ。
特にサーヴァント/エクスプローラーのカードは多くの独自性・独自ルールを持つため、ある程度システムに慣れる第五層の攻略がされるまでは排出されないという制限もあったらしい。
彼らは専用の装備スロットを持つ。ルームカードのように追加スロットを持つカードは多いが、その数は群を抜いて多い。
アンコモンでイクイップゾーン×2/スキルゾーン×1
レアでイクイップゾーン×2/アーマーゾーン×1/クラスゾーン×1/スキルゾーン×1
ハイレアでイクイップゾーン×3/ウエポンゾーン×1/アーマーゾーン×2/クラスゾーン×1/スキルゾーン×1
スーパーレアでイクイップゾーン×3/ウエポンゾーン×1/アーマーゾーン×3/クラスゾーン×1/スキルゾーン×2/パッシヴゾーン×1
ウルトラレアでイクイップゾーン×4/ウエポンゾーン×1/アーマーゾーン×4/クラスゾーン×1/スキルゾーン×2/パッシヴゾーン×2
と、レアリティが一つ上がるだけで別格のイクイップゾーンを備えるようになる。加えて、クラスゾーンに設置して得た場合、クラスは通常の補正しか得られないが、強化合成によりクラスを得ると更にイクイップゾーンは増加する。また、レアリティによる能力の補正も大きく、更に装備可能なカードはユニットの同一レアリティ以下に限定されるため、ユニットのレアリティは極めて重要なステータスと言えるだろう。
レアリティ自体を上げる手段はなく、たとえあったとしても相当な例外処理である事は容易に想像がつくため、排出された時点で将来性が決まる残酷なパラメーターだ。モブ夫は超勝ち組。
こうなると、たとえ合成強化できない環境でもより高レアリティのカードを狙う必要が出てくる。アンコモンで強化可能な一枠程度ではレアリティ一つの差すら超えられない。
ただし、プレイヤーと異なりダンジョン内で死亡すればカードごと消滅する上、イクイップゾーンにセットしたカードも失われる。その事から、高レアリティのユニットカードは、運用に注意が必要となるわけだ。
ちなみに、これはあくまで汎用カードの仕様である。これがユニークカードになるとまた違った仕様になるそうだが、基本的に同レアリティの汎用カードよりも弱いという事はないらしい。
細かい仕様については神様たちもそうなるよう設定したという以上の事は分からない。異世界の存在を再現した者か、あるいは単にユニークであるだけの者かは関係なく、独自色が極めて強く反映されるはずとの事。
結論として、モブ夫は汎用ユニットではあってもかなり高性能なユニットである事は間違いない。ハイレアなんてレアリティの時点で、基本性能はそこそこ高く、装備の枠は多く、同じハイレア以下のカードは制限なく装備できるのだから現時点なら制限なんてないようなものだ。
ぶっちゃけ、今の階層で運用するなら反則に近い。ただし、過度に頼ると失った時にえらい事になるという問題もあるから、ユニットの人数に余裕ができるまでは危険な運用は避けるべきだろう。
モブ夫がいないと攻略不可能な難易度の層に足を踏み入れる事は緩い自殺行為に繋がりかねない。ある程度余裕を持った運用が必要だ。
ゴブリンが一人でダンジョンに入れた事からある程度想像はついていたが、実はモブ夫も俺なしでダンジョンに入る事ができる。フリーゾーン枠がないからフライングバインダーを組む前提となるが、カードを回収してくる事もできるようだ。第一層でゴブリンチケットを枠一杯まで回収して帰還陣で戻って来い、なんて命令にも対応してくれるらしい。
俺が到達していない層に行く事はできないため、結局は俺自身の攻略も必要となるが、俺が寝ている間に探索してもらうというプレイすら可能だ。
こういった利用方法もロストの危険を考えるなら注意が必要だろう。いくら強いからといって、事故が絶対にないわけじゃない。ただでさえ理不尽の塊で、神様ですら想定してないようなバグじみた存在まで出現するようなダンジョンだ。一回死んだらアウトなモブ夫を単独でダンジョンに行かせても、もしを考えたら不安で寝れないだろう。
失っても構わないほどにユニットカードやイクイップカードが余りでもしない限り、俺の手を離れての探索は怖過ぎる。たとえ、現時点で俺より強くてもだ。
ダイナミック自殺をさせてしまったゴブリンの経験がなかったら違う考えに至ったかもしれない事を考慮すると、あの経験が重要だった事が良く分かる。ありがとう、名前もないゴブリン。
-1-
「それで、そのまま帰って来たと」
「いや、第六層は攻略したぞ」
ちなみに第六層のボスは無駄に巨大なゴブリンで、デカ過ぎて身動きとれずにいた奴をチクチク攻撃して倒した。意外にタフではあったが、まさかのノーダメージだ。
そして、撃破ボーナスはまさかの< ヒューマン >である。アンコモンのユニットで強化のさせ方次第ではあるが、現状では完全なるモブ夫の下位互換である。多分、ここら辺でパーティプレイが始まる事を想定していたのだろう。
というわけで無事第六層を攻略した俺たちはそのまま拠点へと戻ってきたのだ。今は後片付けも終わって一段落したところで、活躍し過ぎたモブ夫もカードに戻っている。
「モブ夫が悪いわけじゃないのは分かるが、更に進むにはちょっと気力がな……」
「宿敵を倒されてしまったわけだから、不完全燃焼というのは分からんでもない。デンジャー桃太郎の六巻でも似たような場面はあったしな」
「別に宿敵じゃないんだが」
理不尽でムカつく奴ではあったが、別に恨みもないし特別なエピソードもない。ディディーのほうが因縁めいている気がしないでもないが、どちらにしても宿敵とは呼びたくなかった。
とはいえ、不完全燃焼だったのは間違いない。
「損したわけじゃないし、まあいい。九十九世界を再訪する前に倒せればいいな的な目標だったのにも拘らず、達成できたのも確かだし」
これで、なんの憂いもなく九十九世界に行けるというものだ。その後の事はその後考えよう。
十層くらいならこのまま攻略できる気もするが、ロストの危険性を考慮して極力慎重に慣れた上で挑戦だな。新しく手に入れたユニットの運用も検討しないといけないし。
「一回寝れば多分チャージも終わるから、それから準備して……って、そういえば、ピックアップとミッションの確認してないな」
ノリで第六層に突っ込んでしまったが、すでにピックアップは切り替わっているのである。
ミッション機能が追加されているかどうかは確証がないものの……いや、追加されてるな。ウインドウのバナーに表示されていた。
[ ミッション機能プレリリースのお知らせ ]
● 今週から日次、週次、月次でクリア報酬の発生するミッションが発生します。
指定の目標を達成した場合、自動的に達成扱いになりますので、ミッション内容を確認の上、挑戦してみましょう。
尚、プレリリース期間のため、難易度・報酬は下方修正されています。
< デイリーミッション >
報酬:ノーマルチケット×1
指令:十連ガチャを回そう!
詳細:ガチャ種別は問わず、十連ガチャを一回利用する。
残り時間:11:21
< ウィークリーミッション >
報酬:質屋『ロストの質流れ』( コモン ベース/ライフ )
指令:異世界に行ってみよう!
詳細:この世界ではないどこかへ旅立ち、帰還する。移動先、移動手段は問わない。
残り時間:6日11:21
< マンスリーミッション >
報酬:アーマーゾーン枠拡張×1( アンコモン イクイップ/システム )
指令:< 修練の門 >第十層を攻略せよ!
詳細:< 修練の門 >第十層ボスを撃破する。ボスを撃破せずに第十一層へ移動した場合は達成扱いとしない。
残り時間:29日11:21
< スペシャルミッション >
報酬:ブロンズチケット×1
指令:< 修練の門 >を進軍せよ!
詳細:プレリリース中、< 修練の門 >の攻略層を更新するごとにブロンズチケットを進呈。すでに攻略済の層は対象にならない。
残り時間:明日からプレリリース終了まで
「如何にも俺向けのプレリリースって感じの内容だな」
異世界を前提にしていたり、一週間以内にそこへ行けとか言ってたり、色々汎用性のない内容だ。今後このシステムを利用する後輩ができるかは知らないが、プレリリースの名の通り、ここら辺は少しずつ調整していくのだろう。
とはいえ、俺専用のミッションと考えるなら問題はないし、難易度もお試し用といったところだ。現在目標としているものをそのまま達成すれば、それだけで単純に報酬が追加されるっていうのは正直ありがたい。あえて言うなら十層の攻略に時間制限がついたわけだが、これはあくまで任意であってノルマってわけでもないしな。
本格的な内容と報酬はプレリリース後って事になるんだろうが、今回でも一応打診したゾーン追加には触れている。アーマーゾーン一枠とはいえ、確定でそれが増えると前もって分かるのは安心感が違う。
ただ、スペシャルミッションはたった今第六層を攻略してきた俺に対する嫌がらせだろうか。元々ない報酬といえばそうなんだが、明日からだから一枚損した感じになってモヤモヤする。合成始めて以降アンコモンを重視しているから、ブロンズチケットは欲しいのに。
というわけでデイリーミッションを消化するために早速十連……といきたいところだが、実はちょっと前からスキルピックアップが開始している。先にその情報を確認しておきたい。
[ スキルピックアップイベント限定カード ]
< 四元槍 >
レアリティ:レア
強化値:★★(効果時間+/発動速度+)
対象・効果範囲:前方一直線
発動条件・制限:任意発動
分類:スキル/アクション/射撃魔術
解説:《 ファイア・ジャベリン 》、《 アース・ジャベリン 》、《 サンダー・ジャベリン 》、《 アイス・ジャベリン 》の四種類を発動可能な魔術セット。
任意で発動魔術を選択可能。
< 騎士の誉 >
レアリティ:ハイレア
強化値:★★★(正々堂々/決闘の極意/プライド)
対象・効果範囲:自身
発動条件・制限:受動発動
分類:スキル/パッシヴ/心得
解説:騎士剣、全身鎧の装備性能に大補正。騎士クラスの場合は追加で筋力の補正を受ける。モンスターの敵対心が上がりやすくなる。
< シフトチェンジ・サモン >
レアリティ:スーパーレア
強化値:☆☆☆☆
対象・効果範囲:ユニット
発動条件・制限:任意発動
分類:スキル/アクション/召喚魔術
解説:ユニットゾーンのカードとフリーゾーンに存在するユニットを入れ替える魔術スキル。双方のゾーンに対象となるカードが存在している必要がある。
< 五行相剋・極 >
レアリティ:スーパーレア
強化値:★★★★(魔術属性強化/天の理/地の理/魔力活性)
対象・効果範囲:自身を中心とする範囲
発動条件・制限:受動発動
分類:スキル/パッシヴ/魔術補正
解説:陰陽五行に属する魔術スキルの効果・範囲・持続時間極大アップ。追加効果の強化。フィールドの優位補正を強化。
< スキルリチャージャー・ハイスピード >
レアリティ:レア
分類:ベース/ライフ/供給設備
強化値:★★(追加ゾーン++/チャージ速度強化++)
追加カードゾーン(スキル):[ ]+[ ][ ]
解説:スキルカードのリチャージ時間を短縮するための施設。
このカードはゾーンが二つ追加されているため、同時に三つのスキルカードをセットする事ができる。
このカードはチャージ速度が二段階強化されているため、通常の四倍の速度でチャージが完了する。
「あれ、ユニークじゃない?」
ピックアップニュースを見てまず気になったのはそれだった。ピックアップされているカードはどれも強力なモノっぽいが、これまでのようにユニークではない。
良く考えてみればABマンの必殺技らしき< ABパンチ >でさえユニークではないのだ。セットするだけで使えるスキルにユニークもクソもないのは分からんでもない。
あとイーリス関連のカードもないな。なくても別に困りはしないのだが、急に出てこなくなると死んだのではと気になってしまう。会った事もないのに。
内容については、多分どれも強力なんだろうなという感じだ。今の俺に限定するなら< 四元槍 >か< スキルリチャージャー・ハイスピード >あたりが即戦力として使えそうだな。将来的には他のも役に立ちそうではある。
「とはいえ、限定ピックアップはロクに当たらないんだよな」
「元々そういうものだと思うが」
「世の中には、ピックアップされているカードをすべて当てないといけない病気の人たちが多いんだよ」
「難儀な話だな」
まあ、ソシャゲのガチャの場合は種類も限られているから俺とは違うわけだが。たとえこのガチャが金で回せるものだとしても、コンプを目指そうと考える奴はいないだろう。こうしてピックアップされている限定品くらいなら出るまで回す人はいるかもしれないが。
チケットが限られている以上、俺にその手は使えないし、そもそも当たる気がしない。< 負け犬 >を当てている以上、絶対に当たらないというわけではないが、たくさん回してて当たったらラッキー程度の認識のほうがいいはずだ。今回にしても絶対に欲しいってほどのものはないし。
むしろ、こういうのもありますよ的に紹介されている参考例のほうがお手頃感があって物欲を刺激される。それはスーパーカーとファミリー向け高級車の関係に似ているのかも知れない。
「できれば遠距離攻撃可能なスキルが欲しい」
「< ファイアボールの魔導書 >では?」
「アレは消費MPが重い上に、専用枠持ってないサブウエポン扱いなのがな。そこまで威力なくていいから、牽制に使えるものがいい」
もちろん火力があるにこした事はないが、それよりも利便性を重視したい。まあ、攻撃だろうが回復だろうが能力強化だろうが汎用性が高ければ出番はありそうだ。今現在使い勝手が悪いと感じているモノも、実は使い方次第な気もするし、そもそも枠がないという問題が大きい。スキルだって余裕はないが、イクイップはもっとだ。
俺自身ではなくユニットに持たせてもいいだろう。< 見習い魔術士 >を合成すれば< ヒューマン >にもスキル枠が追加されるような気もするし。
「どの道、今はゴブリンチケットの十連しか回せないし、なんか使えそうなモノが出たらラッキーって事で、本格的に挑戦するのは九十九世界から帰って来てからになるな」
「六層まで行ったのに?」
「……使えそうなノーマルカードを持っていったからそれで枠がとられたんだよ」
結局使わなかった< 魔法の鍵 >を始めとして、ひょっとしたら使うかも的なカードは多い。いざという時のための準備は必要だから枠をとられるのは仕方ないにしても、まだその匙加減が上手くいってない感じだ。
ついでに、第六層で出たカテゴリチケットと交換でゴブリンチケットを捨てたりもしてるので、今回せるのは十連一回だけなのだ。
カテゴリチケットも結局同種十枚には程遠く、単発で使う気もないと誓ったばかりだ。有り得るとすれば、余剰分のゴブリンチケットを使うくらいか。あとはボスから出た二枚目の< ゴブリンチケット+ >。とはいえ、単発でも回し始めるとキリがないのは目に見えているので自重だ、自重。
-2-
というわけで、ゴブリンガチャ十連スタートである。
< パック焼酎 コモン ノーマル/アイテム >
< 北京市の水道水 コモン ノーマル/アイテム >
< アイス・アロー コモン スキル/アクション >
< フルーツゼリーバラエティセット コモン ノーマル/アイテム >
< ピンホールカメラ コモン ノーマル/アイテム >
< 野菜の種 アンコモン ノーマル/アイテム >
< リアルおしゃぶり コモン ノーマル/アイテム >
< 東京2020オリンピック金メダル コモン ノーマル/アイテム >
< ニーハオトイレ コモン ベース/ライフ >
< 意識高い系 コモン スキル/パッシヴ >
「……ん?」
思わず二度見してしまったが、それは確かにあった。直前に当たったらいいな的な会話をした攻撃魔術スキルだ。絶対に飲みたくない< 北京市の水道水 >の次に隠れるようにして排出されている。
「ほう、珍しいな。御主人様が狙ったものが出るとは」
「え、マジで?」
物欲センサーはどこに行ったのだろうか。まさか、そんなモノは迷信だと言いたいのか。
レアリティはコモンだから決して珍しいモノではないのだが、魔術初心者の俺にとっては使い易い入門用スキルとして扱えるだろう。もう一つのスキルである< 意識高い系 >は良く分からんが。
「待望のトイレも出たようだし、何気にいい内容ではないか?」
「……ニーハオトイレってのは気になるが、野グソよりはいいよな」
「御主人様はニーハオトイレというのが何か知ってるのかね。中国のトイレという事か?」
「ニーハオできてしまうトイレだ」
要は中国の公衆トイレの事だから、リョーマの言っている通りではある。ただし、公衆トイレであるにも拘らず壁がなかったり、あっても敷居が低かったりするプライベート感ゼロのトイレなのだ。
現在もあるかどうか……多分残ってはいるだろうが、日本人の感覚だとちょっと使いたくない代物ではある。とはいえ、農園にいたして埋めるよりは遥かに文化的だろう。イラストだと便器が二つ以上設置されているように見えるが、誰かと一緒に使うわけでもなし。
……一応水洗っぽいが、紙は流せるのだろうか。
相変わらず異様にリアルで赤ん坊が泣きそうな< リアルおしゃぶり >のような意味不明なモノもあるが、全体的に見て結構いい感じだ。
金メダルは、使い道なくてもいいから実際に授与されたものとかじゃない事を祈る。せっかくあんな暑い中頑張って世界一になったのに、紛失したらさすがに選手も困るだろう。帰国したら紛失してましたなんて事になったら、自国のマスコミに吊し上げをくらいかねない。
「良く分からないのが< 野菜の種 >だな。ちょっと優先で鑑定に回してくれ」
「承知した」
絵柄だけみるとただの種なのだが、何の種か分からない。しかもアンコモンという違和感の残る一品だ。ひょっとしたらなんかすごい種かもしれない。
ピックアップの影響っぽい< 意識高い系 >も気になるといえば気になるが、多分< 闘争心 >的な精神補正スキルだろうから後回し。
「そういえば、< 武装実験場 >の鑑定も終わっているのだが、ちょっと気になる事が」
「……ああ、探索中に気付いた。アレ、枠持っていないカテゴリだろ」
一〇〇連で数が多かったからか、ベース/エリアなんてカードを持ってないゾーン枠がすでにあるからなのか、見事にスルーしてしまっていたのだが、モブ夫こと< ヒューマン・ファイター >に続いて鑑定に回した< 武装実験場 >はベース/フロアという未知のカテゴリだったのだ。探索中に不意に思い出して首を傾げてしまった。
とはいえ、専用枠がないだけで上位ゾーンであるベースゾーンにセットすれば普通に使えるはずだ。用途によってはますます枠が圧迫される事になるな。
< 武装実験場 >
分類:ベース/フロア/小規模屋内実験場
レアリティ:アンコモン
強化値:☆
追加カードゾーン(ユニット or インテリア):[ ]
解説:装備の使用実験を行うための施設。このフロアでは武装の耐久は即時回復する。追加カードゾーンにセットしたカードは造形を似せたかかしとなり、耐久値の減らない攻撃対象として使用可能。
攻撃ごとに対象へのダメージ量を測定・出力する機能を持ち、簡易ではあるが戦闘訓練を行う事もできる。
と思って鑑定済のカードを見てみれば、極めて真っ当で有意義な施設だった。俺自身は元よりモブ夫の戦闘能力の測定にも使え、おそらくだがユニットとの対人戦も可能と、珍しく突っ込みどころのない施設といえるだろう。
「なんていうか、すごく真っ当だ」
解説を見てもおかしな部分がない。いや、分かっているんだ。変なカードは多くが、それは目立ちはしても少数派であって、全体的に見れば普通なカードのほうが多いのだと。
大量にいる消費者の中で不満や文句ばかり言ってくるクレーマーが目立つのと同じ理屈だ。
「これなら、別に枠を圧迫したりはしないか」
「御主人様がいる時にしか使わなそうだから、そこまででもないだろうな」
何かのテストをする時だけセットすればいい。< かんてい >や< ぼっち食堂 >のようにチャージが必要な処理もない。
「トイレもそうだが、この手の施設はできれば常設したいよな。いちいちセットし直すのが面倒くさい。……で、さっき言ってた気になる事ってのは?」
「ああ、以前拡張されたまま使っていないベース/エリアの枠だが、ここに< 武装実験場 >をセットできないだろうか」
「カテゴリが違うわけだが」
「まあ、試しに」
と、思ったのだが、試してみたらセットできてしまった。壁に見た事のないドアが出現している。
「え、お前、なんで気付いたんだ? というかなんで置ける?」
「ルーム、エリアときて、その間っぽいフロアが出たから、ひょっとして大は小を兼ねるのではないかと思ってな」
「って事は、ルームカードも……」
試してみれば、当たり前のようにルームカードも置けてしまった。てっきりエリアカテゴリのカードしか置けないと思って空にしていたのだが、変な固定観念があったって事か。
「全然気が付かなかった」
「不都合はないが、損をした気分になるな」
この件について質問フォームで詳細を確認してみると、回答はすぐに返ってきた。ルーム、フロア、エリアと順にサイズが大きくなり、より大きなサイズのゾーンであればカードをセットできるらしい。
そういえば、九十九世界に行く直前に二号が言っていた。
『ちなみに、そこに置けるのは部屋よりもサイズの小さなものだけだからね』
「< スモールルーム >自体は?」
『駄目』
あれは< スモールルーム >に関してだけの仕様かと思っていたが、このベースカテゴリ全体の仕様も含めての事だったのだろう。
あの時はルームカードしかなかったから、より小さなインテリアやライフなどのカードしか設置できないという意味にしかならないが、より大きなサイズであれば上位互換に成り得るという事なのだ。
なんで気付かなかったかといえば単に質問忘れ、検証忘れなわけだが。
「って事は、< スモールルーム >や< ぼっち食堂 >、< カード記念館 >も常設できる」
この中だとチャージに時間の必要な< ぼっち食堂 >しか選択肢に入らないものの、幅が広がるのはいい事だ。一応、< 地獄の拷問部屋 >も対象ではあるが、さすがにコレを選択肢に入れるつもりはない。
「アンコモンだから、何かを合成して更に圧縮もできそうだが」
「< 武装実験場 >のイメージ的に< 水汲み場 >あたりが良さそうだが、アレはもう< スモールルーム >に合成しちまったしな」
戻せない以上は後の祭りである。不可逆的な合成である以上、こうなる覚悟はしていた。
「いや、< 武装実験場 >に< スモールルーム >自体を合成する事もできるようだ。合成結果ではちゃんと二つとも追加施設として残るらしい。つまりここに< ニーハオトイレ >を置けば」
「利用スペースを圧縮した上でトイレを常設できると。すごいな」
設置するのがニーハオトイレなのはアレだが、< 屋内用簡易農園 >で野グソするよりはマシだろう。合成するわけじゃないから、もっといいトイレが出れば入れ替えてもいいし、野グソを続けたいなら< 屋内用簡易農園 >をセットすればいい。
というわけで、< カードラボラトリー >で< 武装実験場 >に< スモールルーム >が合成できるのも確認できた。元々の追加ゾーンも使えそうである。
入れ子構造になるために分かり辛いが、纏めてみるとこんな感じになるわけだ。
< 武装実験場 >
├●かかし用追加ゾーン< 空き >
└○強化拡張< +スモールルーム >
├●汎用追加ゾーン< ニーハオトイレ >
└○強化拡張< +水汲み場 >
簡単に言えば個室の水汲み場が付いた武装実験場ができただけとも言える。すごい、たった一枠なのになんて汎用的なんだ。
サイズ制限がなければ、カードが許す限り入れ子構造が作れてしまうのはマズイってのが良く分かるというものだ。意味不明な部屋連結の不思議ゾーンが出来上がってしまう。
これで< 武装実験場 >が常設するようなものだったら< ぼっち食堂 >を合成してしまうという手もあったわけだが、基本的に必要な時に入れ替えて使う事になりそうだし却下。空いたエリアゾーンはむしろ< ぼっち食堂 >が常設される事になるだろう。これまで< スモールルーム >をセットしていたベースゾーン枠は< かんてい >や< カードラボラトリー >、< マテリアルリサイクラー >用の枠だ。
なんかすごく進化したような気がしないでもないが、内実は大して変わっていない。これまで遊んでいたエリアゾーンが使えると分かったのが大きいだけだ。
ちなみに、同じようにセットするカードのないアシスタントゾーンに他のユニットカードをセットできないかと試してみたが、こちらは駄目だった。だろうなって感じではあるが。
「< 屋内用簡易農園 >を九十九世界に持っていって処分してしまうのもアリか。ひょっとしたら交渉に使えるかもしれないし」
レアリティだけ見れば惜しい気もするが、汚物塗れな事に加えて生み出された黒歴史を考えると手元に置いておきたくないのも事実だ。
「印象悪くないかね。マテリアライズするなら、ただの汚物の埋まった畑なんだが」
「トイレに使ってたけどいる? って感じで正直に言えばいいんじゃないかな。日が当たるところにおけば発酵して肥料になるかもしれんし」
畑ってだけなら探せばいくらでもあるだろうが、新宿駅の中に置きたいとかそういう無茶な要望にも応えられるメリットはある。
持っていく際にフリーゾーン一枠圧迫するだけだし、いらないならいらないでも大した問題はない。普通に持ち帰ってきて放置するなり、ダンジョン内にマテリアライズして消滅させるなりすればいい。
残念だが、持ち帰ってきても本来の< 屋内用簡易農園 >として使いたくはないな。< 野菜の種 >がよっぽと有用でもない限り。ステアップの種が生えたりとか。
-3-
「なかなか悪くないんじゃないか?」
合成する前の確認として、< 武装実験場 >をセットして内装を確認してみるが、思ったよりもまともな造りをしていた。
実験場の名に恥じず学校の教室くらいの広さはあるようだ。これなら武器の使い勝手の確認はもちろん、準備運動や戦闘訓練も可能だろう。これからは拠点前の通路を使う必要はないわけだ。
犬の本能が刺激されたのかリョーマが走り始めたものの、あっという間にバテたのか座り込んでしまった。
「お前、いくらチワワでも体力なさ過ぎだろ」
「つい走り出してしまったが、生まれてからこの方走った事などなかったのだ。完全に運動不足だな」
環境の問題とはいえ、ずっと拠点でインドア生活送ってたからな。本読んだり将棋したりと、およそ犬とは思えない生活スタイルである。室内で飼う前提のペットだって、もう少し健康的な生活してるだろうに。
「これからは少し意識して運動する事にしよう」
俺としては別にリョーマがデブったところで気にしないが、やる気になってるのに水を差すつもりもない。
しかし、健康維持のために走る犬か。性格や趣味と合わせると中身がおっさんにしか感じられない。
「かかしも悪くない……というか、便利だなコレ」
専用の追加スロットに< サンドバッグ >をセットして使ってみたところ、これが思った以上に高性能だった。
出現したかかしに攻撃してみると、目に見えるカタチでダメージが表示される。普通にゲームでもやっているかのような演出だ。
値の大小はともかく、ダメージの数字の意味は良く分からないから検証の必要があるだろう。HPの減少量そのままな気もするが、なんかちょっと違う気もする。
モブ夫を実体化させて軽く戦闘訓練もしてみたが、打ち合ってみても広さは気にならない。弓や銃など、遠距離武器を使った戦闘にはちょっと狭いかもしれないが、それだってかかしを使った射撃訓練だけなら問題ない。
合成する前の確認だったが、これなら< スモールルーム >を合成しても問題ないはずだ。
流れるように< 武装実験場 >に< スモールルーム >を合成。特に指定などはしなかったのだが、< スモールルーム >の扉は入り口近くの壁に配置された。トイレ兼用だから、距離が近いのはありがたい。
そして、< スモールルーム >の専用スロットに< ニーハオトイレ >をセット。< 水汲み場 >の横に複数の便器とやたら背の低いセパレートが設置された。
「……これだと、隣の人が用をたしているのが見えてしまうような」
「だからニーハオトイレなんだ」
「ああ……」
実際に目にして、リョーマはニーハオの意味を理解した。これで一つ勉強になったな。
肝心のトイレ機能だが、これについては想像通り。期待していなかったから裏切られる事もない感じだ。
水洗ではある。しかし便器に穴はなく、排出されたモノがそのまま水流に乗って流れていく仕組みだ。大便なら、自分のモノが流されていく様を観察できるというわけである。流されてく先は謎の空間で、水と一緒にどこかへと消えていった。それができるなら最初から謎空間を便器の下に置けよと言いたくなるが、そういうモノだと割り切る事にする。
ちなみにこの謎空間、ゴミ箱として使えるのではなんて思ったりもしたが、便と水以外のモノは吸い込んでくれないらしい。そう、拭いた後のトイレットペーパーも対象外だ。そんなところまで再現しなくてもいいのに。
「私が使っても落ちる心配はなさそうだな」
無理やりいいところを探しました的な意見である。厳密に言えば便器に落ちる危険はあるのだが、大した段差ではないので問題はない。
……なんだろうな、この文明度が上がりはしてもなんか違う感じ。俺はそういう星の元に生まれたとでも言いたいのか。
「……寝るか」
ノリと勢いでやたら長く活動してしまったが、さすがに疲れた。ある程度区切りもついた事だし、九十九世界に行って気分をリセットしよう。
-4-
「というわけで、頼んでおいた件についてはよろしくお願いします」
体感以上に疲れていたのか、一度寝て、起きるとすでに日が変わっていた。また深夜の訪問になってしまうが、そこまで問題はないだろう。
< Uターン・テレポート >のチャージが完了しているのを確認して、一旦解除。最後の準備をしているところに神様が見送りに来た。何故か二号も一緒である。
「神様は分かるが、なんでお前も来たんだ? 土産ならちゃんと渡すが」
『いざって時の保険。向こうでトラブルがあったら、私も行くから。ここに待機してるわ』
「ああ、なるほど」
前回はあまり役に立たなかったが、現場に急行可能な存在が待機してくれるのは助かる。
「話は通ってるだろうが、全員と顔を合わせたわけでもないしな」
柚子が仕事してれば服の問題も起きない。しかし、九十九姉妹全員が友好的かどうかは分からない。俺が直接会ったのはオリジナル含めて三人だけで、後十人もいるのだ。
『別にトラブってもいいわよ。あんたを助けに行くって口実になるし』
二号はむしろ問題が起きてくれるほうが嬉しそうだ。
別にそのままついてくればいいような気もするのだが、半神の身であるから俺という中継器さえあれば移動できるとはいっても、それは自由に移動していいという事にはならないらしい。
基本的には不介入。前回のような未知の事態が起きて初めて許可が出るって事だ。尚、理由があっても正式な神であるガチャ子様は移動不可である。
「今度は勘違いしない事を祈る」
『あ、アレはたまたまだし。今回はずっと監視してるから勘違いなんてしないわ!』
拗れなかったから良かったものの、アレで待雪が死んでたりしたら間違いなく関係は破綻していただろう。注意は必要である。
「というか、元の世界の渋谷と思ってたら実は……的な展開はないですよね」
「まあ、前回は分かっててスルーした面もありますので。同じモノを使うなら同じところに行くでしょう」
そりゃそうなんだが、なんの予備知識も持たずに行かされて大混乱だったのだ。文句を言っても許されるだろう。
「とはいえ、ただでさえ未知の現象が起きてる世界なわけですから、トラブルがないとは限りません」
「その調査も兼ねてるわけだしな。……というわけで、今回は施設の設置と他の連中との顔繋ぎ、あとはせいぜい物品の受け渡しくらいだから、お前の出番はないと思うぞ」
『えー。アレ、ちゃんと私のプレゼントってアピールしておいてよね』
「喜ばれはするんじゃないかな」
食料はある程度改善されている気がするが、新米は絶対に手に入らないはずだ。マイナスのイメージが多少改善されるとは思うぞ。
『あ、あと、あんたからも使徒の件伝えておいてよね。こんな深夜番組みたいな生活じゃなくて、衣食住はしっかりするからって』
「当たり前のように俺の生活をディスるんじゃない。……えっと神様? こんな事を言ってますが、そもそも使徒って枠があるんじゃないんですかね」
「この子が使徒って言うだけなら勝手なので。その場合、ただの扶養者扱いですかね」
『なんでよっ!?』
「なんでと言われても……そういうモノだとしか」
使徒でなくとも生活が保証されるならアリなのか。あいつら、別に使徒になりたいわけじゃないだろうし。それなら人数制限もないだろうし。
「やっぱり、地道に自分の信仰を集めるのがいいんじゃないですかね。動画実況だって、世界で見れば結構な規模なわけですし」
『く、ここはやはりVtuberを本人とは関係のない別人として選挙活動に利用するという手を……そうすれば法案だって』
「政治への直接介入はご法度ですよ」
『抜け道示唆するくらいいいじゃないっ!! 直接でもないし』
「似たような事をやって神格抹消された神もいるわけですし」
『ヒィィ!!』
具体例は分からないが、やっぱりそういう事をやる神様もいるのか。つくづく全知全能とは程遠いな。
とはいえ、まったく関係のない実況者を用意して政策批判させるのは問題なくできるだろう。実際関係ないのだから、公職選挙法違反にはならないはずだ。ただ、動画実況に繋がりそうな政治家を応援しているだけである。
「そこら辺のルールは分かりませんが、保護した奴が自主的に動画実況者を始めるとかなら?」
「いいんじゃないですかね。平行世界の調査のほうが優先ですけど」
『そ、そうよ。珍しくいい事言うじゃない、ガチャ太郎。別にあんたがやってもいいのよ』
「ノーサンキューで」
いや、誰でも思いつくと思うぞ。実際、保護したらやらせてただろうし。
「じゃ、そろそろ行ってきます」
「頑張って下さい」
『ちゃんとお土産渡しなさいよねー。見てるんだから』
手を振る幼女二人に見送られつつ、スキルゾーンに< Uターン・テレポート >をセット。
結構時間が経ってしまったが、多分向こうには誰か待機しているだろうから、まずはそいつに挨拶から……。
しかし、いつまで経っても深夜のビル屋上の空気を感じない。視界には何も映らず、転移特有の不安定な感覚がいつまでも続いていた。
「なんだ……うおっ!?」
何かが弾けるような感覚。そして次の瞬間、景色が切り替わった。……転移したのか?
「……は?」
薄暗いがはっきり分かる。そこは転移するはずの渋谷のビル屋上ではない。というか、屋外でもない。
目につくのは殺風景なコンクリート造りの壁と床。わずかな灯りが照らしているのは、部屋の一面を覆う格子だ。
「牢屋?」
どういうわけか、俺は牢屋に転移してしまったらしい。
……いや、本当にどういう事だよ。逮捕されるような事はしてない……例によってファウルカップは着けてるから猥褻物は露出していないぞ。
また変なトラブルか?
普通、ファウルカップだけでウロウロしてたら捕まります。(*´∀`*)





