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第二十二話「第三層の死闘」

多分、すでにイーリスは忘れられている。(*´∀`*)




-1-




 実はアクアリウムを設置して感じた事がある。


「これ、邪魔じゃないか?」

「何を今更……」


 リョーマはそんな事を言っているが、テストで設置するのと恒常的に置かれ続けるというのはインパクトが違う。

 というか、アクアリウムがでかいのだ。そこらの水槽など話にならないくらい……体積的には業務用冷蔵庫のようなものである。それがデデンと部屋の中に居座っていれば、日常生活に支障が出るのは自明の理と言える。設置する前に気付けよという人がいるかもしれないが、分かっていても実際に設置するまではそれほどでもないんじゃないかなーと楽観的に捉えてしまうのが人間というやつなのだ。たとえるなら、屋外に設置してある自販機の大きさを気にする人は少ないが、それが自分の部屋に置かれると急に邪魔に感じるようなものだろう。うん、分かりづらい。

 しかし、必ず埋めないといけないわけではないのに使いたくなる。せっかくの枠は埋めないともったいないと感じる貧乏人の心理だ。


「邪魔なら、こんなところに配置せずに、もっと隅のほうに置けばいいのではないか?」

「いや、そもそも動かせないんだが」


 ガチャマシンもそうだが、水汲み場だって地面に張り付いたように動かない。< 屋内用簡易農園 >に至っては部屋の床より下まで掘れる謎仕様なのだから、移動以前の問題である。< かんてい >は普通に持ち運びできるのに。


「そうではなく、セットする際に認識した場所に出せるだろう? これまではどうしていたのかね?」

「マジで……? 何も考えずにセットしてたんだけど」


 言われてみれば、初期配置ができないのは確かに不便だ。もしかしたら先々でそういう機能がアンロックされるかもしれないとは考えていたものの、今の時点でできるとは思っていなかったのだ。< スモールルーム >のドアの位置は決められたのだから、それと同じようなものか。

 その情報を前提にアクアリウムをセットし直せばあら不思議、セットする際にここに置きたいと認識した部分に出現する。物理的に干渉する場合は自動的にズレて置かれるものの基本的に自由自在、部屋の隅どころか壁に埋め込む事すら可能だった。素晴らしい。壁の埋め込み型にしてしまえば部屋の大きさは変わらず、単に壁掛けの絵を飾っているのと大差ない。これなら壁全面がアクアリウムでも構わないくらいだ。簡易水族館である。

 この仕様は他のインテリアも同様で、銅像やサンドバッグも半分壁にめり込んだシュールな状態で設置する事もできた。思っていたよりも遥かに高性能なシステムだったらしい。


「すげえな。言われなかったら、ずっと気付かなかったぞ」

「仕様を知らなければ、頻繁に設置変更するまで気付かないかもしれないな」


 壁に埋め込む事ができるのなら、普通の棚でもかなり有用だ。これまで貯まっていたガラクタをしまうだけでもかなり広く感じるだろう。インテリア……というか、ベースカードの可能性に期待が高まるというものだ。

 ただ、固定されたまま外せないガチャマシンの位置はそのままだし、神様が設置した出入り口も変更できない。他が隅に移動した分、邪魔に感じる。


「やっぱり、配置済のものを移動する機能も欲しいところだな」

「それは主に聞いてみるといいだろう。とりあえず、これだけ広ければ私も快適だ」


 お前のために広くしたわけでは……まあいいか。


 ちなみに再設置機能についてQAで問い合わせたところ、そういう機能は存在するという回答が返ってきた。つまり今は使えないという事らしい。




「さてリョーマよ、さっそくだが俺は日課のゴブリン撲殺しに行こうかと思うのだが」

「うむ」


 イベントもすでに四日目である。すでに燃え尽きてしまった感はあるものの、ライフラインでもある狩りを中断するはずもなく、いつもの狩りに向かおうと思ったのだが……その前にちょっと気になっている事があった。


「お前をセットし直した場合、本人的にはどういう認識になるんだ? この畳みたいに記憶もすべてリセットされるとか」

「状態がリセットされるのは、むしろリフォームカード固有の特徴だな。普通は、変化した状態はそのまま保持される」


 そうなのか。トイレに使ってる< 屋内用簡易農園 >は排泄物も含めてそのままだったが、それが基本的な仕様だと。


「おそらくだが、これは畳そのものではなく畳にリフォームするという効果なのだろう。セットし直す度に毎回新しい畳を張り替えるカードと認識したほうが正しい気がするな」

「モノじゃなく、スキルみたいな扱いって事か」


 リフォームって言葉そのままの意味なわけだ。その割には外すとリフォームしたものも消えてしまうわけだが。


「うむ。そして私のようなペットが再セットされた時の動作だが、単純に解除された直後から連続しているようなイメージになる。解除されている間の意識はないと考えていい」

「つまり、俺がこの場で解除して、少し移動してから再度セットした場合は俺が瞬間移動したように見えると」


 ふはははは、捉えられまい! って感じでボスキャラごっこができるわけだな。


「何故そんな無駄な事をしたいのかは分からんが、認識としてはそれで合っている。餌がない場合などは解除してくれたほうが私としても助かるな」

「なら、留守番させるよりはその度に解除するほうが良さそうだな。お前もヒマだろうし」

「将棋盤でも置いておいてくれれば、一人将棋でもしているが。詰将棋本があると尚いい」


 こいつの前脚で将棋できんのかよとは思うが、無理ではないんだろう。声のイメージなら、将棋よりも作戦室で侵略計画を練っているほうがそれっぽいのだが。


「お前も大概ジジイ臭いキャラだな」

「失敬だな、御主人様は。まあ、常駐に関してはどちらでも構わん。私はジッとしているのも得意だからな」


 リョーマは大体分かったようだが、俺が気にしていたのはダンジョン探索中にこいつを放置していいのかの問題だ。最近は慣れたとはいえ、探索には軽く二時間程度はかかる。そんな時間待ち続けるのはヒマだろうと。

 現時点でユニットカードの枠は三つ。探索に必須なのはフライングバインダーのみ。しかし、< アクアリウム >と同じで枠が余っているからといって、ずっとセットする必要はない。記憶がリセットされるなどの弊害があるなら別だが、デメリットがないなら本人の……本犬の意志を尊重すべきだろう。


「じゃあ、今回は外しておくか」

「うむ。しばしの別れだ」


 ユニットゾーンの……カード名に違和感を感じる< チワワ >を外し、代わりに< フライングバインダー >をセットする。

 飛ぶバインダー以上の能力がないこいつでも探索にはほぼ必須。フリーゾーンの枠が成果に直結する以上、枠があるのなら連れて行かない理由は存在しない。


「できれば、お前もバインダー以外の能力が欲しいところなんだがな」


 < フライングバインダー >のレアリティはリョーマと同様にアンコモンで、おそらく強化値が★になっているあいつと違って☆のままだ。つまり強化の余地が存在するという事である。問題はその強化方法がいまいち分からないという事なのだが……。



< ゴブリン探知機 >

 レアリティ:コモン

 強化値:-

 分類:イクイップ/パーツ/センサー

 付与能力:ゴブリン探知

 解説:装備したマシンユニットにゴブリン探知のセンサーを付与する。探知範囲・精度はユニットが持つセンサーに依存。



 実は、鑑定が完了し明らかになった< ゴブリン探知機 >の詳細は、その強化カードであるらしい事が分かっている。分かっているのだが、使い方が分からない。

 カードをそのままフライングバインダーのスロットに投入しても保存カードが一枚増えるだけだし、< スモールルーム >のように専用枠が存在するわけでもない。装備すらなく、全裸のままで悲劇の死を遂げたゴブリンと一緒だ。

 その方法についてQAでは回答は得られなかったし、リョーマもアンコモン以上のカードが他のカードを使用して強化する事ができるという事くらいしか知らなかった。

 強化カード自体は持っているのに、あと一歩が足りない。これさえあればスカスカになった第一層でもゴブリンを探知可能……ひいては儀式中のゴブリンを見つけられるかもしれないのに。もどかしい。


 ただ、これまでの傾向から、俺はある一つの仮説を立てている。

 強化値が容易に確認できる情報である事、数は少ないまでもこうして強化カードは手に入っている事、ユニットカードであるゴブリンが何も装備していなかった事、これらの情報を踏まえると、強化システムはこのダンジョンにおいて根幹部に位置するような基本システムではないかと。少なくともレベルがカンストしてから更に強化するために用意されたエンドコンテンツのようなものではないはずだ。

 そんな根幹に関わるようなシステムがガチャ運によってはアンロックされないままなんて事があるのだろうか。絶対にないとは言わないが、俺の予想では最低限の機能については保証されているような気がしている。第二層ボスを撃破して手に入れた< 簡易転送ゲート >のように、攻略を進める内にまず間違いなく手に入れられるものではないかと。


 多分四層か五層、もう少し先かもしれないが、それくらいで強化システムの基本部分は開放されるんじゃないだろうか……されるといいな。




-2-




 そんなわけで、俺はいつものように第二層のでかいゴブリンと死闘を繰り広げていた。

 まあ、すでに死闘なのはあちらさんだけなのだが、転送ゲートの設置場所の関係で最初に挨拶するのは変わらない。挨拶できない新入社員は嫌われてしまうから大変だ。



「ふむ」


 でかいゴブリンの落とした< ゴブリンチケット >を拾いつつ、先ほどまでの戦闘を反芻する。

 超ハイペースで狩りをしていた昨日の時点でははっきり分からなかったが、明らかに強くなっている。営業時代や九十九世界に行く前と比べてではなく、ここ数日での実感だ。

 筋力など分かり易いものだけではなく、反応速度など一見して分かり難い部分に関してもかなりの違いがある。普通ならこういう部分の成長は徐々に、誤差レベルで変わっていくものだが、俺の場合は感覚で捉えられる程度には早いらしい。

 比較しようもないが、おそらく現時点で一流のアスリートクラスの身体能力には至っている。基礎能力限定の話ではあるが、並の人間には到達できない領域に足を踏み込んでいる。もちろんこれは加賀智弥太郎が元々持っていた才能ではなく、使徒になった事で付与されたもの。それもおそらく特別なものではなく、使徒ならこれくらいは誰でもできる程度のものなのだろう。特に鍛えなくても熊が人間に負けたりしないように、使徒という別種族になっているのなら納得である。

 これまでもある程度実感していたが、すでに人間とは別個の種族である事は間違いない。それを理解した。


 だからというわけではないが、そろそろ物足りなくなりつつあった。俺より強いヤツに会いに行きたいとは欠片も思わないが、流れ作業的に弱いヤツをただ蹂躙し続けるのも先が見えない。

 普通のゴブリンはもちろん、でかいゴブリン相手でもこれ以上の劇的な成長は望めないと感じる。意味がないとまではいかないが、もはやサンドバッグと化した相手と戦っても訓練程度の意味しかないという事だ。ドロップアイテムという実利的なものを除けば、サンドバッグを殴っているほうが意味があるかもしれないと感じるほどに。

 俺は戦闘が好きというわけではない。車のトランクに木製バットを常備している先輩と違って喧嘩もろくにした事はないし、運動だって得意とはいえなかった。スポーツ観戦だって会話の話題づくりのために手を出すのが主目的なくらいで、自分がそれをやる事に興味も持っていなかった。

 ところが今の俺は、強くなる事が楽しくなってしまっている。戦い自体はそれほどでなくとも、そこから得られる自身の技術向上は楽しくて仕方がない。鍛え始めた少年が毎日鏡の前でポージングするが如く、成長が目に見えて分かるというのは更なる向上心に繋がるのだろう。

 加えて、俺が強くなればより多くガチャを引いて生活レベルも向上する。トイレすら代用で済ませている環境だが、それは単純にピンポイントで運がないだけであって、一枚のカードで改善するというのは明らかなのである。それが意欲に繋がらないはずはないのだ。

 生きるだけなら、生活するだけなら今のままでも問題ない。続けていれば、それほど遠くもないうちに以前の生活環境を超えるだろう。

 根拠は多数あるが、さっき手に入れた未知のゾーンもその一つだ。目当てのものとはまったく違ったが、ベース/エリアというゾーン名だけでも期待するというものだろう。だって、『エリア』である。すでにルームを見ている以上、エリアなどと言われたら、どれだけの規模になるか。今後あの部屋だけで過ごせと言われればゲンナリもするが、おそらく"外は創れる"のだ。それも、ガチャから出るものに依存するとはいえ、自由自在に。最終的にビル一棟分、街一つ分の領域を好きにできると言われても、普通に有り得るんじゃないかとさえ思う。


 俺はまだまだ強くなる必要がある。その意欲もある。ならば留まる理由はない。

 どんな場面で必要になるかなんて分からないが、少なくとも本職に手も足も出ないというのははっきりしているのだ。神様の実力は知らないが、神々の中では木っ端扱いな二号にだって勝てないと断言できる。そんな二号に手も足も出なかった九十九姉妹に対してさえ、俺は圧倒的に劣っている。彼女たちが日常的に戦っていたらしいミュータントだって、おそらくは敵わないだろう。

 この先、そういった敵と戦う事になる可能性は十分にある。ならば、いざという時に備えるのは当然で、そういう場面になって力が足りないと焦るのはあまりに情けない。

 当面の目標としては、九十九待雪か柚子、彼女たちに勝てると言わずとも戦闘の形が作れる程度には強くなっておきたい。それくらいの実力があれば、時間稼ぎや逃走くらいは目が見えてくるだろう。それだけでも行動の幅は広がる。期限などないが、次に九十九世界に行くまでにある程度形になってればベターだ。


「一部の天才を除き、モチベーションの維持には断続的・段階的な短期目標を用意するのが有用……って言ってたな」


 とある人物から言われた言葉である。どれだけ強い意志を持った人間でも、その熱を維持するのは難しい。巨大な目的を持ち、それに邁進するためにはある程度の区切り、成功体験があるのが望ましいという話だ。

 そういった意味では、このダンジョンやガチャ、カードシステムは良くできている。特になんの思い入れも因縁も持たない俺が、先に進もうと考える程度には。

 凡人が無理なく成長するためのシステム、という事なのだろう。おそらく未完成、粗も多いが、アルファテスト的な段階であると考えるなら十分な出来と言ってもいい。

 少なくとも、俺は自分の意志で先を目指すつもりになっている。そう錯覚する程度には、上手く仕組みがハマっているのだ。


「……そろそろって事なんだろうな」


 次の段階に進むべきだ。無理のない範疇でも、己を鍛えるつもりがあるならここに留まるべきではない。

 引き続き第二層の探索に移るつもりだったが、ここは計画を変更して第三層の探索を始めようかと思う。罠などがある以上油断はできないが、そろそろ戦闘だけなら問題はないレベルに達しているはずだ。

 むしろ、今後の成長を考慮するなら余裕を持ち過ぎである可能性すらある。ひょっとしたら、五層くらいまでなら余裕で到達できるかも、とさえ思っていた。


 それはそれとして、ディディーの件もどうにかしないといけないわけだが、それについても先に進むべきでないかと考えている。カード強化の手段獲得が近々のボーナスに存在するかは分からないが、儀式の進捗度に余裕がある内にその可能性も探っておきたい。




[ 修練の門 第三層 ]


 そうして降り立った第三層。当然のように、降り切った段階で階段は壁になってしまったので、途中の帰還陣を見つけるか第四層の中継地点に到達するまでは帰還できない。あるいはそれ以外の方法もありそうだが、それを見つけるのも今後の課題だ。

 このダンジョンは広い。当てずっぽうに移動したところで階段が見つかるとは思っていない。優先すべきは第四層の階段捜索ではなく、あくまで第三層の情報収集と戦闘訓練。加えてドロップ回収を忘れずにってところだ。それを繰り返していれば、帰還陣にもぶつかるだろう。


 歩き慣れた第二層よりも心持ち慎重に歩を進める。前回確認した限り、この層には通路にも罠が仕掛けられてるはずだ。警戒し過ぎという事はない。

 それに加えて、俺は一つ懸念を感じている。罠があるという時点で通路が安全領域でないのは間違いないわけだが、それはモンスターが通路に出てきている可能性も示唆しているのではないかと。


 モンスターハウスの実績で全滅という条件が指定されている以上、何を以て全滅と判定するかの基準が必要になる。入った時点で存在していたモンスターをすべて殺す事か、部屋から排除する事か。戦っている最中に新たに加わったモンスターはどういう扱いなのか。そもそもどこまでがモンスターハウスなのか。前回のように天井に空いた穴はそれに含まれるのか。モンスターが一緒に落ちてきた場合はどういう扱いになるのか。こういった処理をするならモンスターが部屋から出ない仕様のほうがわかり易く定義付けができるのは間違いない。

 しかしながら、フィールドボスという特殊な扱いでも通路を徘徊するモンスターはすでに遭遇しているわけで、罠が通路に設置されるのならモンスターだって出てくると考えたほうが自然ではある。

 そういう前提ありきで考えるなら、このダンジョンは通路や部屋を無視して徘徊するモンスターと、部屋に閉じ籠もるタイプが存在するのではないだろうか。俺はそんな予想を立てていた。


「……ほらな」


 その考えが正解であると示すように、一匹のモンスターが通路を塞ぐように立っているのが確認できた。あまりに予想通り過ぎて、むしろびっくりである。

 しかも、慣れ親んだゴブリンではなく、豚の顔と脂肪を蓄えた巨体を持つ、推定オークらしきモンスターだ。下手したら第四層までゴブリンしかいないという展開も考えていたので、ゴブリン以外のモンスターとの遭遇に少し感動していたりもする。




「ブヒッ!?」


 無言のまま、タイミングを見計らって奇襲。観察して相手の手札を確認したいところではあるが、それよりも先手をとる事を重視した。

 その体から想像できる通り、動きは鈍重。手が届くほどに肉薄しても気付かないほどに反応も鈍い。つまり、この奇襲は成立する。

 念の為、避けづらいようにと横薙ぎに奮った棍棒が二の腕にクリーンヒットした。手に持つ武器……大きめの片手斧を落としこそしなかったものの、その利き手に多大なダメージが通る。初手で得られる成果としては上々だ。

 攻撃を命中させて感じたのは、ゴブリンと比較にならない防御力だ。分厚い脂肪と硬い皮膚に守られた体躯を仕留めるには、俺が全力でぶっ叩いても数発が必要になるだろう。そして、当たりこそしなかったものの、反撃として振り下ろされた斧の威力は、間違いなくこれまで遭遇したモンスターの最強の威力を誇っていると感じた。腕にダメージを負って尚だ。


 丁寧に、丁寧に間合いを測り、ヒットアンドアウェイ。お互いに重量物を得物にしている事で、傍目から見れば極めて単純な戦闘になった。

 ただ、やっているほうはそれどころではない。単純な動作故に当たる気はしないが、喰らえば間違いなく大ダメージだ。下手をすれば、そこから戦局が覆る事も有り得る。

 正直言って俺はあまり痛みに強くない。あんなでかい斧で斬られれば、それだけで戦闘意欲を無くすかもしれない。そう考えてると、俺の棍棒を何発も喰らった上で普通に行動するオークのなんとタフな事か。


「うおりゃっ!!」


 大振りになった攻撃を躱し、その隙に反撃。無防備になった顔面へと棍棒を全力スイング。完全に動きが止まった。畳み掛けるように、二発、三発目を命中させる。

 わずかに動くそぶりを見せたので慌てて距離をとるが、オークが再度戦闘行動をとる事はなかった。

 膝をつき、そのまま床へと倒れ込むオーク。動き出したら嫌なのでガシガシと脳天に追い打ちをかけていたら、ゆっくりと粒子へ変わっていくのが分かった。


「……強敵だったな」


 結果的にノーダメージではあるものの、明らかにでかいゴブリンとは比較にならない身体能力だった。オークだからなのか、あるいは第三層だからなのか、最初の一体では判別がつかない。ただ、あの硬さは種族故の特性じゃないかと思う。

 まだ余裕はある。アレが複数体連携してきたらかなり厳しいが、それでも不可能ではない気がする。オークが完全に粒子化するのを眺めつつ、そんな事を考えていた。


 それはそれとして、肝心のドロップである。ゴブリン以外からの初となるドロップに、どうしても期待してしまうのが人の性というもの。

 とはいえ、このダンジョンでのアイテム獲得手段はガチャがメインだ。法則的には良くて< オークチケット >、更に運が良ければ装備品、いつもの運勢的には< オークの右脚 >とかそういうものだろうと期待せずに、だけど初物は大抵変なのが出る傾向もあるんだよなーと、変運にちょっとだけ期待しつつカードを拾い上げた。



[ ゴブリンチケット ]


「なんでやねん」


 ドロップアイテムは、これまでさんざん目にしてきた< ゴブリンチケット >だった。お前、オークちゃうんか。

 まさか、ここでは何倒してもゴブリンチケットしかドロップしないのか。それとも、モンスター系チケットの最下位レアリティ的な意味合いで使われてるのか。いや、ゴブリンチケットを使った場合はゴブリンピックアップになるなんて仕様もあるわけだから、それでは別種族の立場がない。ならば、これは設定ミスなのか。

 不安を覚えつつ、一応周りを警戒しながらウインドウを開く。戦闘で倒した以上は、名鑑に詳細が載るはずだ。ドロップアイテムもそこで確認できる。



< オークっぽいゴブリン >

 レアリティ:アンコモン

 戦闘評価:力:G/敏捷:-/器用:-/体力:F/魔力:-/抵抗:F

 知能・性格:単純

 スキル:オークっぽい

 弱点:だいたいなんでも効く

 耐性:殴打耐性

 ドロップ:各マテリアル、装備、ゴブリンチケット

 レアドロップ:ユニットカード、オークチケット、ノーマルチケット、?

 解説:オークっぽいゴブリン。同種からも見間違われるが、あくまでゴブリン。ゴブリンからもオークからも迫害される悲劇の存在。蝙蝠に一方的な親近感を抱いている。



「ゴブリンじゃねーか!」


 新たに登録されていたモンスターは、オークっぽいだけのゴブリンだった。見た目とか共通点は見当たらないのにゴブリンらしい。ふざけんな。

 当然、実績リストを見てもオークの討伐数に関する実績は出現していない。今回の探索で、できれば十体倒したいなんて考えていた俺がバカみたいだ。アレがアリなら、見た目がどんなんでもゴブリンって可能性が出てきてしまう。最悪、ドラゴンの姿をしたゴブリンが出てきたっておかしくない。

 レアドロップにオークチケットが含まれるのがまた紛らわしい。別に持ってたっていいんだが、あくまでゴブリンというなら何故そんなものを持っているんだよ。


「おのれ……」


 なんという肩透かし感だ。ゴブリンに対するヘイトばかりが貯まっている気がする。




-3-




 気を取り直して第三層の探索を進める。

 予想していた事ではあるが、モンスター……というかゴブリンは第二層に比べてかなり強化されているらしい。やっぱりゴブリンしかいないのはこの際気にしない事にする。

 個体ごとの能力は然程でもないのだが、個々がスタンドプレイするのではなく、ちゃんとチームを組んで連携して行動するようになっているのが大きな違いだ。


[ 戦闘実績 リーダー種を含むモンスター部隊を初撃破! イクイップ/アーマーゾーン+1! ]


 解放された実績で初めて確認したわけだが、ゴブリンたちの中にリーダーが含まれていたらしく、そいつが戦闘指揮を行っていたという事なのだろう。喋るわけでもなく見た目も一緒なので、どいつがリーダーなのかは分からなかったが。



< ゴブリン・リーダー >

 レアリティ:アンコモン

 戦闘評価:力:G/敏捷:-/器用:-/体力:G/魔力:-/抵抗:G

 知能・性格:卑怯者

 スキル:指揮

 弱点:だいたいなんでも効く

 耐性:-

 ドロップ:各マテリアル、装備、ゴブリンチケット

 レアドロップ:ユニットカード、ノーマルチケット、?

 解説:戦闘指揮能力を保有したゴブリンのリーダー。部隊に所属していると、配下のゴブリンたちの能力に若干の補正がかかる。通常のゴブリンと外見上の違いはないが、部下に前衛を任せて安全地帯に逃げようとしているのがリーダーだぞ。



 モンスター名鑑を見ても、単に指揮スキルを持っているだけのゴブリンで、名前も単純にゴブリン・リーダーである。いるだけで部隊員が強くなるなら真っ先に仕留めたいところだが、見分けがつかないというのは厳しい。ゴブリンだからそれができずとも問題はないが、今後は斬首戦術的な戦い方も必要になってくるかもしれない。


 また、地味にゴブリンたちの装備がグレードアップしている。これまでは棍棒と腰巻きが大半で、それは今も変わりはないのだが、稀に剣や盾、ボウガン、鎧を装備した個体が混ざっているのだ。文明の進化速度で負けている気がしてならない。

 モンスター名鑑の情報ではドロップアイテムに装備が含まれているので、今後は装備アイテムにも期待できるかもしれない。

 ……なんて事を考えていたら、早速イクイップカードがドロップした。


[ ゴブリンボウガン コモン イクイップ/ウエポン ]


 実際に装備してみないと分からないが、明らかにボルトがないパターンである。何故こういう片手落ちが多いんだろうか。

 どうせならボルトも落としてくれればいいのだが、例の如くそっちはドロップしない。そもそも装備品のドロップ自体が少ないので当然といえば当然かもしれない。

 まあ、手に入れたとしても、矢弾が必要になる武器は枠の関係上使えそうにないから無用の長物だ。悔しくなんてないのである。


 そんなツンデレ的思考はともかくとして、そろそろ遠距離攻撃の手段は欲しいところではある。しかし、そのためには大抵矢弾が必要で、それ自体も枠もないのはハードルが高過ぎる。となると期待がかかるのはスキルだろうか。《 ファイアボール 》的な魔法は定番中の定番だが……、俺の場合は一発しか使えないとかそういう問題があるスキルが手に入るのがパターンだな。……いや、それでいいから使いたい。そろそろ棍棒オンリーの戦闘は卒業させてくれ。


 そんな妄想に浸らず、真面目にダンジョン攻略しろよと突っ込まれそうな状況だが、実はこれには理由があったりする。




「……帰還陣がねえ」


 第三層の探索を開始してそろそろ十時間が経過しようとしていた。

 最初の内はある程度ゴブリンを倒していれば帰還陣が見つかるだろうと考えていたのだが、一向に見つからない。途中までは単に運が悪いだけとかとも思ったのだが、さすがにここまで来ればおかしいと思う。

 考えられるのは、第一、第二層の帰還陣の数はあくまで浅い層故の救済処置であり、これが普通という可能性……というか、これがズバリ正解のような気がする。他にも考えられない事もないが、有力過ぎた。


 これだけ長く探索していればフリーゾーンはチケットで埋まっている。一応< ゴブリンボウガン >は残してあるものの、ノーマルチケットが二枚ある他はすべてゴブリンチケットだ。十連ガチャ二回分以上である。

 つまり、かなり前からマテリアルどころかチケットすら断腸の思いで捨てているような状態なのだ。もったいないから早いところ戻りたいのに帰れない。

 体力的には問題ない。腹は減っているが、まだ餓死を危険視するような状態ではない。HPやMPのリソースは、そもそも減る機会が少なく、基本的にはフル状態である。問題は……水だ。


 水の問題は探索を始めた頃こそ気にしていたものの、第二層までの探索時間が短かった事もあって、最近は無視しても良い問題となっていた。だから今回も専用枠のないイクイップ/チャージの< ミネラルウォーター >は装備していないし、フリーゾーンも空の状態で攻略を開始している。枠の問題もあるが、俺自身楽観視していたのは否めない。

 正直なところ水分の消費はかなり深刻な問題だ。罠に気を張って探索するのはもちろん、戦闘では急速に水分を消費しているはずなのだ。このままだと真面目に渇死する。水の補給の当てがない以上、早く帰還陣を見つけないといけない。


[ 探索実績 連続十二時間探索達成! イクイップ/チャージゾーン+1! ]


「……ヤバい」


 そんな危機感を覚えて探索を急ぎ始めたが、更に二時間経過しても帰還陣は見つからない。連続探索時間で実績が解除されたがそれどころではない。というか、遅いよ。もうちょっと早ければ、その枠に< ミネラルウォーター >突っ込んできたのに。

 急いでいる事もあって注意力も散漫になって、罠を起動させてしまう事も多くなってきた。しかし、慎重にすれば更に消耗は加速する。


 加えて、追い打ちをかけるように今の俺にとって最悪の罠が襲いかかってきた。


 とある部屋で戦闘を開始した。敵はゴブリンが四体で、おそらくリーダー有りの部隊だろう。そこまでは別に良かった。良くある構成だ。

 ゴブリンが部屋の罠を発動させる事は稀にある。偶然スイッチを踏んでしまったり、狙って発動させたりとその状況は様々だが、今回の場合は意図的なもの。敵のリーダーらしき個体が壁のスイッチを押したのを確認できた。

 警戒しつつ戦闘を開始するも、特に何も起きない。不発か何かと気を取り直し、ゴブリンを数体仕留めたところでそれに気付く。


 一斉に揮発したかの如く、体内から大量の水分が失われているのを感じた。如何に水分が足りない状態だろうが、その変化は目に見えて分かり易いものではない。戦闘で体温が上昇しているなら尚更だ。

 それが汗などでは決して有り得ない消耗速度だと気付くまで数十秒。それは致命的な時間だった。

 確信はないが、ゴブリンが発動させたのは渇水の罠か何かなのだろう。ここまでHPやMPに継続ダメージを受ける罠の経験はあったが、水分を消費させるなんてピンポイントな罠は初体験だった。

 いや、単に気付いていなかっただけで、ここまでにも同じ効果の罠はあったのかもしれない。それが明確な効果として現れていなかっただけだとしてもおかしくはない。


 強烈な危機感を覚え、俺は部屋から退避、そのまま逃走した。ゴブリンが追いかけてくる事はなかったが、明らかに体が重い。

 歩くのさえ億劫になる。そこへ追い打ちのように矢の罠が発動して直撃を喰らった。更に、通路の先にゴブリンがいるのを確認。……すでに俺を認識して向かって来ている状況だ。


「く、そっ!!」


 踏んだり蹴ったりだ。

 体感以上に体が動かない。おそらくリーダーのいない、いつもなら余裕で蹴散らせるゴブリンがやたら強く感じた。

 どうにか仕留めて朦朧とした意識で足を動かし始めるが、渇死が目の前に迫っているのが感じられた。

 喉が乾いた。頭がガンガンする。唾液が一切出てこない。眼球が萎んでいるのではないかと感じるほどに視界が定まらない。……このままだと死ぬ。

 打開の策を求めて思考を巡らすが、何も浮かばない。水分どうこう以前に、そんな準備をしていないのだから当然だ。


 そして、そのまま前後不覚のまま歩き続け、今後はフリーゾーンの枠を圧迫しても水は持って来ようと……諦めかけた時だった。


「なん……だ、こいつ」


 俺の前に、でかいゴブリンの二倍はありそうな超巨大なゴブリンが立ちはだかっていた。

 自分の目がおかしくなったのかと思った。こんな状況なら幻覚を見てもおかしくはないと。

 そのゴブリンがこれまた巨大な棍棒を振りかぶる。そこでようやく戦闘本能が仕事をした。

 平常時なら当たるはずのない攻撃を、転げるようにしてようやく躱す。顔を上げれば、超巨大なゴブリンが追撃に入ったところだった。

 それが第三層のボスである事に思い至ったのは、何度か攻撃を躱し、何度か喰らった後の事だ。

 極限の状況で認識した絶望は……しかし、希望となって俺の体を突き動かした。これがボスなら、その奥には中継地点がある。ボス部屋付近にあるだろう帰還陣をスルーしたのは痛恨のミスだが、それよりも今はこいつを突破する事に集中しろ。

 視界が定まらない。息をするだけで喉が切れそうだ。オイルの切れたロボットのように関節が悲鳴を上げている。なんで俺はこんな苦しんでいるのか。

 しかし、目の前にあるはずのゴールが力になった。


 冗談のような体躯の超巨大なゴブリンは、それでもゴブリンだ。戦術的な視点での判断力はすでにないが、おそらくそこまで強くはない。こんなフラフラの状態でも攻撃は当たる。

 戦闘中、無理やり突破して階段まで走れないか検討するが、視界に移る階段までの距離がどれくらいなのかも判断できないほどに思考力が低下している。大した距離ではないのだろうが、そんな僅かな距離でさえ、ヤツの追撃を振り切れる自信もない。

 超巨大ゴブリンも分かっているのか、階段と俺の間に陣取るポジショニングをしている……ような気がする。

 そんな泥仕合の中で発生した巨大な隙。大振りの攻撃を躱した直後に、ゴブリンが体勢を崩す。好機だ。


「あ、あ゛あ゛あ゛ーっ!!」


 これを逃せば力尽きる。そんな悲壮な覚悟を以て、全力で棍棒を振り下ろした。致命的なダメージを与えたと手応えを感じるものの、トドメには至らない。そんな有り得ないレベルまで身体能力に問題が発生している。

 動きを止めた超巨大ゴブリンに対して、子供の喧嘩かと言わんばかりの追撃を繰り返す。ほぼ勝ちが決まっているような状態なのに、追い詰められているのはむしろ俺のほうだった。

 そして、トドメとばかりに振り下ろした< ゴブリンの蛮族棒 >が、音を立てて弾けた。それは、俺の不注意でユニットのゴブリンが死んだ時の音と良く似ていて、直感的に耐久度が全損したであろう事に思い至る。



[ 第三層ボス 超でかいゴブリン撃破! < カードラボラトリー >入手! ]

[ カードラボラトリー アンコモン ベース/ライフ ]



 その一撃で仕留めたのか、その後素手で何かしらの攻撃をしたのか、あるいは積み重なったダメージで死んだのか、どうやって仕留めたのかすら分からないが、とにかく倒した。

 ボーナスとして手に入れたカードの名前は、予想していたようにカードの強化を促すものだったが、今の俺はそれどころではない。

 まともに歩く事すらできない。かといって一度座り込んだりしたら立ち上がれる自信もない。そんな極限状態で、這うようにして階段へと向かう。

 ゴールが目の前だというのに、こんなところで死んでたまるか。


 長い階段がいつもより長く感じる。

 階段の半ばを過ぎ、朦朧とした視界にも中継地点がはっきりと分かるようになった頃、足を踏み外した。

 すでに限界を超えていた体は受け身もとれずに階段を転げ落ちる。そのまま勢い余って第四層まで落ちていきそうだったが、ギリギリで静止したらしい。色んな意味で瀕死、放っておいても死ぬんじゃねーかというような状況ではあったが、辛うじて帰還陣へと飛び込む事ができた。


 その後、水汲み場をセットする力もなく、水を溜めたペットボトルを開ける力さえもなかった俺は、這うようにしてリョーマ用の給餌器に備えつけてあった水差しに吸い付……いたところで意識が飛んだ。



 次からは絶対に補給を疎かにしないと魂に刻んだ。





半分くらい自業自得な気がしないでもない。(*´∀`*)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 忘れられたイーリスさんの今後 チワワのお漏らしはダレトクなのか? [一言] おいおい、更新間だかよー ああんっ 更新通知を見落としてました。 ごめんなさい(^o^)/
[一言] 最大の敵は必要物資の見積もりが甘かったガチャ太郎自身だったね(´・ω・`) 別作品だけどオークフェチの姫騎士志望のあの人にとっては、オークっぽいゴブリンはストライクゾーンに入るのかどうか気…
[一言] 綱見たいに生ゴブリンでも齧るのかと思った
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