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第二十五話「昇進」

《 Uターン・テレポート 》のクールタイムはまだ一週間以上あります。(*´∀`*)




-1-




 存在しないはずの通路を抜けた先にあった邪教の祭壇で行われていたのは、かつての怨敵を復活させんとする生け贄の儀式であった。

 見た事のない重装を纏いし番兵、儀式を執り行う邪教の祭司、そして今正に生け贄に捧げられようとしている多くの虜囚。こんな儀式は決して見過ごせないと義侠心に駆られ、単身乗り込んだ俺は重武装の門番たちを知恵で以て潜り抜け、勇気を振り絞って儀式への強襲をかける事に成功する。


「べべん」


 戦いの狼煙は劫火。手にした新たなる力によって投じられた灼熱の火球が邪教の祭司たちを包む。

 そんな中、俺は群がる敵兵たちをばったばったと薙ぎ払い、突き殺す。人数だけなら多勢に無勢といえるが、決して切り抜けられないほどではないと判断した。その程度には強くなっていると自覚していた。

 しかし、油断はできない。強襲は成功したものの、敵の数は多く、未だ儀式は続いているのだ。


「べべん」


 突然の敵襲に儀式の失敗を悟った邪教の祭司は最後の手段に出る。儀式を強引に進行させ、不完全ながらも怨敵を復活させようと生け贄が囚われていた檻を祭壇へと捧げたのだ。

 俺の必死の健闘も虚しく、人類の天敵は不完全な姿で復活を果たし、肉の巨人が上げた産声が儀式場を震わせる。


「べべん!」


 悪夢の再来とも呼べる人類の天敵が暴れ、暴威を振るう。その姿は変わり果ててはいるものの、確かにかつての恐怖を彷彿とさせるものであった。

 こんな怪物を放置するわけにはいかない。なんとしてでもここで止めなければいけないと、俺はなけなしの勇気で肉の巨人に立ち向かうのであった。


「ほうほう。なかなかヒロイックな」


 圧倒的パワーを誇る肉の巨人に対して正面から挑むのは愚策と、使う事はないだろうと用意していた切り札を繰り出す。それによって稼いだ時間は、不完全な儀式を経て復活した怨敵にとって致命的なものとなった。

 限界ギリギリの力を振り絞り、自壊を始める肉ごと燃やし尽くすべく炎を投じると、巨人は断末魔を上げながら、邪教の祭壇ごと消滅したのだった。




「……という事があったんですが、その報酬が< 脅迫観念(睾丸破壊) >っていうのはどういう事なんでしょうか」

「いや、ものは言いようだなと感心しました」


 講談めいた語り口調は興味を惹いたらしいが、その実一番訴えたい部分に関してはいまいちの反応だ。せっかく頑張ったのに。



 早過ぎて腐っていたディディーとの死闘を果たし、普通にそこら辺の帰還陣から生還した俺を待っていたのは神様の訪問だった。

 とりあえず震えて固まっているリョーマをカードに戻した上で迎え入れ、意味不明なイベントを潜り抜けた報酬がコレというのはあんまりだろうと訴えたのだ。

 具体的な名称を避けているから真面目なヒロイック・ファンタジーに聞こえない事もないし、実際に死闘ではあったのだから、もうちょっとなんとかならないだろうかと。嘘も言ってない。


「もうちょっと、劇的な活躍をした使徒に関心を持ってもいいんじゃないですかね。結構な大立ち回りでしたよ」


 規模で考えるなら世界の命運とは言わずとも一地域くらいは救った感のある展開だ。

 といっても、実際に映像で見たら泣きたくなりそうだから困る。


「良く分からないニュースでフィールドボスを復活させる儀式が行われてるのは知ってたので、意外性はないかなと。使徒さんが放置するとも思えませんでしたし」

「敵が相変わらず全部ゴブリンだとか、生け贄も別に助ける要素が一切ないゴブリンだとか、切り札が< ゴブリンの睾丸 >だとか、絵ヅラが悲惨な事以外は結構頑張ったんですが」

「同情はします」


 同情はいらんから報酬おくれ。


「とはいえ、私にとってもイレギュラーなケースですしね。システム的には、すでに報酬が発生した同じイベントを再攻略したような扱いになってますし。これで報酬出したら二重取りのようなものなので」


 普通一回しか発生しないイベントで、バグを利用して再挑戦したようなものであるのは確かだ。しかし、それを無視して問題がないというならまだしも、放っておいたらあの悪魔が再誕するというなら対処もするだろう。

 システム上同じイベントIDで管理されているのかもしれないが、それなら最初から発生しないようにしてくれって話なのだ。フィールドボス二回挑戦できてラッキーですねと言い出す神様には分からんかもしれんが。

 というか、以前ディディーを倒した時に手に入れたのはモンスター名鑑機能なわけで、もう一度コレがもらえるとしてもまったく意味がない。ウインドウに同じ機能が二つ並んでも邪魔なだけだし。


「神様は金玉破壊される恐怖に怯えた事がないからそんな事が言えるんだ」

「そりゃまあ、男性じゃないですからね」


 おのれ。全員とはいわずとも、世の男性だったらアレを放置してはいけないのは共感できるはずなのに。

 あんなの都市のど真ん中に放ってみろ。本当の意味で恐怖の惨劇が発生するぞ。下手に凶悪な怪物を投入されるより怖いだろ。


 突如都会のど真ん中に出現する謎のモンスター。遭遇した人々は最初こそ撮影か何かと思い込むだろうが、実際に被害が出たらそうも言っていられない。

 パニックになる民衆。錯綜する情報。日本の治安事情を鑑みると下手に実力行使を行う事もできない。人型である以上、暴力を向けるのに忌避感も生まれる事だろう。警官か機動隊が鎮圧に来ても、何人かは潰されてしまうかもしれない。

 そんな中、暴れ回るモンスターは金玉のみを狙ってくる事が分かる。そんな奴、近くにいたら恐怖しかない。少なくとも、俺がなんとかしてやると手を上げる男性はいないんじゃないだろうか。俺がその場にいても手を上げずに逃げるだろう。

 俺が戦った相手は、そういうタチの悪い存在なのだ。


「じゃあ、とりあえず補填として< ブロンズチケット >を進呈しましょう」

「お?」


 かなり無理筋の要求だと思っていたので意外だが、報酬が出てきた。あの死闘に見合うものかは別として。


「システム的には同一イベントの再発生扱いになってるので今から個別に報酬設定する事はできないと思いますけど、同じイベントを再攻略した場合の報酬って形なら設定できるかもしれません。元の実績難易度に応じてチケットってところですかね」

「ないよりは遥かにいいですけど」


 できればランダム性のないボーナスが欲しいところだが、ガチャの神様に言っても暖簾に腕押しというものだろう。ガチャ子様のスタンスはあくまで欲しいものがあったらガチャを回しなさいだし。

 恐怖の権化の復活を阻止するという目的はあるにしても、即物的には徒労に終わりかねないイベントに形だけでも報酬が追加されるのは助かる。ないよりはマシ程度の報酬でもだ。

 ドロップアイテムがあるじゃないと言われそうではあるが、肝心のディディーからドロップしたのは< 強迫観念(睾丸破壊) >だし、周りの連中の分もいつものパーツや< ゴブリンチケット >、< ノーマルチケット >という有様だ。

 一つだけ< ゴブリンワンド >という多分シャーマンが使っていただろう杖も手に入れたが、役に立つ気はしない。

 超低確率のドロップを狙う事が常態化したMMORPGの廃神ならむしろ燃えてしまうかもしれないが、俺はあまり興味ないし。


「しかし、ますます意味不明ですね。そのフィールドボスは儀式をしてまで復活させる価値のある存在なんでしょうか。シャーマンとかガーディアンってユニークユニットじゃないと思うんですけど」

「ないと思うんですが」


 奴らの行動パターンに意味などないんじゃないだろうか。なんかそれっぽい行動してるだけで。自動生成された連中も、存在からして謎な十六魔将に引き摺られているとか。


「ちなみに、普通のゴブリンはあんな事しないんですか?」

「さあ……そもそも普通のゴブリンを知りません。民間伝承のゴブリンっていう意味なら、そんなわきゃないって話ですけど」


 創造主なのに知らんのか。あいつらは収集された情報から完全にランダムに創造された存在って事なんだろうけど。

 民間伝承にひたすら金玉を狙ってくる邪悪な妖精の話なんてあるはずないよな。どっかの異世界か創作物に、睾丸を破壊するゴブリンがいたとか? もしそんな作品があるのなら、作者を殴りに行きたい。


「やはり、その十六魔将とやらは研究サンプルとして欲しいですね。情報吐き出させても理解できない気がしないでもないですが」

「文化が違うってレベルじゃないでしょうしね」


 とてもじゃないが分かり合える気がしない。モンスター名鑑を見る限り金玉を破壊されたくないのは普通の認識らしいが、あんな狂気そのものの存在が出現するあたり、相互理解には程遠いだろう。


「まあ、復活した個体からも固有ドロップが手に入る事は分かったわけですし、もしも手に入ったら提供してくれると助かります。今のところ価値は上がり続けているので、報酬は期待していいですよ」

「できれば、あんなのは復活する前に倒したいんですが」

「そこはまあ、使徒さんの判断なのでお任せします。有用ではあっても、絶対にサンプルとして必要ってわけでもないので」


 悩ましい話だな。多分だが、今回は不完全ながらも復活した事で固有ドロップが発生したんだろうから、儀式を止めた場合はそれが期待できない。危険物を復活するのを無視する価値は果たしてあるのかってところだ。

 他の十六魔将にしても、あんまり放置はしたくない連中ばっかりだし。復活した個体を目の前で捕捉できるなら検討の余地はあるが、儀式終わってすぐに消えたりしたら困る。

 今後ももぐら叩き的に倒すつもりなら、どこかでそこら辺の仕様は確かめないといけないだろう。




-2-




「それで、結局今日は何の用件で?」


 二号だったら単に暇だから来た的な事も有り得るが、神様の場合はなんの用件もなしに訪ねて来る事はないような気がする。別にいる分にはいくらいたって構わないが、神様が来るとリョーマが粗相をしてしまうという問題があるのだ。


「ああ、実は本当に大した用ではないんですが、使徒さんも関わるので一応報告しておいたほうがいいかなと思いまして」

「はあ」

「実際の辞令が出るのはまだ先なんですが、実はこの前の実績で私の昇進が内定しまして」

「……はあ、そうなんですか」

「私の神としての位階が上がる事で、使徒さんも位階が上がります」

「……すいません、意味が良く分からないんですが」


 話を聞く限り、ガチャ子様が偉くなるって話だと思うのだが、位階だなんだと言われても根本的に神々のシステムが分からないので反応のしようもない。


「神様が強くなるとか権能が変わるとかそういう事ですかね? なんか、ガチャの機能がパワーアップしたりとか」

「いえ、単に立場だけの話なんで、そういうのは何もないとはいわないまでも、ほとんど変わりません。位階にしても、一番下の駆け出しから一つ上に上がる程度ですし、木っ端神なのはそのままですね。ちょっと権限と責任が増えたってところでしょうか」

「そこら辺のシステムがまったく分からないんですが、会社の役職とかそういう感じですか?」

「私も上手く説明できる気はしませんし、まーその認識でいいんじゃないですかね。私がグループ会社の支店の一部門の現場監督的なポジションで、使徒さんは現地で雇ったアルバイト的な」


 めっちゃ立場が低いな。いつでも切り捨てられる要員じゃないか。むしろ失敗した際の言い訳に使うために雇った可能性まである。このプロジェクトが失敗したのは現地作業員のミスによるものでしてー的な。

 任命責任はどうなってるんだと突っ込みたいが、大抵社員は形だけの処分のみで護られるのが世の常なのだ。


「現場での貢献が本社まで伝わったので、ちょっと立場が上がって、なんか意味ありそうだから予算出してやるかって感じで評価されたって感じです。使徒さんも現地のバイトから契約社員くらいに格上げになると」

「その言い方だと、特に待遇の変化はなさそうですが」

「勝手に辞めたりできなくなります」

「マイナスの面しかないんですがそれは……」


 契約更新なりで手続きが増えるだけで、実質的には何も得をしない気がする。給料貰ってるわけでもないし、福利厚生も何もあったもんじゃないし。唯一の利点である腰の軽さまで奪われてしまうと。辞める気はないんだが、解せぬ。


「実際、大して変わらないですしね。会社の辞令で係長補佐見習い心得っぽい何かから『っぽい何か』が取れる程度の話ですから。ただ、入社何年目だから形だけ課長にしておくか的な話ではなく、ちゃんと実績上げた上での昇進なんで、誇ってもいいんじゃないかとは思います。実績上げたのは使徒さんですし」

「ちなみに、その例で言うと何も実績上げない場合はどれくらい在籍してたら位階とやらが上がるもんなんですかね」


 昨今の会社事情だと、特に治めるべき課がない課長なんて珍しくもない話だ。ただ、営業的な観点だと名刺に肩書きを書けるだけでも助かったりはする。最初の試用期間が終わる感じなら、三ヶ月とか半年ってところだろうか。


「えっと、実例は良く分かりませんが、十年くらい?」

「めっちゃ長いっスね」


 良く考えたら人間の会社じゃなくて神様の話なんだから、根本的にスケールが違った。このスケール感で考えるなら、貴族の爵位のほうが近そうだ。数年単位ではなく、数世代単位で家格を上げていく的な。

 創作モノならポンポン上がるイメージだが、本来は実績を上げても一世代でそう変わるようなもんじゃない。ネットで爵位買えたり、セールやってたりするシーランド公国みたいなのはまた別として。

 あるいは、立場や看板だけで実質的なものが伴わないという意味なら、日本の官位のほうが近いかもしれない。特に戦国時代以前なんて、上のほうは大抵古くて由緒正しい家が独占してたりするのだ。

 建国時や戦乱時、明治維新のような激動の時代なら功績次第で大盤振る舞いされるというのも共通している。


「とにかく、そんな結構どうでもいい感じの連絡です」

「立場が変わるだけで、俺の環境周りについては特に何も変わらないと」

「うーん、実をいえば変えるかどうかについては迷ってます。使徒さんはともかく私に関しては多少権限が増えたんですが、それを行使する理由がありません。使徒の上限人数も増えたんですが、あんまり増やす気もないですし」


 ああ、最初のほうにそんな事を言っていたような。


「人数が増えれば、単純にその分捗るのでは? 俺みたいに死ぬはずだった人間を任命するなら嫌とは言わないと思いますけど」


 ここの待遇を考えればもちろん苦情は出るだろうが、なら大人しく死んでたほうが良かったのかと問われればそんなわきゃないのである。

 それはそうとしてやっぱり文句を言うのが人間なわけだが。


「将来的な事はともかく、そもそもここのシステムもまだ多人数向けに調整してませんし、実績って意味なら使徒さんだけで十分過ぎるほどですし、あえて今増やす事のメリットがちょっと……。ちょっと実績が出るのが早過ぎた感があります。いや、別に使徒さんを責めてるわけじゃないですけど」


 そうなのか。あんまり実感はないんだが、やっぱり例の九十九世界に行ったのが大きかったりするんだろうか。

 こんな事言ってるが、実はちょっと文句を言いに来たとかそういう事じゃないよな。


「九十九連中を使徒にするとか? 今なら食料調達はできてるでしょうけど、あの世界の環境だとかなり偏りそうですし」


 主に動物性タンパク質とか。あの世界に動物はいないだろうし、魚も期待できそうにない。あの地域だけの局地的なものかもしれないが、移動するにしてもしばらくは厳しいだろう。頑張り次第で色んなものが手に入りますよというなら挑戦するかもしれない。

 奴らならダンジョン攻略もかなり捗るに違いない。奴らを使徒にしたいっぽい動画実況の神候補は怒るかもしれないが。


「それはアリかもしれませんが、あの世界には権能が及ばないんで今のところは無理ですね。こっちの日本に来てくれたらどうにでもなりますけど」


 それだと食料云々で釣るのは厳しそうだな。移動手段まで含めるなら容易にOK貰えそうではあるんだが。

 まあ、しばらくはあの世界で菜食主義者的な自給自足生活になるわけだ。スローライフ的な?


「使徒さんの知り合いで、現世に未練がないとかいう人がいれば誘ってもいいですよ。絶対に増やしたくないってわけでもないので。なんなら家族とかでも」

「心当たりがない事もないですが、実際に誘うとなるとハードル高いですね。姉も弟も結構真っ当に生きてますし」


 俺の場合かなり順応してしまっているが、誰にでもできる仕事かって言われると無理があるだろう。やってる事は単にガチャを引くだけの簡単なお仕事なんだが、それに直結する部分に問題が有り過ぎる。

 ダンジョンに挑まずにログインボーナスだけでガチャを回し続ける事もできるが、そんな同僚が欲しいかって言われると別にいらんし。それならただの口約束でも二号の使徒候補として紹介するかな。

 実際、世捨て人みたいな生活してる奴はいるし、ちゃんと説明すれば興味を持つかもしれないが、わざわざ説得してとなると面倒という気持ちが立ちはだかるのである。


「人数増やしてなんか俺にメリットあったりするんですかね? パーティメンバーとして一緒に攻略できるとか」

「増やすとしても、拠点から別系統になりそうなんで……情報交換くらい? 紹介料としてチケットくらいなら出してもいいですけど。一人使徒にしたら< ブロンズチケット >一枚って感じで」

「それなら、あえて増やしたいとは思わないです」


 パーティメンバーとして扱えたり、攻略が個別でも拠点や資産が共用できるならメリットにはなるが、完全に別系統ならほとんど意味はない。命狙われてて、それを救出するとかなら考えるが。

 増やす事自体を目的にするにはメリットが薄過ぎる。


「こんなに早くなるとは思ってませんでしたが、今後人数増やした場合にどうするか検討を始めますか。拠点の一部施設を連結したりする程度ならできない事もないでしょうし。なんかいい提案があったらQAにでも上げてくれれば報酬出すかもしれません」

「考えておきます」


 すでにあんま乗り気じゃないわけだが。




-3-




 そんな感じで、本当にただの連絡だけで神様は帰っていった。ある意味重要な話ではあるし、当事者として認知しておくべき内容ではあるのかもしれないが、まったく影響がないので『そうなんですか』としか言いようがない。これが他の神様なり使徒なりと交流があるのなら肩書きも必要になってくるというものだが、そんな機会もなさそうだ。

 ちなみに、ちょっと気になっていた< 負け犬 >からの情報提供はまだ進展はないらしい。尋問を行う担当が別の命令系統なので、そこに引き渡すのに時間がかかるそうだ。尋問の神様ってのもかなりアレな気はするが、良く考えたらガチャよりはまともな気がするのが困る。




「神格としての位階が上がるというのはかなり重要な話に聞こえるのだが」


 神様が去った事で身を隠す必要のなくなり、再セットされたリョーマが言う。それだけを聞くと大層な事に聞こえてしまうから不思議だ。


「恐れ慄いているお前としては死活問題だったり?」

「あそこまで隔絶していたらほとんど関係ないな。太陽がベテルギウスやピストル星に変わったところで、塵芥に等しい身には同じように生命の危機を感じるほど巨大としか感じられない」


 どの道抗いようもない相手なら関係ないって事か。確かにどれだけでかかろうが、ピストル星の大きさを認識する事なんかないしな。どっちも近づけば燃えるだけだ。理知的なティラノサウルスがゴジラに変わったところで、興味持たれてる側にできる事が変わるはずもない。


「それはそうと、実は私からも報告がある。例の合成についてだ」

「ほう、何か新規カードになる結果が見つかったのか?」

「うむ、指示通り総当りで片っ端から確認をしてみたわけだが、一つだけ合成結果が< ? >になるものがあった。< かんてい >と< ボディソープ >だ」

「うん?」


 ちょっと想像していなかった答えに、一瞬思考停止してしまった。


「< かんてい >と……< ボディソープ >?」

「うむ」


 まったく繋がりが見えないんだが、一体どういう組み合わせなんだ。それこそ、リョーマの言う通り総当りでもしない限りは試そうとさえ考えないような組み合わせだ。

 個々の要素に当てはめてみても、『鑑定』、『司教』、『聖職者』、『男性』、『成人』などの要素と< ボディソープ >は絡まない。敢えて言うなら、あいつは実は『全裸』って事だが……。


「まさか、あのボディペイントを洗い流すって事なのか」


 先ほど< ゴブリンワンド >の鑑定を始めた< かんてい >に目を向ける。ちょっと離れれば分からないが、あいつの司教服はボディペイントで一切凹凸がない。

 ポディペイントがボディソープで洗い流せるのかは知らんが、それはそれで色々まずいんじゃないだろうか。ボディペイントがあるおかげで視覚的な問題が無視されていたのに、それが洗い流されたら完全な意味で全裸だ。いや、今だって全裸には違いないんだが。


「パジャマを手に入れた事で、せっかく俺が拠点での全裸生活から足を洗ったというのに」


 再び肌色率が上がってしまう。おっぱいマウスパッドを常駐させたらもっとだ。なんだこの拠点。


「私も全裸なのだが」

「そりゃそうだが」


 チワワが何を言っているのだろうか。


「なかなか悩ましいとは思うので、実際に合成するかは御主人様次第だな」

「確かに、変化先が< かんてい+ >とかならいいが、まったくの別モノだと困るな」


 別に、成人男性の全裸マネキンが増えようが大した問題ではない。

 しかし、今のところ鑑定機能は代替の効かない機能だ。< ABパンチ >のように適当極まる鑑定結果の場合もあるが、基本的にはほぼ必須に近いレベルで有用なものである。ほとんど待機時間なしでフル回転させているくらいなのだ。合成して、もしもその機能がなくなったら、痛いってレベルじゃない。

 ……なるほど。合成にはこういうケースも有り得るのか。困ったもんだ。


「多分大丈夫だとは思うんだが、万が一の事を考えると保留するしかないな」


 ここで後先考えぬ漢鑑定に踏み込む勇気はない。

 ただ、そう考えると現在常用しているカード全般にその問題が関わってくる。< スモールルーム >のようにスキル付与という形で強化されるならともかく、正体不明の別物に変わるというのは困った話だ。これでは死蔵されているカードの合成が主になってしまう。


「ちなみに、その他は?」

「ないな。そもそも合成可能なカードが少ないというか……アンコモンだけでなくレア以上のものも対象なら話は変わってくるのだろうが」


 強化枠が二つ以上あると、素材同士で影響があるかもしれない。そう考えるなら、合成候補の組み合わせはかなり膨大になるだろう。

 今の< カードラボラトリー >では単純に能力が足りない。しかも、こいつ自身を合成できないからパワーアップの見込みもないと。うーむ。

 結局、頑張って先に進んで実績上げるか、運を天に任せてガチャるかの二択になってしまうと。まあ、仕方ない事ではあるんだが。




「合成については分かった。……さて、じゃあ次は何をするかな。儀式止めたから、一息ついた感じだし」


 仕方ない部分も多いとはいえ、最近ちょっと頑張り過ぎていた感はある。正確な労働時間を算出したらどこのブラックだと言われそうな状況だ。

 実は本当に儀式を止められたのか不安でニュースを確認したが、ピックアップ関連以外は第八層でトイレに入っている奴の情報だけだったし、急ぐような案件はない。食料もかなり余裕がある状態だ。

 となると、次に近しい目標は第五層攻略か……。そろそろ、実家に戻った際の説明も考えておかないといけない。


「金太郎の感想などは」

「いや、別にいい。お前すぐネタバレするし」

「御主人様が読むなら内容について語り合えるが」

「読書か……」


 別に本が嫌いなわけではないが、どうもそういう気分にはなれない。特に、現在の環境に一切関わらない娯楽本の類は。それならリョーマと将棋でもするかな。


「そういえばペットピックアップはもういいのかね?」

「そんな事はないんだが」


 なんかリョーマを引いたら熱が冷めたというか、なんとしてでもって気分ではなくなっている。実は癒やしよりも話し相手が欲しかったのかもしれない。そういう意味だとリョーマは当たりなんだろう。可愛くはないが。

 ピックアップ限定のユニークカードにしても、そこまで欲しいとは……やべ、イーリスの存在を忘れてた。

 いや、別に俺が引く必要は必ずしもないというか、引いたところで絶対に持て余すというか、それはそれで引かなかった場合にどうなるのか不安もあるのだが、今更どうしろというのだ。

 理想を言うなら、引いて神様に進呈するというのがベストだと思うものの、それだって彼女が幸せになれるとは限らない。引き渡される先が尋問の神様というだけで、なんか不穏な未来しか見えない。

 ペットピックアップイベントはもう一日しかないんだぞ。そろそろ、ウエポンピックアップに向けて準備を始めるような段階だ。いっそ最後まで忘れてれば諦めもついたのだが。


「別に頑張るところじゃないんだが、ちょっと寝覚めが悪い。よし、ここは自分に条件設定してそれに従おう」


 引くために頑張りましたという事実があれば、自分を誤魔化せる。俺はそういうのが得意だ。


「は?」

「ちょっと第三層攻略してくる。二十四時間以内に戻ってこれたら、ラストチャンスという事で引いてみよう」


 ただ引くだけなら第二層を周回したほうがチケットの枚数は稼げるのだろうが、今はそんな単純作業に精を出すつもりはなかった。かといって、大人しく休憩するつもりもない。

 なら勢いに任せて前向きに行動するというのもアリだろう。勢いだけだとまた失敗するが、入念に準備はした上でだ。

 今のところ目標として掲げている第五層攻略のためには、どうしたって第三層、第四層の攻略は必要になるのだから無駄になる事もないだろう。




-4-




 結果から言ってしまえば、ペットピックアップでイーリスはおろか他のユニークカードを引く事はなかった。

 < ゴブリンチケット >で十連二回、ギリギリ足りた< ノーマルチケット >で十連一回、計三十連を回したわけだが、かすりもしない。確率的には別におかしな話ではないから、そういう事もあるんだろうと割り切った。


 排出されなかったイーリスがどうなったか不安に苛まれそうだったが、この問題については解決している。実はその後の足取りについては少しだけ情報が手に入ったのだ。いや、多分ロクな末路ではないんだが、最悪ではないからそこまで良心は傷まないかなという程度である。


 というか、今はそんな事どうでもいいのである。




「グォォォォオオオオオッッ!!」


 雄叫びを上げつつ、アホみたいに巨大なゴブリンの棍棒が振り下ろされる。それと同時に手足も振り回してくるので逃げ場が少ない。

 どの攻撃にしても大振りだから避けるのには難儀しないが、当たれば交通事故のようなダメージを受けるのは間違いないだろう。それくらい体格差がある。


「ふんっ!!」


 しかし、それでもたかがゴブリンだ。雑魚に比べれば戦略性を感じさせる動きではあるが、フロアの天井よりも背が高い事が災いしてまともに動けていない。

 幸い、俺の得物はリーチのあるハルバードだ。その重さと大きさ故に敏捷性の高い相手に当て難いという欠点はあるものの、こういうデカブツ相手にはメリットしかない。

 動きを制限されているのを上手く利用してヒットアンドアウェイ。主に下半身を狙い、ただでさえ難のある行動力に対し、更に制限を植え付けていく。これだけでかいと脚の腱とか切りやすいのだ。

 最大の問題は視覚。一応体格に見合った大きさの腰巻きは着けているものの、下から覗いたら丸見えだ。見たくないものがブラブラしてるのを直視する事になる。夢に見そう。


「だあああっ!!」


 動きが本格的に鈍ってきたところに全力でハルバードを叩きつける。上手く刃を立てる技術はまだないので、棍棒と同じ殴打攻撃だ。

 その攻撃で決着がついた。



「……さて、勝っちまったぞ」


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 アホみたいにでかいゴブリンの巨体が崩れ落ちる。でか過ぎて行動は制限されていたのに、そんな状況でも結構苦戦してしまった。特に視覚的な精神攻撃がきつい。あんまり乱獲したい相手ではないな。

 実績の報酬も気になるが、ドロップも気になる。拾い上げたカードを確認すれば、< ゴブリンチケット+ >という初見のカードだ。今のところ、強化枠を持つチケットは見た事がないので、同名カード合成とはまた違うものなのだろうが、通常のゴブリンチケットとの違いが気になるところだ。

 とはいえ、今の問題はそこではない。問題は、第五層を攻略してしまったという事だ。



 最後のペットピックアップを引いた俺は、休憩とウエポンピックアップの詳細確認をして、ダンジョン攻略に向かった。

 目標は、どこまで行けるか。この先、< 簡易転送ゲート >のようなショートカットがない限りはどうしても長期戦を見据えたものになる。それを見越したテストのようなものだ。幸い、万が一の保険はガチャで手に入れているので、入念な準備の上で突入してみたのである。


 どうしても長期戦を想定するしかない第三層以降の攻略では、消耗の激しい< ファイアボールの魔導書 >には頼れない。手に入れたクラスカード< 見習い魔術士 >に切り替える事で三発までは実用の範囲に入るようになったものの、それでも三発だ。< 戦士 >を外した事で低下した身体能力を埋めるには至らない。結局のところ継戦能力を考慮するなら、< 戦士 >をセットして無難に武器戦闘をこなすというのが最適解と判断した。< ハルバード >の扱いに慣れてきたというのも結構大きい。

 水はほとんどノーマルカード頼りだが、これは在庫があるので問題はない。食料も、< マテリアライズ >をセットするなら、結局は枠の問題だけだ。その他、ひょっとしたら使えるかも的なカードを限界まで詰めての攻略である。

 そんな感じで準備した上で第三層に挑戦した結果、ある程度無難に攻略を完遂する事ができた。前回攻略時の道順をある程度覚えていたので、時間もかなり短縮できた。


 これはいけるんじゃないのと調子に乗った俺は、中継地点で僅かな休憩を挟みつつ第四層へと向かう。

 実際に攻略した印象としては、割となんとかなるという感じだ。敵は強くなってきているが、対処できないほどじゃない。罠だって時々喰らうが、致命的なものでなければ自然治癒だけでもどうにかなる。

 問題はフリーゾーンが埋まってしまってドロップアイテムが無駄になる事だが、今回に関しては割り切っているのでもったいないなと思う程度だ。

 予想通りの厳しさだが、それでも想定内の難易度だった第四層を突破。水や食料は結構消費し、精神的疲労はあるものの、まだ行けるとそのまま第五層へと突入。

 そして第五層ボスに至り、これを苦戦の末撃破したというわけだ。……こんな化け物相手に苦戦ってくらいで勝てるくらいには俺も強くなったという事か。




 勢い任せでここまで来たが、とりあえずの目標を達成してしまった。

 これで、一時的にとはいえ実家に戻る権利を得てしまったわけだが……正直、どうすればいいのか困惑している。まだ説明内容も検討していないというのに。

 とはいえ、あまり後に伸ばすわけにもいかない。事故の処理の問題ですぐにというのは難しかったが、神様に聞いた話だとすでに被害者の共同葬儀は終わっているらしいのだ。

 理由があるのならともかく、権利を得てしまったからには帰らないという選択はないだろう。後になればなるほど、俺の生存を受け入れられなくなってしまいかねない。正直、今でさえお化け扱いは避けられないだろう。


 そんな事を考えつつ、中継地点への階段を降りていく。その先に待っていたのは、これまでと同じ小さめのフロアと帰還陣だ。


「……またここに来るの面倒だな」


 いや、さすがにこれ以上連続して攻略するつもりはない。帰還は確定だ。

 しかし、そろそろショートカットの手段が欲しい。< 簡易転送ゲート >の強化枠が空いてるから、なんらかの形で転送先を追加するような強化ができないものか。できれば、帰還後にその場所に戻ってくるような機能が欲しい。

 ひょっとしたら区切りのような層ではなんらかの救済処置があるかもしれないが、第五層では区切りとしては弱いだろう。



 多分だが、ここにきて俺の意識はかなり変化している。

 同じルートを作業的に繰り返すような安全安心な日常よりも、多少危険でも先に進みたくなっている。

 先に進む度に感じる成長が麻薬のように俺を支配しかけている。真っ当な人間だったら決して味わえない体験はちょっと抗いがたい感覚なのだ。今だって、次の層の攻略方法について考えているし。


 最初の内は挑まざるを得ない状況におかれ、次第にそれ自体が目的となる。このダンジョンはそういう風に想定されていると感じる。見事に乗せられていると思うが、そこまで不快というわけでもない。

 単に力を与えられただけではこの向上心は芽生えない。手にした力を振るう場が用意されているというのは大事だと痛感する。元の世界でこんな力をポンと渡されたらシリアルキラールートまっしぐらだろう。




 こうして俺は、自分にとっての区切りとなる第五層をいともあっさりと踏み越えたわけだ。


「……マジでなんて説明しよう」




葬式から帰って来たら、そこにはガチムチになった死者の姿が。(*´∀`*)

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(*■∀■*)第六回書籍化クラウドファンディング達成しました(*´∀`*)
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― 新着の感想 ―
[一言] イーリスはまさかの金太郎か黒歴史ノートに出てきたとか? 別で実在を示唆するものが出てたら神様評価は高そう
[気になる点] 次スキルピックアップじゃなかったっけ? ガチャ太郎の現時点の強さはトライアルダンジョンならどの辺?
[一言] 『本日正午過ぎ、睾丸を破壊するゴブリンの出てくる作品を書いた作者(*´∀`*)氏が、葬式から帰ってきたらガチムチになって蘇っていたガチャ太郎容疑者(故人)に殴られるという事件が発生』 アナウ…
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